夏休み。

 学生にとっては、貴重な時間。

 でも、俺にとっては、病院で検査が多くなる時。
 長期休みの時に、3日間の精密検査で入院決定。

 無茶な事してるって、先生には何時も小言言われてる俺だから仕方ないかもしれないけど、どうしても病院って好きになれない。

 左目、眼帯でもしとけば、ちょっとはマシなのかなぁ……。






 ベッドの上で、持って来た宿題をやりながら、盛大なため息一つ。

 そう言えば、山本は今日から補習だって言ってたけど、ツナに勉強見てもらってたはずなのに、ダメだったのかな。
 って、言うか早々に諦めて放棄してたように見えるかも……

くん、準備が出来たわよ。あら?学校の宿題?」
「あっ、はい。夏休みの宿題を……次って」
くんの嫌いなリハビリよ」

 看護士さんに名前を呼ばれて、質問されたそれに素直に答えてから、恐る恐る質問すれば、クスクスと楽しそうに笑いながら返事を返してくれた。

 別段、嫌いな訳じゃない。
 苦手なだけだ。

 だって、検査入院している時のリハビリって、結局俺の足が何処まで動くかのチェックをするのだ。
 だから、無茶な事までしなきゃいけない。

 後でしっかりとマッサージしてもらうから、出来る事でもあるんだけどね。

くんの足が、何処まで治ってるかを確認するんだから、頑張ろうね」

 ニッコリと笑顔で言われたそれに、苦笑で返してしまうのは仕方ないだろう。

 看護士さん達は皆優しい。

 常連である俺は、皆に顔を覚えられてるっていうのも理由だとは思うんだけど、結構可愛がられているって言うか、構ってもらってるって言うか……。
 今だって、からかう様に言われたそれは、俺を励ましてくれているんだって本当は分かっているのだ。

 自分の足が、何処まで使えるようになるかは、まだ全然分かってない。

 だから、長期休みにはリハビリも兼ねて、検査入院。
 そうじゃなくっても、2週間に1回は病院に通っているって言うのに、時々検査入院しなきゃいけない俺の足。

 先生曰く、無理をするとまた歩けなくなる事もあるんだってもう何度も言われている。


 神経を傷付けているから、始めはその痛みに慣れる事から始まった。
 右足を地に付けた瞬間の激痛は、本当に一瞬意識が遠くなるほどだったけど、今ではそれに大分慣れてきたと言ってもいい。

 もっとも、走ったりした時には、その激痛が蘇って来るんだけど

 それは、ツナには絶対に言えない事。
 だって、言っても、仕方ない事だから、これ以上ツナに心配を掛けたくないから、だから言わない。

 もしかしたら、ツナは知っているからこそ、あんなにも過保護かもしれないけど

「頑張れば、今日の夕方には帰れるわよ」

 リハビリルームには車椅子で移動することになっているから、後ろからそれを押してくれている看護士さんの言葉を聞いて、思わずぱっと顔を輝かせた。
 昨日からの入院で、本当なら3日必要とされる検査を、2日で帰れるって聞いて嬉しくない訳がない。

「本当ですか?」
「ええ、無茶な事はしているみたいだけど、足にはそんなに負担は掛かってないみたいだから、大丈夫だろうって」

 聞き返した俺に、看護士さんが笑顔で返してくれる。

 うっ、無茶してる事はばれてるんだ。
 でも、足に負担が掛かってないって……確かに、最近は階段の上り下りはツナがしてくれるし、慌ててその走り出しそうな時には、ツナを始め獄寺くんに山本、果ては委員長さんまでもが俺の事を運んでくれるようになったので、今までのように自分で無茶をして足を酷使してしまうのは極端に減ったというのは本当の事。

 情けないけど、俺って、どれだけの人に迷惑掛けてるんだろう……。

「綱吉くんは、今でも過保護なのは変わらないみたいね」

 複雑な表情をした俺に、心情を察してくれたのだろう看護士さんがクスクスと笑いながら口を開く。

 この病院で、ツナが過保護なのは知れ渡っている。

 だって、何かある度に、俺の事をここに連れてくるのは大体ツナだったから……
 しかも、しっかりとお姫様抱っこなんだよね、毎回……

「でもね、くん!また体重減っちゃってたわよ!どういう事なの!!」
「あっ」

 深々とため息をついた瞬間、思い出したというように続けて言われたその言葉に、困ったような表情をする事しか出来ない。

 身長は1cm伸びてました。うん、それは本当に嬉しかったんだけど、体重は2Kg減ってました。
 後少し減っちゃうと俺ってば、30Kg台に乗っちゃいます。

 ツナに知られたら、本気で怒られる。

 身長は154になって嬉しかったのに、体重減ってたらダメだよね。
 最近夏バテ気味で食欲無くなっていたのが原因だって分かってるんだけど、ここまで体重が落ちてたのに当事者としてはかなりビックリしたんだけど

「夏に弱いのは知ってるんだけど、ダメよちゃんと食べなきゃ」
「自分では、食べてたつもりだったんですけど……」

 念を押すように言われたその言葉に、苦笑を零しながら返事を返せば、ため息をつかれてしまった。


 うん、自分では本当に食べてたつもりだったんだけど、現実では体重減ってたんだよね。
 だから、本当にビックリしたんだ。

 前に体重を量ったのが春休みだから、そんなに経ってないのに、こんなに体重減ってるなんて思わなかったんだよ。
 元から、夏にはどうしても体重減っちゃうんだけど、こんなに減っちゃったのは初めてだ。

「何か、大変な事でもあったの?」

 心配するように質問されたそれに、一瞬言葉を失ってしまう。


 確かに、大変な事は一杯あった。

 俺達の家庭教師だと言って家に来たリボーン。
 それによって、周りは一気に賑やかになったし、友達と呼べるような存在が出来た。
 でも、精神的に追い詰められるような事は……ない、何て言えない。

 だって、リボーンは、俺達をマフィアのボスにする為に来たのだ。
 頭から追いやろうとしても、その事実は消えるモノじゃない。
 何時だって、俺の心の中に、それはシコリとなって影を作っている。

「大変な事があった訳じゃ……でも、最近賑やかになったのは事実かな……」
「あら?何かあったの?」
「居候がね、いっぱい家に増えたんだ。だから、毎日が賑やかで楽しいのは、否定できないんだけど……」

 俺のその不安は、決して口に出すことは出来ない。
 
 本当は気付いているんだ。
 リボーンは、俺達って言ってるけど、本当はツナをボスにする為にここに来ているという事を

「それは、賑やかになったわね。くんも綱吉くんもどちらかと言うと大人しい子だから、ちょっと賑やかな方がちょうどいいわよ」

 俺の言葉に、看護士さんが笑いながら返事を返してくれる。
 それに俺はただ苦笑を零す事しか出来なかった。だって、ちょっと何て言葉では言えないほど賑やかになったんだから……

「先生、沢田くんを連れてきましたよ」

 複雑な気持ちを隠せない中、リハビリルームに着くなり、看護士さんが中にいた先生に声を掛けた事で、我に返る。

「来たね。それじゃ、始めようか」

 中にいたリハビリの先生は、ずっと俺の事を担当してくれている人で、ずっと変わらない。
 ちょっと体格のいい先生だけど、とっても優しくって、そして怖い先生だ。

「よろしくお願いします」
「聞いてると思うけど、結果次第で、今日中に帰れるから、頑張ってね」
「はい!」

 看護士さんが、先生の前まで車椅子を押してくれる。

 本当は歩けるんだけど、病院の中では歩く事を禁止されるのだ。

 無茶をしない為っていうのもあるんだけど、その時の状況で足の感じが変わって正確な診察が出来ないからだって言われたけど、ちょっと歩いただけでそんなに変わるもんなんだろうか?
 俺には、今だに良く分からないんだけど


 ペコリと頭を下げた俺に、先生が優しい笑顔で言ったその言葉に、元気良く返事を返す。
 確か今日って、補習が終わってから山本が勉強を教わりに来るって言ってたから、もしかしたら会えるかも
 夏休みが始まったら、皆に会う時間も少なくなるのは寂しいけど、毎日が賑やかになった今は何となく過ごしていた昔みたいな夏休みじゃなくって、声を掛ければ皆が集まってくれるのが本当に嬉しい。

「それじゃ……」

 俺に一声掛けてから、看護士さんが出て行ったと同時に、先生が今日やる事を説明してくれる。
 リハビリの内容を真剣に聞きながら、そんな事を考えて、自然と笑顔になってしまうのを止められなかった。






 頑張ったお陰で、しっかりと今日中に帰る事が出来て、かなり上機嫌で家へと向かう。

 もっとも、しっかりと帰る時に無茶をしないようにと散々釘を刺されちゃったんだけど……

「ただいま!」

 母さんには、帰れる事を電話で連絡したから、きっとご馳走を作って待っててくれてると思う。
 ただの検査入院だって言ってるのに、俺が入院した後には必ず俺の好きなモノを沢山作ってくれるから

「お帰りなさい、ちゃん」

 玄関を抜けて中に入った俺を、母さんが笑顔で出迎えてくれる。
 でも、俺はそれに返事を返す前に、玄関にある沢山の靴にかなり驚かされたんだけど

「……山本が来るのは聞いたんだけど、それにしては大人数の靴が……」

 どう見ても、山本と獄寺くん以外の靴がある。
 それを不思議に思って首を傾げれば、母さんが納得したように頷いて説明してくれる。

「そうね、ツっくんのお友達が何人か来てるみたいよ。女の子も居るのには、ちょっと驚いちゃったんだけど」
「女の子?」
「ええ、緑中の制服を着た女の子よ」

 意外そうに言われた母さんの言葉に、不思議に思って聞き返せば、すんなにと教えてくれる。

 緑中の女の子?えっと、確かハルちゃんだっけ?
 あの子、もう家にも来る様になったんだ!

、帰って来てたの?戻ってくるのは、明日だって言ってたのに!」
「ツナ……うん、今回は足に負担も少なかったから、問題ないって太鼓判貰ったから……それよりも、大人数だね。そんなに大変なの勉強?」

 母さんの言葉に驚いていた俺は、上から降りてきたツナに声を掛けられて、素直に返事を返し不思議に思った事をそのまま質問する。

「うん、どうしても一箇所分からないところがあってね。山本の補習のプリントなんだけど、全問正解しなくっちゃ落第だって言われたらしくって、全員で頑張ってたんだけど分からなくって、ついさっきハルのお父さんまで来ちゃって、大変な事になってたんだ」

 俺の質問に、ツナが苦笑しながら説明してくれるんだけど、なんていうかそれだけで大変だったって言うのが良く分かるんだけど……
 それに、プリント全問正解しなくっちゃ落第って、うちの学校の補習ってどれだけ厳しいんだろう。

「そ、それで、問題は何とかなったの?」

 落第って言う言葉を聞いて心配になって尋ねれば、ツナが盛大なため息をつく。

「まぁね、リボーンがネコジャラシの公式とか言うので解いてくれたんだけど、はっきり言ってますますあいつが分からなくなったんだけど、オレは……」

 続けて言われたそれに、思わず苦笑する事しか出来ない。

 た、確かに誰にも解けなかった問題をあっさり解いちゃうなんて、流石リボーンとしか言えないんだけど……

「ツっくん、皆さんに夕飯食べてってもらいなさい!母さん張り切って作ったんだから!」

 そして、何時の間にかキッチンに戻った母さんの明るい声が聞こえて来て、思わず苦笑を零してしまった。




 な、何はともあれ、夏休みは本格的に始まったばっかり。
 うん、今年の夏は賑やかになりそうだよね、本気で……