あれから、母さんの夕飯の準備が終わるまで子供から下らない話を聞かされ続けた。
マフィアのすべてとか言う本を見せられた時には、マジで破り捨てようかと思ったんだけど……
オレは、子供の話を複雑な表情で見ているだけが心配だった。
だって、こんな話、には知って欲しくなかったんだから
の部屋の前に立ち、小さく息を吐き出す。
何時ものように起こしに来たのはいいんだけど、部屋に入るのが躊躇われた。
「おはよう、」
小さく控えめなノックをして、ゆっくりと扉を開き部屋の中に入る。
オレが部屋の中に入ったら、コクリとが頷いて返してきた。
オレが起こす前に既には起きていて、ベッドに座った状態、それが何を意味しているのか分かるだけに複雑な表情になってしまう。
やっぱり、あんな話をに聞かせるべきじゃなかったんだ。
「もしかして、寝てない?」
ボンヤリとした表情でベッドに座っているに、出来るだけ明るい声で質問しながら何時ものようにカーテンを開く。
そうすれば、薄暗い部屋を外の光が明るくしてくれる。
はその光に一瞬顔を顰めるけど、直ぐに慣れたのか、俯いて膝を抱えその膝に顔を埋めた。
「……眠れなかった……」
そして、聞えるか聞えないほどの小さな声で、ポツリと呟かれたその言葉に、オレの表情が険しくなる。
優しすぎるだからこそ、あんな話を聞かせるべきじゃなかったのだ。
「……だから、には言いたくなかったんだけどね……」
頼りない子供のようなの姿に、オレは困ったような表情で思わず返してしまう。
もう、遅いと分かっていても、すべてをなかった事にしてしまいたいと望む事はいけない事なのだろうか?
不安気な瞳がゆっくりと俺を見詰めてくるのに、オレはただ笑って返した。
少しでも、の不安が消えるように……
「言ったよね。オレ達には関係ないよ……ボンゴレなんて、ね。まぁ、ちょっとだけ正妻には惹かれちゃったんだけど……今のままじゃ、どんなに引っ繰り返っても無理な事だから」
「ツナ?」
関係ないと言いながらも、子供の言葉は本当にオレにとっては魅力的なものだった事は否定出来ない。
どんなに望んでも、今のままではを手に入れる事なんて出来る筈もないのだ。
多分、小さく呟いたオレの言葉が聞き取れなかったのだろう、不思議そうにが俺の名前を呼ぶのに、そっと息を吐き出す。
「何でもないよ。もし、オレが10代目になったとしても、を危険に晒す事は絶対にしないからね」
「ツナ!」
不安気に見詰めて来るに、オレはニッコリと笑顔で返した。
そんなオレの言葉に、が怒ったように名前を呼んでくる。
だけど、それがオレの本心。
そして、あの子供が望んでいる事なのだ。
このままいけば、を危険に晒す事だけは避けられる。
勿論、それも絶対にとは言えないけれど……
「俺の事は心配しないで大丈夫だよ。自分に降りかかって来る火の粉ぐらいちゃんと避けられるからね」
俺の名前を呼んでジッと見詰めてくるに、オレは安心させるように笑顔を返しながら口を開く。
そう、自分だけに掛かる火の粉なら、幾らでも対処出来る。
自分には、それだけの力がある事も分かっているから……
だけどそれが、どれだけマフィア相手に通用するかなんて、分からないのだ。
簡単に、負ける気はしないけどね。
「心配する事はねーぞ。こいつは、オレがみっちりと修行してやるかんな」
「リボーン!」
フッと息を吐き出した瞬間、聞えて来たその声に意識をそちらへと向ける。
が、その声の主の名前を呼ぶのが聞えて、思わず眉間に皺が寄るのが分かった。
「ちゃおっス」
何時の間に入ってきたのか、の椅子に座って挨拶してくる子供の姿に殺意が湧いてくる。
昨日の夜、の部屋には入るなと言った言葉は完全に無視のようだ。
「リボーン!勝手にの部屋には入るなって言っただろう!」
人の言う事など全く聞かない子供に、オレは声を荒げて文句を言う。
お前、絶対人の言う事聞いてなかっただろう!!
「うるせーぞ!それはオレが決める事だ。そんな事よりも、時間は大丈夫なのか?」
オレのその言葉に、子供は自分勝手な言葉を返してから呆れたように言われたそれに、オレは無意識に壁に掛けられている時計へと視線を向けた。
勿論、オレはと違ってちゃんと時間は気にしていたけど……
今日は、ここに来たのも何時もより遅かったから、もう出なければ、の足では間に合わなくなる時間。
でも、オレとしては、今日は遅刻してもいいかと思っていたので、何も言わない。
「って、まだ全然大丈夫な時間だけど?」
リボーンに言われて、が枕元に置いてある時計を確認して、安心したように息を吐く。
どうやら、全く気付いていないらしいのその様子に、オレは思わず苦笑を零してしまった。
本当、変な所で抜けてるよね、って
「何いってやがる、その時計止まってるぞ」
安心しているに、リボーンが呆れたように口を開く。
その言葉に、一瞬の視線が壁にある時計へと向けられる。
ジッと時間を見て、サーッとの顔色が悪くなったのが見ていて良く分かった。
「うきゃ〜!!何で、俺今日は寝てないのに!!」
「!落ち着いて!!まだ大丈夫だから」
リボーンの言葉で、ベッドから飛び降りたに、慌てて声を掛ける。
そんなに急いだら、足に負担が掛かるのに!!
それを証拠に、ベッドから下りた時に一瞬が痛みに顔を顰めたのが分かった。
なのに、それを無視しては、パジャマを脱ぎ始める。
「!」
リボーンも居ると言うのに、全く気にした様子もなくパジャマを脱ぐに、オレは驚いて名前を呼んだ。
なんで、そこで平気に服を脱げる訳!!
オレに名前を呼ばれて、がキョトンとした表情でその動きを止めた。
「それが、事故の傷か……確かにひでーな」
そんな中聞えて来たのは、リボーンの声。
ズボンも脱いでしまっているの足には、生々しい傷跡が刻まれている。
死体を見慣れているリボーンでさえも、その傷跡は酷いものなのだと改めて思い知らされた。
「……俺は後悔なんてしてないから……」
だけど、リボーンのその呟きには何処か誇らし気に口を動かす。
何を言ったのかは、分からなかったけど、その表情は満足そうなそれで
それは、あの病院で目を覚ました時に見せた顔と同じ……
オレが無事だったと分かった時に、は本当に嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
その笑顔を見せられた時から、オレは……
「名誉の負傷ってとこだな……」
「リボーン?」
が何を言ったのか分からないけど、それに合わせて、リボーンがボソリと何かを言った。
それを聞き逃して、オレはリボーンの名前を呼ぶ。
「早くしねーと遅刻するんじゃねーのか?」
名前を呼んだオレに、リボーンがフッと笑みを浮かべて壁の時計を指差す。
まぁ、確かに遅刻するだろうけど、そんな事は自分にとって大した問題じゃない。
だけど、それを言われたが慌ててその動きを再開した。
「うきゃ〜!!遅刻する!!!!」
「!だから落ち着いて!走っちゃダメだからね!!」
急いで制服を着て、机の上に置いてある学生鞄を手に持つと部屋から飛び出して行きそうな勢いのを慌てて追い掛ける。
本気で、今にも走り出しそうな勢いだから、見ていてハラハラしてしまう。
部屋から飛び出したは、そのまま荷物を食事テーブルの椅子に置いて洗面所に移動していく。
そんなを母さんが苦笑を零しながら見ているのは、何時もの朝の風景。
「あらあら、今日も寝坊しちゃったのね」
何て言う母さんの言葉に、オレはただ苦笑を零す。
本当は違うけど、それを母さんに話す事なんて出来ない。
この人の事だから、全く気にするとは思わないし、逆に『凄いわね』で済まされそうで怖いんだけど……
「ツっくん、朝御飯は?」
が戻ってくるまでそう時間は掛からないだろう。
オレ自身、今日はまだ朝御飯を食べていない。
「うん、今日はいいよ……」
食べる気がしなくって、折角準備してくれてるから申し訳なかったんだけど、母さんの言葉に首を振って返す。
「そう、ちゃんも戻ってきたみたいね」
素直に返事したオレに、それ以上何も追及してこない母さんにホッとしながら、聞えて来た足音に思わず苦笑を零してしまった。
あんなに足を酷使したら、また病院行かなきゃいけなくなるのに……
多分、そんな事言っても聞かないだろう。
椅子に置いてあった鞄を持つと、はそのまま玄関へと向っていく。
オレも、その後を慌てて追い掛けた。
「いってきます!」
元気良くウチを出て行くのその声に、母さんの『いってらっしゃい、気を付けるのよ』と言う声が聞こえてきたけど、きっと今のには聞えてないだろう。
必死に歩いているを、オレはただ心配で見詰める事しか出来なかった。
言ってくれれば、学校まで抱えて運んで上げられるのに……