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「烈兄貴!宿が見付かったぞ」
「そんなに大声で出さなくっても、聞える」
自分に向けて大きく手を振りながら、しかも、大声で自分を呼ぶ弟に、烈はただ盛大にため息をついた。
久し振りの休息をしようと、町にやってきたまではいいのだが、付いた町では、誰かの聖誕祭とやらで、町中揚げての盛大なお祭りが開かれている真っ最中で、なかなか泊まる宿屋が見付からなかったのである。
そんな訳なのだから、部屋が空いている宿屋を見つける事が出来て、喜ぶ気持ちは分かるのだ。
そう、分かるのだが、大声でそんな行動を起こされては、目立つ事この上ない。
「……人が、せっかく目立たないように髪の色を隠しているって言うのに……」
布を被って、出来るだけ自分の姿が見えないようにしていると言うのに、何人かの視線が自分へと向けられたのに気が付いて、烈は再度大きく息を吐き出す。
「……何にしても、マネモノも、これで元の姿に戻ってゆっくり出来るな」
そして、自分の肩に乗っかっている生き物へと声を掛けた。
今のマネモネの姿は、ネコ。
マネモネは、希少価値が高い為、こうやって、姿を騙して連れ歩くのが、普通なのだ。
「兄貴!!」
自分の言葉に、マネモネが嬉しそうに擦り寄ってくるのを、頭を撫でてやる事で、答えていたその時、またしても大きな声で名前が呼ばれる。それに、烈は再度、盛大なため息をついた。
「大きな声を出すな!!分かったら、宿屋に行くぞ!!」
自分に手を振っている弟の傍へと急ぐと、その頭を一回だけ殴りつけて、先へと促す。
「……本気で殴る事ないだろう!!」
「お前が、殴られるような事するからだ!!ほら、行くぞ!」
何時でも何処でもマイペースな弟に、心底呆れながら、見つけた宿屋へと案内させる。
「いらっしゃい!」
着いた先は、小さな宿屋。ドアを開いて中へと入れば、少し小太りの女が出迎えてくれた。
「2人部屋が空いているって、さっき言ってたよな?」
「ああ、空いているよ。この時期は、どこも宿屋はイッパイだから、宿探しに苦労しただろう?ゆっくりしといで」
気のいい女将らしい女の言葉に、小さく頷いて返す。
「おや、その肩に乗っかっているのは、マネモネかい?」
「えっ?」
しかし、そのまま部屋に案内されるだろうと思ったが、その前に尋ねられたそれに、烈が驚いて顔を上げる。
「って、事は、あんたらハンターかい?この町にハンターが来るのは久し振りだねぇ。ここには、ハンター専用の宿屋はないから、余計に苦労しただろう」
おおらかに笑いながら言われた言葉に、豪が、不思議そうに首を傾げた。
今のマネモネの姿は、猫にしか見えないのだ。
「おばちゃん、なんでこいつがマネモネだって、分かったんだよ」
「分かるよ。どんなに特殊なネコでも、そんなにじっとしているのは、そう居ないからねぇ。それに、何度かマネモネを見たことあるから、分かるよ」
「へぇ、この辺は、マネモネ居るのか?」
「ああ、マネモネは、この町では神様みたいなもんだからねぇ。そんな神様みたいなモノを連れてこられちゃ、サービスしない訳にはいかないね」
「ラッキー!んじゃ、宿代安くしてくれるのか?」
「ああ、半値にしておくから、ゆっくりしておいき」
ニッコリと笑顔で言われたその言葉に、豪も笑顔を返して、そのまま部屋の鍵を受け取った。
「んじゃ、烈兄貴、部屋に行こうぜvv」
半額にしてもらったのが余程嬉しかったのか、自分を促す弟に、烈は思わず苦笑を零す。
そして、宿屋の女将に一礼してから豪の後へと続いた。
そして、部屋へと入った瞬間、自分が被っているその布を取り外す。
布に隠された、赤い髪と赤い瞳が、漸く表に現れる。
「……漸く、邪魔な布が取れる……」
ホッと息をついて、烈はベッドへと腰をおろした。
「って、何で兄貴は、布なんて被ってたんだ?」
疲れている兄を前に、ずっと疑問に思っていたことが漸く聞きだせるとばかりに、豪が不思議そうに首を傾げる。
そんな弟の姿に、烈はただ脱力したように盛大なため息をついた。
「……お前、ボクがこの町に入る前から態々布なんかを被っている理由も知らなかったのか?」
信じられないと言う表情を見せて、烈は呆れた表情で弟を見る。
「うん、知らねぇ……で、ずっと疑問に思ってたんだけど、何でだ?」
「………」
無邪気に質問される内容に、烈は呆れてモノも言えないほど弟を凝視してしまうのは、仕方ないだろう。
「兄貴?」
「………こ、この町は、赤い髪や赤い瞳を災いとしているんだ!!お前はもう少し勉強しろ!!!」
「へぇ、そうなのか?」
「……『そうなのか?』じゃないだろうが!!たく、分かったんなら、この町での買出しは、お前一人で行け。買うものはここに書いてある。いいか!くれぐれも余計なものは、買うんじゃないぞ!!」
「って、その間、兄貴は??」
路銀の入った袋と、買い出さなければいけないモノのリストを手渡されて、そう問い掛ける。
「ボクは、久し振りに魔除けでも作っとくよ。勿論、マネモネの分のヤツをね」
何時の間にかネコの姿から何時もの姿に戻っているマネモネの頭を撫でながらの言葉に、納得と頷いて、これ以上兄に逆らって怒られることを避けるために、豪はそのまま部屋を後にした。
「おや、お出かけかい?連れの子は??」
階段を下りて宿屋を出ようとしたところで、女将が話し掛けてくる。
それに、豪は振り返って頷いて返した。
「ああ、旅に必要な買出し。兄貴は、魔除け作り。旅には必需品だからな」
「あんたの連れは、占い師なのかい?」
「違う違う、兄貴もハンターだぜ。オレと違って、魔法も使えるし、魔除けだって作るんだ」
不思議そうに首を傾げる女将に、豪が誇らし気に説明をする。
ハンターでも、魔法を使えないヤツは沢山居るし、ましてや、烈のように魔除けを作る事の出来るハンターは殆ど居ないのだ。
「あんたの兄さんは、凄い人だねぇ……ハンターで魔除けも作れちまうのかい」
誇らし気に説明された事に、感心したように返されたそれに、豪は満足気に笑みを見せた。
自分の兄が、本当に凄いハンターだと認めているからこそ、こうして感心したように言われる事は、誰よりも嬉しいのだ。
兄を認めてもらえることが……。
「なぁ、この町って、赤い髪や赤い瞳が災いって言われてるのは、本当なのか?」
そして、気になった事を質問する。それは、烈がここに着てから、ずっと気にしている事。
「ああ、この町は、赤い髪や赤い瞳を持っている人を極端に嫌うんだよ。今日のお祭りの主が、赤い髪と赤い瞳を持つ魔人に殺されてしまったからねぇ」
「赤い髪と赤い瞳の魔人?」
自分の質問に返されたそれに、豪は首を傾げる。
そんな色を持つ魔人など、聞いた事などないから……。
「そうだよ。今日は、その英雄の聖誕祭なんだ。だから、余計に赤い髪や赤い瞳を持つ人は、煙たがられるんだよ。もっとも、今となっては、赤い髪や赤い瞳を同時に持つ人や魔人なんて、存在していないんだろうけどねぇ」
笑いながら言われた言葉に、豪は複雑な表情を見せた。
今、烈の姿を見たら、きっと大騒ぎになる事は、間違いないだろう。
どうして、烈が、この町に入ってからずっと、自分の容姿を隠していたのか、その理由が分かって、頭を抱えたくなる。
『……兄貴、知っててどうして、この町に来たんだ??』
複雑な気持ちは隠せない。それでも、自分の兄が、考え無しに行動するとはどうしても思えないのだ。
取り合えず、何とか挨拶をして、宿を後にする。
今は兄を一人にしておく事が嫌で、何が何でも早く買出しを終えて、烈の下へと戻る事を決めた豪の行動派素早かった。
「兄貴!」
バンッと大きな音を立てて、部屋に入る。
しかし、その瞬間、慌てて豪は自分の口を塞いだ。
「…………ね、寝てる、のか?」
ベッドに横なって、反応を示さないその姿は、どう見ても眠っているようにしか見えない。
「…珍しい、兄貴が、寝てるなんて…」
自分とは違う髪の色。そして、今は見えない瞳。
赤い髪と赤い瞳を同時に持つ者は、殆ど存在しないと言われている。
なのに、その奇跡のような姿を、自分の大切な兄が、持っているのだ。
「……人間にも、魔人にも存在しないのに、何で兄貴は……」
『このお祭りの主が、赤い髪と赤い瞳をした魔人に殺されてしまったからねぇ』
「赤い髪と、赤い瞳をした魔人、かぁ……もしかしたら、兄貴は、その魔人の事を調べる為にこの町に来たのか?」
そっと、眠っている兄に問い掛ける。
勿論、返事など戻ってくる事など期待していない。
「……時々は、兄貴が、何を考えてるのか、教えてくれよ……一人で抱えないでさぁ」
空いている方のベッドから毛布を取ると、そっと烈に掛けてやる。
「さぁてと、兄貴寝ちまってるから、夕飯でも仕入れてくるか!」
この町で、烈の容姿は、目立つから、代わりに動ける自分が雑用をこなす。
いつも兄がしている事を、今日は自分が代わって片付ける。
「たまには、ゆっくりするのも、いいもんだよな」
忙しい兄に代わって、今だけは、少しの休息。
こんな事、滅多にある事ではないから、その時間を守ってあげたい。
パタンと音を立てて扉が閉まった瞬間、ムクッと横になっていたその姿が起き上がる。
「……お前に教えても、理解出来ないぞ、豪。まぁ、今日はお言葉に甘えて、ゆっくりしててやるか……」
はい、番外編です。
手直しだけで終りました。
予想通りといいましょうか、おまけ話は、間に合っておりません。
また、出来上がり次第、この中にUPしますね。
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