― 第二ボタンを送ろう ―

                            
「烈兄貴、手」

 当然の様に自分の部屋に入ってくるなり言われた事に、烈は文句を言うのも忘れて言われた通り手を出す。

「はい、兄貴の」

 嬉しそうな笑顔を見せながら、手の平に落とされたものは……。

「これって、風鈴中学のボタン……?」

 自分に渡されたモノが、一年前の今日卒業した中学の制服ボタンである事に、烈は不思議そうに首を傾げる。

「そっ、今日晴れて卒業した風鈴中のボタン。だから、これは烈兄貴の」

 言われたことの意味が全く分からず、豪に目を向ければ、その制服には一つのボタンも残っていない。

「……それって、全部女の子に取られたのか?」

 ボロボロ状態の豪の姿に、少しだけ同情したように呟いて、烈はもう一度自分の手に渡されたボタンに目を落とした。

「……も、もしかして……」

 そこで、漸くこのボタンの意味が見えて、少しだけ呆れた様にため息をつく。

「なっ、これって烈兄貴のだろう?」

 そんな自分の態度も全く気にした様子もなく、嬉しそうな笑顔を見せる弟に、烈は苦笑を零した。

「どんなに欲しいって言われても、これだけは誰にもやれねぇ。だって、これは烈兄貴のモノだから」

 手渡されたのは、第二ボタン。
 心臓に一番近いボタンは、誰でもなく一番好きな人にこそ渡すもの。

「……らしくない事、するなよなぁ……」
「らしくねぇって……3年になった時からずっと考えてたんだよ。第二ボタンは絶対に、烈兄貴に渡すんだって…これでも、死守するの大変だったんだぜ」

 ぎゅっとボタンを握りしめてポツリと漏らされた言葉に、豪が文句を返す。自分がモテると言う自覚はしていたのだが、まさかあそこまで酷いものになるとは想像していなかっただけに、その文句は本気で言われているのだろう。

「……だろうなぁ……ボクはそんな事なかったのに……」

 去年のことを思い出しながら、逆に文句を言う烈に、豪はバレナイ様にこっそりとため息をついた。

『そりゃ、烈兄貴には言い難いだろうよ。たく、自分が陰でどれだけのファン作ってたかって事も知らねぇんだからなぁ……本当、参るぜ……』

 烈の場合、綺麗過ぎて逆に手が出せないのだ。だから、暗に条約が出来ていて、烈には、無理な事も出来ないのである。

(何せ、手荒に扱うと壊れそうだと言うのが、女どもの意見。おいおいって突っ込み入れたくなっちまったけどな<豪談>)

「何か、言いたそうだなぁ、豪?」
「そ、そんな事、ある訳ねぇじゃんか、烈兄貴」

 ギッと睨みつけられて、慌てて笑顔を向ける豪に、烈は苦笑を零すともう一度手の中のボタンを握り締めた。

「頑張って死守したご褒美に、仕方ないから、貰ってやるよ。感謝しろよな、豪」

 ウインク付きの笑顔で言われた事に、豪は思わず苦笑を零す。それでも、貰ってもらえた事の方が嬉しい。
 第二ボタンを受け取って貰うのは、自分の気持ちを受け入れてもらうと言う事。

「高校卒業の時にも、烈兄貴にボタン渡すから……ずっと、持っててくれよな」

 自分のボタンを握り締めている烈の姿に、ちょっとだけ照れたように笑いながら言われた言葉は、次の瞬間バカにされたように返された。

「……お前、高校卒業できるのかぁ?入れても、中学とは違って簡単には卒業出来ないんだぞ。勉強について行けずに、退学って事になるんじゃないだろうなぁ」

 呆れた様に返して、盛大なため息をついて見せる。

「卒業じゃなくって、退学なんてしてみろ、ボタンなんて貰ってやらないからな!」

 厳しい烈の言葉に、思わず苦笑を零す。素直じゃない姿も、自分は好きだから……。
 照れ隠し半分と、本気半分?もっとも、照れ隠しの方が大半を占めているのは、ちゃんと知っているけど。

「大丈夫!卒業式終わったら、烈兄貴にボタンを即効で届けてやるから、心配すなよ」

 嬉しそうに笑いながら、ウインク付きで言われた言葉に、烈が少しだけ顔を赤くする。

「し、心配なんてしてないだろう……そ、それと、言い忘れてたけど、ウチの学校はブレザーだって事、忘れてないか?」
「えっ、って?あれ?」

 少し呆れた様に言われた事に、豪は首を傾げて考えてみた。確かに、自分が入学が決まっている高校の制服はブレザー。
 第二ボタンはあっても、学ランとはやっぱり意味が違ってくる。

「バーカ……本当、考え無しだよなぁ、お前って……」

 心底呆れたような物言いに、何も言い返せない。それでも、ただ真剣に自分の気持ちを伝えるだけ……。

「いいよ、そしたら、兄貴に俺のネクタイを渡すから……受けとってくれるんだろう?」
「……ずるいよなぁ……」

 真剣な瞳で見詰めてくる弟の視線を受け止めて、ポツリと文句。

「…何が、ずるいんだ?」

 漏らされた文句に、豪が不思議そうに首を傾げて。

「……そんな顔で言われたら、『嫌』なんて言えるわけがないだろう……」

 小さく言われる苦情に、豪は優しく瞳を細めると、そっと烈の髪に指を絡める。

「『嫌』だなんて、言わせねぇ」

 自信満万に言われて、烈がムッとした表情を見せた。

「偉い自信だなぁ、豪」
「……自信なんてねぇ。ただ、烈兄貴を放すつもりがねぇってだけ」

 シレッと言われた事に、瞬時で烈の顔が真っ赤に染まる。

「なっ、何、言って……」
「自信があるのは、俺の気持ち……それに、兄貴は、俺の気持ちを受け取ったんだから、覚悟しとけよ」

 ウインク付きで言われた事に、何も言い返せない。確かに自分は、豪の第二ボタンを受け取ったのだから……。
 だから、しっかりとその気持ちを握り締める。

「……貰ったんだから、返せって言われても、返してやらないからな」
「望むところだぜ。まっ、んな事は死んでもねぇだろうけどな」

 嬉しそうに言われる言葉に、笑顔を返す。そして、もう一度ボタンを握り締めるとゆっくりと顔を上げた。

「言い忘れてたけど……卒業おめでとう、豪」




                                                           e n d

 

 

       

 





    一様、卒業式シーズンって事で、載せちゃいました。<もう、終わってるって……xx>
    本当は単に、学生服の第二ボタンって話を一度書きたかっただけの話なんですが……。

    しかも、「ゴーレツ友の会」の会報に載せて頂いたものを使っております。
    読んでいる方、私の場違いな小説に驚いただろうなぁ・・・・・・。