「兄貴!」

 聞こえて来た声に、机に向かっていた烈は、こっそりとため息をつく。

 帰って来て早々に賑やかな自分の弟に、頭が痛くなる。
 ドタバタと賑やかに階段を駆け上がってくる音を聞きながら、持っていたシャーペンをノートの上に置く。
 その瞬間、バンッとノックもしないで扉が開かれた。

「兄貴!先に帰るなんて、ヒデーぞ!」

 賑やかに開かれた扉と同時に、文句の言葉。

「お前なぁ、何時も言っているだろう。部屋にはいる時は、ちゃんとノックをしろ!それから、オレは待っててやるなんて、一言も言ってないぞ」

 そんな弟に、座っていたイスを回転させて、呆れたようにため息をつき、何時ものように注意とそれから言われた事に関しての言葉を返した。

「俺は、待っててくれって言った!」
「だから、俺は嫌だと言っただろう。そんな事よりも、戻ってきたんなら一番にする事があるんじゃないのか?」

 ぶすっと膨れている豪に、もう一度ため息をついて、それから問い掛けるように尋ねる。

「って、俺は怒ってんだからな!兄貴が、待っててくれなかったから!!」
「だから、それは待たないと言っただろう。それはいいから、豪!その前にちゃんと挨拶は?」

 自分の問い掛けにも、不機嫌なまま言葉を返してくる豪に、烈は呆れたように言葉を返して、それからもう一度今度はちゃんと言葉にして問い掛ける。

「…………ただいま……」

 烈の問い掛けに、豪は不機嫌なまま、それでもボソリと聞こえるか聞こえないかの言葉を口に出す。
 それを聞いて、烈はその表情を和らげた。

「お帰り、豪……でだ、帰ってきたら、手洗いとうがい。ほら、さっさと行け!」

 聞こえて来た挨拶に言葉を返し、促すように部屋から追い出す。

「って、俺の話まだ終ってない!!」
「オレの方は終ったんだよ。ほら、母さんに怒られるから、早く行けよ!」

 無理やり追い出すように背中を押して、部屋から出すと、そのままドアを閉める。
 外で豪が何かを言っているのが聞こえたが、烈はそれを無視した。
 そうすれば、暫くすれば諦めたのか、豪の気配が部屋の前から離れて行く。
 それを感じて、烈はホッと息を吐き出した。

「……待っていられる訳ないだろう、お前がボク以外の誰かと楽しそうに笑っているのを見ながらなんて……」

 ポツリと呟いた言葉は、誰にも聞こえないからこその言葉。

 自分の気持ちを知っているからこそ、相手が自分以外の誰かと一緒に居る事が、こんなにも胸を苦しくさせる。
「知られたくなんかない……こんな、気持ち……誰にも……」

 知られたくないから、距離をとる。
 それが、この気持ちを押さえていられる唯一の方法だと思えるから……。