昔、まだ小さかった時に聞いた事がある。
「ねぇ、おかあさん。ボクのことはちゃんって呼ぶのに、なんでツナはツっくんって呼ぶの?」
男の子なら誰だってちゃん付けで呼ばれるのは嫌がると思うのだ。
だって、ちゃん付けなんて女の子みたいだから……。そうじゃなくても、自分はツナと違って女の子に間違われていたって言うのも理由の一つ。
ツナは癖毛なのに対して、俺は母さんと同じ髪質でストレート。ちょっと長くしていたから、母さんが面白がって可愛いゴムで髪を括ってくれていたのも原因の一つだと思う。
「だって、ちゃんの方が可愛いでしょう?」
俺の質問に、母さんは嬉しそうにそう言ったのを今でもはっきりと覚えている。
もうアレは、トラウマってヤツかもしれない。
何が悲しくって、男が可愛いなんて言われなきゃいけないんだ?
「かわいいなんてヤダ!ボクもツナみたいによんでよ!」
子供の可愛いお願いだったと、今ならはっきりとそう言える。だけど、母さんはあの何時もの無邪気な笑顔で返してくれたのだ。
「だって、くんよりも、ちゃんの方がちゃんには似合ってるでしょう?」
よくもまぁ、ニコニコと笑顔で可愛い子供の心を傷付けてくれるものだ。
アレは、俺にとって今だに忘れられない記憶となっている。
だから、俺は可愛いと言う言葉が大嫌いになった。勿論、自分に向けられるそれ限定だけど……。
「10代目!」
毎日の訪問。それは、休みの日にも欠かされた事はない。
獄寺隼人、彼は綱吉の右腕になる為に必死なようです。
聞えて来た声に、俺は幸せな夢の中から現実へと引き戻された。
折角のお休みなのに、何で幸せな眠りを邪魔されないといけないんだろう……俺の、唯一の至福の時だって言うのに……。
「なんだ、ダメはまだ寝てたのか?」
不機嫌な気持ちで重い体をゆっくりと持ち上げた瞬間、ノックもなしに扉が開いて最近見慣れてきた子供が部屋の中へと入ってくる。
「……おはよう、リボーン」
「早くねー、もう昼も過ぎてる時間だぞ」
眠い目を擦りながら、許可もなしに入ってきた相手に朝の挨拶。
それに返されたのは、呆れたように言われた冷たいお言葉でした。
だって、お休みの日は唯一ゆっくりと眠れる日なんだよ!いいじゃんか、好きなだけ寝ても!!
誰にも迷惑は掛けてないはずだ、多分……。
「で、リボーンは俺の部屋に何の用事?」
ツナをボンゴレ10代目にする為にここに来たリボーンは目的の相手から傍を離れる訳にはいかないからと、ツナの部屋で寝泊りしている。
だから、俺の部屋に来るのは本当に時々。
大体が……
「獄寺のヤツが来てうっとうしかったからな」
と、言うのが部屋に来る理由だったりする。
リボーンでも鬱陶しいと思える獄寺くんに纏わり付かれている綱吉って……。
まぁ、元からリボーンは賑やかなのは好きじゃないみたいだ。人に触られるのも、ダメみたいだし、そう言うところ委員長に似てると思うんだけど……。
「オレとヒバリは似てなんてねーぞ」
「リボーン、また勝手に人の心読まないでよ」
まぁ、別に読まれて困るような事は考えてなかったからいいんだけど、うん、やっぱり恥ずかしい事も考えるかもしれないから、ずっと覗かれるのはやめて欲しい。
「恥かしい事って何を考えるつもりだ、ダメ」
「だから、読まないでって!う〜ん、恥ずかしい事って、一応俺も年頃だから……」
「何だ、女の事か?だったら安心しろ、そんな事は珍しい事じゃねーぞ。ツナの頭の中はすげーからな」
「えっと、それってツナがそう言う事を考えてるって事なんだと思うけど、そう言う事をサラっと言うのは止めようね。仮にも、1歳児なんだから!!」
何か目覚めから爆弾発言を聞いたような気がするんだけど、どうしたモノだろう……そりゃ、ツナには好きな子が居るんだからそう言う事を考えるお年頃だし、健全だとは思うんだけど、やっぱり口に出して言われてしまうと恥ずかしいモノなのだ。
いや、なんて言うかそれを1歳児が言ってるんだから、教育上問題と言うか……いや、その前にリボーンはヒットマンで殺し屋!その時点で、教育云々言ってる場合じゃないような……。
複雑な気持ちのまま思わずリボーンを見詰めてしまう。
そんな俺に、リボーンがため息をついた。
「何を今更な事を言ってやがるんだ。だから、お前はダメダメなんだぞ」
うん、俺がダメダメなのは知ってるんですけど、そんな呆れたと言うように見詰めるのはやめて下さい。
俺だって傷付く心はまだあるんですから!
「、起きてる?」
何だか悲しくなってきた俺の耳に、ノックの音と聞きなれた人の声が掛けられる。
「起きてるよ、一応……」
心配そうに質問してきたその声に、返事を返せば開かれるドア。
「おはよう、」
「うん、おはよう……って、リボーンからもう昼過ぎだって言われたんだけどね」
ニッコリと笑顔で挨拶をくれた双子の兄に、俺は返事を返して苦笑を零しながら先程リボーンに言われた事をそのまま口にする。
「リボーン?って、お前!居ないと思ったら、の部屋に!!」
「オレが何処に居ようが、オレの勝手だぞ」
俺の言葉に、部屋に居たリボーンの存在を知って、ツナが不機嫌そうな声でリボーンに文句らしい事を口にする。
別に俺は、部屋に居ても気にしないんですけど……なんで、ツナはそんなに不機嫌になるんだろう?
不機嫌なツナを前に、リボーンは気にした様子もなく、俺がまだ居るベッドにぴょんと乗っかって来た。
「リボーン?」
突然のリボーンの行動に意味が分からなくって、思わずその名前を呼べばポテポテと近付いてきてモソモソと蒲団の中に潜り込んでくる。
「オレはこれから昼寝の時間だ、起こすんじゃねぇぞ」
行き成りの展開に、付いていけません。
でも、言うが早いかリボーンは目を開いたまま昔見た漫画のように鼻提灯を作ってしまった。
って、寝るの早過ぎです、リボーンさん!!
「……寝ちゃったみたいだね」
そんなリボーンに俺は心の中で突っ込んでしまう。だって、幾らなんでも早過ぎでしょう!しかも、目を開いたままだし、目、乾かないのかな?
って、心配している俺に、ツナが呆れたようにため息をつく。
「うん、んじゃ、俺は起きなきゃだね。そう言えば、ツナは何か用事があったんじゃないの?」
そっとリボーンを起こさないように静かにベッドから下りて、蒲団を整えてからツナを振り返る。
「えっと、獄寺が来てるんだけど……」
そんな俺に、ツナは言い難そうに口を開いた。
「うん、その声で起こされたから知ってる。そう言えば、獄寺くん放って置いていいの?」
いや、あの声で気付かない奴が居たらお目に掛かりたいです、お兄様。
そして、ここにツナが来ていて、大丈夫なのかと質問。
「それは大丈夫!今母さんに預けてきたから!それで、今から買い物にでも出掛けようかって言ってるんだけど、も一緒に行かない?」
俺の質問に、ツナが安心させるように獄寺くんを母さんに預けて来たと、まるで小さい子供を相手にしているみたいに言う。
いや、うん、まぁ、小さい子供みたいなのは否定しないんだけど、獄寺くんの思考は、小さい子供の独占欲をツナ相手に持っていると思うから……それに、あの短気はどう考えても子供思考だと言える、うん断言出来るんだけど……でもそこで、口に出して預けて来たって本人聞いたら、泣きそうなんだけど……。
「えっと、俺も一緒にって獄寺くんが言ったの?」
心配そうに見詰めてくるツナを前に、疑問。
だって、獄寺くんはあまり俺の事を良く思ってないと思う。
俺は、ツナにとってお荷物でしかないと思われているから……。いや、事実その通りなんだけどって、何か悲しくなってきたかも……。
「言ってないけど、オレはも一緒がいいから……」
うっ、そんな悲しそうな顔されると、本気で拒めないんですけど……って、ツナは絶対俺がその表情に弱い事を知ってて態とやっていると思う、絶対そうだ!だって、ツナが気付かないはずがない!
「………で、でも、獄寺くんは、多分ツナと二人で行きたいんじゃ………」
「それは大丈夫!オレがと一緒に行きたいんだから!」
やっぱり確信犯だ、絶対そうだ!
オレの精一杯の言葉に、パッと明るい笑顔で返事を返してくる。
うん、そう言ったら獄寺くんが『嫌だ』と言えないのも分かってるんだ、ツナだから!
「……………準備するから、待っててくれる?」
「分かった。あっ!そう言えば、も一緒に行くんだって言ったら、母さんがこれに渡してくれって……母さん曰く、『絶対それ着てくれなきゃ嫌よ』だそうだよ」
分かっているけど、逆らえない自分が悲しい。どうして、俺はツナに逆らえないんだろう……。
うん、全部策略だって分かってるのに、抗えませんでした。
そして、さり気に言われて差し出されたものを嫌々ながら受ける。
って、既に俺も出掛ける事になってたんだな、そうなんだな!もう、ツナの中では確定事項だったんですね、俺も一緒に出掛ける事は……。
そして、母さんはまた俺を着せ替え人形に選んだんですか!頼むから、普通の服でありますように……。
「それじゃ、待ってるからね」
俺に服が入っているだろう紙袋を手渡して、満足そうな笑顔で出て行く兄弟を本気で少しだけ恨めしく思いました。
うん、こんな事初めてだけど、最近時々貴方の黒さが恐いです。
昔(リボーンが来る前)は、こんな事なかったのに……なんて、少しだけ遠くを見詰めてしまっても仕方ないだろう。