バタバタと慌しく夏休みが終わってしまった。

 まぁ、それは何時もの事だから気にしても仕方ないんだけどね。
 何よりも、の体調が戻った事だけが、オレにとっては安心できた事だ。

 体重自体は、まだまだ戻ってはないんだけど





「始業式から寝坊してごめんね、ツナ」

 今日から始業式と言う事で久し振りにを起こしたんだけど、夏休みの昼まで寝るというのが身に付いている為か中々起きなかった為に時間はギリギリ。
 オレはそんな事全く気にしないんだけど、起きられなかったという事ではずっと落ち込んでいる。

 必死で謝ってくるに、オレはニッコリと笑顔を返す。

「気にしなくっても大丈夫だよ。それに、そんなに眠れるようになったんなら、もう心配ないって事だしね」

 だって、夏休みが始まった頃は殆ど眠れなかったのが、ちゃんと眠れるようになったんだから、もう安心だよね。
 の体調が良くなるなら、学校なんて遅刻しても問題ないよ。

「ツナだけでも先に行っていいよ」
「何で?」

 だけど、にはそれが許せないらしく、申し訳なさそうに言われた言葉にオレは意味が分かっていても思わず聞き返してしまった。
 だって、オレがを残して先に行くなんて事が出来る訳ないのに

「……俺の足じゃどう考えても間に合わないけど、ツナが走ればまだ十分に間に合うと思うから……」
を残して?オレがそんな事すると思う?」

 オレに質問されて、が素直に言葉を返してくる。
 それに、オレは更に質問で返した。

「でも……」
「でもは聞かないからね。もしも走って行けって言うのなら、オレはを抱えて走るよ」
「なら、抱えて走りやがれ!何トロトロ歩いてやがるんだ」

 質問したオレに、が反論しようと口にする言葉を遮ってキッパリと言い切れば聞こえてきたのは生意気な赤ん坊の言葉。
 突然の声には驚いたようで、視線を声の主へと向ける。

 まぁ、声の主なんて確認しなくっても分かりきってる事だけど

「リボーン!」
「さっさとしやがれ!」

 その声の主の名前をが呼ぶのを聴いた瞬間、命令口調で促される。
 まぁ、を抱えて学校に行くぐらいなは、正直言って役得だから文句もないけどね。

 そんな事を考えて、困惑しているを抱き上げる。

「ツナ?」

 突然の行動に、が不思議そうにオレの名前を呼ぶのが何処か可笑しい。
 本当、ってこういう所が可愛いんだって自覚ないんだろうけどね。

「命令みたいだから、急ぐしかないみたいだね」
「って、ちょっと待って!」
は、しっかりと捕まっててよ」

 そんなに表面上は仕方ないと言う様な素振りを見せながら、内心笑顔を浮かべて慌てて言葉を続けようとしたそれを遮って走り出す。
 ぐらいの体重なら、正直言って苦にもならないから普通に走っても全く問題ない。

 オレに言われて、がギュッと服にしがみ付いてくるその温度を感じて思わず笑みを零してしまう。
 こんな命令なら、何時だって聞いてもいいんだけど

「おい、あれって沢田綱吉だぜ。弟抱えてるのに、何であんなに早く走れるんだ?」

 登校中の生徒の声が聞こえるけど、全く気にしない。

 だって、これはオレだけの特権だから
 早く走れる理由なんて、オレはを守るためだけに強くなったんだから、これぐらい出来ないでどうするの。

「まちな!」

 バカにするように心の中で呟いている中、誰かを呼び止める声が聞こえて来た。
 誰を呼び止めたのかは知らないけど、オレには聞き覚えのない声だから当然無視する。

「着いたよ、
「あっ、うん……遅刻しなかったね」

 そのままのスピードで走り続ければ、余裕の時間で学校に辿り着く。

 校門を抜けた先で、オレはそこで名残惜しいけどを下に下ろした。
 残念だけど、こればっかりは仕方ない事だからね。

 そっと下に下ろせば、が小さく頷いて、時間を確認し信じられないというように呟く。

「まぁ、走れば間に合うのは分かってたからね」

 オレとしたら、を抱えて走っても十分に間に合う事は分かっていたから素直にそう返せば、信じられないというような視線が向けられる。

 って、どうしてそこで驚いているの?は、オレの事一体何処まで理解してるんだろう。
 これぐらい、オレにとっては何でもない事なのに

 だから、遠慮なんてする事もないって、何時も言ってるんだけど……

「やっとで、追い付いたぞ」

 複雑な表情を見せながらオレの事を見上げてくるに、ちょっとだけため息をつきたくなった瞬間、誰かの声が聞こえてくる。
 それは、先程誰かを呼び止めていた声。

 その声にチラリと視線を向ければ、やっぱり知らない相手。
 某委員長みたいに、全校生徒を覚える気はないから上級生などはっきり言って誰も知らない。
 もっとも、向こうは人の事を知っているからと、馴れ馴れしく声を掛けてくるのは正直言って鬱陶しいんだけど

「聞きしに勝るパワー・スタミナ!そして熱さ!!やはりお前は百年に一人の逸材だ!!」
「は?」

 またその類だろうと無視している中、突然訳の分からない事を言いながら近付いてくる。
 そんな先輩の言葉に、意味が分からないというようにが聞き返すように声を出した。

 ああ、本気で鬱陶しそうな先輩なんだけど

「我が部に入れ、沢田ツナ!!」

 そして、目の前まで来た瞬間、ガッシリと人の肩を掴んで訳の分からない事を言ってくれた。

 しかも、ご丁寧に人の渾名で
 オレの事を渾名で呼ぶのは、親しいヤツだけだ。

「すみませんが、先輩。何でオレの名前を?」

 だからこそ、この先輩がオレの事をツナと呼ぶのが気に入らない。
 なんで、知らないヤツに渾名で呼ばれないといけない訳?

「おまえのハッスルぶりは妹からきいているからな」
「妹?」

 不機嫌な声で質問したオレのそれに、先輩があっさりと返してきたそれに意味が分からず首を傾げてしまう。
 それはも一緒だったみたいで、首を傾げて不思議そうな表情をしているのが見えた。

「お兄ちゃーん」

 その瞬間、聞こえて来た声に思わず眉間に皺が寄ったのが自分でも分かる。

 この声は……

「どうしたキョーコ!?」

 複雑な気持ちでその声の主を考えた瞬間、目の前の先輩が声の主の名前を呼ぶ。
 キョーコと呼ばれたその名前には、いやと言うほど聞き覚えがある。

「もーカバン道におっことしてたよ!」

 先輩の声に答えるように続いて聞こえてきたそれに、が不思議そうな表情で振り返った。
 でも、オレは相手を確認しなくても分かっている。

 笹川京子。

 最近何故だか仲良くなってしまった、クラスメイトの少女。

「あ…ツナくんにくん、おはよう!」
「スマン」

 その相手がオレとの存在に気付いたのか、ニッコリ笑って挨拶して来た。
 そんな彼女に、目の前の先輩は謝罪してカバンを受け取る。

「?何で、ツナくん達といたの?」

 どう答えるべきかを考えている中、笹川京子が不思議そうに質問した内容は当然の言葉。
 それはそうだろう、オレ達とこの先輩の接点など何処にもないのだから

「あ!まさかお兄ちゃんツナくん達にメーワクかけてないでしょーね!!」
「ない!」

 そこで何か思い付いたのか、笹川京子が少しだけ怒ったように先輩へと声を掛けた。
 だけど、それに返されるのはきっぱりとした否定の言葉。

 いや、十分迷惑してるんだけど……

「ツナくん、くん、お兄ちゃんのボクシング談義なんか聞き流していいからね」
「ボクシング??」

 ため息をつきたい状況に、内心だけで何とか押し止めていれば、が不思議そうに首を傾げて質問する。
 まぁ、確かに行き成りボクシングとか言われても、分かる訳ないよね。

「そう言えば自己紹介がまだだったな。オレは、ボクシング部主将笹川了平だ!!座右の銘は、"極限"!!」

 の質問に、漸く目の前の先輩が自己紹介をする。

 でも、誰もそんな事聞いてないんだけどって言う内容を……

「……うっとうしタイプだね」

 はっきり言って、嫌いなタイプだ。

 思わずボソリと呟けば、驚いたようにが視線を向けてきた。
 きっと、そんな事言っちゃダメとか思ってるんだろうね、の事だから……

「お前を部に歓迎するぞ、沢田ツナ!」

 だけど肝心の相手には聞こえていなかったらしく、馴れ馴れしく肩を掴んで更に勝手な事を言ってくれるんだけど
 本気で、興味ないんだけど、ボクシングなんて

「だめよ、お兄ちゃん。ツナくんをムリヤリ誘っちゃ――」
「ムリヤリではない!だろ………?沢田」

 きっぱりと断ろうとした瞬間、笹川京子が注意するように先輩に口を開く。
 お陰で返事を出来なくなったオレは、心配そうに質問してきた先輩に、盛大なため息をついてしまう。

「聞かれても、困るんですけど……オレはボクシングに興味ありませんから」
「ボクシングはいいぞ!一度見学に来るといい!では、今日の放課後ジムで待つ!」

 それでもしっかりと返事を返し、断る為の内容を口にしたが、相手は完全無視で言いたい事だけ言うと『じゃっ』と手を上げて去って行ってしまった。

 って、人の話ぐらい聞いてから行ってくれ!

「ごめんね、ツナくん。ガサツな人なんだけど、意外とやさしい所もあるんだよ」

 本気で苦手な相手なだけに、もう一度ため息をついた瞬間、笹川京子が謝罪の言葉とあの先輩をフォローする言葉を口にする。

 まぁ、兄弟なんだから、あんな兄でも大切なんだろう。
 オレは、身内には絶対に持ちたくない相手だけどね。

「でも、やっぱりツナくん凄いね。私嬉しくなっちゃった。あんなにうれしそーなお兄ちゃん、久しぶりに見たもん」

 そんなオレの内心など気付かない笹川京子が、ニコニコした表情で嬉しそうに語った内容に思わず複雑な表情をしてしまう。
 仲が良いのはいいけど、他人を巻き込むのはやめて欲しい。

「折角喜んでもらえてるんだけど、オレはボクシング部に入るつもりはないんだけど」
「うん、分かってる。でも、今日だけでもお兄ちゃんに付き合ってくれると嬉しいな」

 嬉しそうな笹川京子を前に、もう一度盛大なため息をつくとハッキリと自分の意思を言葉にして伝える。
 オレの言葉に、笹川京子は申し訳なさそうにお願い事を口にして頭を下げた。
 そんな彼女の姿に、がじっとオレの事を見てくる。
 その視線に気付いて、オレはもう一度ため息をつく。
 本当に、何を言いたいのか良く分かる視線だよね……

 そして、オレはそんなの願いに弱いって言う自覚は十分にある。

「……今日だけは、つき合わさせてもらうよ」

 が真っ直ぐにオレを見詰めてくる視線に根負けして、承諾の言葉を口に出す。
 本気で不本意だけど、が望む事なら、何だって叶えてあげたいから

「有難う、ツナくん」

 オレの言葉で、笹川京子が嬉しそうに笑顔で礼の言葉を伝えてくる。
 そんな彼女を前にして、オレはもう一度小さくため息をついた。

くんも、有難うね」

 そんなオレの態度に、もう一度彼女は笑って、今度はへとお礼の言葉を口にする

「俺は、何もしてないよ?」

 突然お礼を言われたは、意味が分からないというように首を傾げて言うけど、彼女がお礼を言うのは、当然だろう。
 だって、が居たから、オレは彼女のお願いを聞き入れているのだから

「ううん、くんが居てくれたお陰だから!」

 不思議そうな表情で質問したに、笹川京子はもう一度笑ってその理由を説明した。
 彼女には分かって居るのだろう、オレがどうして願いを聞き入れたのかを

 でも、にはきっと分からないだろうね、そんな事。

「そろそろ教室に入らないと不味いよ。、教室まで送ろうか?」
「ううん、大丈夫。そんな事したら、ツナが遅刻しちゃうよ!!」

 分からないと言うような表情をしているへと小さくため息をついて声を掛ければ、慌てたようように返事を返してくる。

 ほら、もう君はさっきまで考えていた事を忘れてしまう。


 ねぇ、本当は知って欲しいと思うけど、君はその答えには辿り着いてはくれないと分かってる。
 だから、間違った答えを出されるぐらいなら、もうその答えを求める事はしないよ。

 だって、オレが欲しいのはたった一つの答えだけだから……