体育祭の季節になった。

 この季節になると、の元気がなくなる事をオレは気付いている。

 その理由も分かっているけど、どうする事も出来ないのだ。
 それなら、体育祭自体をなくしてしまってもいいんじゃないかとそう思ってしまう。





「“極限必勝!!!”」

 教壇に立って何時ものように熱くなっている笹川兄を見ながら、ボンヤリとそんな事を考える。

「これが明日の体育祭での我々A組のスローガンだ!!勝たなければ意味がない!!」

 笹川兄の言葉に、クラスに集まっている者達が片手を上げて答えるように声を上げる。


 正直言って、かなり鬱陶しいんだけど……

「うぜーっスよね、あのボクシング野郎」

 そんな事を持った瞬間、まるでオレの心を読んだようにボソリと獄寺が口を開く。

 全く持って、その意見には同感だ。
 笹川京子は、前で熱くなっている兄の姿をハラハラしながら見ているが、どう考えてもオレにはあのノリについていく事はできそうもない。

「まー、まー」
「フツーにしゃべれっての、ったく!」

 ボソリと文句を言う獄寺を慰めるように隣に座っている山本が、声を掛けるが、聞き入れる気は全くないらしく、そのまま獄寺が鬱陶しいと言うように再度口を開く。

「今年も、組の勝敗をにぎるのは、やはり棒倒しだ」
「ボータオシ?」

 だけど、続けて言われた笹川兄の言葉に分からないと言うように獄寺がその言葉に疑問を抱く。
 確かに、棒倒しが何なのか、オレ達一年には全く持って分からない。

「まぁ、一年には関係ないんじゃない」

 だから、安心してそう言えば、教壇に立っている笹川兄が真剣な表情で言葉を続ける。

「例年、組の代表を棒倒しの"総大将"にするならわしだ。つまり、オレがやるべきだ」

 真剣に話をする笹川兄に、教室の中はシーンと静かになって、その言葉の続きを待つ。

「だがオレは辞退する!!!」

 そして、目を見開きながら言われたその言葉に誰もが息を呑んだ。
 信じられないと言うように、一瞬だけザワリと声が上がる。

「オレは、大将であるよりも、兵士として戦いたいんだー!!!」


 単なる我侭だ―――っ


 その時、教室の中に居る誰もの意見が重なったのは当然の事だろう。

「だが心配はいらん。オレより総大将にふさわしい男を用意してある」
「笹川以上に総大将にふさわしい男だって?」

 ザワザワと賑やかになる教室の中で、キッパリと言われたその言葉に嫌な予感がするんだけど

 笹川兄の言葉に誰もが教室の中を見回すように、誰だ誰だと思考を巡らしているのが良く分かる。

「1のA沢田ツナだ!!」

 そして勢いよく言われた名前に、嫌な予感が当たっていた事をまざまざと痛感させられてしまった。
 本気で、そこで人の名前を勝手に呼ばないで欲しいんだけど

「10代目のすごさをわかってんじゃねーか、ボクシング野郎!」

 言われた名前に、獄寺は嬉しそうに言うが、迷惑以外の何者でもない。
 山本も同じように喜んでいるようだけど、誰がそんな面倒な事をしたいと思うんだろうね。

「賛成の者は手をあげてくれ!過半数の挙手で決定とする!!」

「1年にゃムリだろう」
「オレ反対〜」
「負けたくないもんね」
「つーか、冗談だろう?」

 笹川兄の言葉に、2・3年の者達は、取り合おうとはしない。
 それにホッとした瞬間

「手をあげんか!!!」

 理不尽にも笹川兄が命令した。

「ウチのクラスに反対の奴なんていねーよな」

 そして更に獄寺までもが、クラスメイトを脅すように睨み付ける。
 勿論、そんな事しなくても、クラスの人間は殆ど手をあげているみたいなんだけど……

「やっぱり、沢田しかいねぇよな」
「そうよね、あの風紀委員長のヒバリさんと互角に渡り合えるんだもんね」

 などと口々に言われたその言葉に、2・3年の人間が反応を示した。

「あの風紀委員長のヒバリさんとだと!」

 それによって、バッと勢い良くクラスに集まっている人間が全員挙手してしまう。

「決定!!!棒倒し総大将は沢田ツナだ!!」

 その人数を確認して、笹川兄が満足そうに頷いて、勝手としか言いようのない状況で人の事が決められてしまった。


 本気で迷惑以外の何者でもないんだけど


「すげーな、ツナ!」
「さすがっス」

 その決定事項に、満足そうな獄寺と山本の言葉に盛大なため息をつく。

「総大将つったらボスだな。勝たねーと殺すぞ」
「またお前は、勝手な事を……オレがそう言うの興味ないの知ってるだろう?」
「そう言うな。お前の弟が知ったら、手放して喜んでくれるんじゃねぇのか?」

 突然生徒の格好をして現れたリボーンを睨み付けながら口を開けば、聞き返されたその言葉に思わず複雑な表情をしてしまう。

 は、確かに喜ぶかもしれないけど……
 どちらかと言えば、今体育祭の話は今のにはタブーだ。

「そう簡単にはいかないんだよ」

 考えた事に、もう一度大きくため息をつく。


 その後、B・Cの総大将の事が事細かに説明されたけど、オレにとっては全く持って興味のない事だった。

 ああ、今頃は何してるんだろうね、本当に……

 詳しい話と、今日の放課後棒倒しの練習をする約束を勝手に押し付けられて、複雑な気持ちのまま帰路につく。

「ツーナさん!」

 家に向かっている中、名前を呼ばれて振り返るが自分を呼んだであろう相手の姿が見当たらない。

「こっちですー」
「ハル!」

 疑問に思った瞬間、上から声が降ってきた。
 驚いて上を見れば、電信柱に抱き付いているハルの姿。

「何してんだよ!?」

 その姿に驚いて声を上げるのは、仕方ない事だろう。
 なんでこの子は、突拍子のないことしかしないんだ?!

「リボーンちゃんに聞きましたよ!ツナさんの総大将を祝って、棒倒しのマネです!!」
「って、スカートでは、さすがにどうかと思うんだけど……恥ずかしいから、早く降りた方がいいと思うよ」
「………………はい、ハルも途中で失敗だと気付きました…おりられなくなっちゃったんです」

 今の状況の説明をしたハルに呆れながら、早く降りるように言えば、信じられない言葉が返ってくる。
 その言葉を聞いて、盛大なため息をつく。

 仕方なく、ハルをそこから下ろして、オレは再度ため息をついた。

「すみません」

 申し訳なさそうに謝罪するのはいいけど、何でこんな事をするのか、本気で分からないんだけど

「もう、こんな事するんじゃないぞ」
「はい!あっ!明日うちの学校休日なんです!ツナさんの晴れ姿を見に行きますね!」

 謝ったハルに、呆れたように注意すれば元気良く返事が返されて、続けて面倒な言葉が返ってくる。

「……こなくて、いいよ」

 オレとしては、これ以上面倒ごとを増やしたくないんだけど

「はひ?どーしてですか?」

 盛大なため息と共に拒絶の言葉を返せば、まさかそんな事を返されるとは思って居なかったのだろうハルが不思議そうに聞き返してくる。

「面倒だから」
「面倒じゃありません!ハルは、しっかりとツナさんの応援をするであります!!」

 いや、面倒なのは君じゃなくって、オレ自身なんだけど……

 オレの返事をどう勘違いしたのか、ハルが元気良く返事を返してくる。
 その勢いに、オレは思わず苦笑を零した。

 如何してこの子には、話が通じないんだろうね、本当……。

「10代目!こんな所にいらっしゃたんですか!」

 そんな中聞こえて来た声に視線を向ければ、獄寺と山本、そして笹川兄が一つの棒を持ってこちらに向かって走ってくる姿が目に入る。

「探しましたよ。10代目が遅いんで、迎えに来ました!」

 確かに、今日の放課後棒倒しの練習をする事になっていたけど、時間指定じゃなかったはずなんだけど
 しかも、何処で練習をするかも話していなかったはず

「では、川原に移動するぞ!」
「頑張りましょう、10代目!」

 ヤル気満々の3人の姿に再度ため息をつく。
 だが、この勢いなのだから、何を言っても無駄だろう。

「ハル、そう言う訳だから……」
「はひ!練習頑張ってくださいです!明日は、しっかり応援しますですよ!!」

 元気良く言うハルに苦笑を零して、そのまま獄寺達の後を付いて川原へと移動する。

「よし、沢田登れ!」

 川原に付いた瞬間、笹川兄が棒を支え嬉しそうに口を開く。

 いや、さすがにこの状況の棒に登りたいとは思わないんだけど……

「それは、さすがに……」
「甘ったれるんじゃない!!気合だ!!気合で登ってみろ沢田!!!」

 笹川兄だけが支えている棒に登るほど、オレは命知らずじゃないと言うと思った瞬間、信じられない言葉が返される。
 ……どう考えても、気合だけじゃどうにもならないと思うんだけど

「てめ――ムチャいってるとぶっとばすぞ、芝生メット」
「やってみるがいい、タコヘッド」

 むちゃくちゃな事を言う笹川兄に、獄寺が睨みつけるが、それはあっさりと返されてしまう。
 ああ、確かにタコヘッドは上手い言葉かもしれないね。

「ぶっ殺す!!」

 だが、返されたその言葉に、獄寺がキレてしまったのはのは言うまでもないだろう。
 結構言い得てると思うんだけど

 慌てて山本が獄寺を止める。

「まぁ、兎に角、オレ等が抑えてるから、ツナは上に登ってみねぇか?」
「……不本意だけど、3人で支えるって言うなら、信じて登ってみてもいいかもしれないね」

 何とか獄寺を押さえつけてから、山本が提案した事に、オレも仕方ないと納得して頷くと棒の上を見上げて、息を吐き山本の肩を借り数回棒を足場に使って上へと登る。

「やはり逸材!」
「やるなー」
「さすがだっス!」

 そんなオレに、下から感心したような声が聞こえて来て苦笑を零した。
 まぁ、これぐらいは何でもないんだけど……さすがに、こんな上に登るのは気持ちのいいものじゃない。

 正直言って、下に居る人物が信用できないんだよね……。

「わかったか、これが気合だ」
「はんっ」

 聞こえて来た声に下を見れば、獄寺が不機嫌そうにタバコに火を点ける。

「消さんかぁ!!」

 だがその瞬間、笹川兄がそれを遮った。

「てめー…なにしやがる」
「お前のケムリがオレの健康を損なう恐れがある!!」

 タバコを消された獄寺が、不機嫌な声で笹川兄を睨みつけ声を掛けるが、それに返されたのはまさにスポーツマンと言うような言葉。
 確かにタバコの煙は、周りにも悪影響を与える事に間違いはない。

「ハハハ、面白ぇーなー笹川兄は」
「くっそーこの前の風紀ヤローといい、どいつもこいつも消しさりやがって…あーもーガマンできねー!!やっぱてめーはぶっとばす!!」

 暢気な山本の言葉に続いて、獄寺が棒から手を離し両手に爆弾を持つ。

「面白い。血が騒ぐぞ」

 それに続いて、笹川兄も棒から手を離し戦闘態勢をとる。

「ちょっお前ら!ちゃんと支えろよ!!」

 棒から手を離した二人に慌てたように山本が声を掛けるが、二人に聞こえるはずもないだろう。

 グラリと棒が揺らぐのが分かる。
 やっぱり、この二人は信用できなかったみたいだ。

 それを上から確認して、盛大なため息をつく。
 しかも、周りで獄寺の爆弾が爆音を鳴らし始めた。

「わりーツナ!倒れるぞ!!」

 そんな状況では、さすがの山本も棒を支えていられなくなり、ゆっくりと棒が倒れ始めたそれに気付いて、慌ててその場から下へと飛び降りる。

「全く…」
「ツナ!大丈夫か?」

 飛び下りたオレに気付いて山本が声を掛けてくるのに、頷いて返す。

「オレは大丈夫だけど、あっちは大丈夫じゃないみたいだね」
「みてぇだな」
「練習にならないみたいだから、オレは先に帰るよ」
「だな」

 もう既に倒れてしまった棒になど、全く気付いても居ない状態の獄寺と笹川兄の姿にため息をついて口を開けば山本も同意の言葉を返してくる。
 まぁ、あんなのに付き合っている必要は何処にもないだろう。

 それに、そろそろも帰ってきてるだろうからね。

「んじゃ、また明日な」

 山本と川原で別れて、家へと向かう。
 家に帰れば、嬉しそうな母さんに出迎えられた。

 オレが総大将になった事や、先程まで練習していた事までリボーンに聞いたと嬉しそうに言う母さんに思わず苦笑をこぼしてしまう。
 それから、が帰ってきてるかを質問すれば、ニコニコしながら部屋に居る事を教えてくれる。
 それに礼を言って、オレはの部屋へと急いだ。

 扉の前に立って深く深呼吸して、ノックをする。
 こんなにもの部屋に入るのに緊張するなんて、ちょっと可笑しいけど仕方ないよね、オレはの事が好きなんだから……

「はい!」

 ノックの後に返ってきたのは、の声。
 返事が帰ってきた事で、オレはその扉を開いて部屋の中を覗き込むように顔を見せる。

「あれ?明日の練習に出てたんじゃ……」
「あんなのやってられないから帰ってきたよ。今頃は、獄寺と京子ちゃんのお兄さんが川原で暴れてるんじゃないかな」

 顔を見せたオレに、が少し驚いたように質問してきた。
 確かに、母さんから聞いていただろうから、オレがここに居るのは不思議に思うだろう。

 そう思って、オレは何があったのかを簡潔に説明してため息をつく。

「って、川原で暴れてるの!!」
「そう言ったよ。だから、無視して帰って来たんだ。も戻ってる時間だろうから」

 だけど、は一瞬考えるような表情を見せてから、驚いたように再度聞き返してくる。

 まぁ、確かに常識人なには聞き捨てならない言葉かもしれないけどね。
 でも、そんなを安心させるようにニッコリと笑顔で返事を返した。

 だって、オレにとっては、に危害が及ばないんであれば、何も問題ないんだからね。

「そう言えば、ツナはA組の総大将なんだって?一年生で総大将なんて凄いね」
「凄くはないよ。京子ちゃんのお兄さんが勝手に人を抜擢したんだから」

 そんなオレに何を思ったのか、が話を変えるように質問してくる。
 そして、言われたのは、感心したような表情。
 折角がオレの事を凄いって言ってくれるのは嬉しいけど、内容が内容だけに素直に喜べないんだけど

 そう思って、素直にそれを口に出せば、が何処か困ったような表情を見せる。

「そう言わずに頑張ってね。表立っての応援は出来ないけど、心の中では精一杯応援してるから!」
「……が応援してくれるのは嬉しいけど、本気で面倒だから休みたいんだけど」

 そして言われる言葉は、想像していた通りのモノで、オレは小さく息を吐き出して本音を零す。

「俺も、休みたいと思ってたんだけど、ツナが総大将だって聞いたから、しっかり応援しようって思ったんだ」

「ほら、俺は体育祭には参加出来ないから……」

 本音を零したオレに、が真っ直ぐにオレを見詰めながら真剣に口を開く。
 それに心配になって名前を呼べば、必死に笑顔を見せながら言われた言葉。
 必死で作ったその笑顔は、オレの胸を痛くする。

「……どうして、そこで無理して笑うかな……分かったよ、がそう言うなら、オレも頑張って競技に参加するよ」
「うん、ありがとう。頑張ってね、ツナ」

 だからこそ、ちゃんと笑ってもらいたくって、諦めたようにため息をついて返したそれに、が今度は嬉しそうに笑ってお礼の言葉を口にした。

 どうして、そこで君がお礼を言うのかオレには分からないんだけど……
 本当は、もっと我侭を言ってくれてもいいのに……

「あっ!そう言えば、俺明日、何か特別に衣装用意してくれるらしくって、それ着て応援するから!」
「はぁ?!」

 困ったようにを見詰めていれば、突然思い出したというように言われた言葉が理解できなくって、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


 って、特別な衣装って、何?!


「だからね、何か良く分からないんだけど、俺は競技に出られない代わりに専用の衣装で応援しろって言われてるんだ。どんな衣装なのかは知らないんだけどね」

 分からないと言うように声を上げたオレに、が再度説明するように口を開く。


 いや、そんな事を聞きたいんじゃないんだけど……

 大体、どんな衣装を用意するのかが想像できて、それを言っただろうC組の総大将に殺意が浮かぶ。
 に特別な衣装を着せるなんて、絶対に許せる訳がない!

「……C組の総大将って、相撲部主将の高田だったっけ?」
「えっ?うん、名前は知らないけど、相撲部主将だって言ってたから、間違いないと思うけど……」
「そう、オレ、ちょっと用事思い出したから、出掛けて来るね」
「あっ、うん、気を付けて……」

 何かを考えているへと問い掛ければ、分からないながらも返事が返ってくる。

 ああ、他の総大将の事聞いてて良かったよね、こう言う所で役に立つんだ。
 の返事を聞いて、ニヤリと笑って部屋を後にする。
 部屋を出て行く時に、後ろからの声が聞こえてきたのに手を振って返し、そのまま扉を閉め再び学校へ向けて足を運ぶ。

 当然向かう先は、C組の総大将達が居るであろう場所。




 勿論、しっかりとへと準備したと言うその衣装は燃やしておいた。
 の女装姿を、オレ以外の奴に見せるなんて冗談じゃない!