精一杯のスピードで歩くにハラハラしながら、何とか学校まで着いた時には、かなり疲れ切っていた。
 勝手に、心配している自分が悪いかもしれないけど、どうしてそこまで一生懸命になれるのか、オレには分からない。


 オレにとって、だけが大事で、すべてなのだから





 を教室の前まで見送って、自分の教室に入る。

 一瞬ざわついていた教室が静かになり、一斉にクラスメートの視線が集またような気がするが、そんなモノ気にせずにオレは自分の席へと堂々と歩いて持っていた鞄を机の上に置いた。

「よう!ツナ、今日も遅刻じゃねーみたいだな」
「おはよう、山本……まぁ、が頑張って歩いてたからね……多分、大分足を酷使しちゃってると思うよ」

 椅子に座った瞬間、山本が挨拶をしてくるので、それに深々とため息をついて返事を返す。


 本当に、無理だけはして欲しくないのに……


 遅刻したって、大した問題はないと思っているオレとは違って、はヒバリさんに咬み殺されると思ってるから、かなり必死なんだよね。
 そんな事、オレがさせる訳ないのに

「なんだ、またあいつ無茶したのか?」

 オレの疲れきった態度に、予想したのだろう山本が苦笑を零しながら質問してくる。

 が無茶する事に対しての愚痴を山本には何時も言っているから、=無茶をすると言う図式が出来上がってるのかもしれない。
 まぁ、それはあながち間違いじゃないんだけど……

「遅刻するからって、学校までの道のりを必死で歩いてたよ。本当、言ってくれれば学校まで抱き上げて運ぶぐらいわけないのに……」

 思いっきり息を吐き出しながら、考えていた事を口に出せば、山本が楽しそうに笑う。

「まぁ、お前なら苦になるどころか喜んでやっちまいそうだよな。でも、あいつはそう言うの嫌がるんだろ?」

 オレの言葉に良く分かっている山本が、楽しそうに笑いながら聞き返してくる。

「……周りの目なんて、気にしなきゃいいのに……」

 そんな山本に対して、オレはただぐってりと机に懐きながら返事を返した。


 の気持ちも勿論分かるのだ。
 だけど、赤の他人の事なんて気にしなければいいと思うのに……
 そんな事、には無理だって分かってるけどね。

「沢田綱吉は居るか!!」

 もう一度ため息をついた瞬間、バンと派手な音をさせて教室のドアを開いたのは剣道着を来た複数の上級生達で、入ってきて早々人の名前をフルネームで名指ししてくれた。

「おい、ツナ」
「……呼び出しの理由なんて、心当たりないんだけど……」

 そんな上級生の姿に、山本が心配そうな表情で問い掛けてくるけど、本当に呼び出される理由なんて心当たりないんだけど

 中学校に入ってからは、が一緒に居るからって、大人しくしてるんだけどね、オレ。

「沢田綱吉は、居ないのか?!」

 返事をしないオレに対して、もう一度フルネームで名前を呼んでくれる。

 全く、煩くてたまらないんだけど……

 上級生のその言葉に、一斉にクラスメートの視線がオレへと向けられた。
 それが、オレが沢田綱吉であると言う証。
 名乗るつもり、全然なかったんだけど、オレ。

「お前が沢田綱吉か!何故返事をせん!!」
「面倒だからに決まってますけど」

 またため息をついた瞬間、目の前に移動してきた男がイライラしたように声を掛けてくるのに、ただ素直に返事を返す。

「なんだと!」
「で、用件は何ですか?こんなに派手な事をなさってるんですから、それなりの理由なんですよね?」

 バンと人の机を叩いてくれる先輩に、冷たいとも取れる視線を向けて質問をする。
 しっかりと嫌味で質問したオレに、その場にいた全員が殺気立つけど、ヒバリさんに比べれば子供同然だね。

「持田主将が道場でお待ちだ!!」
「持田さんなんて、知りませんけど?」

 殺気だったまま、要点の得ない言葉。

 大体、誰な訳、持田主将って……知らないんだけど……。
 持田という名前が出た瞬間、クラスのメンバーすべてが一人の少女へと視線を向けた。

「ツナ…持田先輩って言ったら、剣道部主将で笹川京子を狙ってるって有名な先輩だぞ」

 何も知らないオレに、こっそりと山本が持田先輩の事を教えてくれる。

「へぇ、そうなんだ…でも、だったら尚更、オレには関係ない相手なんですけど」

 剣道部なんかと関わりはないし、笹川京子の事など昨日話をしたのが初めてだ。
 ニッコリと笑顔まで浮かべて拒否して上げたと言うのに、それでは満足しなかったらしくますます男達が殺気立つ。

「お前になくとも、持田主将にはあるんだよ!」

 何を勝手な事を言っているんだから……

「笹川京子を賭けて、勝負しろと言っているんだ」

 後に居る奴から、何か聞えて来たんだけど……
 何、その笹川京子を賭けて勝負って……

「何でそんな事する必要があるんですか?」

 興味もない相手を賭けて、勝負するつもりはサラサラない。

「何だと!お前、昨日笹川京子に告白されたんだろうが!!」

 冷たく聞き返したオレに、イライラしながら返事を返された。
 一瞬言われた意味が分からなかったんだけど、誰が、誰に告白されたって?

「この学園のアイドルである笹川京子に告白されておいて、何だその態度は!!」
「だから、それは間違いです!告白なんてしてません!!」

 訳の分からない白熱した先輩に対して、誰かの声がそれを否定する。

「何度も言ってるでしょ!私はツナくんに告白したんじゃないって!!」

 再度聞えて来た声に、顔をそちらへと向ければ、笹川京子が不機嫌な顔で先輩達を睨んでいた。
 どうやら、昨日話をしていたのを、告白していたと勘違いされたらしく、その為にクラスメイトが何時も以上に人に視線を向けてきたと言う訳らしい。

 必死で否定する笹川京子に、一瞬教室の中が静かになる。

「そ、そんな事はどうでもいい!男として勝負を受けるか受けないかだ!!」

 いや、滅茶苦茶関係あると思うんだけど……
 笹川を賭けて勝負するのに、肝心のオレは全く興味ないんだから、それはもう勝負としては成り立っていない。

「もしも、お前が勝負を受けないと言うなら、不戦勝となり笹川京子は持田主将のものになるんだぞ!」

 理不尽な先輩の言葉に、笹川京子がむっとした表情になる。
 まぁ、モノ扱いされたんだから、怒るのは当然の事だろう。
 それでも、オレには関係ない事……

「受けてやれ。じゃねーと、弟に女の子を助けずに見捨てた奴だと報告してやるぞ」
「って、何でお前が居るんだよ!!」

 断ろうとした瞬間、下から聞えて来たその事に、思わず視線を向ければ見たくなかった黒ずくめの子供の姿。

「何だ?もしかしてツナの弟か?」

 いや、オレの弟はだけだから!
 子供の姿に、山本が不思議そうに問い掛けてくるのを心の中だけで否定する。

「何勝手な事言ってるんだよ!」
「勝手じゃねーぞ。マフィアたる者、女子供を助けられねーでボスは務まらねーからな」

 リボーンに対して文句を言えば、またしてもマフィアのボスの務めだと説かれた。
 何が、マフィアのボスだ!興味ないって言ってるだろうが!!

「なんだ、ツナは子供と一緒にマフィアごっこか?」
「お前もマフィアになるか?」
「ツナがボスなんだよな?なってもいいぜ」

 って、そこ!何ほのぼのと話してる訳!しかも、あっさりと頷かないでよ、山本!!

「おい!聞いてるのか!!沢田綱吉!!」
「聞えてるぞ、心配ねーぞ、その勝負受けてやる」
「リボーン!何勝手に返事してるんだよ!!」
「なら、さっさと道場に来い!」

 リボーンの返事に満足したのだろう先輩達が、人の腕を掴んで無理矢理立たせるとその返事を返した相手に文句を言っているオレを引き摺るように教室から出て行く。

「言っただろうが、女を助けずに見捨てた奴だと弟に言われたくなければ、素直に勝負を受けろ」

 文句を言ったオレに対して、リボーンがまた初めに言った言葉を繰り返す。
 確かに、女の子を助けなかったオレの事を知ったら、は悲しむだろう。
 勿論、オレを責める事はしないと分かっているけど、笹川が可哀想だと泣く。
 オレは、を泣かせたくは、ない。

「………分かったよ。この勝負、受けてあげます」

 諦めたように盛大に息を吐き出して、人の手を掴んでいる先輩の手を払いのけて自分の足でしっかりと歩く。

 面倒な事になったと、もう一度ため息をついた。

「お前、ツナを動かすの上手いのな」
「当たり前だぞ、オレはあいつの家庭教師だからな」

 後ろから聞こえて来る会話に、再度ため息をつく。
 本当に、面倒な相手が来たものだ。

「ツナくん!変な事に巻き込んじゃってごめんね」
「……君の所為じゃないよ。バカな先輩が全部悪いんだよ」

 本当に、迷惑な先輩も居たもんだよね。
 この学校の先輩って碌なのが居ないんだけど……ヒバリさんとかヒバリさん、とかね……。

「おい!あの沢田が持田先輩の勝負を受けるってよ!!」
「笹川京子を巡っての三角関係!おい、見に行こうぜ!!」
「いく!いく!!」

 後から勝手な声が聞えてくるのを聞きながら、再度盛大なため息をついた。

 本当に、人事だと思って、お祭り気分なんて……
 ヒバリさんじゃないけど、咬み殺したくなる気持ちが今初めて理解出来たんだけど……






「待たせ過ぎだぞ、沢田綱吉!!」

 道場で待ち構えていた持田先輩と言うのが、本当にバカで偉そうな奴だった。
 自分は何もせずにただ待ってるだけだと言うのが、気に入らない。

「で、勝負するんですよね?どんな勝負ですか」

 待たせ過ぎだと文句を言う先輩の言葉を完全無視して、質問をする。

 どうせ、自分が得意としているもので勝負を挑んでくる事は分かりきっているけど


 謝罪もしない俺に、先輩の眉がピクリと反応する。
 まぁ、怒らせるように態とそんな態度をとっているんだけどね。

「剣道初心者である貴様でも分かりやすいように、10分間に一本でもオレからとれば貴様の勝ち!出来なければオレの勝ちとする!」

 反応は見せたけど、大人気ない事だと怒鳴らなかったのは、まぁ良しとしよう。
 でも、その勝負の内容、本気でオレ相手にやるつもり?確かに、剣道は初心者かも知れないけど、誰もやった事がないなんて一言も言ってないんだけどね。

「商品はもちろん、笹川京子だ!!!」

 もう既に、勝ち誇ったように先輩が竹刀で笹川京子を指す。

 ああ、本当にバカな先輩だね。
 商品扱いされて、女の子が喜ぶ訳ないだろうに…
 それを証拠に、笹川がむっとした表情になって、後から殴りかからん勢いを見せている。
 友達に、止められているようだけど……


 決まったと言わんばかりに、満足そうな表情をしてなにやらブツブツと呟いている先輩はそんな事に気付く筈もない。

「沢田綱吉、お前の為に竹刀と防具は準備してやったからな!」

 言われて後を振り向けば、2人係りで運ばれてくる防具と竹刀。
 その顔から見ても、間違いなく手を加えているのは明らかだ。

「お気遣い有難うございます。では、竹刀だけ、お借りしますよ」

 二人係で、持ってくる竹刀の柄を片手で掴んで持ち上げる。
 このぐらいの重さなら、問題なく持てる範囲だ。

「では、さっさと終わらせてしまいましょうか、先輩」

 ウエイトの仕込まれた竹刀を一人で軽々と持ち上げ構えれば、明らかに先輩の顔色が悪くなった。
 これぐらいの重さ、持てないでどうするんだ。

「ちょ、ちょっと待って!!」

 竹刀を構えたオレに、先輩が焦って待ったを掛けて来るが、聞く耳は持たない。

「待つ気はありませんよ。言いましたから、さっさと終わらせましょう、と」

 一歩踏み出して、物怖じしている先輩のがら空きになっている胴を狙って竹刀を振るう。
 ズバンっと小気味良い音がして、綺麗に一本決まった。
 勿論先輩は、ウエイトの仕込まれた竹刀で手加減なく一本入れられたので、数メートル後に吹き飛ばされて、そのまま気を失ってしまう。

「綺麗に胴が決まったんだけど、判定は?」

 場内がシーンと静まり返っている中、オレは反応を示さない審判に質問。

 もっとも、先輩の息が掛かっているだろうから、素直に旗を上げるとは思っていない。
 だが、相手が気絶した場合、試合続行は不可能だ。

「あ、赤!!」

 オレの質問に、審判が意外にすんなりと赤旗を上げた。
 審判が赤旗を上げた瞬間、ワッと場内が賑やかになる。

「勝負を仕掛けるなら、相手の事は調べた方がいいですよ、先輩……もっとも、聞えないでしょうけどね」

 気絶している先輩に忠告を一つして、オレは持っていた竹刀を投げ捨てた。
 竹刀が床に落ちた瞬間ドシンと言う音がして、床に凹みが出来たけど気にしない。

「お、おい、あの音……それに、床が凹んでるぞ!」

 その音と状態に気付いた見学人の生徒の声が聞えてくるけど、それも無視して盛大なため息一つ。
 本当に、面倒な事に巻き込まれたものだ。

「流石だな、ツナ」
「山本」

 もう興味もないと言うように振り返ったオレに、一番に話し掛けて来たのは山本。

「剣道やってたのか?」
「ううん、経験があるだけの初心者だよ」

 そして、不思議そうに問い掛けられたそれに、素直に答える。
 本当に、剣道は一度や二度ならやった事あるが、ド素人と言い切ってもいい。

「の、割には、綺麗な構えだったな」
「有難う。まぁ、構えぐらいは、ね」
「ツナくん!」

 感心したように言われた山本の言葉に、素直に礼を言って苦笑を零す。
 まぁ、見よう見真似で何とかなったと言うのが正直なところだ。

「笹川さん」
「京子でいいよ、ツナくん」

 そんな風に二人で話している中、笹川京子が走り寄って来た。

 まぁ、原因は彼女だけど、彼女の所為と言う訳じゃないので、ここは心を広く持つ事にしよう。
 苗字で呼んだオレに、笹川さんは昨日と同じように名前で呼ぶようにと返してくる。
 そんな彼女に、オレは思わず苦笑を零した。

「そう言われてたね……で、何?」
「ツナくんってすごいんだね。やっぱりただ者じゃないって感じ!」
「そうかな?普通だと思うんだけど……」
「ううん、そんな事ないよ!でも、本当にごめんね、こんな事に巻き込んじゃって……」

 苦笑を零して、その言葉に同意して更に聞き返したオレに、無邪気な笑顔で笹川さんがキラキラした瞳で返してくる。
 そして、申し訳なさ気に謝罪してくる彼女に、オレはもう一度困ったような笑みを浮かべた。

 悪い子じゃないのは分かるんだけど、なんて言うか天然な子だ、この子……。

「先も言ったけど、君の所為じゃないよ。全部あそこでノビてる先輩の所為だからね」
「有難う、ツナくん」

 オレの言葉に笹川さんが、素直にお礼を言って笑顔を見せた。
 その笑顔は、確かに人気が出るのが分かるくらい可愛かったけれど、オレには何の魅力も感じる事は出来ない。

 だって、オレが好きなのは、だけなのだから……。


 そう言えば、のクラスの奴もここに見に来てたみたいなんだけど、は居なかったよなぁ……教室に居るんだろうか?