根津先生が解任されてから、何時もの日常が戻ってきた。
いや、うん、何時ものって言うと語弊があるかもだけど、それなりに平和な日が戻ってきたとそう思っていたんだけど……
どうやら、そう思っていたのは俺だけだったらしく、日常と言うのは余りにも無常だと言う事を今更ながらに思い知った。
「山本が腕を骨折?」
飛び込んできたその内容に、思わず聞き返してしまう。
だって、昨日まではあんなに元気だったのに……
と、言うほど山本の事を知っている訳じゃないんだけど
「なんだ、知らなかったのか?」
驚いたように聞き返した俺に、クラスメートである男子生徒が意外だと言うように聞き返してきた。
俺は、それに頷いて返す。
山本武。
ツナの親友と、言ってもいいだろう相手。
一癖も二癖もあるツナと、唯一対等で居られる人だとそう思っていたんだけど
一体、何があったんだろう。
「それで、山本は?」
「まぁ、暫くは野球出来ないらしくって、かなり落ち込んでるいらしいぞ」
質問に答えてくれたその言葉から、俺は慌てて椅子から立ち上がって歩き出す。
「おい、沢田!」
「ちょっと、ツナのクラスに行って来る!」
突然行動を起こした俺に、声を掛けてきたクラスメートへと返事を返して、急いでツナのクラスに向かう。
と、言っても、俺の脚ではツナのクラスに行くだけでも大変な作業なんだけど……
「ねぇ、何を急いでるの?」
兎に角階段の場所まで行って、出来るだけ急いで上れば何とかなると言う勢いだけで急いでいた俺の耳に、誰かの声が聞こえてその足を止め振り返った。
声の主は、この学校の風紀委員長、その人。
「委員長さん」
「君、足が悪いのに、そんな無茶な歩き方して大丈夫な訳?」
俺の方にゆっくりとした足取りで近付いて来る委員長さんを避けるように、廊下にいた生徒たちがザッと壁際に寄って行く。
うわ〜、何かすごい光景見たかも……
「聞いているのかい?」
思わずそんな光景をぼんやりと見ていた俺に、委員長さんが再度声を掛けてくる。
「あっ、はい。多分、大丈夫だと思うんですけど……」
再度質問されて、慌てて返事を返せば、呆れた様な盛大なため息をつかれてしまった。
「多分って、自分の事じゃないの?」
そして、呆れたように聞き返されて納得。
ああ、そこに呆れられちゃったんだ……。
「えっと、でも今はそれどころじゃないと言うか……」
自分の足の事なんて気にしていられない。
だって、俺の足なんてこれ以上壊れる事はないし、無茶してもちょっと痛くなって歩けなくなるぐらいだし
呆れたように質問してきた委員長さんに返事を返せば、またしても盛大なため息をつかれてしまった。
あれ?何で、そんなに呆れられてるんだろう??
「君は、馬鹿?」
そして、質問するにはどうかと思うような言葉で質問されてしまった。
えっと、これって俺が馬鹿って返せばいいんだろうか?
俺、そんなに頭いいとは思えないし、どちらかと言えば、馬鹿かもしれない……。
「あの……」
それでも、やっぱりプライドはあるみたいで、自分で馬鹿と返す事が出来ず言葉に困る。
「で、何処に行こうとしていたの?」
返答に困った俺に、委員長さんが再度質問。
う〜っ、先程から質問攻めです、委員長さん!
「えっと、ツナのクラスに……」
「1-Aね。君の足で行ったんじゃ始業時間に間に合わないよ」
俺の言葉を聞いてから言うが早いか、あっという間に委員長さんに担ぎ上げられてしまう。
「あ、あの!」
「暴れないでよ。暴れたら、落とすから」
慌てて言葉を述べようとした瞬間、前に聞いた台詞とまったく同じ言葉が聞こえてきたのは気の所為でしょうか?
そして、やっぱり荷物運びなんですね、委員長さん……
階段をこの状態で運ばれるのは、正直言ってかなり怖いんですが……
でも運んでもらえたお陰で、かなりスムーズにツナのクラスに来られた。
「有難うございます、委員長さん」
「別に、見回りのついでだよ」
ツナのクラスの前で、俺を下ろしてくれた委員長さんにお礼を言えば、そっけなく返される。
それでも、俺を運んでくれた事に変わりはないから、再度お礼を言えばそのまま片手を挙げて遠去かって行く。
その後姿を見送ってから、ツナのクラスへの扉を開いた。
「って、誰も居ないんですけど……」
だけど、教室の中には人が誰も居ない。
もしかして、移動教室?!折角委員長さんに運んでもらったのに……
「おい、ダメ」
途方に暮れていた俺は、突然声が聞こえてきて辺りを見回す。
俺をダメと呼ぶのは、リボーンだけ
「リボーン!」
名前を呼んでその姿を探すが、見付けられない。
「こっちだぞ」
焦っている中、再度聞こえて来た声に顔を上げた。
何でそんなところに居るのか分からないけど、リボーンはツナのクラスの窓際に座り込んでいる。
「何で?」
「今面白れーもんが見れるぞ」
慌ててリボーンの傍へと近付けば、楽しそうに笑いながら言われた言葉と指を指す動きに俺は自然とその先へと視線を向けて驚いた。
「山本?!」
見上げた視線の先には、屋上のフェンスを乗り越えている男子生徒の姿。
その生徒の後姿は、自分の知っている相手だと分かってその名前を呼ぶ。
何で、山本があんな所に立ってるんだろう。
「い、急いで止めないと……」
「心配ねーぞ、ツナが止めに行ってる」
それを見て、慌てて教室を飛び出そうとした俺をリボーンが引き止める。
ああ、ツナが行っているのなら大丈夫だ。
「でも、何で山本が自殺しようとしてるの?」
「怪我をしちまったのが、ショックだったんじゃねーのか」
疑問に思ったことを口に出せば、あっさりと返されるそれ。
いや、だって怪我だよ、命に関わるような事じゃないのに
「誰もが、お前と同じじゃねーって事だ」
信じられないと言う気持ちで屋上を見上げた俺に、リボーンが当然のように口を開いた。
それは、俺の心を読んだように
確かに、誰もが俺のように気にしない訳じゃないのは分かる。
分かるんだけど、だからってそんな事で命を絶とうとするなんて
「あっちゃいけない!」
きっぱりと口にした俺の言葉と同時に、山本と誰かが屋上から落ちる。
女生徒達の悲鳴が聞こえてくるのを聞いて、俺は瞳を見開いた。
「ツナ!!」
山本と一緒に落ちている相手を確認した瞬間、驚いてその名前を呼ぶのと同時にリボーンが銃を撃つ。
「死ぬ気であいつを救えよ」
銃を撃った瞬間、リボーンがボソリとつぶやく声が聞こえる。
だけど俺にはそんな事よりも、落ちてしまったツナと山本が心配で窓から体を乗り出して二人を探す。
リボーンの撃った銃弾の後なんか、ツナの額に炎が見えたのは気の所為だよね?
それが見えた瞬間、もう二人の姿は見えなくなった。
「ツナ、山本!」
「心配ねーぞ。二人とも無事だ」
二人の姿が見付けられなくて、慌てて名前を呼んだ俺に、冷静なリボーンの声が聞こえてくる。
だけど、俺はその言葉だけでは納得できなくって、慌ててツナの教室を飛び出した。
って、言っても、俺の速度だと普通の人が歩いてる速度なんだけど……
「仕方ねーな」
そんな俺に気付いて、リボーンが後から付いて来る。
それに気付いていたけど、俺は兎に角自分が出せる精一杯の速度で階段を下りツナ達が落ちたであろう場所へと急いだ。
「ツナ、山本!!!」
普通の人なら、ここまで来るのにきっと3分も掛からないだろうけど、俺は7分程時間を掛けてその場所に着く。
「」
二人の名前を呼んで駆けつけた俺に、ツナが少し驚いたように名前を呼ぶ。
「大丈夫なの?!」
地面に座り込んでいる二人を見付けて慌てて近付けば、ツナが少し怒ったような表情をした。
「、そんなに急いで何処から来たの?」
「えっ、何処からって……ツナのクラスから……二人が落ちるのが見えたから」
少し低い声でツナが質問してくる事にオロオロしながら返事を返す。
あれ?何で俺が怒られてるんだろう??
「何でオレのクラスに!足、大丈夫なの?!」
しかも、俺が心配していたはずなのに、逆に心配されてるんですけど……
「おいおい、無理すんなよ、」
って、片手にギブスをして首から支えるようにしている山本にまで言われてしまった。
だから、俺が二人の事を心配してたはずなんですけど……
「そ、それは俺の台詞だよ!何で、屋上から落ちたりしてるの!!」
「ああ……なんて言うか、馬鹿がふさぎこんじまうと、ロクな事にならないって言う見本奴だな」
二人から責められるような言葉を言われたけど、それどころじゃなくて逆に俺は文句を言うように大声を上げる。
そんな俺に、山本が罰悪そうに頭をかきながら苦笑をこぼした。
「確かに、ろくな事にならないみたいだね。出来れば、オレを巻き込む事はして欲しくはなかったんだけど……」
そんな山本に、ツナが盛大なため息を付いて口を開く。
えっと、一体何があったんだろう?
「それに、まで巻き込んでくれて、山本覚悟できてる?」
「えっ、どうしてそんな事になるの??」
チラリとツナが不機嫌そうに山本を見ながら質問するように言った内容に、俺は訳が分からなくって、首をかしげた。
「悪い!も、本当に悪かったな」
だけど、山本はさすがと言うか、そんなツナに笑顔で謝罪する。
そんな山本に、ツナは再度ため息を付く。
完全に、諦めていると言う態度だ。
それに少しだけホッとすれば、今度はツナが俺に視線を向けてきた。
「それじゃ、保健室行こうか」
そして、ニッコリと笑顔で言われた言葉。
あう、確かにここに下りてくるまでかなり無理したから、足が痛いのは否定しないんだけど、そんな笑顔で言われると、怖いんですけど……
その後、予想通りと言うかなんと言うか、ツナにお姫様抱っこで保健室に連れて行かれました。
しかも、しっかりとお説教付きで……
俺が、心配したのに、逆に怒られるなんて、理不尽だけど、無茶をしたのは確かに自分なので文句も言えるはずもなく、黙って聞くしかない。
あれ?そう言えば、リボーンが着いてきてたと思うんだけど、何時の間にかいなかったんだけど、大丈夫かな?
もっとも、俺が心配しなくっても、リボーンは俺よりもしっかりしてるかもしれないけど……
自分で考えて、ちょっとだけ凹んでしまったのは秘密。
うん、そんでもってツナの説教はやっぱり長かった。
そして、山本がその隣で笑ってるのに、少しだけほっとする。
だって、笑ってくれるなら、大丈夫だと思えるから……