どれぐらいの時間がたったのだろうか、集中して仕事をしていたのだろう気付いた時には窓の外が暗くなりかかっていた。
それに気付いて、慌てて子供へと視線を向ける。
眠っているだろうと思った子供は、自分の予想に反して目を覚ましていた。
ソファに座ったまま、身動きせずに窓の外へと視線を向けている。
その姿は、初めて子供を見た時と同じで、まるで大きな人形。
気配もないし、身動きすらしない。
「気が付いていたんだね、大丈夫?頭とか痛くない?」
それがなんだか悲しくて、綱吉は子供へと声を掛けた。
自分が声を掛けた瞬間、驚いたのかピクリと小さく体が反応して、窓へと向けられていた視線が自分へと向けられる。
そして、一瞬考えてから、コクリと小さく頷いた。
「そう、でも水分は補給した方がいいね。オレも喉が渇いたから何か飲もうか?」
自分に反応を返した子供にホッとして、再度質問すればまたコクリと小さく頷いて返される。
それを確認してから、オレは内線でメイドに連絡して飲み物を頼んだ。
その間に子供の視線はまたしても、窓の外へと戻される。
じっと外を見詰めている子供は、やはり身動き一つしない。
「買い物は、楽しかった?」
だから、子供を人間に戻すためにまた声を掛ける。
声を掛ければ、子供の視線が自分へと戻された。
まっすぐ見詰めてくる赤い瞳は宝石のようで、動かなければやはり作り物のように見える。
そんな事を考えていた自分の目の前で、子供がコクリと小さく頷く。
それは、自分の質問に対しての答え。
「そう、良かった」
そんな子供に微笑んで見せた瞬間、扉をノックする音が部屋の中に響いた。
「どうぞ」
「お待たせしました。お飲み物をお持ちしました」
声を掛ければメイドの一人が部屋に入ってきて、テーブルの上に持って来た飲み物を準備していく。
カチャカチャと食器の音が部屋の中に流れるのを、何処か遠くに感じながらまた視線を子供へと向ける。
子供は、飲み物の準備をしているメイドを気にした様子もなく、その視線は部屋の外へと向けられていた。
「有難う」
「いえ、では失礼いたします」
暫く、その姿に視線を向けていたが、お茶の準備を終えたメイドに気付き礼を言うと、首を振ってから頭を下げ部屋から出て行く。
それを見送れば、部屋の中にはまた静寂が戻ってくる。
子供は、外へと向けられていた視線を、今は準備された飲み物へと向けていた。
その顔は、準備されている飲み物を不思議そうに見ている。
「ああ、君の分はちゃんとスポーツ飲料水にしてくれたんだ。軽い熱中症だったから、水分と塩分は取らないとね」
準備された飲み物は、自分の分はコーヒーで、子供に準備されたモノはスポーツ飲料水。
透明なグラスに入ったそれは少しだけ白い濁りのある水で、子供には不思議だったのだろう。
「すぽーつ、いん、りょう、すい?」
「ヒバリさんが君に飲ませたのも多分同じものだったと思うけど、その時意識無かったんだから、覚えている訳ないか」
不思議そうに自分の言葉を繰り返す子供に笑みを零しながら、口を開けば分からないと言うように首を傾げる。
そりゃ、意識が無かったのだから、当然の反応だろう。
「ああ、これ飲んだら、夕飯食べに行こうか。お腹空いたよね?」
「ゆう、はん??」
そんな子供に笑ってまた口を開けば、コテリと首が傾げられる。
あれ?そんなに疑問に思うような事は、言ってないと思うんだけど??
「あんな施設で、夕飯なんて言葉が出てくる訳ねぇだろうが、ダメツナ!」
何をそんなに不思議がっているのかが分からなかった自分に、呆れたような声が聞こえてくる。
いつもの事だけど、ノックぐらいはして欲しいと思うのは、無茶な注文なのだろうか?
それにしても、何時部屋に入って来たのか分からなかったって言ったら、また怒られそうだ。
「リボーン!」
「ダメツナ、書類は終わったのか?」
「終わる訳ないだろう、まぁ、あと少しで終わると思うけど……」
その声に咎めるように名前を呼べば、質問してきた内容にため息を付いて答える。
流石に集中していたのも手伝って、かなりの量を終わらせる事が出来た。
自分にしては、頑張った方だろう。
「ほぉ、大半は終わったのか?お前にしてはがんばった方じゃねぇか」
「それって、褒めてないよな?」
「当たり前だ。それ位の書類とっくの昔に終わってて当然だろうが。そんな事よりも、そこのガキに今日一日で何食わしたか覚えているか?」
「えっ?何を食べさせたかって、朝は、食べようとしなかったから、お粥を食べさせたけど……」
自分の言葉に返されたそれに心底呆れたと言わんばかりのそれだったけど、あえてスルーして続いて質問された内容に朝の事を思い出す。
そう言えば、朝ご飯を食べさせるのには、かなり苦労したんだけど……
流石にお昼は一緒ではなかったので分からないが、隼人と武が食べさせてくれたとは思っている。
「そいつ、昼に口にしたのは、水だけだったそうだぞ」
「水だけって、それって食べたとは言わないよね?」
言われた内容に信じられないと言うように子供へと視線を向ければ、不思議そうな赤い瞳が自分を見詰め返す。
「お腹、空いてないの?」
自分を見詰めてくる子供に、恐る恐る質問。
「おみず、のんだから……それに、しごとしてないから、たべるは、だめ……」
自分の質問に返ってきたのは、なんとも言えない内容の言葉だった。
仕事をしてないから、食べる資格が無いと言っているのだ。
なら、この子供の仕事とは?
昨日、自分が子供の仕事を取り上げてしまったから、この子はご飯を食べないと言っているのだ。
ああ、そう言えば、朝ご飯も恐る恐る食べていたような……
あれは、仕事をしていないのに、食べられることが不思議だったんだね。
「お水は、食料じゃないんだよ?」
「何を言っても無駄だぞ。こいつにはスープでも飲ませておけ、極端に胃が細っている常態で無理に食わせると吐くからな」
「分かった」
「軽食は食えるみたいだから、慣れるまでスープやお粥にした方がいいぞ」
子供へと質問した内容にため息を付きながら、リボーンが返してきた内容に頷いて返す。
ああ、ちゃんと面倒も見られていないなんて、ヒバリさんに怒られても仕方ないよね。
もうちょっと、子供の事を見ててあげないと
キョトンとしている子供に、困ったように笑みを見せてから小さくため息をつく。
色々大変な事は、山積み状態のようだ。