えっと、初めまして沢田です。
 はい、プロローグを見て、死んだと思ってしまった人も居るかもしれないんですが、俺はちゃんと生きてます。
 幸いな事に、事故の被害は足一本で済みました。

 って、別段足がなくなった訳でもありません、ちゃんと足は付いてますよ。
 俺は、大好きな人の命と引き換えに、一生走れない体になっちゃいました。

 だからと言って、後悔はしてません。
 だって、それは自分で納得して行動した事なのだから……

 だから、俺の右足にはその時の傷が生々しく残されている。
 走れなくなったけど、歩けるんだからそれで十分だ。

 でも、そのお陰で、兄が過保護になってしまったのは言うまでもないことだろう。



 

 

 


 

 

 



、そろそろ起きないと遅刻するよ」

 ジャッとカーテンを開ける音がして、室内に朝の明るい光りが入り込んでくる。
 それを何処か遠くに感じながら、もぞもぞと蒲団の中に顔を隠した。

!こら、起きないと置いてくよ!」

 そんな俺に、直ぐ傍から声が聞える。
 怒っていると言うよりも、呆れたと言うようなその声は、俺の一番大好きな人の声。

「………ん〜っ、もうちょっとだけ……」
「駄目だよ、そう言って昨日も遅刻したよね!ほら、起きて!!今日遅刻したら、風紀委員長に咬み殺されちゃうよ」

 そんな大好きな人の声であっても、何よりも寝る事をこよなく愛している俺は、ほんの少しの睡眠を優先させようと蒲団の中で丸まった。
 だけど、そんな俺に慌てたように言われた言葉が眠りを妨げる。

 風紀、委員長?………咬み殺す………??

 聞えて来たその内容に、俺の意識は幸せな夢の中から一気に覚醒させられてしまった。
 今日遅刻したら、連続3回で、確実に咬み殺されてしまうのは並盛中学では一般的な常識です、はい。

「……おはよう、ツナ兄……」

 突然ガバリと起き上がった俺に、驚かされたのであろう瞳を見開いて自分を見詰めている双子の兄へとヘラリと笑って挨拶。

「おはよう、……でも、急に起き上がるのはやめて、心臓に悪いから……」
「え〜っ、それって俺の所為?ツナが、先に心臓に悪い事言うから……」
「心臓に悪いって、本当の事だよ!今日遅刻したら、連続3日になるんだからね!!」

 少しだけ怒ったように言われたのは、確かに事実。
 呆れているのは、何度も俺の事をちゃんと毎日起こしてくれているのにも関わらず、起きられない自分の所為。

 その所為で、ツナも一緒に遅刻させてしまうのだから……
 だから、今日遅刻してしまうと、あの風紀委員長に咬み殺されてしまうのだ。

 俺なんかに、付き合なくてもいいのに……
 あっ、こんな事を考えてたら、またツナに怒られるよなぁ……

「ほら、走れないんだから、早く準備しないと今日も遅刻になっちゃうよ」

 そんな事を考えていた俺の耳に、急かすようにツナが声を掛けてくる。

「ごめん、ツナ……」
「謝らなくてもいいから、早く準備する!」

 バッと蒲団を取られて、俺はただ苦笑を零した。

 俺、沢田は、並盛中学校に通うごくごく普通の中学1年生。

 この中学校へと通う事になって驚かされたのは、風紀委員と言うのが不良の集団で、その頂点に君臨している人がまた凄い人だと言う事だった。
 入学式の日に、ちょっと転びそうになった俺がぶつかった相手が、このとんでもない人で、きっと、入学して最初に咬み殺されそうになった入学生は俺一人だろう。

 業とじゃないのに、問答無用で何処から出したのかトンファーと言う武器(後でツナに聞いた)を振り上げた相手に、これまた何時の間に現れたのか、間合いに入ったツナが俺の事を庇ってくれたんだけど……
 あの時の事を思い出すと、今でも震えがくるぐらい怖かったんです、ツナの空気が……

 えっと、ツナこと沢田綱吉は、俺の双子の兄。
 そんでもって、俺と違って勉強も出来てスポーツも万能な自慢の兄だ。
 そして、知らなかったけど、この並盛町では結構有名な人だったらしい……うん、あの時に初めて知ったんだけどね。

「ほら、朝御飯食べないと、大きくなれないよ」
「う〜っ、ツナが意地悪言う……」

 眠い目を擦りながら、制服に腕を通している俺に、ツナが容赦ない言葉を投げ掛けてくる。
 それは、双子なのに4cmも身長が違う自分を哀れんでいるのだろうか……って、そんな事絶対にないと分かってるけど、身長の事を言われるとどうしても卑屈になってしまうのは止められない。

 でも、ツナだって平均より低いじゃん…って、俺はそれ以上に低いんだった……

「意地悪じゃないよ。はそんなに食べる方じゃないんだから、朝御飯くらいはしっかり食べないとダメって言ってるんだからね」

 ボソリと呟いた俺に、ツナが言葉を返してくる。って、聞えてたんだ……
 流石、医者を目指しているだけの事はあって、その言葉には十分な重みがあります・…ちゃんと朝御飯は食べよう、起きられたら……xx

「善処しますぅ……ツナ?」

 返事を返しながら、ズボンを着替えていた俺の視界に、ツナの複雑そうな表情が見えて俺は首を傾げてその名前を呼ぶ。

「…うん……ごめんね」
「何が?」

 不思議そうにツナを見た俺に、申し訳ないと言うように謝罪の言葉を貰ってしまい、俺は意味が分からずにただ首を傾げた。

 いや、その謝罪の意味が何を表しているのか本当は分かっている。
 だって、ツナは俺のコレを見た時にいつも同じ表情をして申し訳なさそうに謝罪をするのだ。

 だけど、俺はそれに気付かないフリをする。
 もしも、俺がその事に気付いていると知られてしまったら、ツナはもっと自分を責めてしまうから……。

「ううん、なんでもないよ」

 それに、知らないフリをすれば、ツナは笑ってくれる。
 だから、俺は何も知らないフリをするのだ。

「ツっくん、ちゃん、早くしないと朝御飯食べる時間がなくなっちゃうわよ!」

 部屋の外から母さんの声が聞えてきて、俺とツナは同時に顔を見合わせただ何となく笑ってしまった。
 うん、この笑顔が見られるのなら、俺は何も知らないフリをし続けるよ。

 それが、俺に出来る唯一の事だと思うから……。








 って、そう思っていたのに、何で足手纏いにしかならないんだろう。

 今日は、遅刻せずに済んだ筈なのにも関わらず、何故にこんな事態になっているんでしょうか?
 お願いですから、誰か俺に教えてください。

「あ、あの、俺、今日は遅刻してないんですけど……」
「うん、そうみたいだね」

 って、言いながらトンファーを振り上げるのはやめて下さい!本気で、死にますから、俺は!!

 避けられないと思って、慌てて両手で顔をカバーする。
 その時、手に持っていた鞄を盾にするように持った……って、それぐらいなら、俺でも何とか出来ますから!

!」

 ギュッと目を瞑って衝撃に備えていたけど、一向にその衝撃が来ない事を不思議に思って、俺は恐る恐る目を開いた。

「行き成り何してくれちゃうんですか、風紀委員長さん」

 そして、目の前に見えたのは、何だろうこのデジャヴ……
 まるで、入学式の時のような状態が目の前に広がっているように見えるんですけど……

 どうやら咄嗟に、ツナに庇ってもらったようだ。
 俺は、ツナに庇われている今のこの状態で、その背中を見詰めてしまう。

 ちょっと離れた場所に立っていたのに、どうやって間に入ったんだろう?
 入学式の時にも疑問に思ったんだけど、やっぱり今回も謎なんですけど……

「ふ〜ん、やっぱり、そいつの事を庇うんだね、沢田綱吉」
「当たり前ですよ。はオレにとって大切な相手ですからね」

 俺との間に入っているツナを見て、不敵な笑みを見せているこの学園の風紀委員長にして、最強の権力者でもある雲雀恭弥…様?って、様つけなきゃダメ?いやいや、思考の中ならなんて呼んでもOKだよな?

「…君にそんな奴が居たなんて、噂なんて、やっぱり当てには出来ないみたいだね」

 考え込んでいた俺の耳に、風紀委員長の声が聞えてきて、首を傾げてしまう。
 噂って、何の事だろう?

「何の噂か知りませんけど、に手を出すと言うのなら、オレも手加減はしませんから!」
「ふ〜ん、君と本気で殺り合いたいなら、そいつをダシにすれば良い訳だね」

 いや、殺るって字が違います!それに、俺を勝手にダシにしないで下さい、マジで!!

 勝手な事を言う風紀委員長に、俺は心の中で思いっきり突っ込みをしてしまった。
 いや、声に出して言うと、なんと言うか、命が無いような気がしたので、心の中でしか言えない俺は、どうせ小心者ですよ。

「何勝手に、人の弟をダシにしようとしてるんですか!大体、何かある毎に人に奇襲を掛けて来ないで下さい!」

 俺の心を読んだように、ツナが文句を言ってくれる。
 だけど、一つ目は確かに俺も思った事だったけど、続けて言われた内容は全く違うモノで、俺は一瞬言われた意味が分からなかった。

 えっと、何かある毎に、奇襲って、ツナに、風紀委員長が??

「って、何でツナが奇襲掛けられてるの!」

 頭で整理した内容に、思わず大声を出してしまう。
 そんな俺に、目の前の二人が見事に固まった。

、急に大声出さないでよ……」
「……そう言えば、まだ草食動物が居たのを忘れていたよ」

 いや、確かに俺は草食動物に近いかも、だって肉類ってそんなに好きじゃないし……って、違うから!
 驚いたと言うようにツナに名前を呼ばれて、続けて風紀委員長に言われたそれに心の中で突っ込んで、って、また俺突っ込んでるし……いや、虚しくなってる場合じゃなくて!

「だから、何でツナが奇襲掛けられてるの?」
「さぁ?そこに居る、風紀委員長に聞いてくれる」

 俺の疑問に答えてくれたのは、風紀委員長のトンファーを軽々と避けているツナ。(でも答えになってないです)

「そんなの決まってるよ。僕は強い奴と殺り合いたいだけだからね」

 って、こっちはツナに避けられたトンファーを全く気にした様子もなく、寧ろそれを読んでいたように更に攻撃を仕掛けている風紀委員長さん。
 その動きは、流れるようで、全く無駄な動きなど無いです。

 んで、ツナはツナで、攻撃を避けるだけで、反撃は全くしていないのが見ていて直ぐに分かった。
 うん、ツナは優しいから、誰かを傷付けるなんて、そんな事出来ない人だもんな。
 だからこそ、攻撃を避ける事はしても、反撃する事はしない。

 でもなんだろう、本当に風紀委員長さんが活き活きとして楽しそうに見えるんですけど……逆に、ツナはものすっごく迷惑そうな表情なんだけど、ね。

「…えっと……」

 この場合、俺はどうしたらいいのだろうか……
 風紀委員長さんにとって、俺はツナを相手する為のダシだったみたいだから、念願叶ったんだから、多分もう必要は無いんだろうなぁ……
 でも、一緒に登校してくれたツナを見捨てて先に校舎に入ってもいいモノだろうか??

 折角遅刻しなかったのに、このままだとまた遅刻になってしまうんですけど……

「あの、もう予鈴鳴ってるんですが……」

 調度聞えて来たチャイムの音に、俺はそっと二人へと声を掛ける。

 折角ツナが起こしてくれて、遅刻せずに学校に着いたと言うのに、俺の頑張りとツナの努力は無駄だったのか?!

「ちょっと、ヒバリさん!このまま人を遅刻させる気ですか!!」
「なに、今更一日ぐらい遅刻が増えても問題ないでしょ」

 って、遅刻させる気満々ですか?!

 俺の声を聞いて、ツナが文句を言えば、サラリと返されるとんでもない言葉。

 って、遅刻しても遅刻しなくても、一緒って何ですか!俺の頑張りは??何よりも大切な睡眠が減ったって言うのに……
 遅刻しても問題ないとか、それが風紀委員長さんのお言葉ですか?!って、不良の頂点に君臨してる人に今更風紀の内容を主張しても意味ない事なんでしょうか、誰か教えてください。

「あ〜っ、またやってるのな」

 途方に暮れている俺の耳に、呆れたようなでも楽しそうな声が聞えて、思わずそちらへと視線を向ける。

「えっと、誰?」

 そこに居たのは、どう見てもジャージ姿の学生。
 手に持って居るスポーツバックから覗いているのはバットの柄だから、野球部なのだろうか?

「俺は、山本武、ツナとは同じクラスなんだ。お前は、ツナの弟のって言うんだろう?」

 俺の質問に、目の前の人物が爽やかな笑顔で自己紹介してくれる。
 でも、ここで爽やかに自己紹介している場合じゃないような気がするんだけど……

「うん……えっと、山本くん……」
「くんはいらねぇよ」

 それに、俺が彼の苗字を呼べば、これまた爽やかな笑顔でくん付けを拒否されてしまいました。

「あっ、うん……じゃなくって!何、そのまたって!!」

 その爽やかな笑顔に流されそうになったけど、一番初めに言われた『また』って言う言葉は聞き流せないから!

「何だ、ツナから聞いてないのか?あの委員長の奴一日一回は、ツナに喧嘩吹っ掛けてるぜ」

 さらりと言われたその言葉に、絶句する。
 そう言えば、時々ツナのクラスの方から破壊音がしてたのって、もしかしなくても、もしかする?

「お陰で、教室がボロボロで、毎日片付けるのも大変なのなぁ」

 いや、そこ笑いながら言う事じゃないから!って、むしろ、他の人達に被害が無いのかそっちの方が心配なんですけど……
 綱吉さん、あんた一体何やっちゃってるんですか?
 そして、なんでそんな人から喧嘩売られているのに、無傷なんですか?

 いや、確かに、入学式の時、不良達を返り討ちにしてたって噂のスーパー小学生が双子の兄である綱吉だと言う事を知ったのは知ったけど、本気でそんなに強いなんて、欠片も知らなかったんですけど……
 えっと、確か、風紀委員長さんって、この並盛では殆ど最強と言ってもいい相手だったよね?
 その相手とほぼ互角以上に戦っているツナって、一体……

「えっと、あそこに居るのって、本当に俺の双子の兄さんだっけ?」

 いや、全くの別人だと言われても、納得しちゃいます。
 ええ、他人の空似ですよね、本気で!!

「おいおい。何言ってるんだよ、どう見たって沢田綱吉じゃねぇかよ」

 だけど、俺の心の声を綺麗に否定してくれたのは、綱吉のクラスメートの山本武その人だった。
 いや、だって、ありえないから!不良を返り討ちにしてたって言うのも、正直言って信じてなかったのに、目の前でその実力を見せられてもまだ信じられないモノは信じられないのだ。

「山本!良い所に、悪いけどを連れて、先に教室に行っててくれる?は絶対に走っちゃダメだからね!」

 って、そこで何で余裕さえ見せて、こっちに声を掛けて来る事が出来るの?
 委員長さんはそんなツナに、不機嫌そうにトンファーを向ける。

「……そんなに余裕があるなら、反撃してみなよね」

 何て言ってるから、ツナが攻撃してこない事に不服なのだろう。
 まぁ、普通はそうだろうけど……

 ツナがああ言ってくれているから、先に教室に行ってもいいって事なんだよなぁ?
 もっとも、今から教室に向っても、俺の足だと間に合わないのは確実だけど……

「ツナもああ言ってるし、先に行こうぜ」

 そして、ツナに言われた通り、山本が俺を促して歩き出した。

 確かにそう言ってくれているけど、本当に先に行っても良いのか、チラリと振り返って二人を見れば、うん、見なかった方が良かったかも……
 ツ、ツナってばあのエモノは、何処から出してきたんだろう??
 今の今まで何も持っていなかったツナの手には、金属バット……チラリと隣に居る山本のバックを見れば、そこに見えていたバットの柄が見えない。

 い、何時の間に渡したんだろう。
 俺、普通の人だからな、本気で分からないんですが……
 何時の間に、そんな遣り取りが合ったんですか?!

 それに、野球部である山本さん、大事なバットが武器になってもいいんでしょうか?
 いや、まぁ、ツナがトンファーで殴られる心配がなくなったのは嬉しいんだけど、今から登校して来る人達に被害がない事を心から願っております。

 心の中で合掌していた俺は、全く回りを気にしていなかった。

!」

 突然名前を呼ばれて振り返る。
 でも、正直振り返った事を後悔した。

 目の前に迫ってくるのはどうやら、風紀委員長さんが壊した校門横の塀の欠片……他の人に被害がとか言ってる場合じゃなかったようで、俺が一番の被害者になってしまったようだ。
 そう思った時に、グイッと誰かに腕を引っ張られたのと、頭に受けた衝撃の為に、意識が遠去かっていったのは殆ど同時。

 そして、俺は、顔に傷付くと、母さんが心配するのになぁなんて、暢気な事を考えながら、そのまま意識を手放した。