開いてしもうた扉の前で、何時までも突っ立っとっても、怪しい人間になってしまうやろう思うて、諦めて中へと入る。

 入って直ぐに自分を迎えたんは、広めの綺麗な玄関。
 備え付けのシューズボックスは、自分の身長よりも高い作りになっとる。
 恐る恐る開けば、一体家族何人分の収納が出来るのか教えて貰いたいほど立派なものやった。

 どないに考えても、オレ一人で使うには場違いな作りや。
 そっと開いた扉を閉じて、もう何度目になるのか分からへんため息をついた。

 ほんま、勘弁してもらいたいんやけど……
 こないな広い所に、自分一人で暮らすやなんて、信じられへん。


「ありえへんやろう……親父……」


 いまだに自分の置かれた状況を理解出来へんオレは、その場にヘナヘナと座り込んでしもうた。


、大丈夫か?』


 そないなオレを心配してジョットが声を掛けてくるが、今は返事を返す事も出来へん。

 やけど声を掛けられた事で、ここに自分一人で居る訳やない事が分かって、少しだけホッとした。
 ほんまに、自分一人やったら、こないにも落ち着いて居られへんかったと思う。
 だからこそ、ジョットの存在が何よりも有難かった。


「ここに座り込んどっても、なんも解決せーへん。兎に角、中に入ってちょっと落ち着いたら、親父に連絡とらなあかんな」


 ジョットのお陰で気を取り直して立ち上がり、靴を脱ぎ中へと入る。
 廊下の突き当たりがリビングになっとるんは、作りから見て明らかやったんで、そのまま真っ直ぐ歩きその部屋へと入った。

 扉を開いて入れば、リビングにキッチンと言う作りになっとるのが分かる。
 10畳以上の広いリビングに、対面式のキッチン。
 リビングには既にソファが置かれており、キッチンとは反対の壁際には大きなテレビが置かれとる。

 何て言うんか、多分南向きになるんやろう窓は、ベランダへと出られる大きな作りになっとって、明るい光が差し込んどる。
 家族数人が寛ぐには、素敵な作りと言ってもええやろう。

 せやけど、ここに住むんは、オレ一人だけなんや。


「ほんまに、ありえへんやろう……」


 玄関に入ってへこんで、リビングに入っても同じようにへこんでまう
 オレ、今日一日で一体何回へこんどるんやろう……。


、ここに手紙が置いてあるぞ』


 盛大なため息をついた所で、ジョットが声を掛けてきた。


「手紙?」


 ジョットが今居るんは、ソファが置かれとる場所。
 多分今はソファで見えへんのやろうけど、そこにはテーブルが置かれとるんやろう。

 言われた言葉に首を傾げて、ゆっくりとソファへと近付いた。
 覗き込めば、予想通りソファの前には小さなテーブルが置かれとって、その上に白い紙が一枚。
 手に取ればそれには、几帳面な字で何かが書かれとる。


「親父の字や……」


 その字は間違いなく親父の字で、書き始めにはオレの名前が書かれとった。

 親父からオレへと書かれた、初めての手紙。
 オレはそれを、ソファに座って読み始める。




 今日から一人暮らしをさせる事になってしまって、本当にすまない。
 本当なら、まだまだ一緒に暮らしていたかったんだが、母さんは、心の弱い人だから、周りの人に言われる事に耐えられなかったんだ。
 だけど、決して母さんはの事を嫌っていないんだよ。
 とどう接すればいいのか、分からなかったんだ。
 心が弱くて、とても不器用な母さんを許してあげて欲しい。

 それから、この部屋について、ファミリータイプの部屋で驚いたと思うんだが、の家に何時でも遊びに行けるようにと思っての事だからね。
 間違いでも、何でもないから、心配しなくて大丈夫だ。
 こんな広い所に、一人で居るのは寂しいかもしれないが、週末には必ず顔を出すから許して欲しい。

 最後に、母さんが取り上げてしまっていた携帯は、番号とデータを移して新しいモノに交換しておいたので、それを使うように
 が、ここからまた新しい友達を作れる事を願っているからね』


 手紙を読み終えてから、オレは知らず間に泣いてしもうた。
 親父が、こないにもオレの事を思ってくれとったんやと、初めて知ったから


『………』


 そっと涙を流しとったオレを、ジョットが優しく抱き寄せてくれる。
 生きている人と違って、温もりなんて全然ないねんけど、オレにはジョットの心の温かさが伝わってきて、ますます涙が止まらへんかった。

 本当は、とっても不安やったんや。
 いらないから、自分は一人あの家を追い出されてしもうたんやと思とったから

 やけど、それをこの手紙は、否定してくれたんや。
 おかんが、自分の事嫌いやないんやと教えてもろうて、ほんまに嬉しかった。
 もしかしたら、それは親父の嘘かもしれへんけど
 それでも、その嘘を信じとうなった。


「ジョット、一緒に居ってくれて、おおきに」


 小さな子供のように泣いてしまった自分を、慰めるように抱き締めてくれたジョットに、少しだけ照れながらも礼を言う。
 誰かに、こんな風に慰められたんは初めてやから、どないに返せばええのか分からへんから、素直に感謝の気持ちだけを伝えた。


『落ち着いたか?』
「まぁ、落ち着いたと言うか、ちょっと恥ずかしいねんけどな」


 こないに泣いたのやって、初めてなんやから
 オレは、自分で思っとるよりも泣き虫やったのかもしれへん。

 いや、今まで泣けへんかったから、その所為かもしれへんな。


「週末には、親父達が来るんやって、その為にこないなマンション準備するやなんて、ほんまアホやな」


 照れ隠しに手紙に書いとった事を口に出して、親父の事を悪く言う。

 そないなオレに、ジョットはただ少しだけ笑って、ポンポンと温度のない手で頭を撫でてくれた。
 それがくすぐったくって、オレも思わず笑ってしまう。

 こないに誰かと一緒に笑ろうたんは、本当に久し振りで、とっても心が温こうなった。

 おかんに取り上げられとった携帯は新しいなって戻って来たんやから、あいつに連絡しよう。
 多分、怒られるやろうけど、このままあいつとの繋がりがなくなってしまうんは、嫌やから