体育祭の季節。

 俺には関係ないと言えば関係ないかもしれないけど、周りは否応無しでも賑やかになる訳で
 準備期間に入れば、それはまた格別で学校全体が体育祭一色となってしまう。


 並盛中では縦割りの、A・B・C組と分けられてチームを作るらしい。
 この3組での対抗戦で、白熱したモノになる。
 特に、最後の競技となっている“棒倒し”は、総大将が棒のてっぺんに登り、相手の総大将を地面に落としたチームが勝ちという、何とも危険なモノがこの体育祭の華なのだと、C組の総大将らしい3年生が今教壇で熱く説明している。

 目の前の3年生は、相撲部の主将らしくって、すっごく何ていうか体格がいいんだけど……
 この人が棒の上に乗るって言うんだから、ちょっと支える方は大変だと思う。

 俺は、参加できないから、大変そうだなぁと他人事状態で聞いていた。

「沢田!」

 ボンヤリと話を聞いていれば、何か聞き覚えのある名前が呼ばれたんだけど、気の所為?

「沢田、居ないのか?」

 聞き違いかなぁと首を傾げていれば、再度名前を呼ばれた。

「はい!」

 何故名指しで呼ばれるのか分からなかったけど、再度呼ばれて慌てて椅子から立ち上がり返事を返す。

「お前は、競技全て欠席だと聞く。だが、お前にもしっかりと応援をしてもらうぞ。当日は、専用の衣装で応援するように」
「せ、専用の衣装ですか?」
「そうだ。競技を休むからと言っても、参加はしてもらうからな」

 立ち上がった俺に、3年の先輩が説明するように口を開く。

 確かに、俺は競技には出られない。
 応援するのは全然問題ないんですけど、えっと、専用の衣装って、何ですか?

 釘を刺すように言われたそれに、訳が分からないけど、取り合えず頷いて返す。


 えっと、変な衣装じゃない事だけを祈ってます……

 応援団って言うと、大抵学ランだよね?
 学ランを着ると、風紀委員から色々と言われちゃいそうなんだけど……

 3年生を中心に、明日となった体育祭の対策が練られていく。
 折角決めていた競技への出場も、体力テストの結果でどんどん変更になっていってるんだけど

 反論しようにも、1年である自分達にはそれすらも許されないという事だろう。

 他のクラスも、皆こんな感じなんだろうか?

 並盛中学校の体育祭をちょっとだけ怖いモノだと思ってしまった。









「ツナが、A組の総大将?」

 学校中が明日の体育祭で盛り上がっている状態で、なんだか一人取り残された状態で家に帰ったら、母さんが嬉しそうに報告してくれた事に驚いて聞き返す。

「そうなのよ!リボーンくんの話では、抜擢されたらしいの!今は、学校のお友達と一緒に競技の練習に行てるのよ」

 るんるんと楽しそうに話してくれる母さんには悪いんだけど、俺には『そうなんだ』と簡単に返す事しか出来ない。

 学校中が体育祭一色で、家に帰っても同じって言うのが、何だか悲しいんだけど

 そりゃ、確かにお祭りって言うぐらいだから、皆が楽しそうなのを見るのは嬉しい。
 だけど、それに俺は参加できなくって、やっぱり一人取り残されているようで、寂しいんだ。

 嬉しそうに多分明日のお弁当の下ごしらえをしている母さんを見ながら、俺は小さくため息をつく。


 分かってる。


 こうなったのは、自分が招いた事だって
 でも、少しだけ、本当に少しだけ、参加できない自分が辛い。

 これ以上、嬉しそうに料理をしている母さんを見ていられなくて、そっとキッチンを離れ自分の部屋へと向かう。
 部屋の扉を閉めて、その場にズルズルと座り込んだ。

「……明日、休んじゃ、ダメかなぁ……」

 競技に参加出来ない俺は、応援しか出来ない訳で、それは楽しそうにしている皆を見ていることしか出来ないのと同じ意味。

 応援するのが、いやな訳じゃない。
 参加できない自分が嫌なだけ

「熱でも出れば、休める、のかな……」

 それとも、ちょっと無茶をして、病院に行くようにすれば……

 そんな事を考えて、慌てて首を振る。

 ツナが総大将だって言うのに、休むなんて勿体無いよね!
 表だっての応援は出来ないけど、しっかりとその勇姿を拝ませてもらおう!

「楽しみが出来ただけでも、気分は違う、よね」

 必死に自分に言い聞かせて、床から立ち上がる。
 持っていた鞄を机に置いて、制服を着替えるために上着のボタンを外した。

「そう言えば、俺に専用の衣装って、一体どんなモノが用意されるんだろう?」

 結局迫力に負けて、確認す事が出来なかったから、どんな衣装なのかも分からない。
 女装とかじゃなければいいんだけど……

 もしそうなったら、俺は何が何でも逃げるから!

「はい!」

 考え事をして着替えもせずにボンヤリしていた俺は、ノックの音で現実へと引き戻される。
 聞こえて来た音に返事を返せば、ゆっくりとドアが開いて顔を覗かせたのは兄の綱吉だった。

「あれ?明日の練習に出てたんじゃ……」
「あんなのやってられないから帰ってきたよ。今頃は、獄寺と京子ちゃんのお兄さんが川原で暴れてるんじゃないかな」

 意外な人物に驚いて口を開けば、ため息をつきながら説明してくれた内容に、思わず苦笑を零してしまった。

 ああ、獄寺くんと京子ちゃんのお兄さんって、馬が合わなさそうだよね……

「って、川原で暴れてるの!!」
「そう言ったよ。だから、無視して帰って来たんだ。も戻ってる時間だろうから」

 言われた事を理解して驚いたように言えば、ツナがニッコリと笑顔で答えてくれる。
 ああ、川原に居ただろう、無関係な人が無事だといいんだけど……

「そう言えば、ツナはA組の総大将なんだって?一年生で総大将なんて凄いね」
「凄くはないよ。京子ちゃんのお兄さんが勝手に人を抜擢したんだから」

 心の中で何事もない事を祈りながら、ツナに感心したように言えば、うんざりとした表情で返されてしまった。
 まぁ、ツナは面倒な事が嫌いだから仕方ないかもしれないけど

 総大将の資格は十分あるのにね。

「そう言わずに頑張ってね。表立っての応援は出来ないけど、心の中では精一杯応援してるから!」
「……が応援してくれるのは嬉しいけど、本気で面倒だから休みたいんだけど」

 俺の応援の言葉に、ツナが疲れ切ったように大きく息を吐き出す。
 それは、俺が先程考えていたモノと同じ内容。

「俺も、休みたいと思ってたんだけど、ツナが総大将だって聞いたから、しっかり応援しようって思ったんだ」

「ほら、俺は体育祭には参加出来ないから……」

 心配そうに俺を見るツナに、俺は精一杯の笑顔で返す。


 だって、俺は見てることしか出来ない。
 だったら、ツナの応援をしたいって思うんだ。
 そりゃ、クラスは違うけど、心の中で応援するのなら問題ないよね。

「……どうして、そこで無理して笑うかな……分かったよ、がそう言うなら、オレも頑張って競技に参加するよ」
「うん、ありがとう。頑張ってね、ツナ」

 俺が言いたい事を分かってくれたツナが、小さくため息をついて返してくれた言葉に笑顔でお礼を返す。
 そんな俺の言葉に、ツナは困ったような複雑な表情をしたけど、気付かないフリ。

「あっ!そう言えば、俺明日、何か特別に衣装用意してくれるらしくって、それ着て応援するから!」
「はぁ?!」

 だから話を誤魔化すように、明日の俺の事を知らせれば、珍しく綱吉が驚いたように声を上げる。

「だからね、何か良く分からないんだけど、俺は競技に出られない代わりに専用の衣装で応援しろって言われてるんだ。どんな衣装なのかは知らないんだけどね」

 驚いた声を上げたツナに、俺は再度説明するように口を開いた。

 本当に、どんな衣装なんだろう。
 先も考えてたんだけど、女装しろって言われたら絶対に逃げるから、俺!

「……C組の総大将って、相撲部主将の高田だったっけ?」
「えっ?うん、名前は知らないけど、相撲部主将だって言ってたから、間違いないと思うけど……」
「そう、オレ、ちょっと用事思い出したから、出掛けて来るね」
「あっ、うん、気を付けて……」

 明日の衣装の事を考えていたら、ツナが低い声で質問してきた。
 それに返事を返せば、急に部屋から出て行ってしまう。

 まぁ、用事を思い出したって言ってたから、明日の事で何か大事な用事があるんだろう。
 そう思いながら、その後姿を見送る。


 でも、何かツナから殺気が出てたような気がするのは、きっと気の所為だよね?