、時間が無いのなら、早く行くぞ』


 少年に笑い掛けた瞬間、ジョットに腕を捕まれて引っ張られる。
 突然の事に、オレはバランスを崩してしもうた。


「ちょっ、ジョット急に何すんねん!危ないやろう!!」
『急いでいると言っていたのに、動こうとしないからだ』


 何とか倒れると言うお間抜けだけは避ける事が出来たオレは、元凶を作ったジョットへと文句を言えば不満一杯の返事が返えされてしもうた。

 な、なんや、なしてジョットはそないにも不機嫌なんやろう?

 あれ?何時の間にか、額と手の炎が消えとる。
 大惨事にならんかって、ほんま良かったと思って、ええんやろうか?


「ああ、まぁ、確かに早う行かなあかんねんけど、そないに急がんでも……」
「ねぇ、僕を無視して勝手に会話しないでくれる」


 ジョットの火事が収まっとるのに、ほっとしながら、なしてそないに不機嫌になっとるのか訳も分からず、ごにょごにょと返事をしとったら、今度は少年が不機嫌そうに声を掛けてきた。

 な、なんなんやろう、この状況、不機嫌な人間に挟まれとるんは、何でや?!
 オレ、なんも悪い事してへん筈やのに……


「いや、無視しとる訳やないねん……えっと、あんなぁ……オレ、この場合どないしたらええんやろう」


 こないな状況は、一度も経験したこともないんやから、どないして対応したらええのか分からず、思わず問い掛けてしまう。
 そないなオレに、少年が呆れたようにため息をついた。


「そんな事聞かれても、知らないよ。僕には、君が話しているヤツは見えないし、声も聞こえないんだからね」
『こいつの事を無視して、さっさと目的地に向かえばいいだろう』


 呆れながらも、言葉を返してくれた少年に続いて、ジョットも不機嫌な声で返事を返してくる。

 いや、流石に無視するんは、出来そうにないねんけど……
 しかも、相手はオレの事、知っとるみたいやねんから、無碍にするやなんて、オレには出来へん。
 そうやなくても、オレの言う事を信じてくれた貴重な相手なんやから


「そないな事、言うたかて……そうやった!オレ、まだあんたの名前聞いてへんのやけど、教えてくれへん?」
『おい、!』


 少年とジョットが不機嫌やさかい、これ以上どないしたらええのか分からず、困とったんやけど、今更な事を思い出して少年に尋ねたらジョットが慌てたようにオレの名前を呼ぶ。

 えっ、これ間違った選択やったんやろうか?
 自分としては、一番妥当な選択やと思ったんやけど……


「何?君、僕の事知らないの?」
「いや、今日初めて会うたヤツの事知っとる方が可笑しいやろう!」


 慌ててオレの名前を呼ぶジョットに、ちょっとだけ焦っとったら、少年が意外そうに問い掛けてきたんで思わず、突っ込んでしもうた。

 なして、オレが初めて会うたヤツの事を知っとんのや!
 いや、少年は確かにオレの事知っとるのかも知れへんのやけど、オレは少年の事聞いた事もあらへんのやから、知っとれ言う方が無理な話やろう。


「……初めてじゃないかもしれないけど」
「へぇ?」


 オレの突っ込みに、少年が複雑な表情をしたように見えたんやけど、気の所為やろうか?
 そして、ボソリと呟かれた言葉が上手く聞き取れへんかったオレは、思わず間抜けな声で聞き返してしもうた。


「今は、いいよ。特別に教えてあげる。僕の名前は雲雀恭弥。並盛の秩序」
「雲雀恭弥やな、覚えた……って、なんや、並盛の秩序って?!」


 せやけど返ってきたんは、小さなため息と、何処までも傲慢な自己紹介。
 それをさらりと聞き逃そうとして、あまりな内容うに思わず突っ込んでしもうた。

 いや、意味分からへんから!なんや、並盛の秩序ちゅうんは?!並盛は、少年が支配しとるんかいな?!


「言葉どおりの意味だよ。並盛は、僕のモノだから、余り秩序を乱すような事はしないでよ。その時は、容赦なく、咬み殺すから」


 いやいや、ほんまに意味分からへんから、並盛、中学生に支配されとるんかい?!

 この少年が凄いのか、それとも並盛が可笑しいんか、兎に角、深く考えたら負けや、きっと今語っとるのは将来の夢に違いない。
 それを、無碍にするんは、良くないやろう。


「そ、そうやな、出来るだけ、迷惑は掛けへんように、気ぃ付けるわ。ほな、オレはもう行かせてもらうな。ほんま、邪魔した事は堪忍したって」


 これ以上突っ込みを入れるんは、危険やと自分の本能が告げとる。
 オレは、出来るだけ可笑しな返答にならへんように返してから、この場を去る事を選択した。


「今はいいよ。またね、


 そないなオレの返答に、少年改め、雲雀恭弥は、不適な笑みを浮かべて返して来る。

 いや、出来ればもう会わへん事を願いたいねんけど……
 何やろう、それは無理やと、自分の勘が告げとるような気がする。

 兎に角、急いでその場を離れてから、オレはもう一度だけ並盛中を振り返った。
 振り返った先には、まだ雲雀恭弥が校門前に立っとって、オレを見とるような気がする。
 その視線を振り払うように、またオレは急いでアパートがある方へと急いだ。


「な、なんなんや、あの少年は……」


 オレの言う事を信じてくれたんは、ほんまに嬉かったんやけど、自分勝手な言動は、どうやって対応したらええのか不明や。
 それに、オレは家族以外でこないに話をしたんは、生きている人間ではアイツ以外初めてやってんから、戸惑うのは当然やろう。


「ジョット、オレこの町で、上手くやっていけるんやろうか?」


 並盛中が見えへんようになってから、漸くその足を止めて、少しだけ上がった息を整えるように盛大に息を吐き出してから、オレは付かず離れず状態のジョットへと問い掛けてみた。


『…………難しいかも、しれないな…』


 オレの問い掛けに、ジョットは難しい顔をして、無常な言葉を返してくれる。

 何でやろう、雲雀恭弥と対峙しとったジョットは違う人のように見えとったし、何よりも額と拳から火が出るやなんて
 慌てたオレを余所に、ジョットはそれが普通やと言うように受け止めとったし、雲雀恭弥も、ジョットのように額から火を出すヤツを知っとったみたいやった。

 と、言う事は、多分そいつは並盛に、居る言う事やろう。

 あれ?ちょっと待ってや、同じような事が出来るヤツが居る言う事はや、もしかしてジョットはそいつに憑いとったんやないんか?

 どう考えても、関係ない人やあらへんやろう。
 もしかしたら、血縁者かも知れへん。
 そこから結びつく内容は


「なぁ、やっぱり、ジョットは並盛に居ったんと違うんか?」
『……時がきたら、分かるだろう。それまでは、と一緒に居てもいいか?』


 考え付いた内容に、恐る恐る問い掛けたオレの言葉に、ジョットはなんとも言えへん表情をしてから、逆に質問で返してきよった。
 不安そうに見詰めてくるジョットを前に、『嫌や』とか、そないな意地悪が言えるほど、自分は非道な人間にはなれへんやろう。


「オレから離れへんようになっとるのに、嫌や言うても、意味ないやろう」


 だからこそオレはジョットに、少しだけからかう様に返事を返すのが精一杯やった。
 オレのからかう様なその言葉の意味を理解出来るんかは、ジョット次第。


『……そうだったな。…………ありがとう、


 オレの言葉に頷いて返してから、それから小さく小さく呟かれたんはお礼の言葉。
 それは、正確にオレの言葉をジョットが理解しとると言う証拠。
 謝礼の言葉を口にしたジョットに、オレは心からの笑みを返した。

 もう、ジョットの事は知らへんヤツやないんやし、悪いヤツやない事も分かっとる。

 結局は、嫌いにはなれへんのや。
 自分言う存在を認めてくれる存在を
 そして何より、自分に笑い掛けてくれるヤツを……