何時ものように体育は見学、サッカーをしているクラスメートを見ながら、思わずため息をついてしまうのは仕方ないだろう。
 元々運動は得意ではなかったので、体育をしなくていいのは嬉しいんだけど、楽しそうにサッカーをしているクラスメートの姿を見ていると、やっぱり羨ましいと思ってしまうのだ。

「あっ!」

 ぼんやりと見ていると、声が聞こえてきてその声に視線を向ければ、ボールが勢い良く飛んでいくのが目に入った。
 その声から考えると、ボールを誤って蹴ってしまったのだろう。

「何やってんだよ」

 ボールを取られなかった生徒が、呆れたように文句を言う声が聞こえてくる。
 文句を言われた生徒は慌ててボールを取りに行こうとしているのに気付いて、俺は立ち上がってその生徒に声を掛けた。

「ボールは、俺が捜してくるよ」

 俺が声を掛けると、慌ててコートから飛び出して行こうとしていたその足を止めて、男子生徒が俺を見てくる。

「いいのか?沢田」
「うん、どうせ俺は見学だけだから、暇だしね。他のボールで試合を続けてて」

 心配そうに質問してくる内容に、俺は頷いて返した。
 だって、本当に暇なんだよね、だから、ちょっとでもやることが出来るのは嬉しい。

「サンキューな、沢田」

 俺の言葉に、お礼の言葉を言ってからクラスメートの男子がまたコートへと戻って行く。
 それを確認してから、俺はボールが飛んで行った方へとゆっくりとした足取りで歩き始める。

「えっと、確かこっちの方……あれ?」
兄のランキング、優しさ、5万4千103人中3位、鈍感度、10万8千709人中2位、守ってあげたくなる人、8万6千202人中堂々の1位」

 校庭から少し離れた場所で、ボールを見つけてそれに近付こうとした瞬間、フワリと目の前でそのボールが浮かび上がった。
 そして目に付いたのは、小学生ぐらいの男の子、どこか遠い目をしていて、ぶつぶつと呟かれているのは、一体何の事なんだろう?

「うん、相変わらずの高順位だね、早速書いとかなきゃ」

 ボールや近くの小石がフワフワと浮かんでいたのが、一気に重力を取り戻した瞬間、子供がゴソゴソと何かを探し出す。

 あれ?今、色々な物が浮かんで見えたのは、気の所為だよね?

 俺が疑問に思っているのを他所に、子供が明らかに物理的におかしな本を一冊懐から取り出した。

 えっ?!なんで、あんな大きな物が出てくるの?!
 明らかに隠せないぐらいの大きさだよね?!
 一体、何処から出して来たの?!

 子供は取り出した本を地面に置くと、何かを書き始めている。
 一体目の前で何が起こっているのか理解出来ていない俺は、ただ呆然とそんな子供の行動を見守る事しか出来なかった。

兄と一緒に、今度はツナ兄のランキングも取りたいなぁ」
「えっ?」

 だけど、何かを書きながら言われたその内容に、思わず驚いて声を出してしまう。
 その声に気付いた子供が、俺の方に視線を向けてくきた。

「ああ!!」

 そして俺を見た瞬間、嬉しそうに声を上げる。

「わーい!会えた、会えた!!授業中だったから、遠慮してたんだよ、ぼく」

 そのまま近付いて来て、手を握られた。
 会えた事を嬉しそうに言われてるんだけど、俺、この子と会った事があるのかなぁ?

「えっと、だ、誰だっけ?」

 俺が忘れているだけで、実は知っている子だったらどうしようと思いながら、恐る恐る質問してみる。

 この子は、俺やツナの事を知っているみたいだけど、俺は、記憶にないんだよね。
 自分の記憶力の無さは、自覚しているので、忘れてしまっているんだったら、本当に申し訳ない。

「か…勝手に兄って呼ばせてもらってるよ!これからもそう呼んでもいい?」

 俺の質問には答えないで、目の前の子供に逆に質問されてしまう。

「えっ、あの……」

 それになんと返して良いのか分からず、俺は困惑して言葉に困る。

 呼ばれるのは、別にいいんだけど、この子は一体誰なんだろう?

 返答に困っていた俺に、目の前の子がビクリと肩を震わせ、怯えたような表情を見せる。

「あっ!」

 そして、小さく驚きの声を上げた事に、不思議に思って聞き返そうとした瞬間、慌てたようにその子が走り去ってしまった。
 律儀に『さいなら』と言う言葉を残して、あの大きな本をまた服の中に入れながら

「ちょっと……」

 それに驚いて呼び止めようとした瞬間、子供が走っていった反対側からスーツを着た人達が突然姿を現して、子供が走って行った方へとその後を追うように走り去ってしまう。

「一体、何が起こったんだろう?」

 突然目の前で起こった事に付いて行けずに、呆然としてしまったのは、許して欲しい。
 その後、俺が気付いたのは、授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いた時だった。





 何時ものように校門で待っていたツナと一緒に帰って居る時に、体育の時間にあった事をツナに話したら、すごく複雑な顔をされてしまう。

「それで、は大丈夫だったの?!」

 それから思い出したように、心配されてしまった。
 でも、俺的には、何かがあった訳ではないので、大丈夫かと心配されるような事はないと思うんだけど

「……俺は、大丈夫だけど、あの子誰だったんだろう」

 なんだかとっても懐いてくれていたんだけど、俺にはあの子が誰かも分からなかったんだよね。
 『兄』とか呼んでくれたのに、俺はあの子の事を知らないと言うのは、申し訳ない。

「どうせ、またあの偽赤ん坊関連だと思うから、が気にする事じゃないよ」
「…うん……」

 俺は本当に何とも無かったんだけど、あの子の事が気になって、ポツリと呟いた俺の言葉にツナがため息をつきながら返してくる。
 それに、俺はただ力無く頷く事しか出来なかった。

 でも、俺初めて『兄』とか呼ばれて、ちょっとだけ嬉しかったんだけど
 だからこそ、もう一度あの子に会いたいなぁと思っている事は、ツナには内緒。
 言ったら、なんだか叱られそうだもんなぁ。

 そんな事を考えながら、家への道をポテポテと歩いていたら何時の間にか家に着いていたらしく、俺はぼんやりし過ぎて、ウチを通り過ぎそうになったのを慌ててツナに引き止められたのは、何ともお間抜けな話だ。

「ただいま」

 そんな間抜けは置いといて、寒かった外から家の中に入ってホッと息をつく。

「帰ってきたな」

 その瞬間、聞こえてきた声に視線を向けて、ギクリとしてしまう。

「……それは、冬の子分か?」

 階段から降りてきていたリボーンの顔には、幼虫が一杯で、少し気持ち悪い。
 それを見て、ツナが呆れたように質問する。

「そうだぞ。もっとも幼虫じゃ情報収集はできねーけどな」

 ツナの質問に返事を返してくるリボーンに、何とも言えない表情をしてしまうのは止められない。

「役に立たないなら、返して来いよ!」

 そして突っ込んでいるのを隣で聞いて、思わず苦笑を零す。
 もしかして、リボーンは俺が驚くのを見るのが楽しいのかもしれない。

「そんなことより、客が来てるぞ」
「客?」

 だけど、ツナの突込みを無視して、言われた内容に俺とツナの声が綺麗にハモってしまった。

 獄寺くんは、用事があるからと今日は先に帰ってしまったとツナから聞いている。
 山本も、部活があるから来る事はないだろう。
 その前に、来るのなら、一緒に帰っていたと思うので、客と言われても、誰が来ているのか想像も出来なかったのだ。

「ツナの部屋に案内してるぞ」
「って事は、ツナへのお客様?」
「ちげーぞ、お前ら二人だぞ」

 続けて言われたその言葉に、聞き返した俺へリボーンがあっさりと返してくれる。
 その言葉に、俺とツナは同時に顔を見合わせてしまった。

 ツナも相手に覚えが無いのか、珍しくも不思議そうな顔をしている。
 取り合えず、何時ものようにツナに抱え上げられた状態で、ツナの部屋へと向かった。
 そして、ツナの部屋に入ると、そこに座っていたのは学校で会ったあの男の子。

「おかえり、ツナ兄、兄」

 部屋に入った瞬間、にこやかに、俺達へと挨拶をしてくれた。

「誰?」

 それに、ツナが警戒するように相手を睨み付ける。

「ツ、ツナ、相手は子供なんだから、そんなに警戒する事無いと思うんだけど……それに、この子は、俺がさっき話をした男の子だよ」
「子供だからって、油断しちゃダメだよ!さっきの話って、それこそ怪しいから!!」

 今にも殺気を向けそうなツナに、慌ててそれを遮れば、余計に警戒されてしまった。

 確かに、スーツを着た男の人達に追い掛けられていたのだから、普通に考えれば何かあると思うのは当然。
 だけど、この子自身が危険だとは思えないんだけど

兄、さっきは突然逃げちゃってごめんなさい。でもマフィアに追われてたんだ」
「マフィア?!」

 どうしたものかと考えていた俺に、男の子が謝罪してくる。
 だけど、言われた内容に思わず驚きの声を上げてしまった。
 だって、こんな小さい子がマフィアに追われているなんて

「どう考えても、胡散臭いんだけど」

 確かに、どう考えても可笑しいと思う。

「おねがいです。ボンゴレ10代目ツナ兄!!」

 ますます警戒してしまったツナに向かって、男の子が頭を下げる。

「僕をかくまってください!!」
「何でオレがそんな事頼まれないといけないの?」

 必死でお願いしてくる男の子の言葉を、ツナがばっさりと切り捨てた。

「ツナ!」
「そんな面倒はごめんだね」

 そんなツナに、俺は咎めるようにその名前を呼ぶが、ツナは考えを改める気はないようだ。

兄ぃ」

 どうすればいいのかを考えようとしていた俺に、その子がまるで捨てられた子犬のような目で見詰めてくる。

 うっ、そ、そんな目で見られたら、流石に俺は無視するなんて出来ないんだけど
 でも、俺にはこの子を守る事なんて出来る訳ない。

「ツナ」

 だから思わず、助けを求めるようにツナを見てしまう。

「………分かった。分かったから、そんな顔で見るのはやめて」
「ほぇ?」

 じっとツナを見ていたら、なぜか知らないけど盛大なため息をついて分からない事を言われた。
 でも、頷いてくれたって事は、この子の事を助けてくれるって事?

「ツナ?」
「その子を助ければ、いいんでしょ?」

 確認するように名前を呼べば、もう一度ため息をついて逆に問い掛けるようにに言われたその言葉に、パッと顔を輝かせて力強く頷く。

 うん、やっぱり何だかんだ言っても、ツナは優しいから、無視する事なんて出来ないんだよね。

「お前、わざとダメに助けを求めやがったな」
「うん、だってね、ツナ兄は、兄のお願いは絶対に無視できないってランキングに出てたんだ」

 少し離れた場所で、リボーンとその子がそんな会話をしていたなんて、当然俺は知らなかったんだけどね。

「でも、どうしてこんな子がマフィアに狙われているの?」

 そんな会話をしていたなんて知らなかった俺は、素直に疑問に思った事を質問する。
 だって、こんな子供を狙う理由が分からなかったから

「こいつは、ランキングをつくらせたら右に出るものがいないというランキングフゥ太っていう情報屋だ。フゥ太が作るランキングの的中率は100%だからな」

 俺の質問に対して、リボーンが淡々とした口調で、彼の事を説明してくれた。

 えっと、ランキングフゥ太って言う名前で、情報屋なんだ……って、こんなに小さい子が?!
 でも、ランボくんもあの年で殺し屋だとか言っちゃってるし……リボーンだって……深く考えちゃいけないのかなぁ?

「えっと、それじゃ、マフィアに追われてるのは……」
「はい、この本です」

 必死に自分に言い聞かせて問い掛ければ、またあの大きな本が取り出される。

 本気で、どこから出してるいのか分からないんだけど……
 取り出された本に複雑な表情をしてしまうのは、その本の大きさがあまりにも物理的に可笑しいから

「なら、さっさと片付けてくるよ」
「ツナ?」

 そんな事を考えていた俺の隣に居たツナが、窓の外を確認してから面倒臭そうにドアへと向かっていく。
 突然のツナの行動に、思わずその名前を呼んでしまった。

 でも、窓の外を見てツナの行動に納得する。
 家のすぐ前の道に学校でも見たスーツを着た男達が、辺りを見回している姿があった。

は、その子と一緒にここに居ること」

 それを確認した俺に、ツナがしっかりと釘を刺すことは忘れない。
 確かに、俺が出て行ったら、足手まといになるのは分かり切っている。

 言われた事に、俺は素直に頷いて返した。

 それに満足そうな表情をして、ツナが部屋から出て行く。
 ツナが家から出て行くのを部屋から見つめていれば、何故かそこに現れたのは恭弥さんで、二人揃ってそこにいたマフィアの人達はあっさりと撃退されてしまう。

 最強タッグなのだから当然といえば当然だけど、容赦のよの字も感じられない二人の攻撃を受けたマフィアの人達は、正直言って不幸以外の何者でもないかもしれない。

「わぁ!流石並盛中喧嘩ランキング1位と2位だね、あっと言う間に片付けちゃったや」

 フゥ太くんはフゥ太くんで、そんなツナと恭弥さんを喜んで見ているし……
 最近の子供は、凄いんだなぁとしか思えなかった。

 そしてその日からまた家に新しい同居人が増えた事は、もう仕方ない事なのかなぁ?
 俺の所為なのかもしれないけど、こればっかりは、不可抗力だと思いたい。