面倒な先輩に捕まったお陰で、今日の放課後に余計な手間が増えてしまった。

 ああ言う先輩には、しっかりと断らないと分かってもらえない……いや、断っても聞き入れてくれないだろう。
 なら、さっさと手を打っておくべきだろうか?

 オレには、そんな気がないという事をしっかりと分かってもらわなければ……









「沢田ツナ!迎えに来たぞ!!」

 内心無視して帰ろうかと本気で考えていたオレの耳に、勢い良く扉を開いて入ってきたその人物を見た瞬間ゲンナリとしてしまった。
 まさか、迎えに来るなんて思いもしてなかったんだけど

「お兄ちゃん!」

 突然の登場に驚いたのは、妹も同じなのだろう。
 驚いたように声を上げれば、一瞬でクラス中が賑やかになる。

 この学園のもう一人のアイドルと言われている笹川京子の兄だと言うのだから、当然と言えば当然の反応だろう。

「おう!京子か?そう言えば、同じクラスだと言っていたな」

 だが、兄の方はオレと笹川京子が同じクラスだというのを忘れていたという事がその言われた言葉からも分かる。

 本気で、苦手なタイプなんだけど……

「お兄ちゃん、どうしたの?」
「沢田ツナを迎えに来たのだ!沢田ツナ!いざ、ボクシング部に!!」

 『一人でどうぞ』と言いたくなるノリに、思わず盛大なため息をついてしまっても仕方ないだろう。

 本気で、相手したくない。

「ご、ごめんね、ツナくん。お兄ちゃんが迷惑掛けちゃって……」

 盛大なため息をついたオレに気付いて、笹川京子が謝ってくるが、妹に謝られても兄が分かっていなければ意味がないんだけど
 もう一度盛大なため息をついてしまっても、許されるだろうか?

「10代目!何かトラブルが?だったらオレが!」

 そうすれば、もう一人の厄介な相手がしゃしゃり出て来た。
 出てくれば出てくるだけで、騒ぎが大きくなる事は分かりきっている。

「その気持ちだけで十分だよ……先輩、悪いんですが、ハッキリと言わせてもらいます。オレはボクシングに興味はありません。だから、試合をしましょう」
「試合だと?!別に構わんが……」

 もう一度ため息をついてから、獄寺を引っ込めて真っ直ぐに笹川先輩を見た。
 そして、一つの提案を持ち出す。
 オレの言葉に、先輩が戸惑いながらも同意の言葉を口にする。

「そこでオレが勝てば、諦めてください。もしも、先輩が勝てば、オレは自分が弱い事を認めて、ボクシング部に入部しますよ」
「合い分かった!その申し出受けて立つ!!」

 更に続けてオレの言い分を伝えれば、先輩が楽しそうな顔をしてその申し出に同意した。

 ここで同意されれば、オレの勝ちだ。
 万が一にも、この先輩に負けるなどという事は有り得ない事なんだから

「あーっ、あの先輩、旨い事ツナに乗せられたな……」

 内心で笑みを浮かべたオレの耳に、山本の声が聞こえてきたけど無視。
 乗ってきた方が負けなんだよね、こういう事は

「なら、早速試合をしようではないか!!」

 勢いよく言われた言葉と同時に、オレの腕は先輩に掴まれていて無理矢理その後を付いていく事しか出来なかった。


 本当に迷惑な先輩なんだけど……

 真っ直ぐに連れて来られたのはボクシング部。

「そうだったぞ!お前の評判をききつけて、タイからムエタイの長老までかけつけているぞ」
「……何の事ですか?」
「パオパオ老師だ」

 ボクシング部の扉を開いた瞬間、思い出したと言うように言われた内容に、意味が分からず聞き返した瞬間紹介されたその相手の姿を見て殺気が……

 何でこいつが、ここに居るんだ?!

「パオーン」

 頭にゾウの被り物を付けたその姿は、紛れなくリボーン。
 思わず頭を抱え込んでも許されるだろうか?

「オレは、新入部員と主将のガチンコ勝負が見たいぞ」
「……心配しなくても見せてやるよ。もう既に先輩との勝負は成立してるんだから……」
「そうなのか?」
「ああ、沢田ツナが負けたらボクシング部に入部する事になっているぞ」

 そして、パオパオ老師となっているらしいリボーンが一つの提案をする。
 それにもう何度目になるのか分からないため息をついて返事を返せば、先輩が生き生きとした表情で返事を返してきた。

 いや、負ける気は全然ないから逆です、オレが勝ったらボクシング部には入部しないが正解。

「お前にしては珍しいじゃねぇか」
「……相手が相手だったからな…そうでもなきゃ、こんな面倒な事する訳ないだろう」

 オレのその言葉で、ニヤリとリボーンが笑った。
 こいつにとっては面白い内容かもしれないけど、オレにとっては迷惑以外の何者でもない。

「それじゃ、沢田ツナ!準備をしたら直ぐに始めるぞ!!」

 その言葉に頷いて流石に着替えは持って来ては居ないから、カッターシャツを脱いでTシャツと下は部室にあるモノを借りる事になった。
 人のモノを借りるのは不本意だったけど、流石に何の準備もしていなかったのだから仕方ない。

 そんな事を考えてながら、着替えてリングに上がる。

「お邪魔しまーす!」

 その瞬間元気が声が聞こえて来て、見知った姿が数人部室の中に入って来た。
 勿論その中には、オレの大切な存在も居る。

 リボーンの姿を見た瞬間に、驚いたように見開かれる瞳が見えた。
 きっと、何でここにリボーンが居るとは思っていなかったんだろう。

「おう!キョーコ来たな。それじゃ、始めるとしよう」
「ええ、構いませんよ。ではオレが勝てば入部はきっぱりと諦めてください」
「心配するな。絶対に入部させるからな!!」

 元気良く入ってきた自分の妹に先輩が声を掛けて、オレへとその視線が向けられる。
 挑戦的なその瞳は嫌いじゃないけど、言っている内容は面倒なんだけど

 当然のように返したオレに、更に先輩が気合を入れる。

「ゆくぞ沢田ツナ!!加減などせんからな!!」

 気合を入れて、座右の銘の通りの行動を起こす先輩に小さく息を吐く。
 そんなに分かりやすくって、良く主将なんてやってられると感心するんだけど

「構いませんよ。オレは手加減させていただきますから……」
「手加減などするものではない!!!」

 熱い先輩とは対象に、オレは逆にそれを更に煽るように言葉を返せば、分かり易く反応を返して猛ダッシュの右ストレートを繰り出してくる。
 本当に分かり易くって、こう言う所では有難いよね。
 読み易い攻撃を難無くかわす。

「何?!」

 まさかオレがかわすとは思っていなかったのだろう、先輩が驚いたような表情を見せた。
 って、あんな簡単な攻撃、誰でもかわすだろう、普通なら!

「やはり、オレが見込んだ通りの男だな。絶対に入部してもらうぞ!」
「だから、オレは入部しないと言っているはずですが……」
「いいや、入ってもらうぞ!」

 だが、それが嬉しかったのか満足そうに笑って言われたそれに、オレは呆れたように言葉を返した。
 オレの返事で更に先輩から猛ラッシュの攻撃が仕掛けられる。
 勿論それらは簡単にさけられる様なモノだけど……

 『入れ』と言われる言葉に『いやだ』と返事を返しながら、先輩の攻撃をかわしていく。
 ひたすらそんな攻防を繰り返している中、突然目の前の先輩が倒れた。


 それは、本当に一瞬の事。

 倒れた体からモコモコと現れたのは、額に炎を宿した先輩の姿。
 倒れた理由は、一瞬で理解できた。

 リボーンのヤツ、先輩に死ぬ気弾を撃ったな!
 ギロリとリボーンを睨みつけるが、全く効果がない。

「笹川センパイ、今何で倒れたんだ?」
「スリップだろう?」

 死ぬ気弾を撃たれたという事は、厄介な事にオレを死ぬ気で部に入れるだろう事は想像できる。
 厄介な事になったと内心舌打した。

「どーした沢田、避けるばかりでは、オレには勝てんぞ!!」

 これからの事を考えて警戒する中、先輩が全く変わらない様子でオレに声を掛けてくる。
 一瞬言われた意味が分からずに、相手をマジマジと見つめてしまう。

 額には、間違いなく灯っている死ぬ気の炎。
 なのに、全く変わった様子が見られない。

「笹川了平、たいした奴だな」

 それが示す事が分かって、盛大なため息をつく。
 この人は、その座右の銘の通り“極限”の状態で生きているという事なのだろう。

「……まぁ、うっとうしいのに変わりはないって事だよね……それじゃ、オレも少しだけ本気を出させていただきます。そうじゃなければ、勝てそうにありませんから」
「少しではなく、死ぬ気でこんか!!」

 死ぬ気で生きている人間なんて厄介すぎる。
 しかも、死ぬ気状態という事は、ちょっとの事では倒れないという事。
 だからこそ、少しだけやる気を見せれば、それが気に入らないと言うようにまたしても猛ラッシュ状態。

「ボクシングに入れ!お前の本気を引き出してやるぞ!!」
「遠慮するって、言ってるじゃないですか!」

 先程よりも若干早く感じられるのは、死ぬ気の炎の所為だろうか?
 だけど、それを軽々とかわしながら、『入れ』『いやだ』の攻防を続ける。

「そろそろ、終わらせてもらいますよ」

 だけど、このままでは面倒だと思い、漸く自分から動く事を決めそう宣言した瞬間、渾身とまでは行かないがそれなりの力を入れて先輩に右ストレートを打ち込む。
 それは綺麗に先輩に入り、その体がリングの外へと投げ出される。
 そこまでは予想通りの事だけだったけど、オレはそれを見た瞬間驚いてその名前を口にした。

!!」

 先輩が投げ出されて吹き飛ばされた先に、の姿があってその体が先輩を助けるように壁との間にクッションになっている。

 が居なければ、先輩はそのまま窓に激突していただろう。
 だけど、何でそこでが体を張って先輩を助けているのかが分からない。

!何でそんな所にいるの!!」

 慌ててリングから下り、の上に乗っかっている先輩の体を退け大きく咳き込んだのに気付いてその背中を擦った。

「あ、ありがとう、ツナ……」

 オレが背中を擦った事で落ち着いたのかお礼の言葉を口にするけど、オレはただ複雑な表情でを見た。

 何で、が先輩を助けたりするんだ。
 しかも、自分を犠牲にしてまで!

「お兄ちゃん!くん、大丈夫??」

 心の中で疑問だけが広がる中、聞こえてくる声に顔を上げた。
 笹川京子が、その兄との事を心配そうに質問してくる。
 だけど、そんな妹の心配を余所に、笹川兄は、嬉しそうな顔をしているのが良く分かった。

「ますます気に入ったぞ、沢田!お前のボクシングセンスはプラチナムだ!!必ず迎えに行くからな!」
「もーお兄ちゃん、うれしそうな顔してー!」

 そして、言われたその言葉に眉間に皺が寄る。

 さっさと諦めてくれれば、有難いのに……

「オレも気に入ったぞ、笹川了平。おまえ、ファミリーに入らねーか?」

 それに続いて、リボーンが逆スカウトし始めた。
 それを聞きながら、勝手にしてくれと視線を再びへと戻す。

 で、オロオロとした状態でリボーンを見ているようだ。

「ねぇ、。何であんなところに居たの?」

 そんなに気付きながらも、オレは疑問に思った事をへとぶつける。
 オレの質問に、オロオロとリボーン達を見ていたの視線が、オレへと向けられた。

「何が?」

 だけど、本気でオレの質問の意味が分からないというように首を傾げながら聞き返してくるに、オレの機嫌が益々降下していくのが分かる。

「何で、先輩を助けるような事したの?」
「助けるって……俺はそんなつもりは……ただ気が付いたらあそこに居ただけで……」

 本気で分かっていないに、分かるように質問の内容を変えて聞けば、困ったようにが返してきた。
 だけど言われたその内容に、オレは一つの結論に結び付く。

「ねぇ、。もしかして、更に勘が鋭くなってきたんじゃない?」

 確認するように質問した内容に、ビクリと大きくの肩が震えた。
 それは、オレの言葉を肯定していると言う事。

くん大丈夫?お兄ちゃんに押し潰されたりしなかった?」

 オレにどうやって返事を返そうか考えているが、笹川京子の声に反応して俯いていた顔を上げる。

「えっ、あっ、うん、大丈夫……」

 そして慌てて返された言葉と同時に、その視線が絡まったと思った瞬間には、直ぐに逸らされてしまった。


 ねぇ、その行動が全て、オレの言葉を肯定してるって気付いているのかな?

「それにしても、さっきまで隣に居たと思ったのに、何時の間に移動してたんだ?」

 更に山本が質問してきたその内容に、の肩がまたしても大きく震えたのが分かる。
 きっと、どう言葉を返していいのか分からないんだろう。

「熱気が酷いから窓を開けようとしたみたいだよ。そのお陰で酷いトバッチリだったけど」

 困っているのが分かるからこそ、それを助けるように代わりに返事を返す。
 出来るだけ可笑しくない内容の返事を返せば、それに驚いたようにがオレを見上げてきた。

 その困惑している視線を受けて、オレもただ笑って返す事しか出来ない。

「そりゃ、本当に災難だったな。大丈夫か、?」
「あっ、うん。大丈夫……多分怪我はしてないと……」
「ああ!足を挫いちゃってるみたいだね。大丈夫じゃないみたいだから、今日はもう帰らせていただきます」

 オレのそれを信じたのだろう山本が、心配そうにへと質問してくる。
 それに当然のように返されるの言葉を遮って、そのまま行動に起こす。

 もっとも、オレが勝ったんだから入部の件は当然なかったものになるのだし、問題ないだろう。


 を抱き上げたまま、さっさと自分の荷物を持って部室を出る。
 呆然状態の部員達は当然無視だ。

「ツ、ツナ!俺多分怪我してないから、自分で歩ける!!」

 オレに抱えられた状態で、焦っているが抗議してくるけど、それも当然無視。
 本当に、自分の事なのに気付いてないところがらしいけどね。

「気付いてないと思ったけど、足を挫いてるのは本当だから、大人しくしててよ。それに、まだ質問に答えてもらってないからね」

 そんなに呆れたように返して、更に言葉を続ける。

 だって、まだから言葉は返してもらっていないから
 分かっているけど、でもにちゃんと説明してもらいたいと思うのは、オレの我侭だろうか?

「超直感に目覚めてるんだぞ」
「えっ?」

 だけど、オレの質問に返してきたのは本人ではなく別な声。

「リボーン?」

 その声に、は分からないというようにその名前を呼ぶ。
 確かに、行き成り言われたその言葉では分かる訳がない。

「初代ボンゴレは、超直感能力を持っていたと言われている。その能力がお前達にも備わっていると言う事だ」
「超直感能力?」
「見通す力とも言われている。歴代のボンゴレの中で、その能力が一番強かったのは初代だからな」

 の疑問に答えるように、リボーンが説明して行く。
 言われた内容に、体が小さく震えるのが分かった。

 何で、そんな能力がにあるの?
 そんなモノ、必要ないのに!

「だから何?そんなモノオレ達には必要ないだろ!」
「ツナ?」

 淡々と説明されたそれを否定するように、声を上げる。
 オレが声を上げた事に驚いて、が名前を呼ぶのが聞こえて来るけど、今は答える余裕なんてない。

「そんな物の為にが傷付くのなら、そんな能力要らないからな!」

 にそんな能力があるとすれば、間違いなくは誰かの為に傷付く事になる。
 今だって、笹川兄の為にその体を犠牲にしたと言うのに


 どうしてばかりが傷付かなきゃいけないの?
 を傷付ける能力なんて、そんなものは必要ない。

「……、何かを感じたら、まずオレに話して……お願いだから、一人で動こうとしないで!」

 もう二度とがオレの前から消えてしまうかもしれない状態になるなんて、耐えられないだろう。
 今だって、が傷付く度に、その恐怖が蘇って来るというのに

「ツナ、ヨシ?」
「お願いだから、これ以上傷付かないで……」

 縋るように、の胸に顔を埋める。


 もう、あんな思いはしたくない。
 血に濡れたの姿なんて、もう二度と……

「絶対なんて、約束は出来ない。でも、何かを感じたら、ちゃんと話すよ。だって、俺一人じゃ何も解決出来ない事も、皆に相談すれば何でもない事だってあるから……だから、心配しないで」


 必死に言ったオレの言葉に返されたのは、優しく頭を撫でる手と、望んだ答えじゃないけど約束の言葉。
 だけど、それはオレの欲しい言葉じゃない。
 は、分かってないんだ、オレが欲しいのはそんな言葉じゃないって事を……

「だから、俺の為に傷付かないで……」

 そっとオレの首に手を回して、ギュッと抱き締められる。
 まるで、オレを護ろうとする様なのその行動に、オレは小さくため息をついた。

「……は、本当に何も分かってない」
「ツナ?」

 分かっている。
 は、自分を大事にするよりも、周りを大事にするのだと

 ポツリと呟いた言葉の意味が分からなかったのだろう、が不思議そうにオレの名前を呼ぶ。

「……何でもない。早く帰って、手当てが先だね。、肘擦りむいてるよ」

 問い掛けるような視線を向けられて、思わず小さく息を吐き出して全く違う事を口にする。

 だって、こんな事を君に言っても、分かって貰えないと知っているから
 分かってもらいたいけど、きっと分かってしまったら、君らしくないとそうちゃんと理解しているから、諦めてしまう方が早い。

「わ〜っ、ツナの制服に血が付いてる!!」
「気にしないでいいよ、制服の一枚や二枚、の方が大事だからね」

 オレの言葉で、慌てたようなの声が響く。

 ほら、もう君はそれ以上考えないだろう。
 慌てているにキッパリと返して、その後も何か言っているを無視してただ家路を急ぐ。



 だったらオレは、君が傷付かないように出来るだけ傍に居て助けてみせる。
 もう、二度とあんな事がないように……