何もかもが初めての事だった。
望んだものを感じる事が出来る。

子供は、その日全身で風を感じる事を知ったのだ。




「思ってたよりも簡単に事が済んで良かったですよ」
「守護者全員を引っ張り出しておいて、簡単に終らないつもりだったの?」

心底ホッとしたと言う様子で言われたその言葉に、呆れたように言葉が返される。

「それは仕方ないですよ。子供達の安全が第一でしたからね。他の人間には任せられません」

だが言われた言葉に、当然だと言うように続けられるそれを、何処か遠くの出来事のように聞きながら、茶色い髪の男に抱き上げられた子供はコテリと首を傾げた。

「あんぜん、だいいち?」

そして、口に出されるのは、茶色の髪の男が言ったその言葉。
先程から子供が口に出すそれは、誰かの言葉をオウム返しのように繰り返すだけだ。

「10代目、そいつ、オレがお持ちしましょうか?」
「・・・じゅう、だいめ・・・?」

「うん、オレはボンゴレ10代目の沢田綱吉。君の名前は?」

銀髪の男が子供を抱えている男へと質問したその言葉に、またしても聞き返すようにコテリと首を傾げて呟かれたそれに、茶色の髪の男が笑いながらその名前を口にする。
そして、続けて言われた言葉に、コテリとまたその首が傾げられた。

「きみの、なまえは?」

「お前、10代目が質問していらっしゃるのに、何を聞き返してやがるんだ!」
「隼人、問題ないよ。多分、この子は、何を質問されたのか分かってないんだから……」

その子供の態度が気に入らなかったのだろう、銀髪の男が怒鳴り声を上げるのを沢田綱吉と名乗った男が小さくため息をついて制する。
子供は、何故怒鳴られたのか分からないのだろう、ジッとその赤い瞳で銀髪の男を見詰めていた。

「あっ、す、すみません。オレ……」
「うん、取り合えず隼人は黙っとこうか」

制せられた事で謝罪した相手に対して、ニッコリと笑顔で更に言葉を続ける。
その時、誰もがその笑顔に恐怖を感じたのは気の所為ではないだろう。

「で、オレは綱吉、君の名前は?」

そして、その笑顔を今度は柔らなかモノへと変えて再度腕に抱いている子供へと問い掛ける。
だが質問された子供には、何を言われているのか分からないと言うように、コテリとその首を傾げたのが返事。

「おいダメツナ、名前なんてここの子供にある訳ねぇだろうが」

それに、盛大なため息をついて、黒尽くめの男が口を開く。

「商品となる子供に名前など付けませんよ、ボンゴレ」

それに続いて、赤と紺色の瞳持つ相手も同じように呆れたように口を開いた。

「……そんなこと……」
「子供は商品であって、人ではありませんからね。モノとしか見られません」

それに、信じられないと言うように子供を抱いている男が呟くが、それを全て拒絶するように赤と紺の瞳持つ男がバッサリと言葉を遮る。
聞かされたその内容に、ギュッと子供を抱き締める腕に力が込められた。

「なく、ダメ」
「えっ?」

俯いて表情を隠したそれを、小さな手が伸ばされて頬に触れてくる。
そして、初めて子供が自分の言葉を口に出したそれに驚いて、マジマジと相手の顔を見た。

「いたくない、なく、ダメ」

必死で自分の頬に触れてくる手と、何の表情も表していないのに、自分を心配していると分かる子供の言葉。
感情が無いのは、人として扱われた事がなかったから
だから、感情を表す方法を知らない子供。

でも、それでも、こんなにも優しい心を確かに持っている。

「リボーン」
「なんだ」
「この子を引き取るには、どうしたらいい?」
「10代目!」

ギュッと子供を強く抱き締めて、決心したと言うように黒尽くめの男を呼んで、質問。
その内容に驚いて、銀髪の男が声を上げるが、それは瞳で制せられた。

「……お前が育てるのか?」
「ああ、この子に、感情と言うものを教えてあげたい」

それに続いて、黒尽くめの男が質問を返す。
その質問には、はっきりと自分の意思を主張する言葉が返される。

「子供を育てるのなら、施設に任せた方がいいんだろうが、そいつはアルビノだ。正直言って施設じゃ受け入れられねぇだろうよ」
「だったら!」
「なら、しっかりと面倒見てやるんだな。ボンゴレであるお前が、子供を引き取る事がどれだけ大変かを、身をもって体験するには丁度いいだろう」


そして、更にこの日、子供は自分を受け入れる存在を手に入れた。
だが、まだ子供にはそれが分からない。
それが分かるのは、まだ先の事。