リボーンを抱き上げているくんを見て、小さくため息をつく。
 人に触れられる事を嫌うリボーンが、くんにはその身を預けている。
 ビアンキは、確かにリボーンの愛人だからまだ分かるが、くんは今日初めて会った相手なのに
 確かに、最初は警戒していたのに、もうそんな素振りなんて見せていない。
 それどころか、その身を預けるなんて、普通なら信じられない話だ。

 リボーンと何か話をしているくんを見ながらもう一度ため息をつく。

 正直言えば、リボーンなんかと話していないで、オレと話をしてもらいたいなんて、そんな事を思うのは可笑しいんだろうか?
 そんな事を考えていたオレを、くんと話していたリボーンが少し驚いたように見てくる。
 ちょっと信じられないと言うように見られて、意味が分からずに首を傾げてしまった。

 一体どんな話をしているんだろう?

 不思議に思いながらも、視線を前に戻したリボーンが家を指差したのに気付いて、オレも視線を前へ向ける。

 ああ、漸く家が見えて来た。
 なら、もうくんがリボーンを抱えていなくてもいいって事だよね。


くん、家に着いたから、リボーンの事降ろしてもいいよ」


 少しだけ落ち込んでいるように見えるくんに、そっと声を掛ける。
 その時、自分の笑みが引き攣っているように思えたのは気の所為じゃないだろう。

 オレが声を掛けたら、くんは腕に居るリボーンへとまるで問い掛けるように視線を向けた。


「家の中まで、頼むぞ」


 くんの視線に答えるように、リボーンが口を開く。
 ズーズーしいまでのその言葉に、それを口にした相手を睨む。


「リボーンは、軽いんやから気にせんでも、ええのになぁ」


 そんなオレに、困ったようにくんが小さく呟く声が聞こえてくる。

 確かに、重さはそんなにないかもしれないけど、今日会った相手に、そんなズーズーしい事が良く平気で出来るよな!
 くんが優しいからって、調子に乗りすぎだろう!!


「オレを降ろさせてぇなら、早く家に入るんだな」


 睨んでいたリボーンが勝ち誇ったような顔で口に出したその言葉に、カチンと来る。
 確かに言っている事に間違いはないけど、言った相手がその問題の人物だからこそ腹が立つのだ。


「お前に言われなくても、分かってるよ!それじゃ、くん、家に入ってよ」


 腹が立つのは仕方ない事で、その怒りを落ち着けるようにドアを開けて、くんへと声を掛ける。

 ドアを開けて、中へ入るように促す。
 今までそんな事したこともないのに、自然と行動してしまっていた。


「お、おおきに……」


 ドアを開けて中へと勧めたオレに、小さくお礼の言葉を口にしてからくんが家へと入る。
 それはなんて言うか、不安そうで見ているこっちにも緊張が伝わってくらいだ。


「おかえりなさい」


 そんなくんに、玄関で待っていたのだろう母さんが声を掛けてくる。
 その声に驚いたのだろうくんが、視線を母さんに向けて困惑しているのが分かった。


「あっ、あの、えっと……」


 どう返答したらいいのか分からないんだろう、しどろもどろに言葉を探しているくんに慌てて助け舟を出そうと口を開きかけた時、リボーンがオレよりも先に口を開く。


「ただいま、ママン。こいつが電話で話した奴だぞ」
「あら?リボーンくんを抱えてきてくれたのね、有難う」


 笑顔で出迎えてくれた母さんに、リボーンが挨拶を返して、漸くくんの腕から飛び降りる。
 そんなリボーンに気付いた母さんが、笑顔でくんに礼の言葉を返した。

 だけど、笑顔で礼を言われたくんが、明らかに返答に困っているのに気付いて慌てて声を掛ける。


「母さん、くんが困ってるから、取り合えず上がってもらってよ!まだ山本や獄寺くんだって居て後が痞えてるんだからね!」
「そうだったわ、綱吉に怒られちゃったから、上がってちょうだい」


 オレが声を掛けた事で、明らかにホッとしているくんは、本気で人見知りなんだろう。
 慌てて声を掛けたオレに怒られたと言いながらも、ほえほえ笑いながら、母さんがくんに家に入るように勧めている。


「あっ、えっと、お邪魔します……」


 母さんに勧められて、くんが小さな声で口を開いて漸く中へと入った。
 たったそれだけの事なのに、ホッとする。


「はい、いらっしゃい」


 靴を脱ぎ綺麗に揃えて端に寄せてから立ち上がったくんに、母さんがまた笑顔で迎えの言葉を返す。
 そんな母さんに、くんはただ小さく頭を下げて返しただけだけど、無視しない所が微笑ましい。


「夕飯の準備は出来てるから、まずは手洗いうがいをして、席に座ってちょうだいね。綱吉、案内してあげなさい」
「分かってるよ!それじゃ、くん、行こうか」


 くんのそんな態度は、母さんにとっても微笑ましいものだったんだろう。
 ニッコリと言われた言葉に続いて、オレへと言われたそれに頷いて、さっさと靴を脱いでからどうしたらいいのか分からずに立ち止まっているくんの手を取る。
 そのまま、家の中をズンズンと進んで真っ直ぐ洗面所へ向かった。
 オレに手を引かれた状態で、くんは当然その後をついて来る形になる。


「あ、あの……」
「どうしたの?」


 あと少しで目的の場所に着くと言う時に、恐る恐るというようにくんが声を掛けてきた。
 それに気付いて、振り返り質問する。
 だけど、くんは困ったような顔をして、ただ下を向いただけだった。


くん?」


 問い掛けても何も言わないくんに、不思議に思ってその名前を呼ぶ。

 一体、どうしたんだろう?
 ちょっとその顔が赤くなっているように見えるけど、気の所為かなぁ?


「な、なんもあらへん!」
「そう?あっ、ここが洗面所。手を洗ったらさっき通った所の玄関に近い方がキッチン兼用の食堂みたいなもんだから」


 黙って、君の言葉を待っていたオレに、慌ててくんが首を振って返してくる。
 何にもないと言うけど、やっぱりその顔は少し赤くなっているように見えるんだけど……

 でも、何も聞かれたくないみたいだから、深く追求する事は避けて、目的の場所に着いたから、掴んでいた手を離して、キッチンの場所を口頭で説明する。
 そうすれば、どこかホッとしたくんが居て、やっぱり何かあったんじゃないかと心配になった。
 だけど、オレの言葉に、小さく頷いて洗面所へと入っていくくには、それ以上尋ねる事は出来ない。

 その後姿を見送ってから考えてみれば、どうしてくんが顔を赤くしていたのか、その理由に思い当たった。
 そう言えばオレ、何も考えずにくんと手を繋いでたんだ……あの時、くんは下を向いていたんじゃなくて、繋がれていた手を見てたんだとすれば、全てが納得できる。


「ああ、くんに、悪い事しちゃったなぁ……」


 でも、振り払われなかった事が嬉しかったなんて、くんにとっては迷惑な話かもしれない。