― 離れたくない気持ち ― 

 
                                 



 晴れ渡った空を見詰めながら、小さく息を吐き出す。
 家に真っ直ぐ帰る気になれず、学校の図書室へと足を運んだのはいいのだが、暇つぶしに選んだ本にも目を通す気にはなれない。

「……豪の奴、もう帰ったんだろうなぁ……」

 呟いた言葉に、もう一度溜息をつく。
 帰り際、職員室へと呼び出された事を思い出して、気分がドンドン沈んでしまうのを止められない。


『私立の中学ですか?』

 言われた事が分からなくって、思わずもう一度聞き直してしまう。
 それに、自分の担任は優しく頷いた。

『そうだよ、星馬くんは、成績も素行も問題無いから、行けると思うんだけど……もし、そういう気持ちがあるのなら、ご両親とも相談してみてくれないかい』

 ニッコリと笑顔を向けられて、烈はグッと自分の服を掴むと小さく頷いた。

『……はい、分かりました……』


 そう返事を返したのは、ほんの数十分前の事。


____中学


 当然の事なのだが、自分はもうそんな歳になってしまったのだと、今更ながらに思い出さされてしまった。
 中学に入ってしまっては、今まで打ち込んでいたミニ四駆も出来なくなってしまう。
 そして、何よりも弟の豪と今までのように、当たり前の様に一緒には居られないのだ。

「豪と、離れる……」

 漏れた言葉に、大きく首を振って、烈はもう一度外に視線を向けた時、校門の直ぐ近くに立っている人物を見付けて、椅子から立ち上がった。

「何やってんだよ……」

 自分の荷物を手に取ると、慌てて図書室を飛び出して行く。勿論、本はちゃんと本棚に戻して行く処が、烈であろう。

「豪!お前、何やってんだ!」

 校門の所で、突っ立て居る自分の弟に走り寄る。

「何って、烈兄貴の事、待ってたに決まってんじゃん。俺、烈兄貴と一緒に帰りたかったからさぁ」

 待たされていたのにも関わらず、嬉しそうに笑うその笑顔を前に、烈は胸の痛みを感じた。


____離れたくない。


 本気で、そう思ってしまう。
 それでも、このままでは居られないのだと自分の理性が伝えてくる。

「そんな事の為に、待ってたのか?オレが、何時来るかも分からないのに……」
「でも、兄貴ちゃんと来たじゃんか」

 嬉しそうに言われる言葉に、烈はため息をついた。

「あのなぁ、たまたま窓からお前が見えたから良かったけど、オレだって用事で遅くなる事があるんだぞ。それに、わざわざ一緒に帰らなくてもいいだろう?」
「別にいいじゃん…俺は、兄貴と帰りたいから、こうやって待つのも、嫌じゃねぇんだし」

 嬉しそうな笑顔を見せる弟を前に、烈は言葉を無くす。
 そう言ってくれるのは、本当に嬉しいのだが、このままでは駄目だと自分に言い聞かせる。

 WGPが終わって以来、豪は強気になった。
 自分は、そんな豪に押されているような気さえするのだ。
 もう、兄貴としての自分の立場は、無いに等しいだろう。
 それだけ、WGP戦が終わってから豪は成長している。


____では、自分はどうなのだろうか?


 それは、分からない。
 もしかしたら、豪の背中を見詰めるのが、当たり前だと感じるようになった時から、自分は弱くなったのかも知れない。

「何、馬鹿な事言ってんだ。何時までも兄弟で帰るなんて、恥ずかしくないのか?」
「烈兄貴こそ何言ってんだ!恥ずかしい事なんてある訳ねぇだろう!それに、兄貴が卒業しちまったら、こうやって一緒には帰れねぇ一年間があるんだぜ。時間は有効に使わねぇとな」

 当たり前のように言われたそれに、烈は言葉を無くした。
 嬉しいと、正直に思う。
 でも、このままでは駄目になると、自分の中の何かが訴え掛けてくるのだ。

 そこで、烈は瞳を閉じて意を決した。
 そして、ゆっくりと瞳を開くと空へと視線を向ける

「……そうだな、卒業まで、もう後少ししかないんだよなぁ……」
「烈兄貴?」

 呟かれた言葉が、余りにも寂しそうに聞こえて、豪は思わず声を掛けてしまう。

「まっ、まだ何ヶ月かはあるんだ。おい、豪!まさか、毎日一緒に帰るつもりじゃないだろうな?」
「えっ、あっ、当たり前じゃんか!一緒に帰るに決まってんだろう!」

 だが、返ってきた言葉は、何時もの烈で、豪も当然のように言葉を返した。

「…本当、仕方の無いやつだなぁ……兄貴として、情けないぞ。お前、オレが居なくなったら、どうするつもりなんだ?」
「烈兄貴、どっか行っちまうのか?」
「バーカ!モノの喩えだよ。ほら、何時までそこに突っ立てるつもりだ?帰るんだろう?」

 呆れたように言われて、漸く歩き出す。
 豪は、自分の前を歩く烈を見詰めながら、言いようの無い不安を感じていた。







「烈くんが、可笑しい?」

 自分の部屋に来るなり、突然の豪のその台詞に、Jは首を傾げてパソコンから視線を豪へと向ける。

「ああ、ここ数日可笑しいんだよ」
「そう言えば、ここ最近烈くん研究所の方に顔、出さないね」
「だろぉ!最近マシーン触ってるとこ見てねぇ…それに、部屋に閉じ篭ったきりで、出て来るのは、飯食う時と風呂入る時くらいなんだぜ。しかも、俺が話し掛けても、上の空状態で会話にならねぇんだ」

 心配でたまらないと言う様子の豪を前に、Jは小さく笑うと口を開いた。

「そんなに心配なら、何をしているのか様子を伺えばいいんじゃないの?」
「……とっくにやろうとした……でも、何時の間にか、兄貴の部屋に鍵がかかてんだよ。母ちゃん達の考えで、鍵は付けねぇ事になってたのに、その母ちゃん達が許してんだぜ。俺には内緒で、そんな事勝手に決めやがって……」

 どうやら、除け者にされた事にも腹を立てているらしい。
 そして、何よりも、烈との時間が持てない事が一番気に入らないのだろう。

 Jは、思わず溜息をつく。

「じゃあ、ご両親に聞いてみたらどうだい?」
「……聞いた。でも、兄貴に口止めされてるらしくって、何も教えてくれねぇんだよ!」

 Jの言葉に、拗ねたように答えて、豪はギュッと拳を握り締めた。

「……豪くん、僕にどうして欲しいの?」

 問題が解決しない事に、もう一度溜息をつきながら、Jがズバリと聞いて来た事に、豪は一瞬言葉に詰まったが、真っ直ぐにJを見詰めて口を開く。

「だから、Jになら、烈兄貴も逢ってくれるかもしれねぇから、様子見てきて欲しいんだ」
「……いいよ」

 納得したと言うように頷いて、Jは椅子から立ち上がる。

「今からの方が、いいの?」
「おう!早い方が有難いぜ。ワリイな、J」

 謝る豪を前に、Jは苦笑を零す。
 元々から烈は、自分の事を多く語る性格ではない。
 だから、単純な豪には読めない事が多くって、心配事がある時には、必ずJの所に来て相談するのである。

「でも、僕でも会ってもらえないかもしれないよ」
「んな事ゼッテーにねぇよ。兄貴って、俺以外の奴には妙に気を遣ってから、大丈夫だぜ」

 にっと笑顔をで言われた事に、Jは本日何度目になるか分からない溜息をついた。
 そう、それは闇に、自分には気がねなく接していると、主張している事に、本人は気付いているのだろうか?

「分かったよ。じゃ、豪くんの家に行こうか……」











 扉を数回ノックすれば、少し時間を置いて扉が開く。

「Jくん?」

 開けて直ぐ目の前に立っている人物に驚いて、烈は小さく首を傾げた。

「どうしたの?何か、あったのかい?」
「…別に、そう言う訳じゃ無いんだけど……最近、烈くん研究所の方に姿を見せないから、心配で……」
「……そっか…御免ね、心配掛けて……」

 申し訳なさそうに謝る烈を前に、Jは困ったように笑う。

「謝らないでよ、烈くん。様子を見に来ただけだから……今、大丈夫なの?」
「うん……あっ、こんな所に立たせたままで、ごめんね。どうぞ……」

 慌てて扉から身を引くと、烈がJを中に招き入れる。

「適当に座っていいよ…あっ、そうだ、何か飲み物用意しようか?」
「ううん、いいよ。それより烈くん、忙しいんでしょう?本当に、お邪魔していいのかい?」
「少しの時間なら、大丈夫だよ。それに、忙しい訳じゃないから……」

 困ったように笑いながら、烈は床に腰を下ろした。

「で、Jくんは、豪に何か言われて来たんだよね?」

 だが、困ったような表情は本当に一瞬で、烈が顔を上げてJを見詰めて来た時には、何時もの表情に戻っている。

「えっと、別にそう言う訳じゃ……」
「いいよ。どうせ豪の考える事なんて、単純なんだから……」

 苦笑を浮かべての言葉に、Jも苦笑いしてしまう。

「あいつの事だから、Jくんにボクの様子を見て来て欲しいって、お願いしたんだろう?」

 ズバリと言い当てられて、言葉に困る。
 流石は兄弟と言うよりも、烈である。
 何も言わないで焦っているJに、烈は苦笑を零して、静かに口を開く。

「……ボクが、扉に鍵を付けてもらったのは、本気で勉強したかったからなんだ」
「どうして?」
「…その前に、約束して欲しいんだけど……豪には、話さないって……」

 真っ直ぐに自分を見詰めてくる瞳に、Jは困ったような表情を見せた。

「その、内容によるけど……」

 その返事に小さく溜息をつくと、烈は小さく首を振った。

「ずっとじゃなくてもいいんだ。後二ヶ月もすれば、ボクが自分から豪に話すから……」

 縋るような瞳を前に、Jは小さく息を吐くと頷く。

「有難う……」

 自分の答えに、嬉しそうな微笑を向けてきた烈に、Jは言葉を失った。
 とても綺麗な微笑なのに、胸が締め付けられるような錯覚。
 だが、そんな自分の感覚など関係無く、烈はJから視線を逸らすと、その理由を口にした。

「…私立の中学を受験するんだよ。だから、勉強しなくちゃだめなんだ……」

 淡々とした口調で語られたその内容にJは驚いて、一瞬言葉が出るのが遅れてしまう。

「なっ、何で、私立の中学なんて……」
「先生が、進めてくれたんだ。ボクも、自分の力を試してみたいから、受験したいって母さん達に話したら、豪がボクの勉強の邪魔しないようにって、鍵を付けてくれたんだよ。その事、豪が知ったら反対するだろう?だから、内緒にして欲しいんだ」

 何でも無い事を話すように、乱れない口調。
 だけど、その言葉を紡いでいる自分の瞳には何も映って居ない事に、本人は気付いているのだろうか?

「分かってるの、烈くん。私立の中学に行くと、豪くんとは一緒に居られないんだよ」
「うん、分かってるよ。だから、受験するんだから……」

 言われた事が信じられなくって、Jは大きく首を振った。

「そんなの可笑しいよ!烈くん、本当にそれでいいのかい?」

 烈の肩を掴んで、無理やり自分の方へと向け尋ねた事に、烈は視線を逸らして小さく頷く。

「……何時もでも、このままではいられないから……どちらかが決断しないと、この関係は終わらないんだよ」

 何もかも諦めてしまったようなその表情が、今の烈の気持ちを物語っている。
 それだけに、Jはその気持ちを変えさえる事が、自分には出来ないと判断した。

「烈くん、君は間違ってるよ。本当にそう考えているのなら、豪くんとも相談するべきじゃないのかい?」

 Jの質問に、烈が小さく首を振る。

「Jくん、違うよ。豪に相談するべき事じゃないから、ボクが判断した答えなんだ。それに、こうでもしないと、ボクは前に進めないかもしれない……」

 変える気の無い強い瞳が、真っ直ぐに見詰めて来るのに、Jはその瞳を見詰め返して、ため息をついた。

「僕が何を言っても、無駄なんだね」
「ごめんね、Jくん……」
「謝って欲しいんじゃない。このままじゃ、豪くんが可哀想だよ!」
「大丈夫。あいつは、ボクなんかよりも強いから、ボクが居なくても大丈夫なんだよ……」

 悲しそうな微笑は、どうしてなのか?
 自分から離れ様としているのに、まるで離れて行く相手を見詰めるかのようなその瞳。

「烈くん……」
「だから約束して、Jくん。豪にはまだ話さないって……お願いだから……」

 初めて聞く烈の願いが、こんな内容な事が、Jには正直悲しかった。
 それでも、多くを望まない烈の願いである。
 Jは複雑な気持ちを持ちながらも、目の前で哀願している烈に、小さく頷いた。


「……じゃあ、邪魔して御免ね……玄関まで、出てこなくっても良かったのに……」
「ううん、何も出来なかったんだから、これくらいさせてもらわないと……」

 そう言う烈に、思わず苦笑する。
 気を遣ってばかり居る烈。
 その内、きっと疲れてしまうだろうと、そんな心配をついついしてしまう。

「烈くん、体を壊さない程度に頑張って……」
「有難う、Jくん。ごめんね、無理なお願いしちゃって……」

 申し訳なさそうに謝る烈に、Jはただ無言で首を振る。

「……有難う、Jくん」

 そんなJに、烈は笑顔を向けた。
 余りにも悲しいその笑顔に、Jは胸が締め付けられる思いがしたが、それを表に出さないように笑顔を返す。

「烈くん、一人だけで苦しみを背負うのは無しだよ。豪くんに言えないなら、僕にでもいいから相談して欲しいって思うのは、僕の贅沢な望みかなぁ?」
「……J、くん……」
「それじゃね……」

 優しい笑顔を見せて、手を振るJを前に烈は一瞬泣き出してしまいそうな表情を見せたが、ぐっと胸の前で強く手を握り締めるともう一度微笑を零し、Jに手を振る。

「有難う、Jくん。さようなら……」

 Jの姿を見送りながら、烈は握っていた手をゆっくりと解いた。

「……本当に、有難う…」

 泣き出してしまいそうなくらいに、嬉しい言葉。
 なのに、そんな言葉に甘えられない自分を知っているから、烈はそんな言葉しか返せない自分が情けなくって悔しかった。

「……本当に、御免ね…Jくん……」

 遠去かって行く背中に、もう一度だけポツリと呟いて、烈も家の中へと戻って行く。





「J!」

 土屋研究所へと帰路についていたJは、後ろから名前を呼ばれて振り返った。

「豪くん……」

 自分の元に走り寄ってくる相手に、Jはどういう表情をしていいのか迷ってしまう。
 烈と約束したからには、豪に事情を話すわけにはいかない。
 話す事は、烈の信頼を裏切る事になる。
 かといって、豪に何も言わないのは、自分を頼ってきた相手には出来ない事だ。

「J、どうだった?何か、分かったか?」

 息を切らせながら、自分の横に並ぶ豪を見ながら、Jは何と答えるべきか頭を悩ませてしまう。

「J?」

 自分の顔を困ったように見詰めて来る相手に、豪は不思議そうに首を傾げた。

「えっ、あっ……ごめん、何?」

 名前を呼ばれて、慌てて我に返る。

「あんなぁ〜、しっかりしてくれよ……で、烈兄貴どうだったんだ?」
「あっ、うん、烈くんね……ごめん…それが……」
「まさかJ、お前まで烈兄貴に、口止めされたんじゃねぇだろうな?」
「ごめん……」

 ズバリと言い当てられて、思わず誤ってしまう。

「くぅ〜烈兄貴の奴、何考えてんだよ!俺には、言えねぇ事なのか?」

 悔しそうに俯いて、拳を握り締める豪に、Jは一瞬掛ける言葉を失ってそんな豪を静かに見詰めていたが、少ししてから、その豪の肩をやさしく叩く。

「豪くん、別に、そう言う訳じゃ……」
「じゃあ何で、母ちゃんやお前に口止めさせる必要があるんだよ!」
「それは……」

 相手を慰めようとした言葉に返されたそれに、Jは困って口を噤む。
 そして、少し考えてから、小さく息を吐き出すと口を開く。

「それは、烈くんが、自分の口から豪くんに話すって言ってくれたから、僕から豪くんに話すべきじゃないって判断したからだよ」

 慰めるように言われた言葉に、豪がバッと顔を上げて嬉しそうな表情を見せっる。

「烈兄貴が、そう言ったのか?」

 本当に嬉しそうに自分を見詰めて来る相手に、Jは小さく頷いた。

「そうだよ。烈くん、約束してくれたから、僕からは何も言えない……」

 Jのその言葉には、確かに嘘はない。確かに烈は約束をしたのだ。
 ただ、期間限定付ではあるのだが……。

「……兄貴が、そう言ったのなら、もう聞かねぇよ。兄貴って、約束した事は、絶対守るからな。仕方ねぇから、兄貴が話てくれるまで待つ事にするぜ。悪かったなJ、変な事頼んじまって……」
「ううん、気にしないで、僕の方こそ役に立たなくってごめんね……」

 申し訳なさそうに謝るJを前に、豪は何時もの笑顔を見せる。

「気にすんなって!兄貴、ああ見えても頑固だからな、一度決めた事は、誰に何言われても聞かねぇんだよ」

 確かにその通りである。
 流石に、良く烈の事を理解しているものだと思わず感心してしまう。
 だが、だからこそ、今烈がしようとしている事を知ったら、豪はどうするのだろうか?

「豪くん!」
「あん?どうしたんだよ、J」

 家に引き返そうとしていた豪は、突然大声で名前を呼ばれて、驚きながらも素直に首を傾げる。

「君は、烈くんと離れ離れになったら、どうする?」
「兄貴と?そんな事……」
「僕は、真剣に聞いてるんだよ、真面目に答えて!」 

 突然質問された内容に、『そんな事ある訳ない』と馬鹿にしようとした豪の言葉は、真剣な瞳で見詰められて言われた事に、言葉を無くす。

「そう言やぁ、何時だったか、烈兄貴もそんな事言ってたよなぁ……」 

 だがそこで、豪は烈の態度が可笑しくなる前に、それと同じような事を烈本人の口から聞かされたことを思い出し、真剣な表情になった。

「まさか、烈兄貴の隠してる事って……」
「……もし、そうだって言ったら?」
「ゼッテーに認めねぇ!何で、烈兄貴と離れなきゃいけねぇんだ!」

 Jの言葉に、豪は怒鳴り返す。
 それは、豪の紛れもない本心。
 どんなに周りに邪魔されても、離れたくないと思う唯一の相手、それが豪の中では烈なのである。

「兄貴の奴、何考えてんだよ!何で、俺から離れようなんて……」
「分からない。でも、僕もそれは間違ってると思うから、豪くんにそれだけは伝えておきたかったんだ」

 困ったように言われた事に、豪は申し訳なさそうな表情をして、頭を下げた。

「すまねぇ、J……兄貴との約束、破らせちまって……」
「心配しないでよ。約束は破ってないから…。だって、烈くんとはそんな約束してないから……それに、これは烈くんのためでもあるんだよ」
「烈兄貴の?」

 聞き返された事に、Jは優しく微笑んで見せる。

「後は、豪くん次第。烈くんは、僕達にとっても大切な人だから、豪くん一人に任せるのは辛いけど、お願いするね」
「おう!任しとけって!」

 自分の言葉に強気な笑顔を向けられて、Jは安心したように頷く。
 分かっているから、自分では烈の意思を変えられないと言う事に……。
 だから、それの出来る唯一の人物に全てを任せるしかないのだ。

「んじゃ俺、帰るな。兄貴とはちゃんと話をするから、心配すんなって!」
「うん、頑張って、豪くん」
「おう!絶対、兄貴と離れたりするもんか」

 片手を上げて、ガッツポーズをしてから、そのまま手を振る。

「じゃあな、J!」
「うん、じゃあ……」

 Jもそんな豪に片手を上げた。
 そのまま、走り去る背中を見詰めて、小さく息を吐き出す。

「……御免ね、烈くん…約束、破ちゃって……」

 正確には、確かに破ってはいないのだが、それが言い訳であるとちゃんと分かっている。
 烈の為だと言うのも、自分勝手な言い訳だろう。
 それでも豪に、その事を秘密にしておく事は出来なかったのである。
 二人が離れてしまう事が、とても不自然な事だと知っているから……。

「烈くん、偶には、自分の我が侭も聞いてあげるべきだと思うよ……」

 呟きは、もう既に薄暗くなっている空へと吸い込まれていく。
 Jは、自分の言葉に苦笑を浮かべると、研究所に戻るべく歩き出した。





 家に戻るなり、豪は二階の烈の部屋に直行する。
 ドタバタと派手な音を立てて、部屋の前に来ると、カタク閉ざされた扉を叩いた。

「烈兄貴!話がある。ここ、開けてくれ!」

 烈が煩く思うであろう程扉を叩けば、中で動く気配がして、その扉がゆっくりと開かれる。

「煩いぞ、豪!そんなに叩かなくっても、聞こえる」

 中から出て来た烈の態度は、何時もと全く変わらない。
 そんな烈の態度に、余計に違和感を感じて、豪はグッと拳を強く握り締めると真っ直ぐに烈を見た。

「烈兄貴、俺に内緒にしてる事があるんだろう……Jから聞いた。その事で、話があるんだ。いいだろう?」

 質問するように尋ねているが、拒否は認めないと眼が語っている。
 そんな豪をみてから、烈は小さく息を吐き出した。

「やっぱり、Jくん話しちゃったんだ……」

 約束はしてくれても、多分こうなるだろう事は烈にも予想は付いていたから、別に怒る気もしない。

「……いいぜ、入れよ、豪……」

 中へと豪を促して、烈はもう一度ため息をついた。
 何時かは、話さなければいけない事である。
 それが、少し早まっただけの事だと、己に言い聞かせながら、烈は自分の部屋の床に腰を下ろしている豪を静かに見詰めた。

「で、俺に言う事があるんだろう?」

 床に腰を落ち着かせるなり、豪は椅子に座った烈を真っ直ぐに見詰めながら口を開く。
 その瞳を見れば、豪が怒っている事が、烈には一目で分かってしまう。

「……オレから、話す事はないんじゃないのか?多分、Jくんから聞かされた事が全てだよ」
「Jは、何も言わなかった。兄貴が自分の口から俺に言うからって、そう言っただけだ」

 豪のその言葉に、烈は一瞬驚いたように瞳を見開いたが、直ぐにその表情は静かな微笑に変わる。

「……そっか…約束、守ってくれたんだ……」

 豪が見惚れてしまう程、綺麗で悲しい笑顔。
 だがそれは、直ぐにため息と共に消えてしまう。
 そして、烈は豪から視線を逸らした。

「兄貴!」

 そんな烈の態度に、豪はイライラして大声で名前を呼ぶ。

「そんなに、大声出さなくっても聞こえる。……内緒にしてても、何時かは言わなきゃいけない事だからな……」

 烈も、いい加減覚悟を決めるため、もう一度息を吐き出すと、逸らしていた視線を戻して、真っ直ぐに豪へ視線を向けた。

「豪、オレが部屋に鍵を掛けたのは、勉強に専念するためだ。母さん達も、承諾してくれてる」
「勉強って……何の話しだよ!」

 真っ直ぐに見詰めて来る瞳を真っ向から受け止めて、豪が聞き返す。

「…………受験の、ためだよ……」

 豪の質問に、烈は一呼吸置くと口を開いた。

「…受験って、何の受験だよ?兄貴、都内の学校にいくんだろう?」

 烈から聞かされた言葉が理解できなくって、豪は苦笑いを浮かべる。
 都内の中学へ行くのに、受験なんて必要ないのだ。

「違うよ、豪。私立の中学を受験するんだ」

 真っ直ぐに豪を見詰めたまま、烈はキッパリとそう告げる。
 それは、豪には思っても見なかった言葉。
 私立の中学に行くとなると、寮に入るのは絶対である。
 そうなってしまうと、本当に烈が自分から離れてしまうのだ。

「何で……なんでだよ、烈兄貴!」

 言われた事が信じられなくって、豪は立ち上がると烈の腕を掴む。

「……お前と、居たくないから……」

 だが、烈はその手を払いのけると、冷たく口を開いた。
 その言葉がどれだけ相手を傷付けるのか、分かっているのに、敢えて心にも無い事を口にする。

「う、嘘だ!そんな言葉、信じねぇ!なぁ、烈兄貴、本当の事、言ってくれよ…」

 払い除けられた手が、Tシャツを掴んで、縋るような瞳が自分を見詰めて来るのに、烈は目を強く瞑る事で逸らす。

「…嘘じゃない。本当の事だ……」

 心にも無いその言葉。自分が、この言葉を言う事になるなんて、想像もしてなかった事である。
 そう、何時か豪から聞かされるであろうと覚悟していた言葉だから……。

「だったら、俺の目を見てもう一度言ってみろ!目を逸らすなよ、烈兄貴!」

 言われた言葉に、烈はゆっくりと瞳を開くと、目の前の豪を見た。
 自分を真っ直ぐに見詰めて来る瞳が、何時もの光を失っている事に、胸が締め付けられる。それでも、自分で決めた事だから、最後まで続けなければ行けない。

「……豪、お前と……」

 弟を真っ直ぐに見詰めて、もう一度同じ台詞を口にし様とした瞬間、強く胸に痛みが走って、烈は口を閉ざした。

 心の奥で、警鐘が鳴り響く。
 言っては駄目だと誰かが自分に警告している。

「兄貴!」

 突然胸に手を当てて、苦しそうに片膝を付く烈を前に、豪は驚いて烈の顔を除き込んだ。

「烈兄貴、大丈夫か?母ちゃん呼んでくる!」

 除き込んだ先の表情が、青褪めている事におろおろして、取り敢えず母親を呼ぼうと立ち上がる。

「豪!大丈夫だから、いいよ……」

 だがそれは、自分の服を弱々しく掴まれて、引き止められてしまった。

「大丈夫って……顔色悪いぜ、早く横になれよ」

 先程まで言い合いをしていたとは思えないほど、自分の事を心配している弟に、烈は困ったような表情を見せた。

「……豪、ボクが言った事に、腹が立たないのか?」

 理不尽な事を言ったと自分でも分かっているのに、こんな状態の自分を心配して、ベッドに横たわらせると、どうしていいのか分からず、自分の傍でおろおろする弟を見上げて、問い掛ける。

「何で、腹が立つんだ?悲しいとは思うけど、兄貴が俺の事邪魔だと思っても、俺に怒る権利なんてねぇだろう。……でも、それでも俺は兄貴の傍に居たい。兄貴の事が、誰よりも大切だってのは、変え様のねぇ事実なんだしよ。それは、誰になんて言われても変わらねぇ……喩え烈兄貴でも、俺のその気持ちを変える事は出来ねぇんだ」

 キッパリと言われた言葉に、烈は瞳を見開く。

「……お前が、そんなんだから、ボクは……」

 言いかけた言葉は、込み上げてくる涙によって遮られる。

「あ、兄貴…」

 突然涙を流す烈を前に、豪は驚いてますます慌ててしまうのは止められない。

「そんなに、苦しいのか?」

 心配そうに尋ねられた事に、首を振る。
 それでも流れてくる涙は、止まらない。
 烈は、嗚咽を堪えながらただ首を振り続ける。

「……烈兄貴、それとも、泣くほど俺の事、嫌いなのか?」

 言い難そうに問い掛けられた事に、烈はもう一度瞳を見開いて、豪を見た。
 その瞳からは、止まらない涙が流れ続けている。
 そして、烈は激しく首を振って、その問いを否定した。

「あ、兄貴……」

 その否定に対して、豪は嬉しそうな表情を見せる。
 先程まで、自分に告げられていた言葉は、確かに自分の事を拒否する言葉だったのだ。
 それなのに、嫌われていないと分かっただけで、こんなにも幸せになれる自分に、豪は正直驚いてしまう。
 烈の事が好きだと言う自覚は随分前からあったのだが、まさかここまで強い気持ちだと言う事には、今更ながらに気付かされた状態である。

「なぁ、烈兄貴。俺、俺さぁ、烈兄貴が誰よりも大事だ。兄貴が傍に居れば、安心するし、俺、何でも出来る気がするんだ。そう思う俺の気持ちが、兄貴には邪魔になるかもしんねぇけど、これが俺の本当の気持ちだから変えられねぇし、変える気もねぇんだ」
「豪……」

 自分の手を握り締めている豪の手に、力が篭る。
 痛いほどに握られている個所が熱くなるのを感じて、烈は静かに瞳を閉じた。 
 大切だと思うのは、自分も同じだと言葉にしたいが、それを言葉にして伝える事は出来ないと知っている。
 この、自分の気持ちは間違っているのだ。常識と言う現実が、自分には重い。

「……豪、手を離せ……ボクは、ボクはダメなんだ……これ以上、お前とは居られない……」
「なっ、何でだよ!」

 漸く止まりかけた涙が、また流れ出す。
 烈はゆっくりと瞳を開くと真っ直ぐに豪を見詰めた。

「……好きだから……好きだからこそ、一緒には居られないんだ!」
「あ、兄貴?」

 烈に言われた言葉が信じられなくって、豪は瞳を見開く。
 烈の瞳からは、涙が溢れ出し、その心を映し出しているかのように悲しみに染まっている。

「烈、兄貴……」

 嬉しいはずのその言葉なのに、信じられない方が先立って、豪は瞳を見開いて烈を見詰めてしまう。

「ほら、だから、ダメなんだ……お前とは、一緒には居られない……」

 驚いて自分の事を見詰めて来る弟にどう思ったのか、烈が自嘲的な笑みを見せる。
 もう、自分の気持ちを止める事なんて出来ない。
 言ってしまった言葉は、戻ってこないのだ。

「豪、出て行けよ!もう、お前の顔なんて見たくない……」

 止まらない涙を見られないように、烈から吐き捨てるように言われた言葉で、漸く豪は我を取り戻した。
 そして、顔を隠している烈の手を掴んで無理やり自分の方に向かせる。

「……俺は、出て行かねぇ!兄貴、俺の返事も聞かねぇクセに、何勝手な事ぬかしてんだよ!大体、好きなのに何で離れなきゃなんねぇんだ!俺は、ゼッテーに認めてやんねぇ……俺だって、俺だってなぁ、兄貴の事が好きなんだぜ!」

 真っ直ぐに自分の目を見て大声を上げる豪を前に、烈は驚きで双瞳を見開いて、ただ豪を凝視してしまう。
 信じられないその言葉が、自分の心を支配する。

「……何、言ってるんだ?そんな言葉、信じられる訳ない、だろう……」

 烈の呟きに、豪がムッとした表情を見せる。

「信じろよ!自分だけじゃねぇんだって事。俺だって、言えなくって辛い思いをしてたんだ。どうやったら兄貴と離れずに済むかって、俺の無い頭で必死に考えてんだからな!それを兄貴から、しかもそんな理由で離れようなんて、俺は許さねぇよ!」

 次々と言われる事に、既に烈は頭が付いていかず、呆然と豪を見詰めてしまう。

「烈兄貴!人の一世一代の告白を、呆けっと聞いてんじゃねぇよ!」

 流れる涙をそのままに、マジマジろ自分の事を見詰めてくるだけで、何も反応しない烈に、豪がその鼻先にビシッと人差し指を突き付けた。

「俺は、兄貴だけが好きで、大切だから離れたくない。いんや、離さねぇよ!」
「…豪……」

 にっと強気な笑顔を見せる弟に、漸く烈も笑顔を見せる。

「お前って、本当にどんな時でも強気だよなぁ……」

 涙を拭いながら言われた事に、豪がズイッと烈に顔を近付けると、その目の前で指を一本立てて左右に振って見せた。

「違うぜ、兄貴。俺が強気で居られるのは、兄貴が居るからだ。兄貴が居るから、俺は俺で居られる」
「……豪…」

 自分の直ぐ傍にある瞳を真っ直ぐに見詰めてから、ゆっくりと瞳を閉じる。

「兄貴?」
「……お前がそんなんだから、ボクは……」

 閉じた瞳から、止まったはずの涙がまた流れ出したのに気付いて、豪はそっと烈を抱き締めた。

「泣くなよ、烈兄貴。頼むから……俺、どうすればいいのか、分からなくなる…」

 そっと背中に手を回せば、強くしがみついてくる震える体を、まるで壊れ物でも扱うように優しく抱き締める。

「好きだ、兄貴。だから、離れるなんて言うなよ……」

 耳元で囁かれる言葉が、まるで子守唄のように聞こえ、ポンポンとリズムよく叩かれる心地よさに、烈は知らず内に瞳を閉じて、全身の力を抜いた。

「兄貴?」

 突然感じた重みに、豪は心配になって烈を除き込む。
 覗き込んだ先には、幸せそうに微笑んでいる烈の顔が飛び込んでくる。

「兄貴、寝ちまったのか?」

 その余りにも幸せそうな表情に、豪が静かに問い掛けるが、何も反応は返ってこない。

「烈兄貴?」

 頬を伝う涙の後を拭いながら、烈を抱き締める腕に力を込めた。

「……とに、寝ちまうなんて、ムード無さ過ぎだぜ……」

 そう愚痴を零すものの、幸せそうな烈の寝顔を見せられては、豪も言葉ほどに呆れてはいないのが良く分かる。
 それどころか、嬉しそうな表情を見せた。

「お休み、兄貴……もう、何も心配する事ねぇよ。ゼッテーに、離さねぇから、さぁ」

 眠っている烈を静かにベッドに横たわらせると、優しく烈の額にキスを送る。
 それから、涙の残る頬にも優しく口付けた。







「先生、この間のお話なんですけど……折角、薦めて戴いたのですが、ボクは、私立には行けません。今のままで居たいんです」

 職員室、担任の前で、烈ははっきりとそう返事を返した。

「そうか…それじゃ、仕方ないね。私も無理には薦めないよ」
「……すみません」

 残念そうに呟く担任に、烈は申し訳なさそうに誤ってしまう。

「謝る事はないよ。それは、星馬くんが自分で決めた事なんだからね。それじゃ、この話しは、無かった事にしておくよ」
「はい、有難うございます」

 優しい笑顔で言われた事に、烈はペッコと頭を下げると、笑顔を見せた。

「それじゃ、失礼します」

 もう一度頭を下げると、職員室を後にする。
 職員室を出た瞬間、烈は大きく息を吐き出した。

「…本当に、これで良かったのかなぁ……」

 離れたくないと、確かに自分は思った。
 だけど、それは間違った選択だとちゃんと知っている。
 だが、だからこそ今、自分が選んだ道を後悔したくはない。
 自分の気持ちに、確かに答えてくれた人が居るから、今は、今だけは自分に正直に居たいと心から思うのだ。
 何時か、本当に何時か、相手に必要とされなくなった時は、そうなった時に考えればいいと思うのだ。

「んじゃ、早く帰ろう……どうせ、あいつの事だから、先に帰るなんてしてないだろうしなぁ……」

 自分で言った事に苦笑を零しながら、烈は自分達の教室に鞄を取りに戻るのだった。








「J、心配させて悪かったな」

 これ以上無いほど晴れやかな笑顔で自分の前に現れた豪に、Jは安堵のため息をつく。

「その様子だと、説得出来たみたいだね」
「おう!バッチリだぜ」

 ニッと笑って、自分に得意気なピースを見せてくる豪に、笑顔を見せる。

「じゃあ、烈くんは公立の中学に?」
「うーん、そっちの方は、あんまり話してねぇけど、多分そうじゃねぇかなぁ…」

 そう言う豪に、思わずJは首を傾げてしまう。
 『そっちの話』とは、別の話しは解決されたと言うことである。

「……豪くん、もしかして、念願が叶ったの?」

 さり気なく尋ねられた事に、豪が嬉しそうな表情を見せた。

「まぁな……」

 豪のその嬉しそうな表情に、こっちまっで嬉しくなってしまうのは、豪の気持ちを聞かされ続けてきたからである。

「おめでとう、豪くん。それにしても、良く烈くんが自分の気持ちを伝えられたねぇ……」

 少し信じられないと言う様に呟かれた言葉に、豪も思わず苦笑してしまう。

「……その事だけどよ、烈兄貴も俺と同じ様に悩んでたみたいでさぁ……兄貴の性格からして、俺みてぇに誰かに相談するなんて事しねぇだろう?大分参ってたみてぇで、かなり切羽詰った状態での告白だったんだぜ」

 苦笑しながら言われた事に、思わず納得する。
 そうでもないと、烈は正直に自分の気持ちを伝えたりはしない。
 きっと、どんなに辛くってもずっと一人でその気持ちを隠し続けるだろう。

 そして、もしも豪に彼女が出来たとしても、笑顔で祝福して見せるだろう。
 例え、自分の心がどんなに傷付いていても、それを表に出さず、ただ一人でその苦しみを抱えて行く。
 それが、烈なのである。

「でも、本当に良かったよ。僕は、二人には幸せになって貰いたいからね」
「サンキュー。俺も、兄貴を幸せに出来るくれぇ強くなるって目標が出来ちまったからなぁ……じゃねぇと、兄貴を護ってやれねぇ……」
「豪くんなら、大丈夫だよ。頑張って…」
「おう!任しとけって!」

 ドンッと胸を叩く豪に、Jも優しく微笑んで見せた。

「ところで、烈くんは?」

 そして、見当たらない姿を探すように、辺りに視線を向けるJを前に、豪があっさりと答える。

「ああ?烈兄貴なら、職員室に用事があるから、先に帰れって言ってたから、職員室にいるんじゃねぇか…」

 当然の様に言われた言葉。
 それが、余りにも豪らしい。

「……先に帰れって……豪くん、ここまだ学校なんだけど……」

 言われた事に、Jは苦笑してしまうのを止められない。
 勿論、豪が先に帰るはずもなく、今Jと話している場所は、小学校の校門前である。

「何だよ……俺が、先に帰れる訳ねぇだろう。俺は、兄貴と一緒に帰るって決めてんだからな!」
「そんな事、勝手に決めるな!」

 当然とばかりに言われた豪の台詞に続いて、新たな声が返って来た事に、二人は同時に振り返った。

「烈くん」
「烈兄貴」
「豪!先に帰れって、言っただろう。Jくんまで巻き込んで、何考えてんだよ!」
「きまってんじゃんか!俺が考えてる事って言やぁ、兄貴の事しか頭にねぇよ」

 呆れたように言われた烈の言葉に、さらりと豪が返した台詞は、烈の言葉を奪うには十分過ぎる威力を持っている。
 顔を真っ赤にして、ぱくぱくと口を動かす烈を前に、Jも思わず同情してしまう。

「どうしたんだよ、烈兄貴?金魚みたいに、口パクパクさせて……」
「だ、誰の所為だよ〜」
「もしかして、俺の所為か?」

 全く分かっていないだけに、烈は脱力してしまう。
 Jもそんな二人の様子に、思わず苦笑いを浮かべてしまった。

「……もう、いいよ……」

 ため息をついて、何を言っても無駄な事と悟った烈は、疲れた様に二人に背を向けて歩き出す。

「烈兄貴!置いて行くなよ!」

 先に歩き出した烈を追い掛けて、豪とJも歩き出した。

「なぁ、兄貴、用事って何だったんだ?」

 烈の横に並ぶと、豪はその表情を除き込むように尋ねる。

「…お前には、教えない」

 不安そうに見詰めて来る瞳に、烈は意地悪く笑って見せた。

「あっ、そうだ!」

 自分の言葉に文句を言いたそうな豪を完全に無視して、烈は自分達の後ろに付いて来ているJを振り返って、にっこりと微笑む。

「有難う、Jくん。心配掛けちゃってごめんね」
「気にしないでいいよ、烈くん。僕なんかじゃ何にも力になれないかもしれないけど、応援するから……」
「……うん、有難う、Jくん……」 

 自分の気持ちを知っているだろうJのその言葉に、烈は心から感謝してしまう。

「J!烈兄貴は、俺のだからな!例え、お前でも譲れねぇぞ!」

 Jと見詰め合っていた途端に、横から抱き寄せられての言葉に、烈の顔が見事なまでに真っ赤に染まる。

「なっ、何、言ってんだ!」

 その真っ赤に染まった顔のまま、自分に抱き付いている弟の頭を思い切り殴りつけた。

「いってー!何すんだよ、兄貴」
「そりゃ、こっちの台詞だ!馬鹿」
「何でだよ」
「『何でだよ』じゃないだろう!大体、何時お前のモノになったんだよ」

 豪から離れようと、両手を突っ撥ねるが、反対に豪の方は離すまいと腕に力を込める。
 そんな目の前の状態に、Jは笑いたいのを我慢するように口に手を当てた。

「……烈くん、豪くんの気持ちも分かるから……それに、豪くんの言ってる事も、あながら間違いじゃないんでしょう」
「じぇ、Jくん?」

 笑いたいのを我慢しながらも、凄い事をさらりと言われて、烈は驚いてJを見る。

「それにね、独占したいって言う豪くんの気持ちは仕方ないんだよ。豪くんには、僕以外にも沢山のライバルが存在してる訳だから、大変なんだよ、烈くん」

 ニッコリと言われた事の意味が分からなくって、烈は素直に首を傾げてしまう。

「J!余計な事、兄貴に教えるなよ!」
「どう言う意味だよ、豪」

 Jの言っている事が自分には分からないのに、弟である豪には分かっていると言う事が気に入らなくって、豪を睨み付ける。

「別に、深い意味なんて、ねぇよ……」

 自分から視線を逸らしての言葉に、一瞬ムッとした表情をしてしまうのは止められない。

「深い意味がないのなら、教えてもらえるかなぁ、豪くん」
「ぜってぇーに、教えねぇよ!」

 フイッと烈から顔を逸らす。そんな豪の態度に、烈はまたため息をついた。

「まぁ、お互い様だから、これ以上は追及しないでいてやるよ」
「烈兄貴?」

 言われた事に視線を戻せば、笑顔の烈がそこに居る。

「優しいお兄様に感謝しろよ、豪」

 ウインク付きで言われた事に、豪は思わず苦笑してしまう。

「確かに、優しい兄貴だよなぁ……すっげー鈍いけど…」

 苦笑を零しながら、少し呆れたように呟けば、不機嫌そうな声が返ってきた。

「誰が、鈍いって?」
「さぁ、誰だろうなぁ……なぁ、J」

 睨み付けてくる烈を交わして、後ろで自分達を見詰めているJに話題を振る。
 突然話題を振られたJは、思わず苦笑を零す。

「……豪くん、僕に振らないでよね。そんな事言ってると、全部バラスよ」

 だが、ニッコリと笑って、釘を刺す事だけは忘れないJは、ある意味無敵であろう。

「何?Jくん、何をバラスの?」

 しかし、運悪くその言葉は、烈の興味を引いたらしく、素直に聞き返されてしまった。

「わっ〜J、余計な事言うんじゃねぇぞ!」
「余計な事だと思うんだったら、豪くんだって言わない方が身の為だと思うよ」

 ニッコリと見ている人が、思わず寒くなるような笑顔を見せれば、豪は何も返せない。

「……Jくんって、時々スッゴク冷たいよねぇ……」
「そうかなぁ?烈くんの気の所為だと思うけど…」

 小さくため息をつく烈に、これ以上無いほどの笑顔を向ける。
 みんなのアイドルを手に入れた人物に、冷たく当たるのは許される行為であろう。
 もっとも、そのアイドルは、そんな事に全く気付いてないのだが……。

「まぁ、仕方ねぇよなぁ……」
「そうだよ、豪くん。甘んじて受けてよね」
「一体、何の事?」

 目の前で交わされている会話の意味が分からず、烈が不思議そうに首を傾げる。

「アイドルを手に入れた者の宿命ってやつだよ。烈くん」
「アイドル?何、豪、お前、アイドルなんかと友達になったのか?」

 Jの言葉の意味を素直に聞き入れて、烈は豪に首を傾げて見せた。

「本当、鈍いよなぁ……」

 そんな烈の態度に、ため息をつきながら、呆れたように言われた事に、烈の眉が上がる。

「だから、何でそうなるんだよ!お前、ボクに喧嘩売ってるのか?」
「んな訳ねぇだろう!大体、兄貴には、一生分かんねぇ事だよ」
「それのどこが喧嘩売ってないんだよ!」
「売ってねぇって、言ってんだろう!」

 目の前で始まった口論に、Jは思わず苦笑を零す。

「まぁまぁ、二人ともそのくらいにして下さいね。烈くんも、豪くんは別に喧嘩を売ってる訳じゃないと思うから、許してあげなよ」

 二人の間に入ると、Jは慰めるように笑顔を向ける。

「Jくん…」

 突然割って入られて、我を取り戻した烈は、申し訳なさそうにJを見て、俯いてしまう。

「J!何で、邪魔すんだよ!」
「烈くんとのコミュニケーションなのは分かるけど、それ以上は言わない方がいいと思うけど、豪くん」

 自分に文句を言ってくる豪に、にっこりと笑顔を向ける。

「…ワリイかよ……」
「うん、これ以上は駄目だよ。それにね、烈くんは、分からないからこそ烈くんなんだからね」

 こっそりと豪の耳元で囁かれた言葉に、豪は盛大なため息をついた。

「Jの言う通りだよなぁ…兄貴は、ああじゃねぇと俺も護りがいがねぇしな」
「そうだよ、烈くんの事、しっかりガードしなきゃいけないのは、豪くんなんだからね」

 烈には聞こえないように、二人でコソコソと話しをする。

「ねぇ、さっきから、何話してるの?」

 二人の話しが聞こえない事に、不安そうに声を掛けてくる烈に、Jと豪は振り返って笑顔を見せた。

「何でもねぇよ、烈兄貴」
「うん、そうだよ。大した事話してないから、烈くんは心配しないで」

 二人して笑顔を向けてくる事に不信そうな表情を見せるが、烈はため息をつくとそれ以上は追求しないで、家に向けて歩き出す。

「烈兄貴!」
「何だよ、豪」

 歩き出した自分の後を豪が慌てて追い掛けてくるのに、振り返りながらそれでも、豪を待つ烈の姿がそこにある。

「大好きだからな!絶対、離れてなんてやらねぇ!覚悟しとけよ」

 烈の腕に抱き付きながらの言葉に、烈は嬉しそうな笑顔を見せた。

「バーカ、何言ってんだ。そんなの、今更だろう?ちゃんと、ボクを捕まえておかないと知らないからな」

 満身の笑顔を見せながらのその言葉に、豪は抱き付いている腕に力を込める。

「ぜってーに離さねぇよ。兄貴は、俺んだからな!」

 晴れやかな笑顔で言われた事に、思わず苦笑してしまうのは止められない。
 自分に正直に居きる事。
 そして、その自分の気持ちを理解してくれる人が居るから、離れたくない気持ち。

 君だけが、そばに居れば、もう何も要らない。


                                                          END


 

                      




   これも、URUZUさんに送った小説ですね。
   ヘタな小説を送ったものだと、反省。
   しかも、更に自分のページにUPしてるなんて、もっと反省しなくっては状態です。<苦笑>

   読んでくださった方いらしゃると思いますが、あえて載せさせて頂きました。
   私の小説だと気付いてなかった方は、笑ってください。(名前かいてたから、分かるって・・・xx)