ジョットに教えて貰わんでも、並盛中にはスムーズに辿り着く事が出来た。
 なんや、駅から真っ直ぐに歩いとったら、辿り着いたと言うた方がええかもしれへんのやけど

 迷う事無く辿り着いた並盛中の校門前で立ち止まり、校舎を見上げる。
 中学の記憶でええ思い出は持ってへんのやけど、学校が嫌いな訳やあらへんかった。
 それに、アイツに会うたんも、中学やったし。

 オレに声を掛けてくれたんは、アイツからやった。
 学校で、誰も声を掛けるヤツなんて居らんかったオレに、『友達になろう』とかアホな事ぬかしたヤツは後にも先にも、アイツだけや。
 しかもオレの特異な能力を、あっさり認めてくれたんは、他人では初めての事やった。
 おかんでさえ、オレの事を毛嫌いしとったのに、それがオレの個性や言うってくれたんも、後にも先にもアイツだけやろうなぁ。

 変わっとったんやけど、学校では、オレと違って女子に好かれとるヤツやった。
 まぁ、確かに顔は整っとったし、身長も悔しいがオレよりかなり高いヤツやったから、当然やろう。

 ほんま、挨拶してへんのが、心残りやねんけど……

 中学の校舎を見上げながら、そないな事を考える。

 オレの事を大事や言うてくれとったヤツに、オレは何も言わへんで町を出て来てしもーたんやから、心残りになってもしゃーないやろう。
 おかんに、外出禁止させられとった上に、今日中に家を出て行け言われたんやから、何処にも連絡できる余地なんてあらへんかったんは、自分でも良う分かっとる。

 親父から貰っとった携帯電話も、取り上げられてしまえば、もう連絡をとる方法なんてなんもあらへん。
 残念な事に、オレはアイツの携帯番号も家電も全部携帯に登録しとったんやから、流石に覚えてへんかってんや。
 公衆電話で連絡しようにも、番号が分からへんのやったら、連絡のしよもあらへん。

 こないな事なら、アイツの家に遊びに行っとけば良かったと、本気で後悔しても後の祭りと言うんやろう。
 やけど、おかんから、学校以外の外出は許されてへんかったし、学校帰りにでも、無理やり行っとったら良かったんや。
 そうすれば、こないなことにならへんかったやろうに

 おかんとの約束を破っても、ちょっとだけ自分が我慢すればええだけやったんや
 そうすればあいつにも、挨拶やって出来たんやろうに


!』


 そないな事を考えとったオレの耳に、焦ったような声で名前が呼ばれて、意識が引き戻される。


「な、なんや?!」
「ねぇ、そこで何してるの?僕の学校に何か用事?」


 ビュンと目の前に迫っとったんは、銀色の棒。
 それをオレの目の前で、ジョットが止めとる姿がある。
 本気で何が何や分かってへんオレに、棒を持っとる少年が不機嫌な声で質問してきよった。

 その少年の肩には、学ランが羽織られとって、腕には『風紀委員』と書かれた腕章。
 どうやら、この少年も並盛中の風紀委員なんやろう。

 やっぱり、オレよりも背が高いんやな。


「えっ、いや、別に、学校に用はないねんけど……」
「ふーん、ねぇ、君の前に何があるの?僕の攻撃が何かに邪魔されてるんだけど」


 質問された内容に、恐る恐る返事を返せば、またしても、質問されてしもーた。

 いや、何があるって、オレの前には……


「ジョ、ジョット!額から火が出とる!!火事や火事!!」


 学ランを羽織った少年の質問に、チラリと目の前に居るジョットを見れば、その額にオレンジ色の炎が見えてオレは焦って声を上げる。

 ジョットの額が火事や、火事!!水や、水!何処かに水はないんかい!?


『火事ではないから、慌てるな。私は、大丈夫だ。頼むから落ち着いてくれ』


 アワアワとして、『水!』と叫んどったオレに、ジョットが呆れたようにため息をついて声を掛けてくる。
 大丈夫やっと言われても、ジョットの額が燃えとるのに大丈夫なことあらへん……んっ、良くみれば、グローブされとる手からも炎が上がっとるがな?!


「ジョット、熱うないんか?!」
「ねぇ、何さっきからごちゃごちゃ言ってるの?僕の質問に答えなよ」
「いや、だから、あんたの攻撃を受け取めとるヤツの額が火事なんやって!」


 少年の質問を無視して喚いとったオレに、不機嫌な声が再度問い掛けてくる。
 せやから、見たまんまの状況を説明した。
 それ以外に、どう言えばええんか、オレには分からへんのやから、堪忍してや。


「……君以外、誰もいないんだけど……」


 オレの言葉に、少年が辺りを見回してから、不機嫌な声で返してきた。
 確かに、少年には見えへんやろうけど、今、オレの目の前にはジョットが居んねん。
 そりゃ、見えへんやろうから信じてもらえんかも知れへんけど、オレは嘘はついてへんのやで!


「それに、額から炎なんて、あの草食動物じゃあるまいし」
「はぁ?」


 そないなことを考えとったオレには、気付くことなく、少年が再度口を開く。

 って、なんや、草食動物みたいやなんて、そないな動物が居るんかい並盛には!?
 オレ、そないな動物聞いた事もあらへんのやけど……
 凄いところやなぁ、並盛。


「それとも君、あの草食動物の関係者なの?」


 訳の分からへん少年の言葉に、内心感動しとったオレには当然気付く事無く再度少年が質問してくる。
 いや、草食動物の関係者って、流石に知り合いに草食動物は居らへんのやけど


「いやいや、オレは人間やねんから、流石に草食動物に関係者は居らへんから!」


 思わず少年の言葉に全否定してしもうたんは、当然の反応やろう。
 大体、草食動物言う括りは余りにも多過ぎや、草食動物言うたら、ウサギとか、羊にヤギ……後は、牛とかもそうやろう。


「何言ってるの?君も僕から言わせれば、草食動物だよ。どうみても肉食には見えないんだからね」


 草食動物の事をあれこれ考えとったオレの耳に、それを否定するように呆れた声が聞こえて来る。

 ああ、草食動物言うんは、自分のことやってんやなぁ……って、イヤイヤ、人間は雑食であって、草食動物やあらへんから!
 まぁ、オレの事が肉食に見えへんのは、同意したるけど、人間相手に草食動物言うんは、どうかと思うねんけど……


「あんなぁ、人間は草食動物やあらへんねんで、あんたは、分類的には肉食動物系に見えんねんけど、それでも人間なんよ」


 人間は、人間以外のモノにはなれへんのや、どないに望んでも


「僕に意見するつもりかい。いいよ、相手をしてあげる」
「何でそないな返答にるんや?!意見したんやないし、オレは相手なんて出来へん……って、なしてジョットはヤル気になっとんのや?!」
「ねぇ、君、さっきから『ジョット』って誰の事を呼んでいるの?」


 自分は、自分以外にはなれへんかった事を嫌でも思い出して言うたオレの言葉に、少年が不機嫌な顔で返してきた。
 それに対して慌てて言葉を返したオレの目の前で、まだ額が火事の状態のジョットが身構えとる姿が見えて、慌てて止めようと名前を呼べば、またしても少年が変な顔してオレに質問してくる。
 ジョットの事が見えへんのやから、当然の質問やとは思うんやけど、なして不機嫌丸出しなんやろう、この少年?


「悪いねんけど、オレ急いどるんや。邪魔してしもうて、堪忍したってや」


 流石にここに居るんは不味いと思い、慌てて話を逸らしてこの場を去る選択を弾き出す。
 それから少年に、頭を下げたんやけど、そないに簡単にはいかへんのがこの世の中やろう。


「何、逃がさないよ」
「いや、逃げるんやないし、何よりも、急いどるんは嘘やない……オレ、今日からこの町に住む事になっとるから、引越しの片付けせなあかんのやから」
「今日から、この町に……もしかして、君が?」
「へ?」


 当然の事ながら少年は、オレがこの場を去る事を許してくれるはずもなく、不機嫌な声が逃がさないと言う事を訴えてくるんに、素直に自分の事情を口に出せば、行き成り名前を呼ばれてかなり驚いた。
 なんや、何でこの少年は、オレの名前を知っとるんやろう?


「そ、そうやけど、なして、オレの名前知っとるんや?」
「何?親から聞いてないの?僕に並盛高校の入学試験を用意するように頼んできたのは、君の為だったんでしょう?名前だけは聞いていたんだよ」


 えっと、なして、少年が高校入学試験の用意なんて出来るんやろうか、聞いてもええか?
 そんでもって、この少年は、一応オレの事知っとるんやな……何処まで、知っとるんやろう?


「あ、あの、なぁ」
「ああ、そう言えば君、見えないモノが見えるんだっけ?」


 オレの事を知っとる言う少年に、質問しようとしたその言葉が、少年の言葉によって遮られる。
 ああ、そないな事まで、知っとるんや……また、奇異の目で見られるんやな。


「ふーん、なら今この場所に、僕と君以外の誰かが居て、そいつが僕の攻撃を受け止めているの?」


 何時ものように言われるんやろうと思うてギュッと目を瞑って待っていれば、少年から聞こえて来たのは想像していたものとは全く違うものやった。
 一瞬何を言われたのか分からず、目を開いて少年の事を見てしまう。


「何?違うの?」
「ち、違わへん!でも、見えへんのに、なして、信じられるんや?」


 驚いて少年を見たオレに、不機嫌な声で問い掛けられて、慌てて返事を返す。
 せやけど、自分の事を信じてくれた少年が、オレには信じられへんで、思わず聞き返してしもうた。


「僕の攻撃を誰かが受け止めたのは、嘘じゃないからね」


 ああ、アイツ以外にも、こないにすんなり信じてくれるヤツが居んねんな。
 どうやらオレは、自分の中で普通は信じないものやと思い込んでいた様や。
 もしかしたら、この並盛ちゅうところは、こないなヤツがいっぱい居んのやろうか?


「信じてくれて、おおきに」


 オレは、オレの事を信じてくれたんが嬉しくて、満面の笑みを浮かべて少年に礼の言葉を口にしていた。