「豪!お前、そんなところで何してるんだ?」

 コソコソと柱に隠れようとしている豪の前に、烈は仁王立ちすると、怒ったように豪へと声を掛ける。

「れ、烈兄貴……」

 自分の前に立っている兄を恐る恐ると言った感じで見上げながら、豪は逃げ体制に入った。
「逃げるな!お前、まさか話を聞いてたのか?」
「聞いてねぇよ。いってーって、烈兄貴」

 耳を思いっきり引っ張られて、豪が抗議の声を上げる。

「自業自得だ、バカ……」

 ふいっと横を向いての言葉は、もしも話を聞かれていたとしたら、どうしようもなく恥ずかしいから……。

「自業自得って、何だよ!俺は、兄貴の事本気で心配してるんだぜ。兄貴、人を疑うってことしねぇから……」

 最初の方は強気で言っていたのに、後の方はボソボソと言われて、烈は溜息をついた。

「……金輪際、オレの心配なんてしないんじゃなかったのか?」

 意地悪で、数十分前に豪がいったことを口に出す。
 そんな烈の意地悪に、豪は拗ねたように横を向いてしまった。

「……俺が出来ねぇって知ってんだろう……」

 ぶつぶつと文句を言っている豪に、烈は思わず苦笑してしまう。分かっていて言っているのだから、あれが自分に対して、売り言葉に買い言葉だったと知っているからこその意地悪。

「……ブレットくんの気持ちは、本人から聞かせて貰ったよ。心配なくっても、ちゃんと断ったから、安心しろ」

 だが、ちゃんとフォローする事も忘れないのが、烈である。

「兄貴?」
「気持ちは、嬉しかったんだけど、ね」

 ニッコリと言われた言葉に、豪は一瞬どきっとしてしまう。

「でも、今はそう言う気にはなれないんだ……」

 だが、続けて言われた言葉は、どこか寂しそうに見えて豪は掛ける言葉を失った。

「ほら、何時までそんなところに居るつもりだ?みんなのところに戻るぞ」

 ぼんやりと烈を見詰めていた豪は、呆れたように言われたことに我に返る。

「みんなが心配するだろう。どうしてか分からないけど、いやに気にしてくれるからな……」

 何気に言われたその言葉に、豪は思わず苦笑してしまう。鈍いのか、鋭いのか……恋愛以外には妙に鋭い烈なのだが、皆の本当の気持ちには全く気付かない。

「……ほんと、兄貴って、罪作りだよなぁ……」
「何か、言ったか?」

 豪の呟きを聞き逃した烈は、不思議そうに首を傾げて弟を見る。

「ぶぇつに……ほら、兄貴戻ろうぜ。俺のご馳走が無くなっちまう」

 既に自分の物と化されているご馳走と言う言葉に、烈は思わず苦笑してしまった。

「はいはい……」

 呆れたように溜息をついて、歩き出す。

「兄貴!急げよ!」
「慌てなくっても、無くなったりしないだろう」
「イヤ、無くなる!…ほら」

 突然すっと差し出された手に、烈は驚いて豪を見た。

「手、繋いで戻ろうぜ」

 手を差し出したまま、豪が照れたように笑顔を見せる。

「……本当に、どうしてこんなヤツなんだろうなぁ……」

 溜息をつきながら、呆れたように言われた事に、豪は抗議の声を上げようとしたが、その前に烈が豪の手を取った事で上げられずに終わってしまった。

「ほら、戻るんだろう?」

 驚いて自分の事を見詰めてくる弟に、優しく微笑んでみせる。

「あ、ああ……」

 その笑顔と共に豪はぎゅっと、烈の手を握り締めた。

「豪?」

 その強い力に、烈は不思議そうに豪を見詰めてしまう。

「絶対、兄貴を他のヤツには渡さねぇ!兄貴は、俺だけの兄貴だからな!」

 突然言われた事に、烈はもう一度笑顔を見せた。それは、優しくって、本当に嬉しそうな笑顔。
 だが、烈から顔を逸らしていた豪は、その表情を見ては居なかった。

「……心配しなくっても、ボクはお前だけの兄貴だよ」
「烈兄貴?」

 突然、自分の肩に額を預けてきた事に驚いて、そちらを向けばすぐそこに烈の頭がある。

「…………・・だよ……」
「えっ?何て、言ったんだ?」

 聞こえなかった言葉を聞き返して、首をかしげる豪に、烈は顔を上げて首を振った。

「何でもない。ほら、戻るぞ」

 ニッコリと笑顔を向けると、歩き出す。

「ちょっ、烈兄貴」

 突然手を引っ張られて、豪もその勢いにつられて歩き出した。

「ほら、ちゃんと歩けよ。大体、お前が言い出した事だろう」

 手を引きながら、殆ど自分に引き摺られるように歩いている弟に、呆れたように溜息をつく。

「けどさぁ……なんか、俺の考えていたのと違うんだよなぁ……」

 首をかしげながら、それでも烈に引っ張られている今の状況が、自分の考えていた構図と何処が違うのかを追求してみる。

「そうだよ!何で、気が付かなかったんだ」
「豪?」

 突然大声を上げられて、驚いて烈は立ち止まって後ろを振り返る。
 そのスキを逃さず、豪は烈よりも前に出ると、今度は自分が烈の手を引く。

「へへ、ほら、兄貴……これこれ、俺が考えてたのは、これだよ」

 逆に烈の手を引っ張りながら、嬉しそうな笑顔を見せている弟に、烈は微苦笑してしまう。
 前を歩き出した豪の背中を見詰めながら、何故か切なくなる。

「……ごう……」

 その背中に、小さく名前を呼びかけて、烈は瞳を閉じた。

「呼んだか、烈兄貴?」

 だが、直ぐに振り返られて驚いて瞳を見開くと、マジマジと弟の顔を見詰めてしまう。

「な、何だよ……」

 じっと見詰められて、居心地悪そうにしているが、決して逸らされる事は無い瞳。

「……イヤ、呼んでないよ……」

 驚きを隠せないまま、それでも首を振って否定する。

「可笑しいなぁ……確かに、呼ばれたと思ったのに……」

 不思議そうに首を傾げている相手に、烈は苦笑すると口を開いた。

「お前の気の所為だ。ほら、急ぐんだろう?」

 ニッコリと笑って、それからちゃんと先へと促す。そう言う豪の相手は自分が一番しているから……。

「おう……そうだよなぁ・・・・・・」

 烈に言われて、豪は疑問に思いながらも、前を向いて歩き出す。勿論、烈の手を握ったまま。
 歩き出した豪に、烈はホッと胸を撫で下ろした。正直言って、あの声が聞こえているとは思わなかったのである。
 呟きにも近い自分の声は、自分の耳にだってハッキリと聞き取れないほどの声だった。それに、返事を返されるなんて考えてもいなかったので、流石の烈にもなんと答えるべきなのか一瞬考えてしまったのだ。
 だが、正直なところ、嬉しかったのが本心なのである。
 例え、どんなに前を進んでいても、自分の声に振り返ってくれる存在がある事に感謝したいくらいだ。
 心の中で、何度も繰り返している言葉が、胸一杯に広がっていくのを止められない。いつか、この気持ちが張り裂けてしまったら、自分はどうなるのだろうか?

  ―――スキ―――

 たったそれだけの言葉なのに、胸を一杯にしている言葉。
 口に出してしまえば、全てが幻になってしまいそうで、怖いと思うのは、自分が弱いから?

「烈兄貴、俺、俺さぁ……ずっと、気になってる事があるんだよなぁ……」
「えっ?」

 突然声を掛けられて、自分の意識の中に入り込んでいた烈は、驚いて顔を上げた。
 だが、ここに来る前に、そんな事を藤吉から言われたのを思い出して、何時もの笑顔を見せる。

「何だ、言ってみろよ」

 優しい笑顔と共に促されて、豪は意を決したように立ち止まると、真っ直ぐに烈を見た。

「あのさぁ、烈兄貴……」

 それでも言い難そうに口篭もる相手に、烈は溜息をついてみせる。

「だから、なんだよ。はっきり言ってみろ。それとも、言い難い事なのか?」
「別に、そう言う訳じゃねぇけど……」
「だったら、言ってみろよ」

 呆れたように言われて、豪は覚悟を決めて口を開く。

「……あのさぁ、烈兄貴、俺の前では『オレ』って言うだろう?それが、ずっと気になってたんだよなぁ……」

 言い難そうに言われた事に、烈は正直な気持ち『またか』と頭を抱えたくなってしまう。どうして、そんな事を聞きたがるのだろう?
 実際、ブレットには正直に理由を教えたのだが、豪相手には教えたくない理由である。烈は大げさに溜息をついて見せた。

「なぁなぁ、教えてくれよ」
「……お前には、絶対に教えてやらない」

 自分に縋ってくる弟に冷たい視線を向けて、烈は繋がれた手も解いてしまう。

「何で、ブレットのヤツには、教えてたじゃねぇかよ!」

 自分の態度に、豪が抗議の声を上げる。だが、その言葉に、瞬間烈の顔が真っ赤になった。

「お、お前、やっぱり聞いてたのか?」

 烈の質問に、豪は『しまった』と言う表情を見せて烈から顔を逸らす。

「ど、何処まで、聞いたんだ?」

 顔を逸らす豪に詰め寄るように、烈は質問を投げ掛ける。
 焦っている烈など、滅多に拝めものではない姿を目の前にして、豪は内心舌を出した。
 勿論、二人の会話は全て聞いているのだ。だから、烈が焦る理由もちゃんと分かっている。

「答えろ!豪」
「俺の質問に、烈兄貴が答えたら、俺も教えてやってもいいぜ」
「豪!」

 嬉しそうに走り出す豪を相手に、烈の方は逆に焦りまくっていた。まさか、あの会話を聞かれていたなど、顔から火が出るくらいに恥ずかしい事である。しかも、一番知られたくない相手に知られたのだから、言い訳など出来ない状態であろう。

「待て、豪!あれは……」

 それでも、慌てて言い訳をしようとするが、振り返った豪に先手を取られてしまう。

「あれが、烈兄貴の本当の気持ちだろう?俺、嬉しかったんだぜ。兄貴に、一人前に見て貰えてんだって分かったからさぁ」

 嬉しそうに笑っているその姿に、何も言えなくなってしまう。

「だからなぁ、俺も正直に言うな。兄貴、大好きだぜ」

 満身の笑顔での告白。自分が言えなくって、心の中に仕舞い込んでいるその台詞を豪は、スンナリとしかも笑顔で言ってのけた。

「……だから、お前には勝てないんだろうなぁ……」

 溜息混じりに、もう既に諦めてしまっている事を呟いてしまう。
 自分とは、正反対の性格。何者にも負けないその心が、自分を引き付けて離さない。
 正直に言うと、どんな時でも信じている唯一の人物。勿論、絶対に口になんて出して言わないだろうけど……。

「なぁなぁ、だから、兄貴も俺に言ってくれよ」

 甘えたように言われたその言葉に、烈はもう一度溜息をつく。

「絶対に、言ってやらない」
「ケチ!」
「何とでも言え。けど、言ってやらないからな」

 言われなくっても、伝わっていると分かっている。だからこそ余計に口には出せない、自分の気持ち。
 でも、ちゃんと知っていてくれるのなら、自分はちゃんと前に進んでいけるだろう。

「まっ、でも、兄貴の気持ちは、聞かせて貰ったから、いいか・・・・・・」
「聞かせたんじゃないだろう、お前が、勝手に聞いたんじゃないのか?」

 満足したように頷く弟に、烈は呆れたように呟いてそっぽを向く。

「細かい事は、言いっこ無しだぜ」

 豪快に笑う弟を前に、兄の心境は複雑の二文字である。自分の気持ちを知られた事は、この際置いておいてもいいのだが、その事が、この弟を調子付かせた事はマイナスであろう。思わず、額に手を当ててしまっても、許されるだろうか。

「……お前達、まだこんな所に居たのか?」

 だが、それは第三者の声に現実へと引き戻されてしまう。

「……ブレット」

 二人同時に、その人物の名前を呼ぶ。勿論呼び方は極端に違うが……。

「とっくに戻ってると思ってたぞ……」
「そんなに、時間経ってるの?」

 ブレットに言われた事に驚いて、烈はブレットのしている腕時計を覗き込んだ。
 時計を見ると、部屋を抜け出して既に1時間以上過ぎてしまっている。

「えっ、もうこんなに時間過ぎてたんだ・・・・・・」

 行き成り突きつけられた現実に驚いて、烈は複雑な表情を見せた。だがここで、面白くないのは豪である。折角、烈と二人きりの状態だったのに、邪魔者出現なのだから、当然といえば当然であろう。
 しかも、烈はブレットの腕を掴んだままの状態なのである。それが、更に豪の機嫌を悪くさせているなど、烈は全く気付いていない。

「早く戻らないと、みんな心配してるだろうなぁ……」

 困ったように呟く烈を前に、二人が同時に口を開く。

「烈兄貴!」
「レツ!」

 二人同時に名前を呼ばれて、烈は驚いて二人に視線を向けた。

「どうかしたの、二人とも……」

 自分の目の前で、睨み合っている二人に、首を傾げてしまう。
 本人達から告白されたというのに、それでも今の状況を全く分かっていないというのは、流石と誉めるのを通り越して悲しくなってくる。

「どうしたじゃねぇよ!いい加減、その手を離せって!」

 烈が掴んでいる手を除けて、豪はブレットと烈の間に割って入った。

「イイ性格だな、ゴウ・セイバ……」
「兄貴は、俺のモンなんだよ!」

 舌を出しながらの言葉に、ブレットは頭を抱えたくなる。これでは、数時間前をリピートしているようだ。
 だがここで、烈の反応だけが違っていた。烈は豪の後ろで、楽しそうに笑っている。

「烈兄貴?」

 後ろから聞こえてくる笑い声に、豪は首を傾げて振り返った。

「わ、悪い。でも、二人共本当は、仲がイイんだと思うと、つい……」

 本当に可笑しそうに笑う烈を前に、二人は複雑な表情を見せる。
 仲がイイと言われても、実際はその逆だと思うのだ。正直言うと、烈を取り合っているのだから、ライバルといってもいい関係になるだろう。
 それなのに、そんな風に言われるなんて、心外過ぎる。
 だがそこは、相手が惚れている人物だけに、口に出してはいえないのだが……。

「なぁんか、気が抜けちまった……」

 溜息をついて、豪が頭をかく。拍子抜けするとは、今の状態の事を言うのだろう。ブレットも同様で、溜息をついている。

「ほら、二人とも戻ろう」

 二人が呆れたように溜息をついているのも全く関係なく、一人だけニッコリと笑うと、拍子抜けしている二人に手を差し出す。

「……ホンと、烈兄貴には勝てねぇよなぁ……」

 苦笑交じりに呟いて、差し出された手を先に豪が握り返した。

「確かに、その意見には賛成だな……」

 続いてブレットも苦笑すると、もう一方の手を取る。

「何か、言った?」
「別に、何でもねぇよ!ただ、俺達は、烈兄貴がスキだって言ったんだ」

 苦笑を零しながらも言われたそれに、烈の顔が見事に真っ赤に染まった。それに気を良くした豪は、烈の隣に行くとその頬にブレットがしたようにキスをする。

「ご、豪!」 

 突然の事に、赤い顔が更に赤くなる。それでも顔を隠せないのは、今二人に手を掴まれているから……。だから今は、豪を睨み付ける事しか、出来ない。

「そんな顔で睨まれても、怖くないぜ」

 ウインク付きで言ってから、嬉しそうに笑う豪を相手に、烈は悔しそうな瞳を向ける。そんな二人を目の前に見せられて、ブレットとしては、非常に面白くないのは当然であろう。

「レツ、戻るんだろう?」

 グイッと強く手を引っ張られて、それに釣られ二人は否応なしに歩き出すしかない。

「ちょっ、ブレットくん……手が、痛い……」

 強く掴まれている腕の痛みに、烈が抗議の声を上げてしまう。

「やい、ブレット!お前、烈兄貴の手を離せ!」

 豪の文句も、完全無視。
 ギャーギャーと賑やかに、三人手を繋いだまま、皆が居る部屋へと戻っていく。
 扉を開いた瞬間、そんな三人に全員の視線が集中した。

「……ただいま……」

 一身に浴びせられる視線に、烈が苦笑しながら挨拶をする。

「……お帰り……」

 Jが驚いた表情を見せながらも、ちゃんと返事してくれるのに、烈は引き攣った笑顔を見せた。
 その間にも、豪はブレットを相手に文句のオンパレードを続けているようで、部屋の中が突然賑やかになってしまった事に、烈は頭を抱えたくなったが、両手とも掴まれた状態ではそれも叶わない。

「……烈くん、一体何があったの?」

 心配気に尋ねてくるJに、思わず烈は苦笑する。

「……その前に、出来れば助けてもらいたいんだけど・……」

 理由を話す前に、まずは自由の身になりたいと思うのが、烈の切実な願いである。両手とも掴まれたままでは、落ち着かない。

「……助けて上げたいのは山々なんだけど……」

 Jは烈の申し出に、チラリと二人に視線を向けて、小さく首を振る。

「……ごめんね……」

 苦笑を浮かべながらの言葉に、烈は肩を落とした。確かに、今の状態から逃げ出すのは難しいだろう。自分に出来ないのに、誰かに助けて貰おうなんて甘い考えは無駄な事である。
 自分を挟んでの言い合いなど、遠慮してもらいたいと思うのは、贅沢な望みではないはずだ。

「二人とも……いい加減にしてくれ……」

 泣きたくなるのは、こんな時なのかもしれない。
 誰でもいいから、この状態から助けてもらいたいと思うのは、いけない事だろうか?

「いい加減にしろ、二人とも!烈が困っているだろう」

 だがここで、一人の人物が、助け舟を出してくれた。突然、二人の間で疲れている烈を自分の方に抱き寄せて、掴まれていた腕も簡単に解いてしまう。

「てめぇ、どう言うつもりだよ!烈兄貴から、その手を退けろ!」

 突然、第三者に烈を連れ去られてた豪が、相手を睨み付ける。

「俺はただ、烈が困っているようだから、手を差し伸べただけだ。お前達、少しは烈の事を考えてやったらどうなんだ?」

 豪の睨みも全く気にせずに、言われた言葉は正論過ぎて、反論する余地がない。
 だがここで、そんな事を言われて引き下がる相手でないのが、豪が豪である証拠であろう。

「んなのどうでもいいから、その手を離せ!」

 今だ、腕の中にすっぽりと烈を抱きしめているリョウに対して、文句を言う豪に誰もが思わず苦笑する。
 独占欲の塊とは、まさに豪の為の言葉であろう。

「あ、有難う、リョウくん……でも、ボクからもお願いしていいかなぁ、出来れば、手を離してもらいたいんだけど……」

 この状態は、正直言って余り嬉しいものではない。大体、同じ男に抱きしめられているのは、烈にとってコンプレックスを感じさせられるのだ。

「あっ、す、すまん……」

 烈に言われて、リョウが慌てて手を離す。漸く自由の身になった烈は、安堵の溜息をついた。

「有難う、助かったよ、リョウくん」

 一度胸を撫で下ろしてから、振り返り改めてリョウにニッコリと笑顔を向ける。

「い、いや……その、当然の事をしただけだ……」

 向けられた笑顔に、リョウが照れたように鼻の頭をかく。

「烈兄貴!何、リョウと見詰め合ってんだよ」

 だが、そんなリョウの態度にむっとした表情を見せて、後ろから烈に抱き付いたのは、当然ながら豪である。

「お前なぁ……見詰め合うってなんだ……大体、オレが困っていたのは、お前の所為でもあるんだからな」

 自分に抱き付いて来た弟に、少し呆れたように溜息をつくと、全く気にしていないその額を人差し指で突く。

「俺の所為だけじゃねぇだろう!ブレットのヤツが、兄貴の手を離さないのが悪りぃんだぜ」

 反省など全くしていないどころか、まだそんな事を言う豪に、烈は今度こそ頭を抱えてしまう。

「どっちもどっちだ!だ・か・ら、この手も退けろ、豪!重いんだぞ」

 自分に抱き付いている腕を退けるように言うが、相手は聞き入れてくれない。

「なんで、いいじゃんか。それに、烈兄貴は俺のなんだから、こうやってれば、誰も手が出せねぇだろう」

 さらりと言われた言葉に、烈の顔が見事に真っ赤に染まる。

「なっ、なに言ってんだ。誰が、お前のモノになったんだよ」
「烈兄貴は、俺のモノだろう」

 焦っている烈を前に、豪は嬉しそうな笑顔を見せた。そして、あっさりと言われた言葉が、更に烈の顔を赤くさせる。
「ば、バカな事言ってないで、この手を退けろ!」
「バカな事じゃねぇもん。ちゃんと、教えておかねぇとな」

 強気な豪を相手に、烈はもはや言葉が出ない。正直言って、こうなると予想されていたから、弁解したかったのだ。

「……烈くん、豪くんが言ってる事は、本当なの?」

 そんな二人を前に、Jが恐る恐る訊ねてきた事に、思わず否定したくなってしまうのは、天邪鬼な性格の所為だけではないだろう。

「本当に決まってんだろう!だから、烈兄貴に手を出すんじゃねぇぞ!」

 だが自分が答える前に、Jの質問に答えたのは、聞かれた本人ではなく、張り付いている人物である。

「お前に聞いてないだろう!いい加減に、離れろ!」

 頭を抱えながらも、自分に抱き付いている相手を引き離そうと試みる辺りが烈であろう。

「豪、放す気がないっていうんだったら、オレにも考えがあるぞ」

 そして、自分を離さない相手へ最後の忠告を出した。
 その言葉は、烈の最大の脅し文句である。この言葉が出た以上、豪も従う以外に道はない。

「……分かった……」

 渋々といった感じで、豪が烈から腕を離す。漸く平和を取り戻した烈は、大きく息を吐き出した。

「Jくん、豪の言った事なら、気にしなくていいからね。何時もの冗談なんだから……」

 胸を撫で下ろしてから、振り返るとJへ笑顔を向けて、豪の言葉を否定する。

「冗談なんかじゃねぇよ!」

 だが直ぐその言葉に反論が上がるが、あえてそれを黙殺すると、烈はもう一度繰り返す。

「冗談だよ、気にしないでね。それよりも、ボクお腹へちゃった」

 自分の後ろで文句を言っている弟の姿があるが、それを無視して、烈はここに来て自分が何も食べていないという事実を思い出し、お腹に手を当てるとご馳走の用意されているテーブルへと移動する。

「あっ、烈くんの分は、こっちに用意しておいたよ。はい」
「えっ、あ、有難う。いただきます」

 Jからお皿を受け取ると、フォークを右手に持って料理に手をつける。

「んっ、おいしいvv」

 一口、口にしてから、烈は満身の笑顔で料理を食べ始めた。

「そう、良かった。3人とも出て行ったきり、戻って来ないから、心配してたんだよ」
「ご免ね、Jくん。ボクもこんなに時間が経ってるって気が付かなくって……」

 申し訳なさそうに自分を見詰めてくる瞳に、Jは優しく微笑んだ。

「ううん、気にしなくっていいよ。僕達も好き勝手にしてたからね。……そんな事よりも、烈くん!」
「何?どうしたの?」

 突然大声で名前を呼ばれた上に肩を掴まれて、烈は驚いて首をかしげる。

「本当に、豪くんのモノになっちゃったのかい?」

 首を傾げている烈の耳元に、Jが小声で訊ねてきたことは、烈の平常心を乱すには十分過ぎる威力を持っていた。

「なっ、何?な、何の事だい、Jくん」

 危うく持っていたお皿を落としそうになって、慌てて持ち直してから、烈はJに聞き返す。

「だから、烈くんの気持ちを豪くんに伝えたの?」

 だが、続けて言われた言葉に驚いて、烈は思わずマジマジとJを見詰めてしまう。

「Jくん、ボクの気持ち・・・・・・」
「気付いてたよ。豪くんから、何時も相談を受けていたんだけど、烈くんの気持ちをボクから伝えるべきじゃないって思ってたから……正直言うと、烈くんこういう事には疎そうだから、実は心配してたんだ。でも、その様子だと、大丈夫みたいだね」
「……Jくん」

 真っ赤な顔をしたまま、Jを見詰める。まさか、自分の気持ちを知られているとは夢にも思わなかっただけに、Jの言葉にどう答えればいいのかが分からない。

「大丈夫、誰も気付いてと思うよ。最も、その事実を知って、ショックを受ける人物が、一体何人居るんだろうね」
「えっ?」

 自分の呟きに、心配そうに見詰められて笑顔を向ける。
 だが、最後の方の意味が分からずに、烈は思わず首をかしげた。

「ううん、なんでもないよ。あっ、これおいしかったよ、食べてみて」

 話を誤魔化すJを不審に思いながらも、烈は言われた通りにその料理を口に運ぶ。

「うん、美味しいね」

 口に入れてから、ニッコリとJに笑顔を向けると、Jも優しい笑顔を返した。
 勿論、内心安堵の溜息をついているのだが・・・・・・。

「J!何、烈兄貴独り占めしてんだよ!」
「バカな事言ってないで、口開けてみろよ」

 自分とJの間に割って入ってきた弟に溜息をつくと、そのまま命令する。
 豪は、そんな烈の言葉に首をかしげながらも、素直に口を開いた。

「ほら」

 自分の言葉通り口を開いたその中に、自分が持っていたフォークに突き刺した料理をそのまま運ぶ。
 豪は、差し出された物をそのまま口に入れた。

「おいしいだろう?Jくんのお薦めだぞ」

 もぐもぐと口を動かす弟に、これ以上無いくらいの極上の笑顔一つ。

「……料理より、こっちの方が旨そう」
「?」

 口の中に入っている物を飲み込むと、自分の言葉に不思議そうに首を傾げている烈に顔を近づける。

「何が、美味しそうなんだ?」

 不思議そうに尋ねてくる烈に、豪はニッと笑顔を向けてから、そのまま首を傾げている烈の肩に手を乗せた。

「んっとな、こっち?」

 そう答えたと同時に、烈の唇に自分のを重ねる。それは、本当に一瞬の出来事だったが、烈の全ての動きを止めるには十分過ぎるものであろう。

「ごちそうさん、烈兄貴vv」

 嬉しそうに自分から離れて満身の笑顔を見せている弟を前に、何が起こったのか分からず、確認するように自分の指で唇に触れたと同時に、何が起こったのか理解した烈の顔が見事なまでに真っ赤になる。

「……ご、豪!」
「れ、烈くん、落ち着いて……」

 真っ赤になって、今にも殴り掛からんとする勢いを見せている烈を、Jが慌てて押さえ込む。

「やられた、信じられない。こんな大勢人のいる場所でなんかで、普通する?」

 勢いのままに捲くし立てる烈を前に、Jは思わず苦笑を浮かべてしまう。

 『じゃあ、人が居なきゃいいのかなぁ?』

 などと、正直に疑問に思っても許される事だろうか?

「えっと、とりあえず、僕しか見てなかったって事で、許してあげたら?」
「甘いよ、Jくん!そんな事したら、余計に豪が調子に乗っちゃうんだからね!そんな事になったら、ボクの兄としての威厳が無くなちゃうよ」

『既に、危ないような気がするんだけど……』

 とは、とても口に出してはいえない。例え、それが本当の事だとしても……。

「……そ、そうなんだ。で、でも、ほら、烈くんは、立派だと思うんだけど……」

 慌ててフォローするように言った台詞に、烈は大きく息を吐き出して、疲れたようにその場にしゃがみ込む。

「烈くん?」

 突然の烈の行動に驚いて、Jは烈に習ってその場にしゃがみ込んだ。

「どうしたの?」
「ううん、何でもない。ご免ね・・・・・」

 心配そうに見詰めてくるJに対して、烈は何時もの笑顔を見せると、すっと立ち上がった。

「烈くん」

 そんな烈の態度に、Jは小さく溜息をつくと続けて立ち上がる。立ち上がった後、Jの事を見ないように顔を逸らしている烈に、Jはもう一度溜息をついた。

「烈くん、何でもないようには見えないよ」

 苦笑しながら烈に声を掛ければ、驚いたような瞳が自分を見詰めてくる。それに、Jは優しく微笑むと口を開いた。

「ねぇ、烈くん。僕なんかじゃ役に立たないかもしれないけど、話してくれないかなぁ?」

 瞳を大きく見開いて自分を見詰めてくるのを受け止めながら、相手が口を開くのを辛抱強く待つ。

「……Jくんが、役に立たないなんて思わないよ。何時も、ボクの相談に乗ってもらってるんだから……」
「そうかなぁ?僕は、烈くんから相談なんて受けた記憶、無いんだけど……」 

 Jの言葉は、確かである。相談と言えば、ソニックのセッティングの事とか、ピットボックスを作った時くらいのものだ。それは、相談と呼べるようなものではないだろう。

「ううん、何時も豪の事で迷惑掛けてるし、Jくんが居てくれたから、ボクはリーダーとして頑張って来れたんだと思う。だから、ボクが立派なんじゃないよ……」

 そこまで言われて、漸くJにも烈の行動の意味が掴めた。何気なく言った言葉にも、自分を追い詰めてしまうのが、余りのも悲しすぎる。
 豪と烈、全く正反対の二人が惹かれている理由の一つでもあるのは、こんな小さな事からも教えられてしまう。
 何に対しても自信満々な豪と、自分に全く自信の持てない烈。考え無しに突っ込む者と、慎重に進んでいく者。

「今に、豪にとってボクは、何の価値も無い存在になると思う。あいつは、一人でも大丈夫だから奴だからね」

 ポツリと漏らされた言葉が、烈の本心であると分かるだけに、Jは溜息を止められたい。

「烈くん、いい加減にしないと、僕も怒りたくなるんだけど!」
「Jくん?」

 突然怒ったような声を出されて、驚いたようにJを見る。

「豪くんが、烈くんの事をそんな風に思うなんて、本気で考えてるの?烈くん、自分を卑下するのはやめよう。誰も、烈くんの事そんな風に思ったりしない。そんな事言うのは、烈くんを好きになった人達をも侮辱するって事なんだよ」
「Jくん」

 肩を掴まれて言われた事に、烈は瞳を見開いた。

「確かに、僕も烈くんみたいに、自分の事を卑下してた時があったけど、そんな事考えるのが馬鹿らしい事だって教えてくれたのは、烈くんと豪くんなんだよ。なのに、その烈くんがそんな事言うなんて!僕達は、烈くんの事が好きだから、そんな事言ってほしくない」

 泣き出してしまいそうなJの表情に、烈はどう言う表情をしていいのか分からず、瞳を閉じる。

「……ご免ね、Jくん。でもね、これもボクなんだ。ちゃんと分かってる。大丈夫だよ、今口にした事が、ボクの本心って言うのか、弱い気持ちなんだって、ちゃんと知ってるから……でも、豪には見せたくない姿なんだけどね」

 ぺろりと舌を出して笑う。

「ボク自身、ちゃんと分かってるつもりだよ。あいつは、自分の見付けた道だけを進んでいく奴だって……それは、迷いも無いくらい真っ直ぐに、ね」

 眩しそうに、別の場所で話をしている豪を見詰める烈を、Jは優しいまなざしで見詰めた。

「そんなあいつに、ボクは惹かれたんだから……って、今日は、告白のオンパレードになっちゃった」

 自分の言った言葉に照れたように笑う烈を前に、Jも笑顔を見せる。

「告白のオンパレードって?」

 そして、何気に言われた烈の言葉に思わず聞き返してしまう。

「んっ、ブレットくんにも同じような事言ったから……それに、ブレットくんと豪に告白されるなんて、本当にオンパレードだよね」

 溜息を付きながら言われた事は、Jを驚かせるには十分過ぎた。

「烈くん!ブレットくんにも、告白されたの?」
「えっ、うん?どうしたの、Jくん??」

 突然驚いて聞き返された事に素直に頷いてから、Jのその態度に首を傾げてしまう。

「……本当に、豪くんの方が大変かも……」

 あっさりと言われた事に、Jは頭を抱えたくなってしまった。告白されたというのに、烈の態度は、今までと全く変わってないのだ。
 フッたとしても、何らかの変化があってもいいはずであろう。

「Jくん、どうしたの、大丈夫?」

 心配そうに自分を見詰めてくる瞳に、Jは深い溜息をついてしまうのを止められない。

「烈くんって、本当に罪作りだね」
「豪にも、同じような事言われたけど、ボクってそんなに誰かに迷惑掛けてるのかなぁ」

 Jの呟きに、心配そうに問い掛けられた事で、Jは苦笑を浮かべてしまう。

「迷惑なんて思わないけど、ちょっと鈍いかも……」

 だから、正直に自分の気持ちを呟いてしまうのは、止められない。

「に、鈍い?」
「うん、事、恋愛に関しては、鈍過ぎると思うけど、恋愛に関して、豪くんの方がまだ分かってるみたいだよ、その他の事は、別としてだけどね」

 Jにハッキリと言われてしまって、烈は少なからずショックを受けてしまう。確かに、自分は恋愛に対して鈍いかもしれないという自覚はあったのだだが、弟よりもその感覚が鈍いと言われたのには、落ち込むには十分な理由である。
 目の前で、明らかに落ち込んでいると分かる烈に、Jは困ったように笑顔を見せた。

「烈くん、もしかして、自覚なかったの?」
「ううん、自覚はあったんだけど、豪よりも鈍いって思ってなかったから……」
「でも、烈くんは、ブレットくんの気持ちには気付いてなかったんだよね?」
「ジェ、Jくん、ブレットくんの気持ちも知ってたの?」

 自分の言葉に驚いて顔を上げた烈を相手に、Jは深い溜息を止められない。
 本当に、鈍過ぎる。あれだけ露骨な態度で示していたというのに、気付いていないのは、逆な意味で尊敬できるというものであろう。

「多分、知らなかったのは、烈くんくらいだよ。だから豪くんは、ブレットくんが烈くんに近付かないように邪魔してたんだからね。それにも、気が付いてなかったでしょう?」

 Jの問い掛けに、素直に頷く。

「だから、鈍いって言うんじゃないのかなぁ?」

 少し呆れたように言われた言葉は、もっとも過ぎるから、反論する事も出来ない。

「……なんかボクは、Jくんに、嫌われているような気がする……」
「えっ?」

 烈が呟いた言葉に、驚いて相手を見てしまう。

「嫌われても、仕方ないかもしてないけど……」

 またしても、一人で納得している烈を前に、Jは苦笑した。

 『本当に、鈍過ぎる』

 それが、Jの本心。多分、誰にも気付かれていないだろう、自分が本当は誰の事を好きなのか…。

「烈くんの事、嫌いじゃないよ。そんな事思ったこともないかなぁ」 

 自分の言葉を否定するようにハッキリ言われたそれに、烈は胸を撫で下ろす。

「良かった。Jくんに嫌われてなくって」

 嬉しそうに笑う烈を前に、Jも小さく笑顔を返す。

「……本当に、寧ろその逆だよねぇ……」
「えっ?何?」

 聞き取れなかったJの言葉を聞き返して、首を傾げる烈に、Jはあいまいな笑顔を見せた。
 きっと、一生誰にも言えないだろう自分の気持ち。そして、それは相手の幸せだけを願う愛だと知っているから……。

「何でもないよ。ただね、烈くんには幸せになって欲しいなって、言ったんだよ」

 優しく微笑んでの言葉に、烈は少し照れたように笑う。

「有難う。でもね、ボクはみんなが幸せになれれば、一番いいなぁって思ちゃうんだ。贅沢、なのかなぁ?」

 少し照れたように笑いながら言われた言葉に、Jは一瞬驚いて瞳を見開くが、直ぐに笑顔になる。

「ううん、烈くんらしいと思うよ。そうだね、みんなが幸せになれれば、いいんだけどね……」

 何処か遠くを見るように呟かれた言葉に、烈は心配そうにJを見上げた。

「Jくん?」

 呼びかけに戻ってくるのは、優しい笑顔。
 自分と同じで、余り本心を語らないJ。
 何処か寂しそうに見えるその笑顔に、烈は言葉を失って唇を噛み締めると俯いてしまう。

「烈くん、どうしたの?」

 そんな烈の態度に、心配そうにJが声を掛ける。

「それは、こっちの台詞だと思うよ、Jくん。ボクなんかじゃ、何の力にもなれないかもしれないけど、Jくんだって、一人で悩まないで欲しい。ボクじゃ役不足なのは分かってるけど…」

 顔を上げると、真っ直ぐ自分を見詰めてくる烈に、Jは驚いて瞳を見開いた。

「ボク達チームメイトだよね?ボク一人じゃ何とかならなくっても、ボク以外の誰かになら、良い考えが浮かぶかもしれない。だから、一人で悩んだりしないで!」

 自分の腕を掴んで、必死になって訴えて来る瞳に、Jは瞳を閉じると小さく笑う。

「Jくん?」

 そんなJの態度に、烈は首を傾げた。必死に言葉を伝えていたのに、そんな風に笑われてしまうと悲しくなてしまう。

「……そんな君だから、みんな、放って置けないんだろうね……」

 だが、呟かれた言葉に、瞳を見開いてJを見詰める。そんな烈に、Jは優しく微笑んで見せた。

「大丈夫、悩みなんてないよ。もし、悩みが出来たら、一番に烈くんに相談するから、その時は、頼りにしてるからね」

 ウインク付きの笑顔で言われて、烈も満身の笑顔を見せると大きく頷く。

「勿論だよ、Jくん。でも、本当に今、悩みはないの?」

 心配そうに尋ねてくる烈を前に、Jはもう一度笑顔を見せると口を開いた。

「う〜ん、そうだね。あえてあるとすれば、それは烈くんが鈍いって事だけかなぁ」
「Jくん、ボクは本気で……」

 自分の言葉に抗議の声を上げる烈に、Jは苦笑を零す。

「僕も本気かなぁ」

 呟きは、小さすぎて烈には聞こえなかった。ただ、目の前には優しい何時もと変わらない笑顔があるだけ。

「……ずるい、Jくん。そうやって、笑顔で誤魔化すんだもんなぁ」

 烈の抗議の言葉に、Jはもう一度苦笑を零す。

『人の事、言えないと思うんだけど、ねぇ』

 勿論口に出しては、言えない事ではあるのだが……。そんな事を考えて、思わず溜息。

「本当に、どうして一人しかいないんだろうね。沢山居れば、みんなで分けられるのに……」
「えっ?どう言う意味?」

 Jの呟きに、不思議そうに首を傾げる。そんな烈を前に、Jは笑顔を向け人差し指を自分の唇に当てると、ウインクして見せる。

「烈くんには、秘密です」

 嬉しそうな表情に、烈もそれ以上追求できなくなってしまう。

「J!烈兄貴は、俺のモノなんだからな。お前でも、手を出したら、許さねぇぞ!」

 しかも、今までアストロレンジャーズのメンバーと話をしていた豪までが、突然会話に割り込んできたことで、その場の雰囲気が一転してしまった。

「だから、誰がお前のモノになったんだよ!いい加減にしないと、怒るぞ!」
「え〜っ、何でだよぉ。俺はちゃんと告白したじゃねぇかよ。一体、それの何処が気に入らねぇんだ」
「全部だ、全部! そんな事、決まってるだろう!お前がそんな風だから、オレが後悔しまくってるんだぞ。どうして、お前はそう考えなしなんだ?少しは、オレの苦労も考えろ!」

 自分に抱き付いて来た豪を相手に、一気に捲くし立てる。
 そんな二人を前に、Jは思わず吹き出してしまった。

「Jくん?」

 突然大声で笑い出したJに、烈は豪を殴り付けようと振り上げていた手をピタリと止めてしまう。

「ご、ごめん。でも、やっぱり、そんな二人を見てるのが一番だから、烈くんは一人だけで十分だよね」
「何の事だぁ?」

 殴られると思って、身を屈めていた豪は、拍子抜けしている烈に首を傾げた。

「ボクにも、さっぱり……」

 意味の解らない二人は、爆笑しているという珍しいJの姿に、首を傾げるしか出来ないのは、仕方ない事だろう。

「烈兄貴、一体Jと何の話をしてたんだ?」
「えっ、あっと、色々とだ!お前には、関係ないだろう」

 聞かれた事に、烈は顔を赤くしてそっぽを向く。Jと話していた内容など、絶対に豪には話したくない。

「豪くんの事、話していたんだよ。ねっ、烈くん」

 爆笑から立ち直ったJが、目に溜まった涙をぬぐいながら、烈に同意を求めてくる。

「じぇ、Jくん」

 焦って名前を呼ぶ烈に、豪がニッと笑顔を見せた。

「ふ〜ん、それで、俺に聞かれたくねぇんだな。そうせ、俺様のカッコ良さに惚れたって話してたんだろう。いや〜、俺って、愛されてるかならぁ」

 カッコ付けに、自分の前髪を掻きあげる豪を前に、烈は呆れて物も言えない状態になってしまっている。

「心配しなくっても、そんなこと話してなかったよ、豪くん」

 だが、そんな豪を前に、Jはニッコリと笑いながら、さらりと否定した。

「普通、そんな事自分で言うかぁ?本当に、信じられないヤツだなぁ……」

 漸く我に返った烈も、呆れたように口を開く。

「えーなんでだよ。兄貴、言ってたじゃねぇかよ。俺は、どんな期待にも答える格好良いヤツだって」
「そんな事、一言も言ってないだろう。良く、そんな恥ずかしい事が言えるよなぁ」

 盛大な溜息をついての言葉に、Jも苦笑を零す。

「まっ、そこが豪くんらしいんだけど、ね」

 豪は、自分の言葉に笑う二人を前に、不機嫌そうに頬を膨らませた。

「烈くん、土屋博士が呼んでるでげすよ」

 そんな中、突然声を掛けられて、烈は驚いたように振り返るが、後ろにいた人物に何時もの笑顔を向ける。

「あっ、有難う。わざわざごめんね、藤吉くん」

 笑顔で礼を言われた上に、申し訳なさそうに言われた言葉に、藤吉は笑顔で返す。

「構わないでげす。ところで、豪くんは何を膨れてるんでげすか?」

 自分達の間で、不機嫌そうにしている豪に気が付いた藤吉が不思議そう首を傾げる。

「放っておいていいよ、藤吉くん。それじゃ、ボクは博士の所に行ってくるから」

 不思議そうに首を傾げている藤吉に、一言声を掛けてから、烈が走り去っていく。

「……土屋博士の用事って、何だろうね。藤吉くん、何か聞いてないの?」
「さぁ、わては何も聞いてないでげす。でも多分、帰りの時間の打ち合わせじゃないんでげすか」

 確かに藤吉の言葉通り、結構な時間が過ぎている。
 そろそろお開きにして、引き上げるには調度いい時間帯と言えよう。

「ちきしょう!兄貴のヤツ、本当に俺の事好きなのかよ?!普通、好きな奴に、あんなに冷たい事言うか、なぁJ」

 藤吉と話をしていたJは、突然大声を上げた豪を前に、もう一度苦笑を零す。

「……その事については、僕からは何も言えないよ、豪くん」

 にっこりと笑顔で言われた事に、豪は面白くなさそうに舌打ちをする。

「一体、何の話でげすか?」
「んっ、何でもないよ。それよりも、藤吉くんの、一番の幸せって何?」
「……幸せ、でげすか?」

 突然のJからの質問に、藤吉は首を傾げた。

「うん、幸せ。やっぱり、大切な人の幸せ?」

 笑顔を見せながら尋ねた事に、藤吉は持っていた扇子を広げる。

「違うでげす!わての幸せは、わて自身にこそ相応しいでげす」

 扇子を仰ぎながら、得意気な表情を見せる藤吉に、Jは苦笑するしかない。流石、三国コンチェルンの御曹司と言った所であろうか、はたまたいい加減にしろと言った方がいいのかは、謎である。

「そう言うJくんは、どうなんでげすか?」

 当然のように切り替えされて、Jは一瞬瞳を見開く。だが、直ぐに笑顔を見せると天井を仰いだ。

「う〜ん、僕はやっぱり、好きな人が幸せになるのが、一番の幸せだよ」
「Jくんらしいでげすなぁ、豪君は……すまんでげす、訊くだけナニでげすなぁ」

 問い掛けようとした藤吉は、溜息をついて扇子を閉じると『やれやれ』と言わんばかりに、両手を広げて見せる。

「どう言う意味だよ、藤吉」
「豪くんの幸せなんて、分かりきってるでげすよ。どうせ、マグナム、カッ飛び世界一でげしょう」

 ズバリと言い切る藤吉に、豪は不機嫌そうにそっぽを向いて見せた。

「ちげーよ、んなチッセー事なんかじゃねぇよ」

 ポツリと漏らされた事に、藤吉は意外そうな表情を見せる。

「だったら、何でげすか?」
「お前には、教えねぇよ」

 そっぽを向いたまま言われた言葉。

「どう言う意味でげすか?」
「言葉通りに決まってんだろう。大体、J。何で、んな話してんだよ!」

 自分の言葉に、藤吉が文句を並べているのを完全に無視して、豪がJを睨み付ける。

「ごめん、深い意味は無いんだけど……ちょっと、烈くんとそう言う話をしてたからかな」
「ボクが、どうかしたのかい、Jくん?」

 苦笑を浮かべながら説明したJの言葉に、不思議そうな声が掛けられる。
 驚いてそちらに視線を向ければ、首を傾げている烈の視線とぶつかった。

「お、お帰り、烈くん。土屋博士、何だったの?」
「んっ、後30分位で帰る事を、みんなに伝えて欲しいって・・・・・・それで、ボクがどうかしたの?」

 質問された事に答えてから、もう一度聞き返す辺りが烈である。
 Jは、苦笑を浮かべて首を振った。

「ううん、大した事じゃないから、気にしないで……じゃ、僕がリョウくん達に伝えておくね」

 笑顔を浮かべたまま、Jはリョウ達の方に走って行く。
 それを見送りながら、烈は複雑な表情をして見せた。

「……ボク、何か悪い事、訊いたのかなぁ?」
「き、気にする事ねぇって、本当に大した事話してなかったからさぁ。なぁ、藤吉」

 不信気に見詰めてくる烈に、慌てて豪が弁解してみせる。
 同意を求められた藤吉は、チラリと豪を見ると笑顔を見せた。

「そうでげしたっけ?」

 惚ける藤吉を前に、豪が睨み付ける。

「コラ、藤吉!」
「冗談でげすよ。烈くん、本当に気にする事ないでげす」

 笑顔で言われた事に、納得がいかないと言う表情をするが、それ以上深く追求しないのが、烈の善いところであろう。

「そう?それじゃ、ボクは、アストロレンジャーズに挨拶してくるね。豪、お前は、ちゃんと大人しくしてろよ」
「どう言う意味だよ!」
「言葉通りだ。じゃ、藤吉くんもこの部屋から出て行かないようにしておいてね」
「分かったでげす」

 笑顔で、藤吉にも声を掛けると、烈はブレット達の方へと走って行く。

「いいんでせすか、豪くん」
「ナニがだよ」

 面白くなさそうに、走り去っていく烈の後姿を見送っている豪に、藤吉はチラリと視線を向けると溜息をついた。

「だから、何なんだ、その態度は?」

 そんな藤吉の態度に、訳が分からない豪は、不機嫌そうに藤吉を睨み付ける。

「深い意味は無いでげす。ただ、烈くんがアストロレンジャーズの方に行ったのに、豪くんが後を追わないのが、不思議だっただけでげすよ」
「ああ?そんな事かよ。別に、挨拶に行っただけだろう。俺が付き添う必要はねぇよ」

 興味無さそうに言われた言葉を、意外そうな瞳で藤吉が見詰めて、満足そうに頷いた。

「豪くんも、少しは成長したんでげしょうかねぇ」
「どう言う意味だ、藤吉!」
「言葉通りでげすよ。これでも、褒めてるんでげすから、そんなに睨まないで欲しいでげす」
「それの何処が、褒めてるんだよ!」

 呆れたように呟いてから、豪はもう一度藤吉を睨みつけた。
 そんな豪を前に、藤吉は苦笑を浮かべて明後日の方向を向いてしまう。

「藤吉、てめぇー」
「あっ、ブレットくんが、烈くんに抱き付いてるでげす!」
「なにぃ〜」

 喧嘩を仕掛けようとした豪は、突然の藤吉の言葉に、そちらに視線を向ける。そして、その現場を目撃してしまうと、一目散に烈の方へと走り寄って行った。

「結局、こうなるんでげすねぇ」

 溜息をつきながら、烈の方へと走って行く豪を見送って、藤吉は傍観者を決め込んだ。

「ブレット!その手を離しやがれ」
「豪?」

 ブレットに抱きつかれて焦っていた烈は、突然の怒声に視線を巡らせる。
 声の主が、分かっているだけに、素直に『助かった』と喜んでいいものか、正直悩んでしまうのは許されるだろうか?

「ゴー・セイバ。ナニをそんなに怒ってるんだ?」

 分かっていながら、わざとらしく訊ねてくるブッレットを前に、豪の怒りは頂点に来ているらしい。

「……ブレットくん、その……」
「NO、ブレットだ」

 くん付けがなかなか除けられない烈に、ブレットが苦笑しながら訂正する。

「あっ、ごめん。ブレット、悪いんだけど、その、豪を挑発するのは止めてくれないかなぁ」

 申し訳無さそうに訂正しながら、言われた言葉に、ブレットはもう一度苦笑してみせて、強く烈を抱きしめた。

「それは、無理な注文だ。いくら、レツの願いでも……」

 痛いくらいに抱きしめられて、烈は首を傾げてブレットを見上げる。
 そして、見上げた先には、ブレットが笑いながら自分を見ていた。でも、困ったようなその笑顔は、何処か悲しそうで、思わず掛ける言葉を失ってしまう。

「ブレット?」

 その理由を聞きたくって、烈が不思議そうに名前を呼んだ時、突然強い力で誰かに引き寄せられた。

「豪」

 余りにも突然だったため、驚いて豪に視線を向ければ、本気でブレットを睨みつけている。

「わっ、バカ豪、落ち着け!問題を起こすんじゃない」
「レツ、後は任せるな」

 慌てて豪を止めようとする烈に、ブレットは何時もの笑顔を見せて片手を上げ、離れていく。

「コラ!待ちやがれ、ブレット!」

 逃げるように去って行くブレットに、豪が追かけようとするが、烈が押さえている為にそれは叶わなかった。

「豪、もう帰るんだから、いいだろう。それに、ブレットくんにとっては、あれがスキンシップなんだろうし、
一々腹を立ててたら、体が持たないぞ」

 慰めるように言われた言葉に、豪が烈を睨みつける。

「兄貴は、どうしてそんなに鈍いんだよ!俺が、どれだけ心配してるか分かってるのか?」

 突然自分の肩を掴んで、大声で一気に言われた言葉に、烈は大きく息を吐き出す。

「……Jくんにも言われたから、怒る気は無いけど、鈍くって悪かったな。けど、オレだって好きで鈍い訳じゃないだろう。大体、お前が気にし過ぎなんだよ!そんな事で怒ってたら、誰とも話せなくなるだろう」

 溜息をつきながら少し呆れたように言葉を返せば、更に文句が返ってくる。

「そうじゃねぇだろう!兄貴は、下心ある奴にも普通に接するから、隙だらけだって言ってんだよ!」
「下心があるのは、お前も一緒だろう」
「俺は、いいんだよ!」

 自分の事は、完全に棚に上げた豪のその言葉に、烈は怒るのを通り越して呆れてしまう。

「本当、お前っていい加減だよなぁ」
「どう言う意味だよ!」

 盛大な溜息をつきながら呟かれた言葉に、豪が怒鳴り声を上げるが、烈は全く気にした様子も見せないで、ニッコリと笑顔を見せた。

「言葉通りだ。まっ、でも、お前のそう言うところ、嫌いじゃないから、質が悪いんだよな……」

 ニッコリと可愛い笑顔でさらりと言われた言葉に、豪の怒りが一気に消し飛んでしまう。

「あ、兄貴?」

 驚いて、自分を見詰めてくる相手に、烈はもう一度笑顔を見せる。

「仕方ない、ここは一つ大人に成ってやるよ、豪」

 嬉しそうに笑いながら、烈は一呼吸置くと口を開いた。

「オレが、ブレットくん達に隙だらけだって、お前言っただろう?」

 楽しそうに笑いながら質問された事に、豪は力無く頷く。それに、満足そうに烈も頷いて、更に言葉を続けた。

「でも、自分では隙を作ってるつもりはないんだ。そりゃ、ブレットくんの気持ちは、告白されちゃって知ってるけど、それでも、みんなライバルであり、友達なんだよ。だって、ボクが唯一認めている人物は、この世で一人しか居ないんだもん。だから、友達同士じゃれ合うのは、普通の事だろう?」
「烈兄貴」

 自分の事を嬉しそうに見詰めてくる弟に、ニッコリと極上の笑顔を見せる。

「だから、豪。こんな風なのは、これからも変わらないと思う。お前は、それが許せないかもしれないけど、それがボクなんだ。お前に心配掛けてるのは、ちょっとだけ申し訳ないけど、認めてくれないか?」

 何時の間にか、豪の前でも『ボク』と言っているのに、本人は気付いているのだろうか?
 心配そうに自分を見詰めてくる烈に、豪は小さく笑うと力強く頷いた。

「しゃーねぇな。そこまで言われたら、認めるしかねぇじゃんか。まっ、俺として、その唯一の人物って奴の名前を言ってもらいてぇところだけど、今は納得してやるよ」
「言ってろ、バカ……お前の事だなんて、一言も言ってないだろう!」

 自信満々な豪の態度に、烈が顔を真っ赤にして怒鳴るが、その表情が全てを物語っている事に、本人は気付いていない。

「やっぱ、烈兄貴を好きになって正解だよなぁ」

 嬉しそうに笑う弟を前に、兄は頭を抱えたくなる。だが、ここで大人しくしていないのが、レツゴー兄弟の兄である証であろう。

「バカ、豪!恥ずかしい事を、嬉しそうに呟いてんじゃない!博士が呼んでるぞ、帰るってさ」

 ポカッと陶酔している弟の頭を殴りつけると、入り口で自分達を呼んでいる土屋博士の方へと走って行く。

「いって〜!何も、殴る事ねぇだろう!」
「バカな事ばっかり言ってる、お前が悪い!」

 溜息をついて呆れている自分の兄に、大袈裟なほど痛がって見せるが、相手にもされていない事で、舌打ちすると自分も帰るために部屋を出て行く仲間の後を追うように歩き出す。

「レツ!」

 そんな自分の耳に届いてきた声に、豪は思い切り嫌そうな表情をして見せた。

「ブレットくん、今日は、招待本当に有難う。とっても、楽しかったよ」
「ああ、それは前にも聞いた。それにしても、何時になったら呼び捨てにしてくれるんだ?」

 苦笑うような表情で言われた事に、烈が困ったような微笑を見せる。

「ご、ごめん、やっぱり急には無理だよ……」
「やはり、ゴー・セイバだけが特別って事だな」
「えっ!ち、違うよ!豪は、弟だから……」

 自分が言った事に、烈が真っ赤になって弁解するが、それにブレットは優しく微笑して烈の頭に、自分の手を乗せた。

「分かってるさ……ただ、それでも俺は、諦められないだけだ」

 何処か悲しそうな瞳が、それでもハッキリと自分の気持ちを伝えてくるのに、烈は困ったように笑う。

「……有難う、ボクなんか好きになってくれて、ブレットくんの気持ちには答えられないけど、すっごく嬉しかったから……それじゃ」
「ああ、……レツ!」

 ハッキリとそう笑顔で伝えると、烈は手を上げて自分に先に行く事を伝えてきた仲間達の元へと走り出そうとした時、突然大声で名前を呼ばれて、振り返った。

「そいつに飽きたら、何時でも俺の元に来てくれ。待ってるぜ」

 ウインクした上に、投げキッスまで付けての言葉に、烈は顔を真っ赤にして言葉を無くす。

「烈兄貴が、俺に飽きる訳ねぇだろう!一生、待ってやがれ!もっとも、烈兄意は渡さねぇけどな!」

 真っ赤になって言葉をなくしている烈を、後ろから抱き寄せて、変わりに大声を上げたのは、言わずと知れた豪である。

「ご、豪……」

 何時の間に自分の傍に来たのか分からないが、それ以上に、言われた言葉に顔が赤くなるのは止められない。

「ほら、烈兄貴、帰ろうぜ。みんな待ってんだからな」

 抱き締められたまま先へ促されて、否応無く歩き出す。
 その腕の強さに、今更ながらに自分の行動すべてが恥ずかしくなってくるのは、仕方ない事だと許してもらえるだろうか。

「ご、豪、頼むから、離してくれ」

 真っ赤になった顔のまま、豪に哀願して見せるが、聞き入れてもらえるはずも無い。

「あんでだよ!いいじゃんか。俺、こうしてると、すげー気持ち良いんだよなぁ」

 嬉しそうな笑顔で言われても、納得できないのは許されるだろう。

「オレは、恥ずかしいんだ!頼むから!!」

 本当に真っ赤になって、困ったように頼む烈の姿に、豪は一瞬だけ考えるように瞳を閉じると、直ぐににっと笑顔を見せた。

「離してもいいけど、その代わり、烈兄貴が俺にキスしてくれたらな」

 嬉しそうな表情で言われた事に、烈の思考回路が一瞬その動きをストップしてしまう。

「キ、キ、キスって、そ、そんな事、出来るわけないだろう!」

 その思考が動き出したと同時に、耳まで真っ赤に染めた烈が反論の言葉を吐く。

「んじゃ、俺も離してやんない。離れてほしけりゃ、力づくでやるしかねぇよ、兄貴」

 ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべる豪を前に、烈は悔しそうに睨みつける。最近何故だか分からないが、自分よりも力が強くなった豪の腕から、逃げ出す事が出来ないと分かっていて、わざとそんな風に言う豪が恨めしい。

「お、お前なんで、大嫌いだ……」
「れ、烈兄貴?」

 呟かれた声が泣いているように聞こえて、慌てて豪が烈を覗き込む。

「兄貴、離すから、泣かないでくれ!」

 表情を見られないようにしている烈の肩が震えているのに気が付いて、豪が慌てて烈から手を離した。

「そ、そんなに、いやだったのか?ごめん、俺、烈兄貴を泣かせたくねぇんだよ」

 おろおろと烈に弁解する豪を前に、烈は顔を見られないように手で隠す。

「なぁ、頼むから、泣き止んでくれよ」

 自分の肩に手を乗せて、必死になって慰めてくる弟に、烈が内心で舌を出すと、ばっと顔を上げた。

「バーカ!誰が泣くんだ?あれぐらいで、オレが泣くわけないだろう!」

 顔を上げて舌を出すと、唖然としている豪を残して歩き出す。

「あ、兄貴!騙したな!」
「騙されるお前が、悪い!」

 慌てて自分の事を追いかけてくる豪に、追いつかれないように、烈も走り出した。

「あっ、来たみたい。烈くん、豪くん!みんな待ってるんだから、早く」

 先にトランスポーターで待っていたJが、ドアから顔を覗かせて手招きしている。

「豪!ほら、早くしろよ、待っててやるから」

 自分の後ろから走ってくる弟を待つように、その場で駆け足していると、直ぐに豪は追いついてきた。

「兄貴、覚えてろよ」
「もう、忘れた。ほら、無駄口叩いてないで、全速力だ」

 言うが早いか、烈は先にトランスポーターへと全速力で走って行く。その後を慌てて豪も追いかけた。

「はい、お疲れ様、二人とも」

 トランスポーターのドアを閉めると、疲れている二人にニッコリと優しい笑顔とともに声が掛けられる。

「待たせちゃって、ごめんね」

 肩で軽く息をしながら、謝られた事にJが首を振って見せる。

「ううん、僕達もそんない待っていなかったよ。博士が、あっちの監督と話をしてたからね」
「そっか、良かった」

 自分達が乗り込んだ事で、トランスポーターがゆっくりと発進される。

「烈くんは、どうせ豪くんが悪さをしていたせいで遅くなったんでげしょうから、気にする事なんて無いでげすよ」
「藤吉、そりゃどう言う意味だ?」

 自分達の会話に、笑いながら近付いてきた藤吉を、豪が睨みつける。

「言葉通りでげしょう?」
「そうだす。どうせ、うんこ野郎が迷惑掛けてたに決まってるだすよ」

 藤吉に続き、次郎丸までもが一緒になって、言った言葉に、烈は思わず苦笑を浮かべた。

「二人とも、ごめんね。豪が悪いわけじゃないんだ。ボクが、ブレットくんと話をしていたから、遅くなったんだよ」

 苦笑を零しながら、豪を庇うように口を開けば、二人とも納得したようで、溜息をつく。

「別に、気にする事ないでげすよ。そう言うことなら、仕方ないでげすから」
「そうだす。うんこ野郎の兄貴なら、仕方ないだす」

 余りにも態度が変わったことに、烈はもう一度苦笑を零す。

「てめぇらは、なんで、烈兄貴には態度が変わるんだよ」
「それは、日頃の行いってものでげしょうなぁ」
「その通りだす。うんこ野郎は、日頃の行いが悪いのがいけないだすよ」

 しみじみと言われた事に、豪の怒りが爆発しそうになるのを感じて、先に烈が口を開く。

「二人とも、その位にして、豪、お前も言われたくなかったら、日頃の行いを改めるんだ」

 溜息をつきながら、呆れたように言われた言葉に、豪はそっぽを向く。

「烈くん、ちょっといいかなぁ?」

 4人の会話が一段落ついた時、Jが烈の肩を叩いた。

「なに?どうしたの、Jくん?」

 自分の事を何処か信じられないような瞳で見詰めてくるJに、烈は素直に首を傾げてしまう。

「うん、いいから、ちょっとこちに・・・・・・」

 グイッと力強く引っ張られて、烈は否応無くJの前に移動させられてしまった。

「Jくん?」

 滅多に無い強引なJに、心配そうに烈が声を掛ける。

「烈くん、さっきの本当なの?」
「さっき?」

 驚いているJを前に、烈は本気で意味が分からず首を傾げて、Jを見上げるとその意味を問い掛けた。

「そう、ブレットくんと話をしていたって……」

 心配そうに言われた事に、漸く納得すると、烈は素直に頷いて笑顔を見せる。

「うん、それが、どうかしたのかい?」

 ニッコリと言われた事に、Jが思わず頭を抱えてしまう。

「Jくん?」

 頭を抱えているJに、烈はどうしたものかと分からず、きょとんとした瞳でJを見る。

「烈くん、何のために豪くんが……」
「……その事かぁ」

 Jが言おうとしている事を漸く理解して、烈は頷くと小さく笑った。

「心配させてるのは、豪だけじゃないんだよね。ごめんね、Jくん。豪には、もう話したんだけど、ボクだって、そこまでは鈍くないつもりだよ。ブレットくんの気持ちは、聞かせてもらったから知ってるけど、でもね、彼はボクにとって、ライバルであり、友達なんだ。だから、急にその態度を変えることなんて出来ない。豪やJくんに迷惑掛けて申し訳ないんだけど、これが、ボクだから変えられないんだ。ごめんね、Jくん」

 申し訳なさそうに謝られた事に、Jは溜息をついて苦笑を零す。

「そんな事言われたら、止められないよ。それに、豪くんもそれで納得してるんだから、僕が何をいっても仕方ないよね」

 笑顔を見せながら、納得してくれたJに、烈も笑顔を返す。

「有難う、本当に、ごめんね」
「謝られるような事、何もされてないと思うけど?」

 申し訳無さそうに謝る烈に、Jはウインクを見せて首を傾げた。

「僕の方こそ、余計な事言っちゃって、ごめんね」

 そして、逆に謝られた事に、烈は大きく首を振って返す。

「ううん、そんな事無いよ!ボクが鈍いから、誰かに教えてもらわないと、分からない事だらけだから、それを教えてくれたJくんやブレットくんに心から感謝してる。そうじゃなければ、ボクは自分の気持ちにさえも気付けなかったと思うから……」 

 苦笑を浮かべながら言われた事に、Jはただ優しい眼差しで烈を見詰めた。

「だから、本当に有難う、Jくん。これからも、迷惑掛けるけど、よろしくね」

 笑顔で差し出された右手に、Jも笑顔で握り返す。

「僕の方こそ宜しく。迷惑だなんて、ちっとも思わないから、相談してくれると嬉しいよ」
「うん、宜しく頼むね。やっぱり豪には相談なんて出来ないから、頼りにしてます」

 冗談でも言うように、烈は笑顔を見せると両手を胸の前で合わせてペコリと頭を下げた。

「ちょっと待て!烈兄貴、俺には相談できないって、どう言う意味だよ!」

 だが、そんな烈の態度に、聞き耳を立てていた豪が抗議の声を上げる。

「な、なんで、お前が話しを聞いてるんだよ」

 突然話に加わった豪に対して、烈が豪を睨みつけるが、赤い顔をしているために、威力は何時もの半分も現れていない。

「んな事どうでもいいだろう!俺は、先の理由が聞きてぇんだよ!言えよ、烈兄貴!」
「……どうでも良くないだろう。大体、お前がそんなんだから、オレが相談なんて出来ないんだろう。
自分の行動に責任が持てないような奴を、オレは信用出来ないね」
「……烈兄貴、またオレの前で『オレ』って言ってる……」

 ぽつりと言われた豪の台詞に、烈は素直に首を傾げた。
 確かに、豪がそう思うのも当然かもしれない。つい先程、烈は豪の前でも自然に『ボク』と言ったのだから、それがまた元に戻ったのである、疑問に思っても当然であろう。

「先、俺の前でも、『ボク』って言ってたんだぜ。俺、ちゃんとこの耳で聞いたんだからな!」

 そこまで言われて、烈も漸く納得したように頷いた。
 そして、そこで考え付いた事に、意地悪な笑顔を見せる。

「そうだなぁ、お前の前でも『ボク』って自然に言えるようになった時に、お前の事少しくらいは当てにしてやるよ」
「な、なんだよ、それって!」

 自分の言葉に、文句たっぷりに豪が呟くのに、烈は苦笑を零す。

「お前の前で、オレが『オレ』って言うのは、お前の事を頼ってない証拠だろう?だから、ちゃんと『ボク』って言うようになったら、その時は考えてやるよ。まっ、無理だと思うけど、気長に待つんだな、豪」

 嬉しそうに笑う兄に対して、弟は恨めしそうに見詰める事しか出来ない。
 そんな二人のやり取りを見詰めながら、Jは思わず苦笑してしまう。
 口では例えそんなことを言っていても、烈は誰よりも豪の事を信頼していると分かるから。

「オレとボクの使い分けかぁ」

 ポツリと呟いて、もう一度苦笑を零す。
 きっと、そう遠くない内に自然に無くなると分かっているから、可笑しくなるのだ。

「烈兄貴!ぜってぇーに、俺の事頼れる男だと納得させてやるからな!」

 自信満々に咆える豪を前に、烈は舌を出して笑う。

「期待せずに、待っててやるよ。……でも、当分は、今の関係で居たいんだけどな……」

 笑顔のままに呟かれた言葉は、余りにも小さくって、誰の耳にも届かなかった。
 トランスポーターが静かに研究所へと進んでいく中、車内には豪の声だけが響き渡る。
 そんな雑音を聞きながら、今日と言う日をゆっくりと振返れば、優しくなれる。

     ―――スキ―――

 まだ本人には言えないけれど、その二文字が自分の心を占めている。誰よりも大切で、唯一認めてくれている人が自分の傍に居てくれるのなら、きっと強くなれると思う。
 そして、何時かこの気持ちを伝えられたら・・・・・・。
 
 それを口に出して言えるようになるまでは、オレとボクの使い分けは直らないだろうと思う。
 でも、遠くない未来に、きっと……。

 その気持ちがある限り、大丈夫だとちゃんと自分に言い聞かせながら……。
 その時は、伝えるよ。君に、大好きって……。

                                                             ―END―


 

                  



   無事、終わりました。
   無茶苦茶、長いですね。<苦笑>

   昔、書いたお話なので、手直ししながら書いたのですが、
   直しようが無いです・・・・・・。(下手すぎるよ、私。進歩もしてい・・・・><)
   昔っから、こんな話しか書いてなかったのか・・・・・・(っても、2年前)

   何を隠そう、レツゴーの記念すべき第2作目だったのです。
   1作目は、本当に人様に見せられるものではありませんでした。
   ても、これも似たような物ですが・・・・・・<苦笑>

   コメントとしましては、くだらない上に長い小説で本当にごめんなさい。
   そして、1同様、ブレットFANの皆さん許してください。
   ウチでは、ブレットさんフラレてるけど、烈一筋なんです。
   軽く見られるかもしれませんが、烈相手にだけなので・・・・・・。(言い訳だなぁ・・・)