自分の何がすごいのか分からないけれど、目の前で驚いたような表情をしている人達を見て何かがすごい事なんだと理解した。
だけど、それだけで、何がどうすごいのかはやはり分からない。
それは自分にとっては、当然の事で、何の疑いもなく受け入れていたものだから
だから、分からないのだ。
いや、自分にとっては、元々外の世界は分からない事だらけなのだから、当然の事かもしれない。
「すごい?」
言われた言葉の意味が分からないと言うように、小首を傾げながら子供がその言葉を口に出す。
相変わらず、子供の瞳は何も映してはいないのに、その声音から何がすごいのか本気で分からないと言う感情が感じられた。
「うん、すごいよ。オレ達にはね、鳥の言葉が分からないから、だからすごいんだよ」
疑問を口にした子供に対して、綱吉が優しい表情を浮かべながら説明をする。
だが、内心ではやはり驚きを隠しきる事が出来ないのか、その口調は少々興奮気味にも感じられた。
綱吉から説明された言葉を何とか自分の中で理解しようとしているのか、子供はもう一度分からないと言うように小首を傾げる。
すごい事なのだと、優しく自分に手を差し伸べてくれた人が言う。
だけど、自分にとってはそれが普通なのだから、すごいと言われている理由が分からない。
目の前で笑っている人が言うには、ここに居る人達にはみんなの言葉が分からないと言うのだ。
だからこそ、みんなの言葉が分かる自分がすごいのだと、優しい笑顔を浮かべてくれた人が言う。
「・・・わから、ない・・・・・・」
だが、必死で考えても、それを理解する事がどうしても出来なかった。
だって、みんなと話せる事は自分にとっては、余りにも普通の事だったのだから
だからこそ、他の人には何を言っているのか分からないのだと言われても、理解することなど出来るはずもない。
現に今だって、みんなの声は自分に聞こえてくるのだから
「ああ、無理して理解しなくてもいいよ。ただね、それはオレ達にとってはすごい事なんだって知っていて欲しいんだ」
子供の不安気な呟きに、慌てたように綱吉がフォローする。
確かに、いくら、この子供が普通の子供よりも頭がいいと言っても、何も知らない子供相手に、行き成り理解しろと言う方が無理な話だろう。
「そうだ。迂闊に他のヤツの前では見せるんじゃねーぞ。それなら分かるな?」
綱吉に続いて、今度はリボーンが真剣な表情で確認するように子供に問い掛ける。
言われた言葉に、ジッと子供はリボーンを見て、それからコクリと小さく頷いて返した。
「何、君達は、こんな子供まで使うつもりなの?」
そんな二人に対して、子供を使う事が気に入らないと言うように雲雀が不機嫌そうな声で質問してくる。
それは近くに居た骸も同じようで、その視線は明らかに嫌悪の色を宿していた。
「オレにはそんなつもりありませんよ!この子には、マフィアとか関係なく育って欲しいと思っていますから!!」
「お前が引き取った時点でそれは無理だな。それに、この子供は、既に普通じゃねぇみてぇだぞ」
そんな二人の視線を受けて、慌てた様子で綱吉が弁解するように口を開くが、その言葉に続いてリボーンがため息をつきながらそれを否定する。
確かに、リボーンが言っている言葉に間違いはない。
この子供は、明らかに普通の子供ではないだろう。
しかも、ボンゴレ10代目である自分が引き取ったのだ、その時点でマフィアとの係わりは切っても切れないものとなってしまっているのだ。
「た、確かに、オレが引き取った時点でマフィアに深く関係してるのは否定しない。でも、これからこの子がどう生きるかは、この子次第だと思っているから」
リボーンに言われたその言葉に、綱吉は否定出来ずに頷き、それでも全ては子供の意思を尊重するのだという事を主張する。
真っ直ぐな真剣な瞳で言われたその言葉に、誰もが諦めたように同時にため息をつく。
彼の性格を分かっているからこそ、その言葉に偽りがない事をちゃんと分かっているのだ。
「そうだ、な。ツナらしいちゃツナらしいと思うぜ」
「甘い考えですけど、嫌いじゃありませんよ……なら、まずはこの子供に名前を付けてあげてはいかがですか?何時までも名前が無いままでは可愛そうですからね」
感心したように呟かれるその言葉に、一番関係しているはずの子供は興味がないのか、その視線は既に窓の外へと向けられたままの状態だ。
そんな子供を見ながら、骸が一つの提案を口に出す。
「名前?」
「そうだね。うさぎは子供の名前には向いていないからね」
骸に言われて、一瞬意味が分からないと言うように綱吉が聞き返す。
それに対して、雲雀が賛成だと言うように頷いて返した。
確かに、子供には名前が無い。
友達である鳥達からは、『うさぎ』と呼ばれていたらしいが、それは動物の名称であって、子供一個人としての名前ではない。
確かに名前を付けてあげる事には賛成なのだが、行き成り名前を付けろといわれても、いい名前が降って湧くるものではないだろう。
言われて、真剣に綱吉が考え込んだ。
その視線は、窓の外を見ている子供へと向けられている。
「でもまずは、その子供をお風呂に入れてゆっくりと休ませる方が先のようですね」
真剣に考え込んでしまった綱吉に気付き、呆れたように口を開いたのはやはり骸。
明らかに、直ぐには決まらないだろうと悟った彼は、薄汚れている子供を見て更に提案する。
「そうだな、子供も汚れてるみたいだし、色々あって疲れてるだろうから、今日は早く休ませた方がいいと思うぜ!」
骸の言葉に続いて、武もそれに賛同して口を開く。
確かに、子供にとっては環境が明らかに変わってしまったのだから、疲れているだろうと考えて早く休ませるべきだろう。
「そうだね。名前は近い内につけるとして、今日はみんなお疲れ様。ゆっくり休んで下さい」
綱吉もその意見に賛成して、この場を解散させる。
綱吉の言葉を聞いて、そこに集まっていた守護者達は新しくこの屋敷に迎え入れられた子供に一声掛けてから、あっさりと部屋から出て行ってしまう。
個性豊かな彼らが居なくなると、一気に部屋の中が静かになり広々と感じられる。
「こいつの部屋は、お前と同じでいいだろう。引き取ったからにはしっかりと面倒見てやるんだな、ダメツナ」
そして最後に残っていたりボーンも、何処か楽しそうな笑みを浮かべて部屋から出て行く。
その笑みが何かを企んでいるように思うのは、彼と言う人を良く分かっているからかもしれない。
何か良くない予感を感じながら、後に残され綱吉はみんなから声を掛けられて明らかに困惑している子供へと視線を向けた。
雰囲気から、子供が考えている事は何となく分かるのだが、やっぱりその顔に表情は伺う事が出来ない。
「まぁ、行き成り全てを取り戻せるはずもないからね。焦らずゆっくり行かなきゃだよ」
その事が少し寂しく感じられるが、焦っても何もいい事はないと自分に言い聞かせてそっと子供へと近付く。
「それじゃ、今日から君が生活する部屋に案内するね」
何も分かっていない子供に笑顔で声を掛けて、その手を取った。
小さいと感じる手は、それでも子供が生きているのだという温もりを自分に教えてくれる。
子供のその温もりを感じながら、誰も居なくなった部屋を静かに後にした。