あれからどうやって教室に戻ったのか全然覚えていない。
気が付いたら、授業が全部終わっていた。
俺は、教室から人が居なくなるのを何もする気にはなれず、ただぼんやりと見詰める。
幾人かが声を掛けてきたけど、なんて返事を返したか正直言って覚えていない。
ああ、でもここにずっと居る訳にはいかないんだよね、家に帰らなきゃ……家に……
でも、家に帰ったら、当然ツナが居る訳で、俺、今、ツナの顔見たら泣き出しちゃうかもしれない。
どうしてこんなに悲しいんだろう……本当なら、喜ばなきゃいけないのに……大好きな兄が、好きな人と両想いだって、分かったんだから………
そう考えた瞬間、ポロリと頬を冷たいモノが流れていくのが分かる。
ああ、良かった。
教室に誰も居なくて……
何で泣いているのかを聞かれても、俺は何も答えられなかっただろう。
そう言えば、前にも同じような事があったっけ……
あの時は、委員長さんが俺を慰めてくれた……ああ、それさえも、ツナに迷惑を掛けてたんだよね。
委員長の事好きなら、俺に委員長さん取られちゃうみたいで、嫌だったんだろうな……だから、あんなに怒ってたんだ、ツナ……俺、やっぱり鈍くって、ツナに迷惑しか掛けられないのかな?
そう考えれば、幾つも思い当たる事が沢山ある。
あれも全部、そう考えれば納得出来なくもない。
なら、俺に出来る事は
「二人の邪魔をしない事だけだよね……」
ツナに迷惑を掛けないように、がんばらないと!
だって、ツナは優しいから、行き成り俺を放り出す事なんて出来ない。
俺が心配掛けないようにすれば、安心して委員長さんと一緒に居られるよね?
「ああ、やっぱり」
そう決意した瞬間、ガラリと教室のドアが開き、誰かの声が聞こえてきた。
「まだ居たのか?」
「山本?」
その声に視線を向ければ、ユニフォーム姿の山本の姿。
「部活は?」
「今終わった。んで、教室に見知った姿が見えたからな。どうしたんだ?」
言われて時計に視線を向ければ、結構な時間が過ぎている。
ぼんやりとしていたから気付けなかったけど、こんな時間なら部活が終わるのも当然だ。
「えっと、ちょっとボーっとしてたみたい……」
「大丈夫かよ?ツナの奴が心配するぜ」
心配そうに質問してくれた山本に正直に言えば、更に心配を掛けてしまったのかまたしても質問される。
そして出されたその名前に、ピクリと小さく肩が震えてしまったのが自分でも良く分かった。
山本の言うように、帰りが遅い俺の事をツナはきっと心配しているだろう。
「うん、そう、だね……」
それは分かっているのに、俺が返せた返事は途切れ途切れの情けないものだった。
そして、そんな自分を見られたくなくって、視線を山本から逸らして俯く事が精一杯の行動で
ああ、こんな事したら、何かあったんだと直ぐにばれてしまうのに……
「なぁ、今日、なんか予定あるか?」
気まずくって何も言えなくなった俺に、山本が話題を変えるように質問してくる。
「えっ?別に、何もないけど……」
どうしてそんな質問されたのか分からなくって、思わず顔を上げて山本を見れば、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「んじゃ、今からオレん家来ねぇか?夕飯もご馳走すんぜ」
そして続けて言われた言葉に、一瞬何を言われたのかが分からなくって、ポカンと山本を見上げてしまう。
だけど、言われたそれを理解した瞬間、俺は慌ててしまった。
「いや、そんな急に……俺も、家に何も言ってきてないし……」
「大丈夫だって!」
って、何でそこで携帯を取り出しているの?
言うが早いか、山本は多分自分の家に連絡をしたのだろう、俺を連れて行くことを手短に説明している声が聞こえてきた。
いや、だから、俺は行くなんて一言も言ってないんですけど……
帰らなきゃ、ツナが心配してる……ツナが……でも、今は会いたく、ない……
「ほら、も家に連絡入れとけよ。オレはその間に着替えてくるぜ」
そう言い残すと、山本は教室から出て行ってしまう。
それに声を掛ける事も出来ずに、俺はただ黙って見送ってしまった。
家に連絡……そっと携帯を取り出して、じっとそれを見詰めてから、意を決して電話を掛ける。
もしかしたら、電話にツナが出るかもしれない恐怖はあったけれど、有難い事に電話に出たのは母さんだった。
母さんに事情を説明すれば、あっさりと承諾を貰えて、ホッとする。
安心したところで、漸く理解出来た。
多分山本は、俺がツナの名前に反応したから、家に誘ってくれたのだろう。
何時もは鈍いのに、こう言う所では本当に鋭いよね、山本って……
そんな山本の気遣いに、ちょっとだけ笑ってしまう。
ああ、俺、ちゃんと笑えてる?
「悪い、待たせちまったか?」
「ううん、そんな事ないよ」
慌てて着替えて来たのだろう、ちょっとだけ肩で息をしながら教室に戻ってきた山本に、返事を返して俺も漸く椅子から立ち上がる事が出来た。
動きたくないって思っていたのに、こんなにも簡単に動く事が出来たのは、山本のお陰。
少しだけど、心が軽くなったように思える自分に、ホッと息を吐き出した。