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「ひとまず、お疲れだと思いますので、宿の方にご案内いたします」
人の良さそうな笑顔とともに言われたそれに、ただ頷いて返す。
確かに疲れているのは、否定できない事実なのだ。
長時間に渡って山道を歩いてきたと思えば、鳥類系の魔物との戦闘である。
それで、疲れていない筈もない。
「今日は、ゆっくりと休んで下さい。ハンター様が宿に泊まってくださるなんて、私達にとっても嬉しい事ですから」
着いた宿の女将が嬉しそうに呟いたその言葉に、ただ曖昧に頷いて返す。
そして、部屋へと案内されて、あれよと言う間に、料理の準備まで終ってしまう。
「あの、それでお話と言うのは……」
成すがままの状態に、更なる疲れを感じながらも、事の成り行きを見守っている町長へと声を掛ける。
「まずは、お食事をどうぞ。お疲れでしょから、ゆっくりとなさってください。この町は、温泉町で有名なところですから!」
「はぁ……」
進まない会話に、返事を返して、自分の横で嬉しそうに料理を見ている弟へと視線を向けると、盛大なため息をつく。
盛大なもてないし、そして、伸ばされる話しとくれば、これ以上嫌な予感はないと言うほどの、厄介な話を持ってこられる事は、想像出来過ぎて頭を抱えたくなっても仕方ないだろう。
隣で何も考えていない弟が、こんな時は恨めしくなる。
「んじゃ、遠慮なく頂きます!!」
そして嬉しそうに料理へと手を伸ばす相手を、殴りたい衝動にかられても、許されるだろう。
「いてぇ!!」
そんな弟の足を思いっ切り強く蹴りつけて、その行動を妨げてから、改めて町長へと視線を向けた。
「僕たちには、ここまでして頂く理由がありません。すみませんが、先にお話を伺っても宜しいですか?」
持て成しを受けてから話をしたのでは、どう考えても自分達に断る事が出来なくなる。
理由によっては、自分達は、この話を受ける必要がない事を先に分からせておく事が肝心なのだ。
「何をおっしゃいます!この町を救ってくださった方ですからこそ、こうしてお持て成しを……」
「お持て成しを受ける理由としては、間違いではないかもしれませんが、先に僕たちに頼みたいと言うことをお聞きしたいと言っているんです。それとも、何かご都合が悪いんですか?」
「め、滅相もありません!!そ、そんな事は……」
探るとように相手を見詰めれば、慌てて自分の前で両手を振るって否定する姿が見られる。
それだけで、十分に相手が慌てている事が分かるのだ。
「では、お話しくださいますね?」
相手に拒否権を与えないその問い掛けに、隣で話を聞いていた豪は、小さくため息をついた。
「……兄貴が、そんな事言って、拒絶できる奴が居たら、俺は会ってみたいぜ……」
ボソリと呟いたその言葉を完全に無視して、烈は、相手から話を聞き出す事に成功する。
子供だと思って、侮っていたのが、彼らの敗因であろう。
「そんな事だろうとは思ったんだけどね……」
自分達に案内された部屋に戻って烈は、盛大にため息をついた。
「けど、兄貴が引き受けるとは思わなかったぜ」
疲れたようにベッドに座り込むその姿を、既にベッドに横になって見ていた豪が、意外そうに言葉を返す。
「確かに、あんな回りくどい事やられるのは、僕としてはもっとも引き受けたくない手ではあったんだけど、ヴァリトラなら、引き受けてあげないと、あまりにも気の毒だったからね」
「……俺には、そのヴァリトラって言うのが、分かんねぇんだけど……」
寝転がっていた体を起こして、ベッドの上に胡座をかくように、座りながら呟かれたそれに、烈は呆れたように盛大なため息をつく。
「お前、やっぱりハンター失格だな。ヴァリトラって言うのは、龍族の中で、一番獰猛で暴れ者のレッテルを貼られているヤツだ。もし、政府に言って莫大な賞金が掛けられたとしても、そんなモノを狩りたいなんて申し出る奇特なハンターなんて、居ないだろうね」
「って、んなやばいモンなのか?!」
兄の言葉に驚いて声を上げる。
それに烈は少しだけ考えてから、小さく頷いた。
「そうだね。僕とお前が揃って、無傷で仕事を終えられる確立は40%あるかないかってところだ」
「……狩れる確立は?」
『無傷』で、と言われた言葉に、豪は恐る恐る質問を投げ掛ける。
「それは、ほぼ100%って処だろう。もっとも、お前が頑張らなきゃ、それも低くなるだろうけどね」
「なら、問題ねぇじゃん。今はゆっくりと休息とって、明日に備えようぜvv」
自分の言葉に、安心したように呟いて、また体を横にする弟を見詰めながら、烈は苦笑を零す。
龍族の魔物は、自分達ハンターにとって、最も危険とされている依頼の一つだと言える。
四龍のように伝説の神の使いとされている龍も居れば、ヴァリトラのように、人間に危害を加える龍族も存在するのだが、龍族の魔物を狩る仕事は、政府の依頼内容において、SSクラス以上となり、殆ど見られる事のない依頼と言えるのだ。
その理由は、例えハンターと言えども、龍族を相手に出来る者が殆ど居ない事から、依頼主も、諦めてしまうパターンが多いと言うのが、理由の一つ。
そして、最大の理由は、政府自体が、龍族を相手にした依頼を殆ど引き受けないと言うのが、一番の理由。
「……賞金が掛かっている訳じゃないけど、これから水龍に会いに行くって前に、龍に会えたのは、好都合。しっかりと働いてもらうぞ、豪」
「はぁ??」
自分の言葉に意味が分からないと言うように問い返してきたそれに、笑顔だけを返す。
ヴァリトラは、その獰猛さから、龍族からも嫌われた一族なのだ。
そして、龍族の頂点とも言える水龍が、そのヴァリトラを倒した者を拒否する筈はない。
「ヴァリトラの血は、これからの旅にも役に立つ」
しかも、ヴァリトラの血は、万能薬といわれている。旅に薬は必需品である。
だからこそ、万能薬といわれているヴァリトラの血は、これからの旅に役立つと言えるのだ。
「ヴァリトラの血って、そんなにスゲーモンなのか?」
「まぁ、万能薬とまで言われている代物だ。あって損はないだろう」
「……ただ働き同然だけど、そんな事なら、やる気も出るぜ」
「『ただ働き』と言うのは、認めるが、ここの宿代に、食事代は、この町が持っていることを忘れるなよ」
「まぁ、それは、あの鳥類系の魔物倒してんので、チャラじゃん。龍族相手に、そんなモンじゃ足りる訳ねぇだろう!」
「なんにしてもだ、明日から、ヴァリトラ退治が待っているって事だ、万全の体調に整えとけよ」
「了解!」
元気に返事を返した弟に、兄が笑顔を浮かべる。
本当は、引き受けるつもりも無かった依頼。これが、ただの龍族であったのなら、引き受けなかっただろう。
ヴァリトラは、龍族のモノにも、嫌われたモノだからこそ、引き受けた。自分の目的の為に……。
「だからって、こんな山奥だって、聞いてなかったんすけど……」
「今更、何を言ってるんだ、お前。鳥類系の魔物の住みかがどんな所かくらい、知ってなくってどうする」
疲れたのか、その場に座り込む弟の姿に、烈は呆れたような視線を向ける。
普通、山頂付近に出没する鳥類系が、村に現れたのは、自分達の住処をヴァリトラに追われてしまったからだろう。
簡単に考えれば分かる事なのに、自分の弟がそんな事も分からなかった事に、烈は素直に頭を抱えたくなってしまった。
「言わなかったのは、分かっていると思ったからだ。まぁ、お前が普通の頭を持っていると思った事が、僕の間違いだったみたいだけどね」
盛大なため息をついて、呆れていますと前面に見せている兄の姿に、豪が不機嫌そうに頬を膨らませる。
「…そうだな、宿から休みなしだ。ここいらで休憩をとるか。ここから先は、ヴァリトラに追われた魔物の群れも多くなるだろうからね」
「………この依頼、引き受けたの失敗じゃねぇの……」
「何を今更。ちゃんとメリットもデメリットも説明しただろう。それを分かっていて来たんだから、諦めろ」
キッパリと言い切って、豪と同じように、そん場に腰を下ろす。
そして、自分の肩に乗っているマネモネへと視線を向けた。
「お前と違って、マネモネはちゃんと覚悟が決まっているみたいだぞ」
「…マネモネと比べられても……」
嬉しそうに自分の頬に擦り寄ってくるその姿に、烈が優しくその頭を撫でてやる。
そんな兄の姿に、複雑な表情で豪が、ため息をついた。
「さて、来るぞ」
「へっ?」
だがその瞬間、烈が立ち上がって、剣を手に構える。
言われた事の意味が分からず、豪は間抜けな顔で兄を見上げた。
見上げた瞬間に、一群の風が目の前を通り過ぎた事で、漸く兄の言葉を理解して、豪も自分の剣をその手に掴む。
「見張り番の魔物」
「昨日と同じ奴かよ。この山は、こいつ等の巣窟か?」
「だから、今更だと言っただろう。昨日村を襲った奴は、数が少なかった。あれは、獲物を狩る為の働き蜂みたいなもんだ。この手の鳥類系は、下手をすれば、100もの数で行動するからな」
「100!!マジかよ。んなの相手にしていたら、こっちの身が持たないぜ」
襲ってくる攻撃を交わして、相手に剣を振るう。
「まぁ、昨日の群れを考えれば、ココに住んでいる奴等は、50〜60ってとこだろうな」
「……いや、それでも、多いって」
断末魔の声を当りに響かせて、目の前の魔物が消えていくのを、豪は疲れたように兄に突っ込みを居れながら見詰めていた。
「見張りを倒せば、次は攻撃部隊。昨日少しは、倒しているから、あと30って所か」
「……そりゃ、やる気が出るこって……」
盛大なため息をつきながら、疲れたように呟いて返す。
そんな事を、サラリと言われて、『ラッキー』と言えるモノが居るなら、お目に掛かりたい。
「ほら、来るぞ!」
疲れたようにその場に座り込みそうになった瞬間、烈の声で顔を上げる。
そこには、飛んでくる魔物の数が……。
「……やっぱり、30匹でも、多いと思うんすけど……」
飛んでくるその姿を見ながら、そう思わずには居られない。
「つべこべ言わずに、行動しろよ。僕は、こんな所で死にたくないし、怪我したくないぞ」
「……最善をつくさせていただきます」
しっかりと言葉を返して、剣を構える。
「んじゃ、まずは……『雲よ、暗雲持ちし、雲よ集いたまえ……我頭上にて、その姿を集え!』」
「って、まて、兄貴!!こんな所で、そんな呪文!!」
だが、自分の横から聞こえてきた呪文の言葉に、驚いて視線を隣へと向けた。
「遅い!行くぞ!!『雷鳴、招来!!』」
「兄貴!!」
あたりを包んだ、作られた雷雲。
それが、魔物の群れに容赦なく雷の雨を降らせる。
その雷によって、身構えた事も虚しく飛んでいた魔物の姿は一つも残らず谷底に落ちていった。
「こんな所で、力遣っちまっていいのかよ!」
「こんな所だから、遣ってるんだよ。後の事を考えれば、余計な力を遣えないんだ。体力温存には、ちょうど良かっただろう?」
「……ちょうど良かったって……」
既に姿の見えなくなった雷雲と、魔物の姿に、豪はただ盛大なため息をつく事しか出来ない。
「休憩にもなっただろう、行くぞ」
「……全然、休憩になってないんですけど……」

再UPの『ハンター』です。
大変お待たせしたしました。<苦笑>
しかも、長いんで前編・後編と分かれる羽目に……xx
後編は、何時UP出来るのか謎でございます。
多分、烈さんの誕生日辺りにでも……。
もう暫くお待ち下さいね。(かなり、遠いって!)
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