雲雀恭弥と別れてから、自分の新しい家へと向かう。
 アパートと言う事は聞いとるんやけど、一体どないな場所になるのかは正直言って分からへん。

 とりあえず、着いたらまず掃除からやろうなぁ。
 親父の話では、家具や電化製品は全部部屋に揃え付けられとる言うとったんやけど
 後の細かいモンは、親父が全部揃えてくれる言うとったのが、正直言って不安なんや。

 親父は、その辺妙に抜けとるんやから

 まぁ、日常で使うモンは、自分が今まで使とったモンを届けてもろうたから、大丈夫やろうけど、その他が心配や。
 弟が口出してくれとったら安心なんやけど、親父だけが準備しとったんやったら、どないしよう。

 手持ち、そないに持ってへんのやけど……
 確か、オレのこれからの生活費は親父が銀行に毎月振り込んでくれる事になっとるんやけど、あの親父のことやから、その振込みを忘れてしまいそうで安心できへん。

 あかん、なしてこないに先行き不安にならなあかんのやろう。
 それもこれも全部、親父が抜け取るのがからあかんのや。


?』


 これからの事を考えて、先行き不安になっとったオレは、不思議そうな声で名前を呼ばれて意識を引き戻す。
 顔を上げれば、目の前に綺麗な顔がドアップ状態で、かなり驚かされた。


「な、なんや?!なして、そないに顔が近いんや?」


 目の前に、綺麗な顔があるんは本気で心臓に悪い。
 いや、不細工な顔でもそれは同じなんやろうけど、兎に角、直ぐ近くに顔がある言うんは、心臓に悪いんや!


『眉間に皺を寄せて考え込んでいるから、心配したんだ。何を考えていたんだ?』
「ああ、心配させてもーたんか、堪忍したってや。ちょっと親父に対して先行き不安になっとったんや。親父、どうも抜け取る人やさかいなぁ」


 驚きの声を上げたオレに、ジョットが呆れながらも心配したと言うて質問してくる。
 それに謝罪してから、オレは素直に考えとった事を口に出した。

 生活に対しての不安は、勿論それだけやあらへんのやけど、それは流石に口に出したり出来へんのや。

 これから、一人で生活せなあかんのやと言う不安は……


『抜けて、いるのか?』
「そうやなぁ。まぁ、会社では結構な重役に就いとるくせに、どっか抜けとるんや。生活費は、毎月振込みにしてくれる事になっとるんやけど、その振込みを忘れるんやないかと懸念するほどの抜け振りなんや」


 オレの言葉に、恐る恐ると言う様子で質問してきたのに対して、キッパリと返す。
 ほんまに、そないに抜けとって、仕事は大丈夫なんやろうかろと心配になるほどの抜け振りなんよ、あの親父は!


「まぁ、その辺は、弟がフォローしてくれると思いたいねんけど……」


 親父の事を考えて、盛大なため息をついてから、頼みの綱である弟の事を口に出す。
 こないな兄やってんのに、嫌わずに慕うてくれた弟は、なんと言うか俺よりも背が高こうて、ぱっと見では、どっちが年上か分からへんやろう。

 ……その事については、深く考えたら負けや!
 いや、虚しくなるから、考えん方が絶対にええ。

 息を吐き出して、自分の気持ちを落ち着かせる。


『大丈夫なのか?』
「まぁ、慣れとるから心配せんでええよ。それに、アパートにも着いた……って、どない見てもマンションやないかぁ?!」


 ポテポテと歩いて、目的地にたどり着いた瞬間オレが叫んだんは、仕方ない思うんや。
 たどり着いた場所に聳え立っとったんは、アパートと言うこじんまりとしとる、ちょっと古ぼけたイメージの建物やなく、どないに見てもマンションと呼ぶに相応しい立派な建物で、しかも、明らかに高校生が一人暮らしするには似つかわしくあらへん、ファミリータイプのマンションなんやから。


「……親父、地図渡し間違えたんと違うんか?」
『それを確かめるのなら、この部屋の406号室に行ってみればいいんじゃないのか?』


 思わず、渡された地図を疑っても仕方ないやろう。
 そないなオレに、ジョットが問い掛けてくる。

 確かに、ジョットの言うように間違いかどうかを確かめるんなら、それが一番早いやろう。
 渡されとる鍵で、ここの部屋の扉が開けば、間違いやないと言う事になるんやけど……

 まさか、そないな事あらへんよなぁ。


「そ、そうやなぁ……部屋の主には、素直に事情を話せば分かって貰えるやろうからな!」


 オレとしては、間違いであるとそう信じて言えば、ジョットが複雑な表情で返してきよった。

 せやけど、こないなマンションを高校生の一人暮らしに借りるとは思えへんのや。
 いくら、オレの親父が抜けとる言うても、マジありえへんやろう!!

 偉い綺麗な入り口から、恐る恐る中へと入る。
 中も外の外見通り綺麗なホールになっとって、住人用の郵便受けが並んどった。

 郵便受けの直ぐ傍には、どうやら管理係が居るようで、小さな部屋が設けられとる。
 どないに見ても、しっかりと管理されとるマンションにしか見えへんのやけど

 せやけど、今はその管理人は席を外しとるらしく、人の姿が見られへん。
 それを幸いに受け取って、そのままエレベーターに乗り4階へと向こうた。
 406言うぐらいやから、間違いなく4階やろうと思うて向かったんやけど、エレベーターから出た先に見えたんは高級ホテルのような綺麗な廊下。
 それに怖気づきながらも、部屋の番号を確かめながら406号室を探す。
 少し歩いた廊下の端に、目的の番号を見付けることが出来た。


「えっと、ほんなら、確認するで!」


 誰に言うでもなく思わず呟いて取り出したカードキーを恐る恐る挿し入れれば、ピッと言う音と共にガチャリと錠の開く音が聞こえてくる。

 ……ひ、開いてもうたがなぁ……
 って、事は、ここで間違いないって事になる訳で……
 オレ、これから、こないにりっぱなマンションで暮らすんかいなぁ!!

 その前に、一人暮らしの息子にファミリタイプのマンション用意するやなんて、ありえへん。
 親父、そないに無駄金使いよったらあかんやろう!!


『開いたな』


 絶望にその場で固まっとったオレに、虚しくもジョットの声が聞こえて来て現実へと引き戻される。

 そう言えば、鍵だと言ってカードキーを渡された時に可笑しいと思わなあかんかったんや!
 普通のアパートは、カードキーやのうて貴金属の鍵やろう!

 そないな事にも気付けへんかった、あの時の自分を恨みたい。


「親父、何考えてんのやろう……」


 鍵を渡された時に、疑問に思わへんかった自分が悪かったんやろうか?
 それとも、今ここに居らへん親父が、全部悪いんやろうか?

 なんにしてもや、オレに言えるんはここに居らへん親父に対して、疑問を口に出す事しか出来へんかった。