荷物扱いで、応接室に連れてこられた俺は、必死で書類を片付けていた。

 何で、こんなにも書類があるんだろう……
 しかも、並盛中関連の書類だけじゃなく、他にも色々ある書類はどう見ても一般生徒が片付けるような書類じゃない。

 やっぱり、風紀委員長さんは、普通じゃないのだろうか???





「あの、委員長さん」
「なに、用件はいいから、手を動かしてくれる」

 必死で書類整理し始めて1時間半。
 きっと6時間目の授業が始まっているだろう。
 だけど、目の前にある書類の束は、減っている気がしないんです。
 それどころか、増えているような気がするんですけど………


 恐る恐る声を掛けた俺に、委員長さんの冷たいお言葉が返される。
 でも、そう言う委員長さんの手は、止まらないで動いたままなので、何も文句など言えない。

 今、本気で綱吉さんが欲しい。
 俺なんかよりも、確実に早く書類を片付けてくれる筈です。


 俺、2時間弱も書類と睨めっこなんですが……
 いや、それは委員長さんも同じなんだけど……
 そろそろ手が、痛いんです。
 いや、かなり前から痛かったんだけど、腱鞘炎にかかっても可笑しくないかもしれない。

 委員長さんは、こんな書類を毎日一人で片付けているんでしょうか?
 確かに、それは大変だよね……。

「で、なんなの?」

 手を動かしながらそんな事を考えていた俺に、委員長さんが初めてその手を止めて俺を見る。
 そして、イライラと質問された内容に、俺は一瞬首を傾げた。

「何、って、なんですか?」

 そして、逆に委員長さんに質問を返す。
 何を質問されたのかが、分からないんだけど……
 一体、何を聞かれたんだろうか??

「何って、君が声を掛けてきた理由を聞いたんだけど……」

 本気で分からなかった俺に、委員長さんが呆れたように口を開く。
 そう言えば、俺さっき委員長さんに声掛けてそのままだった!そりゃ、質問してくるのが当然だよね。

「えっと、あの、休憩入れませんか?」

 俺の言葉を待っている委員長さんに、そっと質問。

 流石に、そろそろ休憩をいれた方がいいと本気で思うんです。
 うん、ほら人間の集中力って、そんなに長く続くもんじゃないと思うし……

 俺の恐る恐ると言った感じの質問に、委員長さんが盛大なため息をつく。
 あう、やっぱり却下ですか?

「……お茶、入れてくれる?」

 ダメなんだろうな、と諦めかけたその時言われたそれにピクリと反応を返す。

「はい!」

 お茶入れるって事は、休憩してもいいって事だよね?そうなんだよね?!

 質問するように言われたそれに、元気良く返事をして、ソファから立ち上がった瞬間、ピキリと足が吊ってしまう。

 ヤ、ヤバイ。

「つっ!」

 思わずその場にしゃがみこんで、吊ってしまった足を擦る。

「どうしたの?」

 突然しゃがみこんだ俺に、委員長さんがちょっとビックリして問い掛けてきた。

「いえ、あの足が吊ってしまって……良くある事なんで、直ぐに直ります」

 う〜っ、痛いようぉ〜、と半分涙目になりながら必死で足を擦る。
 それしか、早く直す方法知らないから……

「どっちの足?」
「えっ?」
「右足ね……」

 早く直るように足を擦っていれば、委員長さんが質問してきた事の意味が理解できずに聞き返した瞬間、右足を掴まれた。

「いつっ!!」

 その上、上履きを脱がされたと思ったら親指辺りを掴むとそのまま後からその足を引っ張られる。
 初めは痛くって声が出てしまったんだけど、委員長さんの手がそれを繰り返していく内にそれが落ち着いてきた。

 あれ?もしかして、普通に擦るよりも直りが早い?

「吊ったんなら、擦るよりもこうやって伸ばしてやる方がいいんだよ」

 不思議に思っていた俺に、委員長さんが説明してくれる。
 なるほど、一つ賢くなったかも……

「有難うございます。それじゃ、お茶入れますね」

 手当てをしてくれたことになるのだろう委員長さんに素直に礼を言って、立ち上がる。

「君は、座ってていいよ。お茶は僕が入れる」

 が、その瞬間委員長さんに無理矢理ソファに押し戻された。
 そして言われたのは、ため息をつきながらの言葉。

 あれ?何で、そんな呆れたような表情をしているんだろう?

「いや、でも、俺が休憩入れようって言ったんだから、俺が入れるのが……」
「邪魔だから座っててくれるかい」

 う〜っ、言葉も最後まで聞かずに、邪魔って言われた。
 でも、念を押すように言われたその言葉にそれ以上何も言えなくって、黙って委員長さんの行動を見送ってしまう。


 暫くして、紅茶のいい香が部屋の中に広がってきた。

「あれ?」

 これって、昨日の紅茶の香と違うんだけど……気の所為かな?

「何?」
「いえ、あの、紅茶の香が……」
「ああ、分かるんだ。よっぽど紅茶が好きなんだね」

 俺の呟きに、紅茶の入ったカップを持ってきた委員長さんが聞き返してくる。
 それに、疑問に思った事を口にすれば、感心したような委員長さんの言葉。

 いや、紅茶好きだけど、普通誰でも気付くと思うんですけど……

「すっごく、いい香なのは変わらないんだけど、花の香みたいな……」

 昨日はダージリンだったけど、今日の紅茶ってなんだろう?
 花のような香だからハーブティ??

「キーマン。蘭の香に似てるらしいけど」

 言いながら委員長さんは既に紅茶を飲んでいる。
 キーマン?あんまり聞かないんだけど……
 明るい琥珀色をしたそれを眺めて、もう一度香を楽しんでから一口。

 香は、すごくホッとすし、紅茶の味としてはあっさりとしていて飲み易い。

「気にいったんなら、持って帰るかい?」
「いえ、昨日も貰ったんで、そんなに貰う訳には……」

 美味しい紅茶を飲むと幸せになれるよね。
 そう思った瞬間委員長さんに声を掛けられて、慌てて首を振って返す。

 俺、そんなに顔に出てるんだろうか?

「別に気にしなくてもいいよ。紅茶飲むのは僕だけだからね」

 慌てて断った俺に、委員長さんが再度口を開いた。

 えっと、それは、なんて言うのか一人で飲むのって寂しくないのかな?
 ティータイムって、そりゃ一人の時もあるかもしれないけど、美味しい紅茶を誰かと一緒に飲むのって幸せな時間だと思うんだけど……

「でしたら、俺が一緒に飲みましょうか?」

 そう思ったから思わず質問した瞬間、委員長さんが驚いたように俺を凝視してきた。
 あれ?俺、変な事言ったのかなぁ??

「いや、あの流石に毎日は無理ですけど、時間が空いた時に……ティータイムって寛ぎの時間だから、俺が一緒だと邪魔になるかも知れないんですけど……」

 じっと見られて居心地悪く、慌てて弁解するように口を開く。

 最後の方は、ボソボソとなるのは仕方ないと思うんです。
 だって、真剣に委員長さんが俺を見てるんですから!
 こんなに毎日書類を一人で片付けているんだったら、戦力にならないけど手伝うぐらいしますよ、俺は暇人だし……

「あの、委員長さん?」

 何も返事を返してくれない委員長さんに、俺は心配になってそっと問い掛ける。

「……本当に、鈍過ぎるね」

 問い掛けた俺にボソリと委員長さんが言った言葉は、小さな声で俺には何を言ったのか聞えなかったので思わず首を傾げてしまう。

「あの」

 何を言ったのか分からなかったので、問い掛けようとした瞬間委員長さんが、フッと笑みを見せる。

「それじゃ、書類整理を時々手伝ってくれるって事だよね?」
「はい!その、ツナと違って戦力にはならないと思うけど……」
「………どうしてそこで、沢田綱吉が出て来る訳?」

 確認するように言われたそれに、返事を返して考えた事を口に出せば、呆れたように質問される。

「えっと、ツナしか比べる相手が居ないので……」

 あんなに優秀な相手と比べるのは悲しくなるんですけど、比べる相手がツナしか思い浮かびません。
 委員長さんも、サラサラと書類を片付けているから、きっとツナのように頭がいいんだろうなぁ……羨ましいです。

「別に、戦力を期待してる訳じゃないから、いいよ」

 って、戦力期待されてないんですか?!

 こんなにも、頑張ってるのに……
 そりゃ、溜まっていた書類が減ってるようには思えないんですけど、俺は俺になりに一生懸命頑張っているんです。
 だって、こんな書類整理なんてした事ないんですよ、俺!

「仕事は丁寧だから、問題ないみたいだけど」

 俺が頑張って仕上げた書類を一枚確認してから続けられた委員長さんの言葉に、ちょっとだけ救われました。
 だって、頑張っているのに、『役立たず』って言われたら立ち直れません、俺。

「それじゃ、休憩もしたから、あと1時間は頑張ってよ。その書類が半分終わればいいから」

 何時の間にか紅茶を飲み終えた委員長さんが、未処理の書類を指差して無情なお言葉を下さいました。

 は、半分……1時間で終わるといいなぁ……。
 が、頑張れば、きっと出来るはず!ファイトだ、俺!

「それと、肝心な事を言い忘れてたんだけど」

 委員長さんの非情な言葉にちょっとだけクラクラていた俺は、忘れていたと言うように言われた言葉で顔を上げる。

「はい?」
「君、昨日は病院で検査入院していた事になってるから」

 そして、質問するように首を傾げれば、続けて言われた委員長さんの言葉。

 えっ、それって、もしかして昨日帰ってない理由?そんな風に言われてるの?
 検査入院したなんて聞いたら、ツナがめちゃめちゃ心配するんですけど!!!!

「そ、それは不味いです……」

 毎日無茶するなって、煩い位に言われてるのに検査入院したなんて聞いたら説教が待ってる。

「何が、不味いの?」
「色々……何が何でも、早く帰らないと………今日絶対ツナ教室に行ってると思うし……居なかったのがバレてる……」
「ああ、ちゃんと出席にはなってるから大丈夫だよ」

 休んでるって、思われてるんだろうなぁ……。
 そしたら、きっと学校終わったら速攻で家に帰って確認される。
 ヘタしたら家に電話してるかもしれない。
 いや、絶対にしてる、ツナだから!!
 病院に確認の電話してたらどうしよう……確実に嘘だってバレるよ。

「それから、病院には口裏を合わせるように手配してるから」

 モンモンと考えていた俺の耳に、委員長さんのとんでもない言葉が聞えて来た。

 えっと、病院には、口裏を合わせるようにって……
 いや、それって病院にそんな事頼んでいいんですか?

「あ、あの……」
「問題ないって言ってくれたよ」

 いやいや、問題ありまくりです!!!それは、一種の犯罪なんじゃないんでしょうか?
 本当に、この人、何でもありなんですか?!ありえないから!!

「早く帰るために、さっさと手を動かしてくれる。それ半分終わるまでは帰さないよ」

 困惑気味の俺に、委員長さんが無情な言葉を下さいました。


 未処理の書類を半分終わらせる。


 俺は、今まで以上に頑張りました!
 ええ、こう言うのを死ぬ気になったと言うんだと思います。

 40分で、半分を終わらせましたよ。
 誰か、俺を誉めてください。