終らない書類に、ため息をつく。
本気で、何もかもを投げ出したくなると言うのは、こういう時かもしれない。



「10代目、ただいま戻りました」

もう何度目かも数える気が起きなくなったため息をついた瞬間、ノックの音と共に隼人の声が聞えてくる。
チラリと時計を見れば、確かに戻ってきても可笑しくはない時間だ。

「ご苦労様。あの子は?」

部屋に入ってきたのは、隼人と武だけで肝心の子供の姿が見えない事に綱吉は不思議に思って問い掛ける。

「問題があった訳じゃないのな、ただ……」

綱吉の質問に、一瞬隼人と武が顔を見合わせて困ったような表情を見せたが、直ぐに武が口を開く。

「ただ?」

だが、言い淀んだ武に対して、綱吉は不思議に思って問い返した。
普段は、何でも言いたい事を口に出す武にしては珍しい事だ。
始めに、問題があったのじゃないと言われなければ、何かあったのかと思っても仕方ないだろう。

「あいつ、庭から動こうとしないんですよ」
「えっ?」

質問した綱吉の言葉に、武ではなく今度は隼人が口を開く。
言われた言葉に、綱吉は窓の外へと視線を向けた。

この執務室からは、ボンゴレ屋敷の庭が見られるようになっている。
視線を向ければ、確かに子供の姿が広い庭の真ん中に見付けられた。

「なんか、珍しいものでもあるのかな?」

庭に居る子供を見るが、何かをしているようには見えない。
ただそこに立っていて動かない子供に、綱吉は不思議そうに首を傾げる。

何を見ているのかは、ここからは分からない。
だけど子供は、ジッとその場所から動こうとしない。

「多分、あいつにとっては、何もかもが新鮮なのな……買い物してる時も不思議そうに周りを見てたかんな」

不思議そうに呟いた綱吉の言葉に、武がそう言って笑った。

『顔は無表情なのに、あいつの気持ちが手に取るように分かって面白かった』と言いながら

「全然感情なんかないのに、あいつが何考えてるのかが分かるんだよな。スゲー可愛かったぜ」

楽しそうにそう言った武に対して、複雑な気持ちになる。

どうして、そんな風に感じるのか分からない。
けれど、羨ましいと思ってしまったのは拭えない気持ち。

仕事なんて無ければ、自分が子供と一緒に過ごせたのに……

「そっか……ご苦労様、二人とも」

モヤモヤとした気持ちの中、それだけを言うのが今の綱吉には精一杯だった。