新しく住む場所に着いたら、まずは掃除をせなあかんやろうと考えとった。
 せやけど、自分を迎えた新しい家は綺麗に掃除されとって、オレが準備して送とった荷物も直ぐに使えるように片付けられとったから、何もする事がない。

 これをしてくれたんは、間違いなく弟やろう。
 親父には、絶対に無理や。

 あの親父が、こないに完璧な整頓が出来る訳があらへん。
 きっと、親父に拉致られた弟が、無理やりやらされたんやろう。


「……学校が、終わる頃に、あいつにも電話せなあかんなぁ」


 オレが住むこの部屋の片付けをしてくれたんやろう、弟に礼の一つも言わんとあかん。


?』


 家の中を一通り確認し終わったオレは、またリビングに戻りソファへと落ち着いた。
 その時に、しっかりとキッチンで飲み物を準備して、まったりする気は、満々や。

 紅茶をテーブルに置いたオレに、ジョットが名前を呼んでくる。


「んっ?」


 自分で入れた紅茶を飲みながら、ジョットへと聞き返す。
 手には、親父が新しく準備してくれた言う携帯を持って


『私の分は、いらないんじゃないのか?』


 あいつに電話しようと決心したはずやのに、その決心は脆くて最後のボタンを押す事が出来へんオレにジョットが複雑な顔して質問してきた。
 言われて、携帯から視線をジョットへと向ける。

 テーブルの前には、自分の分とジョットへと準備したカップが二つ。
 一瞬、ジョットの言葉の意味を理解できへんかったオレは、思わず首を傾げてジョットを見た。

 いや、だって、自分一人だけでお茶するんも、どないや思うんねんけど……


「紅茶、嫌いやったんか?」
『いや、そうではなく、私は準備して貰っても、飲めないぞ』


 そして、辿りついたんはそないな結論。
 嫌いなもんを出したんやったら、飲めへんのも当然やしなぁ。
 そう考えて質問したオレに、ジョットが困ったように返してくる。


「飲めへんの?そこは、雰囲気で飲めるんやないんか?」


 オレは、言われた事に首を傾げながら逆に聞き返してしまう。

 だってなぁ、よく言うやんお供え物は、死者への食べ物なんやから、物が食べられるってことなんやろう?
 なら、飲み物やって、飲めるんと違うんか?


『聞かれても、食べた事も飲んだ事もないんだが……』
「そうなんか?」


 オレの質問に、ジョットがため息をつきながら返して来ることに、また聞き返す。
 それに、ジョットがもう一度ため息をつきながら頷いて返した。

 なら、折角準備したのに、無駄やったんやなぁ。
 でも、一緒に居るのに、一人だけでお茶するんは、気が引けるやん。
 何時もは、弟が付き合ってくれとったから、一人で飲むんはどうしても抵抗あるし


「まぁ、飲めへんでも付き合ってくれへん。一人で飲むんは寂しいやろう」


 家から出れば、何でも一人になってしまうんやって分かっとたのに、今はジョットが居ってくれとるから、一人やないとそう思える。
 ほんま言うと、ジョットの存在はオレにとっては、かなり救われとるや。


『……が、それでいいのなら、付き合おう』
「おおきに、ジョット」


 オレに答えてくれたジョットに、心からの感謝の気持ちを返す。

 でも、そのお陰でほんの少しジョットに勇気を貰えたような気がするやけどな。
 今なら、頑張ってあいつに電話出来るような気が……


『で、お前は先程から、携帯を手に何をしているんだ?』


 アドレスから名前を選択して、後は通話ボタンを……

 プルプル震える手でボタンを押そうとしとるオレに、呆れたようにジョットが質問してくる。
 確かに、ここに座ってからずっと携帯を手にして格闘しとるんやから、そないに言われても仕方ないやろう。


「……友達に、電話しよう思うとるんやけど……」


 両手で携帯を抱えるように持ち、ため息をつく。
 オレは、こないにも意気地なしやったんやろうか……。

 ギュッと携帯を持つ手に力を入れたオレに、ジョットが傍に移動して来てそっと頭に触れて来た。
 ポンポンと、その手が優しい手つきでオレの頭を慰めるように撫でてくれる。
 その手に安心してホッと、体から力を抜いた。
 その瞬間、手に持っとった携帯が鳴り出す。
 突然鳴り出した音に驚いて、ビクリと大きく肩が震えてしまうんはしゃーないやろう。

 恐る恐る携帯を持ち上げて相手を確認すれば、そこにある名前は、オレがずっと電話を掛けようとしとった相手。


「ど、どないしよう!」
『出れば、いいんじゃないのか?』


 あわあわと、慌てたオレが焦って言ったその言葉に、あっさりとジョットが返してくる。

 簡単に言ってくれるんやけど、それが難しいねん。
 オレが慌てている中でも、携帯の音は鳴り止まない。
 それが、あいつの必死な叫びのような気がして、オレは恐る恐る通話ボタンを押した。


「もしもし」
−やっと繋がったぜ。


 電話に出た瞬間聞こえて来たのは、数日振りに聞くあいつの声。
 そして、呟かれた声は、どこかホッとしたようなそないな声やった。


「心配掛けてしもうて、堪忍な」
−謝らんでもええ、事情はお前の弟から聞いとるからな。


 きっと、連絡が取れへん状態で、心配させとったんやろうと思い、謝罪したその言葉は、逆に拒否されてしもうた。
 そして、続けて言われたその言葉に、オレはただ驚かされる。


「えっ?」
−高校、並盛なんやってな。それも、弟から聞いた。


 驚いとるオレを他所に、電話の向こうで相手が苦笑を零しとる気配を感じる。
 そして、更に続けられた言葉は、オレにとっては予想外な内容やった。


−お袋さんに、携帯取り上げられとった事も聞いとる。でも、必ずお前の手に戻す言うとったから、毎日電話してたんや。
「そう、やったんや……オレ、聞いてへんかった」


 電話の相手が話す内容は、オレにとって初めて知る事ばかりや。
 弟と、こいつが会っとった事さえ、オレは知らんかったんやから


−それは、オレが口止めしとったんや。
「なんでや?!」
−そっちの高校に通うんも、引越しせなあかんのも、全部が悪いんやない。連絡取れへん理由も分かっとる。けどなぁ、は物分り良過ぎるやろう!ちょっとは、オレの事を考えてくれたんか?!


 弟に口止めをしとった事に、驚いて聞き返したオレへと返されたんは、あいつの本音。

 確かに、オレは物分りええフリしとるのかもしれへん。
 でも、やからと言うて、こいつの事を忘れとった訳やない。
 ずっと心の中では、こいつの事を考えとったんやから
 オレにとって、たった一人の初めて出来た友達なんや、考えへん訳あらへん。


「考えたに決まっとる!!だって、だけが、オレの友達やってんやから……ほんまは、離れとうなんてなかたんや!」


 ずっと、近くに居れるんやとそう思っとったのに、現実は、こないなことになってしもうて、どんなに嫌な思いをしたのかなんて、知る訳ないやろう。
 だけど、おかんは、オレが居ったらどんどんおかしいなる。

 だから、オレが我慢するしかなかったんや。
 おかんをこれ以上、苦しめとうなかったから


−それが聞けて、安心したわ。ほんま、になんも考えてへん言われたら、どないしよう思っとったんやで。
?」
−ちょっと離れただけや、休みの日には、遊びに行くさかい、ちゃんと泊めてくれるんやろう?
「ああ、当然や!」


 正直に自分の気持ちを伝えれば、の声が何時もの声に戻る。
 それにホッとして、オレは当然の返事を返した。

 オレが、自分の町に戻る事は出来へんやろうけど、がこちらに来てくれる言うんなら、大丈夫やろう。
 交通費でに負担を掛ける事になるやろうけど、来てくれる言うんは、ほんまに嬉しかったから


「ほんまに、おおきに、
−オレかて、の事大切な友達やって思ってるんやで、礼言われる事やあらへん。
「オレが、言いたかったんや」


 こないなオレを友達だと言ってくれた事、オレの為に怒ってくれた事、どないに感謝してもしきれへん。
 だから、少しでもその気持ちが返せるように、口に出したんや。

 まぁ、から戻ってきたんは、予想通りの言葉やってんけどな。

 その後、また少しだけ話をして、電話を切った。
 通話の切れた携帯を手に、ホッと息を吐き出す。

 と話せて、心が軽くなった気がするんは、気の所為やないやろう。


『良かったな、


 そないなオレに、またジョットが優しい手で頭を撫でてくれる。
 それに、オレはただ笑って頷いて返した。