自分の腕の中で、小さな声が呟いたその言葉に綱吉は、そっと息を吐き出す。
聞こえてきた声が、自分が間違ってなかった事を教えてくれたから

そして、何よりもその事を気付かせてくれた子供にこそ、自分がお礼の言葉を言わなければいけないと思ったが、綱吉はその言葉をそっと胸に押し込めた。

今は、言う時じゃない。

本当にその言葉を伝えるのは、子供の瞳に感情が戻った時だと、そう思って


「それじゃ、まずはお風呂に入ろうか」
「おふろ?」

だからこそ、そっと子供から離れて、その顔を見ながら笑顔で今からする事を伝えれば、不思議そうに子供がその言葉を繰り返す。

「そうだよ、お風呂。ほら、君もオレも汚れちゃってるからね」

そんな子供に、もう一度笑顔で口を開けば、子供が自分の格好を確認するように見てから、コクリと頷く。
微笑ましい子供の姿にもう一度笑みを浮かべて、綱吉は子供を連れて備え付けのバスルームへと移動した。

まずは、今子供が着ている服を脱がす。
ワンピースのような服は一枚だけで、下には何も着せられていない。

「……流石に、下着は今は無理だよなぁ……えっと、この服は洗濯してパジャマとして使えそうだけど、やっぱりあんな所に居た時の服は嫌?」

真っ白な服。
今は少し汚れているけど、洗えば十分に着られそうだ。

そう思って、綱吉が子供に質問すれば、フルフルと首を振って返された。
どうやら、着られる服は置いておいても良さそうだ。

「それじゃ、洗濯してもらうとして、お風呂から上がったらこの服に着替えるといいよ。下着がないからアレだけど、明日買うとして……今来てる服と同じような感じで着られるから、大丈夫?」

今度の質問には、コクリと頷いて返してくる。
何とか理解しているらしい子供に安心して、自分も着ていた服を脱いで子供と一緒に風呂場へと入った。

「・・・ひろい・・・」

中に入った瞬間、ポツリと呟かれた子供のその言葉に思わず笑ってしまう。
確かに、部屋に備え付けのバスなのに、十分の広さを持っているのだ、ここのお風呂は

「そうだね、広いよね。それじゃ、まずは頭と体を洗おうか」

呟かれた子供の言葉に同意して、シャワーの前に子供を座らせてまずは頭から洗い始める。
真っ白な髪は子供独特の細い髪で、絡まりそうで、慎重に丁寧に洗っていく。
自分に頭を洗ってもらう間、子供はジッとして動かない。

「洗い流すから目を瞑ってくれる?」

綺麗に洗って、今度はそれを流す為に目を開けている子供に言えば、ギュッと目を瞑る。
それが何処か微笑ましくて、笑みを浮かべながらシャワーの水で綺麗にシャンプーを流していく。

それを2回程繰り返して、次は体をボディーソープを付けたスポンジで洗えば、薄汚れていた子供は本当に真っ白になった。
色を持っているのは、その瞳だけだと言ってもいいだろうほどの白さ。

真っ白な髪が、輝きを取り戻して蛍光灯の光を受けキラキラ光る。
色白な肌は、女性が憧れるほどのキメ細かな肌で、お湯の蒸気でほんのりとピンク色になっているこの状態だとさらに儚く見えた。

綺麗になった子供の姿に感動していた綱吉は、突然子供が自分の方を振り返った事にドキリとする。

男の子だと分かっていても、今の子供の姿は、中性的だから

「何?どうしたの?」

ジッと自分を見詰めてくる赤い瞳に落ち着かなくて、綱吉が質問すれば子供が行き成りその膝を付いた。
一体、何をするのだろうかと首を傾げた瞬間、その行動の意味が理解できて慌ててしまう。

「ちょ、ちょっと待った!!」

そう、今にも自分のそれに手を伸ばそうとしている子供に、慌ててストップを掛けた。
綱吉に止められた子供は、意味が分からないと言うようにその赤い瞳を綱吉へと向けてくる。

下から自分を見上げてくる赤い瞳に、情けない自分の顔が映っているが、そんな小さな事に構っていられる余裕もない。

「もう、そんな事しなくていいんだからね!」

何とか子供に分かってもらいたくて必死でその行動を止めれば、何で綱吉が慌てているのかも分かっていない子供は、不思議そうに首を傾げた。
今まで子供が育ってきた場所ではその行為が当然だったのだから、止められれば意味が分からないのは仕方ないだろう。

だが、行き成り子供に奉仕されそうになった綱吉の方がかなり焦っていた。
当たり前のように行動に移した子供が、余りにも自然だったから理解に苦しんでしまったのも理由の一つだろう。

「えっと、だからね、もうそう言う事はしなくてもいいんだよ。ここは、君が今まで居た所とは違うんだから!!」

分からないと言うように見詰めてくる子供に、もう一度説明するように口を開けば、一瞬の間が空いてからコクリと頷く。
そんな子供に、綱吉はホッと安心したように息を吐いた。

「それじゃ、夏だから、体が冷えるって事はないだろうけど、湯船に入って暖まろうか……」

安心して、今度は自分の用事を終らせる間に子供に湯船に入るように言えば、やっぱり意味が分からないと言うように首を傾げられる。
子供の中に、湯船に浸かるという習慣などあるはずもないだろう。

「えっとね、あのプールみたいな……って、プールも知らないよな……水が溜まってる浴槽に入るって言えば分かる?」

何とか子供に説明しようと分かり易く質問すれば、納得した子供が再度コクリと頷いて、そっと湯船へと入った。
それを見て、綱吉は再度安堵のため息をつく。

何も知らない子供に教える事が、こんなにも大変な作業だとは思いもしなかったのだ。

子供が湯船に入った事を確認して、今度は自分の体と頭を洗う。
手早くその作業を終らせて、子供へと視線を向けてかなり焦った。

「どうして、そんなに真っ赤になってるの?!」

視線を向けた先にいる子供は真っ赤な顔をして、明らかに逆上せていると分かる状態だったのだ。
グッタリとしている子供は、今にも湯船の中に沈んでしまいそうで危うい。

「たった数分で?!って、慣れてないから、仕方ないの?!って、そんな事言ってる場合じゃない。早く上げないと」

思いっきり突込みをしてしまってから、状況を思い出して、急いで子供を湯船から引き上げる。 それから、体を拭きお風呂場から外へと出した。

「あ〜っ、肌が白い分、真っ赤になってるのが可哀相だなぁ……」

顔を真っ赤にして荒い呼吸をしている子供に、濡れたタオルと氷を準備して出来るだけ体温を冷やしてやる。
大した事はなかったのか、子供の肌がまた白くなるのにそう時間は掛からなかった。

「気が付いた?もう今日は、そのまま寝た方がいいね」

呼吸も落ち着いて来た頃、意識を失っていた子供の瞳がゆっくりと開く。
それにホッとして優しく声を掛ければ、何処かボンヤリとした表情で子供は一度綱吉を見てから、コクリと頷いて眠っていたベッドから起き上がる。

「ど、どうしたの?そのまま寝てていいんだよ」

突然起き上がって、ベッドから降りた子供に驚いて声を掛けるが、子供はその声には反応を返さずキョロキョロと辺りを見回す。
その行動の意味が分からずに、思わず子供の行動を見守っていれば、部屋の隅の方へと歩いて行きそこで床にポテリと横になってしまった。
そして、そのまま小さく丸まって瞳を閉じる。

「って、そこで寝るの?!」

信じられない子供の行動に綱吉が声を上げたのは、仕方ない事だろう。
だが、自分の驚きの声に子供は何も反応を返さずに、ただ丸まってピクリとも動かない。
流石にそんな所に子供を寝かしておく訳には行かないので、綱吉が眠っているだろう子供の傍へ近付くと、眠っていると思った子供の目が開く。

「起こしちゃったかな?あのね、ここで寝るんじゃなくて、ベッドがあるからソッチで寝た方が……」

そんな子供に困ったように声を掛ければ、子供が自分を見上げてきてフルフルと首を振る。
そして、またゆっくりと瞳が閉じられた。

どうやら、ここから動くつもりはないらしい。

「仕方ない、シーツ持って来て掛けて上げるか」

何を言っても無駄と悟った綱吉は、ベッドからシーツを取ると静かに子供へと近付いた。
だが、やはり自分が近付いた瞬間、子供の目が開かれる。
それだけ、この子供は警戒心が強いのだろう。

「ごめんね、とりあえず何もしないからこれだけでも使って……」

起こしてしまった子供に謝罪して、持ってきたシーツを子供に掛ける。
それに怯えたようにビクリと小さな体が震えたのに気付いたが、それには触れずにまた少し距離を置く。
そうすれば、子供は安心したのかまた瞳を閉じた。

「まるで、猫みたいだね」

育ってきた環境が環境なのだから仕方ないと分かっていても、警戒心の強い子供に哀れみを感じてしまう。
少し離れた場所で、子供の様子を伺いながら、綱吉は再度ため息をついた。

これから、この子供が少しでも安心してくれるようになればいいとそう思いながら