くん」

 名前を呼ばれて、複雑な気持ちを隠せない。
 やっぱり、あんな遠目だったにも関わらず、ばっちりと俺だと分かっていたようだと知れて、思わず盛大なため息をつきたくなった。

 勿論、星馬の前だから、じっと我慢するけど……。

「……何かな、星馬くん」

 内情を知られないように、『何も知らない』と言う素振りを前提に返事を返す。

「話があるんだけど、ちょっといいかな?」

 にっこりと笑顔で質問された内容に、『俺は、無い』ときっぱりと言い返したい。
 いや、心の中では、ばっちりと言っているけどな……。

「生徒会の事で、何か問題があったかなぁ?」

 だがそんな内心を隠して、逆に問い掛ける。
 自分は、何も知らないと言うように……。

「ううん、個人的な事で悪いんだけど、付き合って欲しいんだ」

 ……何か、愛の告白された気分だぞ。
 いや、そんな事は、絶対にあり得ないんだけどな。
 でも、個人的に付き合って欲しいって、告白の言葉だぞ、星馬!

 内心、本気で突っ込みたいと思いながらも、それを表に出さずに頷く。

「うん、ボクなんかで良ければ………」

 なんて、思ってもねぇ事を、さらっと言える俺って、凄いかも………。
 いや、前から思っていたけど、やっぱり、俺って演技力も天才なんじゃねぇのか?

「それじゃ、放課後」

 俺の言葉に、もう一度笑顔を見せて、星馬が自分の席へと戻っていく。
 それを見送りながら、俺は、心の中で、盛大なため息をついた。


 無事に、今日の授業を受け終わって、帰ろうと鞄を手に持った瞬間、自分の席の前に人の気配を感じて、顔を上げる。

「それじゃ、くん、付き合ってもらえるかな?」

 顔を上げた先にあるその笑顔に、すっかりと忘れていた事実を思い出す。
 そう言えば、そんな約束をしていた事を……。

 いや、忘れてたんじゃ無くって、忘れたかった事実だけどな。

「えっと、生徒会室でいいかな………」

 内心は、このまま帰りたいと思うのだが、目の前で笑顔を見せている星馬からは、どう考えても逃げ出せそうにない。

「勿論、生徒会室でいいよ。ごめんね、無理に付き合わせて」

 笑顔を浮かべたまま、謝罪の言葉が聞こえてくる。

 いや、本人絶対に悪いと思ってないだろう。
 それどころか、どうやって誤魔化すかの方に、頭がいっぱいなんじゃねぇの?

「気にしなくって大丈夫だよ。それで、話って?」

 素早く生徒会室へと移動して、そっと星馬へと質問を投げかける。
 いや、本当は聞かなくっても、星馬が何を言いかなんて、ちゃんと知っているんだけどな。

「……今日の昼間、、見ていたよね?」

 生徒会室に入った瞬間から、星馬の雰囲気が変わった。
 今まで浮かべていた笑みが消えて、真剣な瞳が俺を射抜いてくる。
 そして、質問で返された言葉は、何時もの口調ではなく、俺は初めて、星馬に名字を呼び捨てにされた。

「昼間?お昼休みの事?」

 目の前で変貌を遂げた星馬に、それを全く気にしないで問い掛ける。
 本当に、分からないと言うような表情で……。

「そう、僕が呼び出した相手を投げ飛ばしていた所」

 まっすぐに見詰めてくる瞳が、嘘を許さないという輝きを見せて、俺を威嚇する。
 まぁ、嘘をつくつもりはねぇけど、本当の事を言うつもりもない。

「うん。見たよ」

 だから、あっさりと星馬に返事を返した。
 俺のあっさりとした返事に星馬は、驚いたような表情を見せる。

 そりゃ、そんな威圧した視線で見られたら、俺が怯えるとでも思ってたんだろうな。
 あいにく、怯えたフリだけは、どんな時でもしたくはないんでね。

「それで、どうしたの星馬くん?」

 見た事に対して、星馬が何を言いたいのか理解できないと言うように、再度問い掛ける。

「えっと、僕があんな事してたのに、先生とかに話したりしないの?」

「どうして、話さなきゃいけないの?別に、ボクには関係のない事だからね。星馬くんが、『呼び出し』されて、いやだと思うんなら、自分で話した方がいいと思うよ」

 大体、そんな面倒な事、なんで俺がしなきゃいけないんだよ。
 『呼び出し』をした奴らに俺が先行に話したってバレても、後がやっかいだ。

 それに、呼び出した奴らも、星馬一人に倒されたなんて、恥ずかしくって言えないだろうし、な。
 呼び出して、逆にやられたなんて、恥だ、恥。

「あの、?」

「話は、それだけ?」

「えっと、うん………、実は、変わっているって言われない?」

 俺の言葉に、驚いている星馬をまえに、問い掛ければ、返された言葉がそれ。
 いや、確かに、『変わっている』って言うのは、さんざん言われた言葉だ。

 つい最近も、拾った『白猫』にそう言われた。
 だから、否定する気は、無い。
 無いけど……猫かぶっている姿で、言われたのは初めてだぞ。

「……ボク、変わっているかな?」

 この姿では、さすがに言われたことが無いので問い返せば、大きく頷いて返された。

 って、何かちょっとショックだぞ。
 俺も確かに変わっているって言う自覚は持っているが、同じように変わっている星馬に言われたなんて……。

「そっか、言われなれてはいるけど、自分では、普通だと思うんだけどね………」

「ううん、十分変わっているよ。でも、有り難う」

 星馬の言葉を否定するように呟けば、きっぱりと返されてしまう。そして、その後、礼を言われた。

「えっと……お礼言われるような事、ボクはしてないと思うんだけど…………」

「ううん、ボクにとっては、とっても助かったかね。だから、有り難う」

「………それじゃ、どういたしまして。星馬くん、何時もそうやって話している方が、君らしいと思うよ」

「そう言ってくれたのは、君と、あの馬鹿くらいなもんだよ」

 馬鹿って、誰のことだ?一瞬言われた言葉の意味が理解できずに、首をかしげてしまう。
 だが、その瞬間、ある人物が、頭を過ぎった。

 ああ、星馬の弟の事だな、多分。

「せっかく、生徒会室にいるんだから、紅茶でも入れようか」

「突然だね、………」

「もう一人、お客さんも来るみたいだしね」

「えっ?」

 笑って、紅茶の準備を始めた俺の言葉の意味が分からないというように、星馬が俺を見つめてくる。
 俺が、お湯を沸かし始めた瞬間、ばたばたとあわただしい足音が響いてきた。

「兄貴!また『呼び出し』受けたんだって!!」

 そして勢いよくドアが開いて、星馬の弟が部屋に入ってくる。

「豪!」

 叫びながら入ってきた弟に、星馬が非難の意味を込めて、その名前を呼んだ。

「あっ!副会長……」

 星馬に名前を呼ばれて、俺の存在に気がついた弟が、慌てて自分の口を押さえるが、もう遅いと思うぞ。

「こんにちは、星馬弟くん。今からお茶入れるから、ソファに座って大丈夫だよ」

 俺に言われて、もうすでにソファに座っている星馬に近付くと、二人でひそひそと話を始める。
 多分、俺が、『呼び出し』について知っている事に対してだろう。

「はい、どうぞ」

 何時も通りの手際で、紅茶を二人の前に差し出す。

「あっ、すんません」

 それに星馬弟が、申し訳なさそうに頭を下げた。
 どうやら、こっちは兄と比べるとずっと素直そうだ。

「有り難う、

 そして、弟に続いて星馬も俺に礼の言葉を述べる。
 本当、そう言うところは、ちゃんとしているよな、この兄弟。

「どういたしまして……ところで、星馬弟くんの言葉を考えると、『呼び出し』は、今回が初めてじゃないみたいだね。モテるのも大変って所かな?もうすぐ、バレンタインだしね」

 『呼び出し』の内容はきっと『目立つな』とか『女子にいい顔を見せるな』って所だろうな。
 って、そんな内容で『呼び出し』するのも、寒いと思うのは、俺だけだろうか?

「良く、分かったね」

「まぁ、呼び出しなんてする人達って、単純みたいだからね」

 まだ小さかった頃は、意味不明な内容で、呼び出し食らったよなぁ。
 星馬と同じで、呼び出した奴らは、容赦無く投げ飛ばしたっけか。

 遠い思い出話だけど…………。

「何にしても、ご苦労様」

「……本当に、変わっているよね、………」

 昔を少しだけ思い出しながら、労いの言葉を掛ければ、またしても『変わっている』発言。
 労いの言葉言っただけで、何で『変わっている』んだよ!

「そうかな?普通だと思うよ、ねぇ、星馬弟くん」

「…………いや、俺に聞かれても……まぁ、一つ言えるのは、兄貴が普通に話せる相手なんて、今まで存在してなかったよなぁ……」

 納得がいかないので、星馬弟に問い掛ければ、少し困ったような返事が返された。
 そして、最後の方で言われた言葉は、それって誉められているのか?それとも、自分の兄貴は、それだけ凄いと自慢されたんだろうか??

「星馬くんは、そんなに普通に話せる相手、居なかったの?」

「まぁ、兄貴の性格が性格だからなぁ……その点では、副会長も同類そうだけどな」

 ………ひ、否定できないかも………。地で話す時、まともに会話出来るのって、ばーちゃんぐらいだしなぁ。
 同年代で、話せるヤツなんて、居ないのは、本当だ。

 って、事は、俺って星馬と同類なのか?

「嫌、かも………」

「何が嫌なの、?」

 思わずぽつりと呟いた俺の言葉に、星馬が耳聡く問い掛けてくる。

「えっ?何でもないよ。あっ!僕、用事があるんで、そろそろ帰らなきゃいけないんだけど、話し終わったんだよね?」

、用事あったの?どうして、先に言わなかったんだい」

 星馬の質問をはぐらかして、俺は時計に視線を向けて、本気で慌てた。
 今日は、一件仕事が入っているのだ。
 もう直ぐ、約束の時間。

「ごめん、どうしても外せない用事だから、ここの片付け任せてもいいかな?」

「勿論だよ。もう、そんな大事な用事があるなら、なおさら先に言って欲しいんだけど………」

 言おうにも、星馬の迫力は、拒否を認めてなかっただろうが………。
 マジで時間がねぇ、『昼』呼んで、手を貸してもらうしかねぇな。

「それじゃ、後はお願い!さようなら、星馬くん」

「気をつけて!」

 慌ただしくって申し訳ないけど、俺は自分の荷物を掴むと、そのまま教室を後にした。




「『昼』!」

 学校を出て直ぐに、最近拾った『猫』を呼ぶ。

、今日は仕事じゃなかったのか?』

 俺に呼ばれて、一匹の猫が、姿を現した。

「仕事だ、だから至急俺を部屋に運んでくれ!!」

『………お前が、そんなに急ぐなんて珍しいな。約束の時間は何時だ?』

「あと、30分位しかねぇんだよ!急げ!!」

 紅茶なんて、のんびり入れてる場合じゃなかった。
 

 何とか、時間に間に合って、その日を無事に乗り越えることが出来たのだが、この日を境に、俺と星馬兄弟の関わりが深くなったのは、多分不可抗力と言えば、不可抗力だったと思うのだ。
 星馬が、俺に興味を持ってくれたのは、嬉しい事かも知れないのだが、それが、これからの俺を変えるモノになるとは、想像もしていなかったことである。