次に俺が気付いた時には、見慣れない白い天井が目の前にあった。

 ズキズキと痛む額には、しっかりと包帯が巻かれている。
 ここに居る理由は分かるのだが、誰が俺をここに運んでくれたんだろう?

 きっと、重くって迷惑掛けちゃったんだろうなぁ……
 ツナには、軽いと言われるけど、人間一人運ぶのは、本気で大変なんだぞ!
 しかも、意識のない相手を運ぶのは特に……

!気が付いた?」
「ツナ?」

 まだ働かない頭で、全く関係ない事を考えていた俺の耳に聞きなれた声が聞えてきて、ちょっと驚いてその名前を呼ぶ。

「山本が咄嗟に手を引いてくれたから、直撃は免れたみたいだけど、大丈夫?」

 心配そうな瞳が俺を覗き込んでくるツナに、素直に頷いて返す事で返事をする。

 ちょっとズキズキしてるけど、そこまで酷い頭痛でもないし、痛みには慣れているから、全然問題ない。
 これで、吐き気があるとかなら、流石にやばいかもだけど、それもないみたいだから、うん大丈夫。

「良かった。ヒバリさんには、仕返ししておいたから、安心してね」

 頷いて返した俺に、ちょっとだけホッとした表情を見せてから、ツナが笑顔でさらりと恐い事を口にした。
 いや、全然安心できないです、お兄様!あなた、風紀委員長さんに何をしたんですか!!

「ツ、ツナ、一体何したの!?」
「何って、当然と同じように気を失ってもらったに決まってるよ」

 いや、決まってないから!!!

 叫んだ俺に、ツナが平然と返事を返してくる。
 言われた内容は信じられないもので、本気で、あの最強の委員長さんをどうやって気絶させたのかは、恐くて聞けないんですけど……
 でも、あの委員長さんに余裕さえ見せていたツナなら、きっとそれぐらい簡単だったんだろうなぁ……

「気付いたみたいだな」
「山本…くん?」
「くんはいらねぇって言っただろう」

 続いて聞えて来たその声に視線を向ければ、またしても、くん付けを拒否られました。

 じゃなくて!何で、二人共ここに居るんだろう?
 今、授業中じゃないの?
 それとももう既にお昼休みにでもなってるのかな……俺って、そんなに意識がなかったのだろうか?!

 一瞬恐い考えが頭を過ぎる。
 ちょっと頭をぶつけた位で、半日も気を失ってたなんて情けないかも知れない。

「いや、そうじゃなくて!何で二人ともここに?授業は??」

 だから、恐る恐る真相を確かめようと問い掛ける。
 本当は、時計を見られれば一番早いんだろうけど、残念な事に俺の場所から時計を確認する事が出来ないんです。

「何言ってるの!を置いて下らない授業なんて受けられる訳ないよ」

 問い掛けた俺に、ツナが凄い勢いで言葉を返してくれた。
 で、でも、下らない授業って、いや、確かにツナにとっては下らないかもしれないけど、一生懸命授業してくれている先生にそれは、流石に気の毒なんじゃ……

 さらりと言われたその言葉に、俺は複雑な表情をしてしまう。

 確かに、ツナは勉強が出来る。
 うん、間違いなくトップクラスだと言うのは周知の事実。
 ここがアメリカみたいにスキップ制度を導入していたら、今頃は大学生になっていても可笑しくないだろう。

 でも、残念な事に、ここは日本で、並盛にはスキップ制度なんて設けられていないのだ。
 だからこそ、授業を受けなければいけない義務がある。

「一日ぐらい受けなくても、問題ないよ。それに今は休み時間だから、山本がここに来てるんだからね」

 じっと見ていた俺の視線に気付いたツナが、仕方ないと言うようにため息をつきながら、心配する必要はないというように説明してくれる。
 その言葉に、俺はホッと胸を撫で下ろした。

が気にするような事じゃないのに……」

 そんな俺に、ツナがポツリと呟く声が聞えて来たけど、聞き入れる事なんて出来ない。
 大体、気にするなって言う方が無理な話だと思うんだけど……

「そんな目で見られてもねぇ…」

 何も言う事は出来ないから、俺はじぃーっとツナを見る事で意思表示すれば、ツナが盛大なため息をつく。
 俺が何を言いたいのか的確に受け取ったのだろうツナは、ただため息をついて苦笑を零した。

「まぁ、の気持ちも分かるし、大した事もなかったみたいだから、いいんじゃねぇの」

 そんなツナを前に、まるで助け舟を出してくれるかのように、山本くん改め、山本が会話に入ってくる。

 でも、何時の間に俺の事をって呼ぶようになったんだろう??

「何言ってんの!が滅茶苦茶被害受けてるんだから、問題ありありだよ!!」

 だけど、山本の言葉にツナが不満気に口を開く。

 いや、そんなに大した被害は受けてないから!
 それに、俺よりも学校の方がめちゃめちゃ被害を受けてたと思うんですけど……
 校門横の壁、かなり壊れてたよなぁ?

 なんて、思うけど口に出していえないのは、ツナさんの雰囲気が恐いから……
 黒いオーラーが目に見えるんですが、気の所為ですか?

「その分、雲雀には、ツナが思いっきり仕返ししてたじゃねぇかよ……俺、ツナが反撃したの初めて見たぜ」

 ツナの黒オーラーにも負けずに、山本がサラリと言葉を続ける。
 えっと、本気で何をしちゃったんですか?お兄様……あの最強の委員長さん相手に……でも、それよりも、気になるのは……

「山本、委員長さんの事を呼び捨てしてるの?!」

 そっちの方が、とっても気になったんですよ。
 だって、あの委員長さんを雲雀呼びなんだよ!
 普通に信じられませんから!

「まぁ、そこは山本だしね……それよりも、そんなに叫んで大丈夫?怪我に響いたりしない?」

 驚いた事をそのまま大声で口に出せば、呆れたようにツナがあっさりと納得して、心配そうに見詰めてくる。

 うん、そう言えが、俺怪我人だった。
 しかも、怪我した場所が頭なのだから、こんなにも大きな声上げたら怪我に響くよね普通。
 でも、本当に気絶した割りには、もうそんなに痛みもなくなったので、問題はない。
 起きた時は、ちょっとズキズキしていたんだけど、うん、相変わらず痛みに慣れるのは早いな、自分。

「大丈夫だって!本当に大した事ないから……山本が、助けてくれたんだったよね?有難う」
「えっ、いや…」
「助けるなら、傷一つ付けずに助けて欲しかったんだけどね」

 思い出して、山本に礼を言えば、盛大なため息と共に、ツナがさり気無く嫌味を言う。

 いや、普通の人にはそんなスーパーマンみたいな事出来ませんから!
 そんな事出来るのは、ツナと委員長さんぐらいだと思うんですけど

 そんなツナの嫌味にも山本はただ苦笑するだけで、怒った様子は見せていない。
 山本って、めちゃめちゃ心広いなぁなんて、ちょっとだけ感心してしまったのは内緒。
 もっとも、事実は、確かに大らかって言うのが当て嵌まっているのかもしれないんだけど、山本が天然人種だと知ったのは、それから少し経ってからの事だ。

 俺の感動を返せと思ったのは、まぁ秘密って事で……

「でも、山本が助けてくれなかったら、もっと酷い事になってたのは事実なんだし!」

 そんなツナに対して、俺は咎めるように口を開く。
 だって、本気で俺が助かったのは山本のお陰なのだから……
 ツナにも、素直に感謝して欲しいと思うのは間違いじゃないよね。

「確かに、そうかもだけど……でも、の顔に傷が!」
「男なんだから、傷の一つや二つ気にする事ないから!それに、コレぐらいの傷なら、痕は残らないだろう?」

 俺の言葉に、ツナは複雑な表情を見せる。
 それでも、俺の言葉は真実を告げていたから、ツナは渋々と言った様子で頷いてくれたんだけど、続けて言われたそれに今度は俺が苦笑を零した。
 だって今更、傷が増えても気にする事なんてない。

 俺には、もう消えない傷が一つあるんだから……

「男だとか女だとか関係ないよ!に傷が付くのがいやなんだから!!」

 俺が慰めるように言ったその言葉に、ツナがまるで自分が傷付いたような表情で言葉を告げてくる。
 その顔は、俺の足にあるあの傷を見る時と同じモノで、俺は言葉に詰まった。

 だって、そんな顔をさせたい訳じゃないのだから……。

「まぁ、確かにツナの気持ちも分かるからなぁ……あんまり自分に無頓着なのも問題なんじゃねぇの?」

 何も言えなくなった俺に、今まで黙って話を聞いていた山本が間に入ってくる。
 一瞬言われた意味が分からなかったけど、それが何を意味しているのか分かって、俺はそっと山本を見上げた。

 山本は知っているのだろうか?俺の足のこと……
 だから、そんな事を言うのだろうか?

「山本?」
「そうだよ!は自分に無頓着すぎるの!!」

 その真意を伺おうとその名前を呼んだ瞬間、ギュッとツナに抱き締めらてしまう。

「…ツナ…」

 抱き締めながら言われたそれは、俺にとって何度も言われてきた言葉で、困ったように俺はただツナの名前を呼ぶ事しか出来ない。
 だって、それは俺自身が分かっている事だから……

「……ごめんね…」

 俺がツナを傷付けてしまったのは、消せない事実。
 だから、俺はそれを素直に口に出す。
 勿論、許してもらえるとは思っていない。
 それだけ、俺は大切な人を傷付けてしまったのだから……。

 それは、あの子供の時に……。

 でも、それに対して後悔なんてしていない。
 だって、俺は、大切な人を失いたくなかったから、その為に自分が死んでしまっても、それはそれで良かったのだ。
 ただ、目の前のこの大切な自分の半身が笑ってくれさえすれば、それだけで良かったのだから……

「謝って貰いたい訳じゃないよ……謝るぐらいなら、これ以上自分を傷付けるのはやめてくれるよね?」

 少し離れて、真っ直ぐに俺を見詰めてくる琥珀の瞳。
 だけど、確認するように言われたその言葉にフッと視線を逸らす事しか俺には出来ない。

 だって、約束できないと自分が一番良く分かっているから……

 そんな俺に、ツナは悲しそうにその琥珀の瞳を細めて俺を見ている。
 見られている事が分かっていても、俺はその瞳を見返す事が出来なかった。

「……俺は、そろそろ教室に戻るらねぇとな。ツナはまだここに居るんだろう?」

 重い沈黙が続く中、時計を確認したのだろう山本が口を開いたそれにハッと顔を上げる。

「そうだね。もう少しは休ませておきたいから……」
「了解!先生には上手く言っといてやるからな」

 山本の言葉に、ツナが素直に頷いて返せば、当然と言うように山本はそれだけを言って部屋から出て行ってしまった。

「ツナ!俺も教室に戻るから!」
「ダメ!言ったよね。もう少し休ませておきたいって……それぐらいは、聞いてくれるよね?」

 ツナの言葉に反発するように口を開けば、静かに言われる言葉。
 疑問符が付いているのに、それは否と言わせない響きを含んでいた。

 分かっているのだ、ツナが俺の事を大切に思ってくれている事は、誰よりも一番分かっていのだ。
 だけど、俺はツナが危険になったら、迷わずに体を前に動かしてしまう事を知っている。
 それは、もう何度も何度も繰り返してきた事だから

 俺なんかと違って、ツナは超人的な運動神経をしていると分かっていても、その行為を続けてしまう。
 これはもう、一種の病気かもしれない。

 そして、何度そんな俺をツナが助けてくれたんだろう。
 今にも、泣きそう表情で……

 だから、俺はただコクリと頷いて返す事しか出来ない。
 これ以上、ツナの悲しそうな表情を見ていられないから……

 頷いた俺に、ツナがホッとしたような表情を見せる。
 それに、俺もホッと息を吐き出した。

「……ごめんね……」

 俺が居るから、綱吉がそんな表情をする。
 もしかしたら俺がいない方が、綱吉は笑ってくれたんだろうか?

 それは、分からない。
 だって、もしもの世界なんて、そんなの永遠に分かる筈がないのだから

 俺は今、ツナの隣に居るのが当たり前になってしまっているのだから……

「言ったはずだよ、謝って貰いたい訳じゃないって……それにね、が無茶をするのは、オレの為だって分かってるから……無茶しないって言う約束が出来ないのなら、コレだけは守って欲しい。オレのいない所で勝手に居なくなったりしないで!お願いだから!!」

 ギュッと抱き締められて、綱吉の体温に包まれる。

 何度、俺はこの腕に抱き締められてきたんだろうか?
 そして、何度こんな風に必死な声を聞いてきたんだろう。

「……約束、するよ……ツナ」

 だからこそ、これ以上この人が悲しまないで済むように俺はその温もりを抱き締め返しながら頷いて返して、誓いを交わす。

 俺の言葉に、綱吉は更に抱き締める腕に力を込めた。