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何が悲しいって、今のこの状態が何よりも悲しいんですけど……。
そう思っても、仕方ない状況が目の前では繰り広げられていた。
『お酒を飲んでも飲まれるな』とは良く言ったもんだ。
飲まれた日には、こう言う状況に陥ってしまうのだから……。
「あ、兄貴、本当に不味いって……」
そりゃ確かに、先に絡んで来た方が悪いとハッキリと言える。
だけど、そんな相手を、動けなくなるまで返り討ちにするのもどうかと思うんだけど……。
しかも、今の状態は最後のトドメでも刺すかのように得意な呪文が聞えてきて、ギョッとした。
さ、流石にこんな街中で、その術は不味いって、兄貴!!
しかも、相手は魔物じゃなくって、れっきとした人間。
「兄貴、それは本気で不味いって!!」
慌ててその腕を掴んでその場から離れる為にズルズルと兄貴の体を引き摺って行く。
兄貴が、俺よりも小さくって助かったかも……。
動けなくなっているゴロツキ達をそのままに、俺は急いでその場所を離れた。
「豪!邪魔するんじゃないぞ」
無理矢理その場を引き離された兄貴が、不機嫌そうに俺の名前を呼んで睨み付けてくる。
その目は完全に据わっているのは、気の所為じゃないだろう。
「確かに、あいつ等が悪い、それは認める。だけど、流石にアレは不味いって、兄貴」
そう、兄貴の得意な雷系の最大魔法。
あの呪文は、魔物でさえ簡単に黒コゲに出来るほどの威力を持っているのだ。
そんな術を、ただの人間に使った日には、どうなってしまうのか、考えただけで恐ろしい。
「僕が、そんなに馬鹿な事する訳ないだろう。ちゃんと手加減はする!」
キッパリとそう言うけど、その目はやっぱり座っている。
どう考えても、その言葉は信じられなかった。
「……兄貴、頼むから、落ち着いてください」
確かに、俺が間違えて兄貴にお酒を飲ましたのが悪い。
だからって、
「女の子に間違えられたからって、相手を半殺し状態にするのは、どうかと思うんだけど……」
きっと、これが酔ってなければ、絶対零度の微笑みで、相手を氷付かせただけで終わったと思うのだ。
だけど、たまたま箍が外れていた兄貴に、その禁句の言葉を言ってしまったあいつ等は、本当に気の毒でしかない。
お蔭で、きっと恐怖のトラウマとして、脳内に叩き込まれてしまった事だろう。
これから、下手に女性に手を出せなくなったとも思う。
その元凶を作った目の前の相手は、それでもまだやり足りないと言わんばかりに不機嫌だった。
彼等には、本当に気の毒だったと思う。
まぁ、それでも半分は、自業自得だと思うのだが……。
「おっと、ごめんよ、お嬢ちゃん」
頭を抱えたくなった出来事に、俺はどうしたものかと考えている中、聞えてきたその声に、ギョッとした。
「だ〜れが、お嬢ちゃんだって?!」
烈兄貴にぶつかった人が、素直に謝罪しただけなんだけど、それが不味かった。
いや、だからって、そんな殺気送って、相手を凍らせる微笑はどうかと思うんだけど・……。
そして、兄貴の手に流れるその気配に気付いた時、俺は慌てて兄貴を抱えてその場を離れた。
呆然としているその人を無視して・……。
そう、兄貴の手には、しっかりと魔法の力が集められていたのだ。
ブリザート系のその魔法は、本気で相手を凍りつかせる魔法。
「頼むから、一般の人達に魔法攻撃するのは止めてくれ!!」
兄貴の魔法の力は嫌って程知っている。
だからこそ、一般人にそれを向けさせる訳にはいかないのだ。
「うるさい……豪、眠いんだけど……」
ぎゃんぎゃんと大声で文句を言う俺に、一言呟いて、続けて言われたその言葉に、俺は慌てた。
眠いって、まだ宿屋さえ決まってない状態なのに……。
「寝る」
「えっ、ちょっと、兄貴?」
言うが早いか、そのままその場で座り込んで眠ってしまう。
聞えてきた寝息に、俺は思わずため息をついた。
「マネモネ、兄貴の事頼むな。俺は宿屋探してくるから」
「ピィー」
完全に眠ってしまった兄貴に気付いて、俺は兄貴に懐いているマネモネに声を掛けて、自分のマントを兄貴に掛けて宿屋を探しに行く。
まぁ、たまにはこんなのも仕方ないか……。
そう思いながら、今日泊まる宿屋を探してもと来た道を戻り始めた。
明日、兄貴は今日の事覚えているんだろうか?
きっと、覚えていないだろう。
そんな気がする。
そんな事を考えながら、宿屋と書かれたその店へと入った。
そして、次の日。
女の子のような少年が、大の大人数人を叩きのめしたと言う話が、小さな町の噂になるのは、別の話。
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