「焦らなくてもいいから、ゆっくりと食べてごらん」
そっと目の前の子供に手を差し伸べたら、ビクリと大きく体が震えたのが分かる。
だけどそれには気付かないフリをしてサラサラの銀の髪を撫でながら、言えば真っ赤な瞳が分からないと言うように自分を見上げてきた。
何も写さない瞳なのに、子供が何を言いたいのかは良く分かる。
多分、本当にいいのかどうかを確認しているのだろう。
そんな子供の心情を汲み取って、頭を撫でながら、怯えさせないように笑みを浮かべた。
「ただし、残したら怒るからね」
それから、ウインク付きで出来ないだろう事を口に出す。
多分、このスープを食べ切れなかった子供に対して怒る事なんて出来ないだろう。
だって、それは子供が悪いんじゃないと分かっているから
そう言ったオレをじっと見詰めてから、子供が恐る恐るスープに口を付ける。
スプーンですくったスープを飲んだ子供を見て、ホッとした。
そして、食べてくれた子供の行動が嬉しくて、また自然と笑ってしまう。
「・・・・・・・ちゃんと、たべる、しごと、するから・・・・・・・」
そんなオレに、ぽそぽそと言われた言葉が聞こえて来て、さらに笑みが浮ぶ。
この子供の事が、心から愛しいと感じた瞬間だったのかもしれない。
「有難う」
だから、気付いた時には無意識にギュッと子供を抱き締めていた。
オレに抱き締められて、ビクリと震える小さな体さえも可愛いと思えてしまう。
それはまるで、触れれば消えてしまう一片の雪のようで……
一瞬でも触れられた事が嬉しいと思えるような、そんな感覚。
夏なのに、こんな事を考えるなんて、きっとこの子の雰囲気がそうさせるのだろう。
真っ白な、雪のイメージ。
そして、鮮やかな赤は、刹那の色。
漢字は、『雪』と書いて、セツ。
ああ、この子にぴったりの名前かもしれない。
「セツ」
そう思った時には、ポロリとその言葉が口から出ていた。
オレに抱き締められた状態で呟かれたその言葉に、子供が不思議そうな顔でオレを見上げてくる。
「君の名前だよ。日本で雪と言う漢字を書いて、セツ」
「・・・・・・・セツ?」
きっと、今の季節が夏じゃなくて冬だったのなら、直ぐに思い付いたかもしれない。
この子供に、ぴったりの名前。
うん、我ながら言い名前を思い付いたと思うよ。
「なまえ・・・・・セツ?」
「そうだよ、今から君の名前は雪だよ。もしかして、気に入らない?」
不安そうにオレが考えた名前を呟く子供に、心配になって質問する。
そうすれば、フルフルと首を振って子供が返してきた。
「なまえ、うれしい、ありがとう」
オレに『嬉しい』と言った子供の顔には、初めて感情と言うものが見えた。
それは、確かに笑っていたのかもしれない。
表情は変わっていないのに、オレにはそう感じられた。
ああ、これなら、この子供に感情を取り戻させる事が出来るかもしれないと、そう思わせてくれた一瞬だった。