自己紹介も終わって、何とか落ち着いたと思った瞬間聞こえてきたその音に、思わずくんを見てしまう。
 夕方のこの時間、確かにそろそろ夕飯の時間だから、お腹がすいていても可笑しくはないだろう。


「もしかして、お腹すいてるの?」


 そう思ったから質問すれば、くんがオレの質問に頷いて返してくる。
 その後また、何もない空間に視線を向けてもう一度頷くから、きっとプリーモが彼に声を掛けたんだろう。


「平気や、心配してくれて、おおきに……えっと、すまへんのやけど、この辺で何や簡単に食える店とかあらへんやろうか?」


 それから聞こえて来た礼の言葉は、きっとプリーモに向けられたものだろう。
 でも、心配されるほどお腹がすいてるって、どういう事なんだ。
 もしかして、お昼も食べてないとか……まさかだよね?

 そんな事を考えていたオレに、続いておずおずと言う様子でくんが質問してきた内容に、少しだけ驚いてしまう。
 まさか、そんな事聞かれるとは思ってもいなかったから


「えっ?簡単に食べられる店?……オレ、外食とかしないから、あんまり知らないんだけど……」


 恐る恐ると言う様子で質問してきてくれたんだけど、オレはほとんど外食しないから、その質問には答えられなかった。

 母さんが料理上手だから、外食はほとんどしないんだよね。
 オレの返答で、くんからまるで羨む様な視線を受けたような気がするんだけど、気の所為かなぁ?


「なら、オレん家に来るか?寿司屋だぜ」


 オレに続けて山本が笑顔で言った言葉に、直ぐその視線は外されたから、やっぱり気の所為なんだろう。
 それから少しだけ考えて、直ぐに残念そうな表情になる。


「有難いんやけど、そないに手持ちあらへんから、堪忍したって」
「そんなの気にする事ないのな、親父に言えば、喜んで食わしてくれると思うぜ」


 それから、申し訳なさ気に言われたくんの言葉に、山本がさわやかな笑顔で返す。

 確かに、山本の親父さんなら喜んでご馳走してくれるだろう。
 本当に、気前のいい親父さんなんだから


「初対面やのに、そないな迷惑は掛けられへんよ!その気持ちだけで十分や」


 それに喜んで頷くと思ったんだけど、意外にもくんは断りの返答を返した。
 確かに、初対面だと言うのは間違いじゃない。

 その返答から考えても、オレの周りでは珍しいほどの常識人だ。


「……なら、家に来い。ママンの料理はめちゃめちゃうめぇからな」


 そんなことに感動していたオレの耳に、今度はリボーンがくんを誘う。
 確かに、家なら母さんも喜んで迎えてくれるだろう。
 初対面だろうがなんだろうが、母さんは全く気にしないんだから


「いや、せやから、初対面やのに、そないな迷惑は掛けられへんよ!」
「迷惑じゃねぇぞ、もうママンに連絡しちまったからな、来ねぇ方が迷惑だぞ」


 だけど当然の事ながら、くんはそれさえも慌てて断った。
 まぁ、当然の返答だろうけどね。

 そんなくんに対して、リボーンがニヤリと笑みを浮かべながらしっかりと根回ししてある事を伝える。
 その辺は、流石としか言えない。
 だけど、正直言えば容赦ないリボーンの対応は、一般人であるくんが気の毒になってくる。


「そうだね、賑やかな家で良かったら、来てくれると助かるよ。母さん料理食べてもらうの好きな人だから」


 多分、どうすればいいのか困惑しているのだろうくんに、オレは助け舟を出すために声を掛けた。
 迷惑だからと言うけれど、母さんは絶対にそんな事を考えるような人じゃない。
 寧ろ、オレの友達が増えた事を喜びそうだ。


「あっ!リボーンが言うママンって、オレの母さんの事だから」


 オレが声を掛けた事で、くんがさらに不思議そうにしているのが分かって、慌てて説明する。

 そう言えば、その辺の説明はしていなかったから、オレとリボーンが一緒に住んでいるなんて知らなくて当然だ。
 オレの言葉で納得したのか、くんが小さく頷くのが見える。

 それから何もない空間へと視線を向けて、小さく何かが呟かれるけど、オレには何を言ったのか聞こえては来なかった。
 でも多分、プリーモの名前を呼んだのだろう、そんな気がする。
 それかたもう一度頷いてから、くんの視線がこちらへと向く。


「えっと、ほんなら、お邪魔させてもろうても、エエやろうか?」
「勿論、歓迎するよ」


 それから恐る恐ると言う様子で質問されたその内容に、オレは笑って頷いて返した。
 その瞬間、突然聞こえて来たのは規則的な電子音。


「えっ?何の音??」


 目覚まし時計のようなその音に、思わず周りを見回してしまう。
 音の出所は、くんからで、驚いているオレに申し訳なさそうに謝罪してきた。


「悪い、オレの携帯やねん……ちょっと、エエやろうか?」
「あっ、うん」


 ポケットから取り出した携帯に出てもいいかを確認をしてくるくんに頷いて返せば、ほっとした表情で鳴り響いている着信音を消す為に通話ボタンを押す。
 その瞬間、鳴り響いていた電子音が止まった。

、悪い、ほんまはオレから連絡せなあかんかってんのに……」


 そして、相手も確認せずに直ぐに名前が出てくるのは、相手が誰だか分かっていたのだろうか?
 申し訳なさそうに謝罪されるその言葉から考えると、もしかしたら約束して居たのかもしれない。

 電話の相手が何か言ったのだろう、その瞬間くんがふわりと笑った。
 それは、本当に何て言うのだろう、心か温かくなるかのようなそんな笑顔。


「……うん。に、話してくれたんやってな。が教えてくれてん、ほんまおおきに、


 そして、その笑顔のまま今度はお礼の言葉を相手に伝える。
 って、会話を聞くのは失礼だよね。


「さっきまでの顔と、ぜんぜん違うのな」


 勝手に話を聞いちゃいけないと思った瞬間、山本がポツリと呟く。
 確かに、何処か緊張した様子を見せていた今までの表情と違って、安心した表情を見せているのは、電話の相手がくんにとって、とても親しい相手なのだろうと言う事が分かる。

 もっとも、緊張させて怯えさせてしまった理由は全部オレ達が勝手に勘違いしたのが原因なんだけど


「そうだね、それだけオレ達が彼の事を怯えさせちゃってたんだと思うと、申し訳ないよ」
「そんなの、10代目が心を痛める必要はありませんよ!紛らわしい態度をとったあいつが……!」


 本気で彼の事を誤解してしまった事が申し訳なくて呟いたオレの言葉に、またしても獄寺くんがそれを否定するような言葉を口に出す。

 確かに紛らわしかったと言えば紛らわしかったんだけど、それは仕方ない事だと思う。
 だって、知っている人と似た相手を見れば、思わずその名前を呟いてしまうのは、人間としては当然の反応だ。
 そんな事態に遭遇すれば、オレだって同じ事をすると思う。

 だからこそ悪いのは、勝手に勘違いしたオレ達の方なのだ。
 オレの超直感でも、彼は大丈夫なのだと告げていたのだから


「ご、獄寺くん、聞こえるから!」


 また彼が悪いのだと口を開きかけた獄寺くんに、オレは慌てて次の言葉を遮った。
 獄寺くんの言葉を遮って、チラリとくんを見れば、どうやら話に夢中でこちらの声は聞こえていないようでホッとする。


「10代目?」


 オレが安心してホッとした瞬間、獄寺くんが不思議そうに声を掛けてきた。
 多分、どうして言葉を遮られたのか分かっていないのだろう。


「これ以上くんの事悪く言っちゃダメだよ!」
「どうしてですか?!」


 だからこそしっかりと獄寺くんに言えば、逆に聞き返される。
 どうしてかと質問されたら、どう答えていいのか分からないけど


「彼を、これ以上傷付けたりしちゃいけないような気がして……」


 もしかしたら、これも超直感なのかもしれない。
 彼が傷付くのを見たくないと、そう思う事が……


「ツナの言う通りなのな、年上って知っちまっても、放っておけないって思うのな」


 どう言えばいいのか分からずにオレが感じたままを口に出せば、山本もそれに同意してくれた。
 そう、年上だと分かっていても、彼を放っておけない、一人にしちゃいけないとそう思うのだ。

 チラリと彼に視線を向ければ、どうやら会話は終了したらしく、携帯を大切そうに握り締めているその姿が目に入る。


「えっと、電話終わった?」


 一瞬声を掛ける事に躊躇ってしまったけれど、そっと控え目に声を掛けた。
 声を掛けた瞬間、思い出したと言うように、こげ茶の深い色をした瞳がオレを映し出す。


「あっ!待たせてしもうて、堪忍な」
「何10代目待たせてやがる!!」


 そして慌てて携帯をポケットに仕舞いながら、謝罪の言葉を返してくる。
 そんなくんに対してまたしても、獄寺くんが文句を言う。

 オレは、全然気にしてないんだけど……


「ご、獄寺くん、オレは気にしてないよ。えっと、それじゃ、オレの家に向かうんでいい?」
「ほんま、堪忍したってや。そ、それじゃ、お邪魔させてもらうつー事で、宜しゅう」


 そんな獄寺くんに苦笑を零してしまうのは止められない、だから素直に思っている事を口に出して、それからどうしたものかと思いながらも、何とか確認する事が出来た。
 オレの質問に、もう一度だけ謝罪してから、ちょっと緊張した表情で言われたその言葉に、頷いて返す。

 ああ、やっぱり、電話の相手とは違って、緊張した表情。

 出会ったばかりで、心を許せと言うのは難しいかもしれないけれど、この時のオレはあの電話の相手が羨ましいとそう思っていたのかもしれない。