正直言ってかなりヤバイ。
 いや、何がやばいって、俺自身がヤバイ。

 なんでこんな所に神の社なんてもんがあるんだよ!
 神の領域に入った事で、『昼』の能力は封印状態。俺の能力も、半分の力しか出やしねぇ。
 しかも相手の神は、忘れ去られて荒神と成りつつある状態で、人の話を聞きゃしねぇし……。
 任務終わって直ぐつー事もあって、ハッキリ言って疲れている状態なのに、一族の仕事までしなきゃならねぇなんて、分かっていたら任務の方はもっと手を抜いていたのに……。

 悔んでも始まらねぇが、そう思わずには居られない。

 に、しても……『昼』よりも強い力を持つ神の領域なら一族の文献に残ってても可笑しくねぇのに、俺はこの神の存在を知らなかった。
 木の葉の里から少し離れただけのこの森の中なら、間違いなく文献に記載されているはずなのに、聞いた事もなければ、見た事もない。

「どうなってんだよ……」

 荒神とは、何十年と忘れられた神が行き着く姿。
 この状態から考えて100年以上は軽く過ぎているだろう。
 既にこの神は、話を聞く事も出来ない状態なのだから……。

『足を、引っ張ってすまない……』

 俺の腕の中で、謝罪する『昼』の声に思わず苦笑を零す。
 こんなにしおらしい『昼』を見られるのは、正直言って珍しい事だ。

「気にすんな……でも、一つだけ教えてくれると助かる……あの神の名前を教えてくれ」

 風が刃となって自分に向かってくるのを避けながら、『昼』へと問い掛ける。
 名前が分からなければ、救えるモノも救えない。

『……すまない、オレも知らないヤツだ……が感知していない神かもしれない……』

 しかし、俺の問い掛けに返されたのは、予想通りの答えだった。
 俺も、が管理している神の名前は全て頭の中に収めているつもりだ。
 なのに、この神についての文献がないと言う事は、一族が知られずに居た神と言う事。

「……予想通りの答えだな……さて、どうしたもんか……」

 この結界の中から抜け出すか、神の名前を知らなければ道を切り開く事は出来ない。

 攻撃方法から考えれば、風を操る神……風神系……。

 必死で頭の中で文献を捲る。それに相当する神の名前を頭に浮かべた。
 しかし、幾ら思い出しても、該当するモノは何も浮かんでこない。

「……の拠点地からそんなに離れてねぇのに、何で管理されてねぇんだか……」

 巻き上がる風の刃を避けながら、文句を言うぐらい許してもらえるだろう。
 それだけ、今の状態は最悪なのだから……。

 今日の任務を無事に終えて、この神のテリトリーに入ってから、一体どのぐらいの時間が経ったのだろうか。
 ハッキリ言って、今の俺には時間の感覚も分からねぇ……。
 任務が終わったのは、何時も通りだったから、流石にナルト達も家に帰っているだろう。

「……心配、させちまうだろうな……」
『器のガキ達か……ここに入って結構な時間が過ぎているからな……』

 考えた事に呟けば、『昼』が小さく息を吐き出して返してくる。
 逃げ回っているだけだと言っても、体力的には限界が近い。

『何とか、ここから抜け出す方法を考えるぞ』
「おう、流石に疲れたから、俺の代わりに考えてくれ。俺は逃げる事に専念した方がいいだろうしな……」

 『昼』の言葉に思いっ切り同意する。

 人任せと言われても、今の俺の状態では、攻撃を避けるだけで精一杯なのだ。
 それを証拠に、初めの頃にはきちんと避けられていた攻撃も、今では俺の暗部服にその傷跡が残るようになってしまっている。
 体に攻撃が当たるのも時間の問題と言ったところだ。

「……俺が、ミンチになる前に、答えを出してくれる事を祈ってるからな……」
『心配するな。お前がミンチになるのなら、オレも一緒になっている』

 疲れた体に鞭打って攻撃を避ける俺が本気でお願いしたその言葉に、『昼』からごもっともな意見が返される。

 まぁ、俺が抱えてんだから、『昼』も一緒に攻撃されるわなぁ……。
 本気で疲れて、頭働いてねぇかも、俺……。
 あ〜っ、早く帰って、風呂入って寝てぇよなぁ……。




 何時ものようにと任務を終わらせ、戻ろうとした瞬間体から力が奪われる感覚。
 力なく落ちそうになったオレをが慌てて抱き止めてくれたが、それでも力は全く入らない。

 この感覚には、嫌と言う程覚えがあった。
 自分よりも、強いモノの結界内に入ったと言う証。
 数刻前には、そんな力は感じられなかったのに、今ではオレの力は全て失われてしまっている。

 何故こんな事になったのかは分からないが、これだけは言える。今のオレでは、の足手纏いになってしまう。
 それを証拠に、オレを胸に抱いたまま相手の攻撃を避けることしか出来ないは、かなり疲労している事が分かる。

 こちらからは攻撃出来ない状態なだけに、厄介以外の何者でもない。
 に、ここから抜け出す方法を考えると言ったのは、それだけが今の自分に出来る唯一の事だから……。
 『夜』に連絡が取れれば、あいつを結界の外に呼び出す事も出来る。
 そうすれば、この結界の出口が分かると言うのに、今のオレには『夜』に連絡する事さえ出来ない。

 先程から、風の刃がを傷付けている。
 オレが傷付かないようにぎゅっと抱き締めるように攻撃を避けているから、だからだけが傷付く……。
 誰よりも大切な、自分にとっての唯一の存在に守られて、オレはその存在が傷付いていくのを見ている事しか出来ない。

『……、オレを降ろせ。お前一人なら、何とかなるだろう』
「……絶対ヤダ……立つ事も出来ねぇ奴を置き去りにするなんて事、ぜってぇ出来ねぇかんな。馬鹿な事言ってねぇで、さっさと回避方法考えてくれ……」

 ザッと、風がの綺麗な顔に傷を作る。

『馬鹿な事じゃない。それが、一番イイ方法だと言っているんだ!』

 の白い頬を流れていく赤い血を前に、オレは更に言い募った。

「馬鹿な事だろう!俺が出来ないって分かってんのに、そんな事考えてんだからな!」

 オレの言葉は、の怒鳴り声で返される。
 言われたそれに、オレは言葉を失った。

 分かっている。確かにがそんな事が出来ないと言う事を、一番良く分かっているのは、オレだ。
 だからこそ、オレや『夜』にとって、何者にも代える事は出来ない存在なのだから……。

「……『昼』」

 の言葉で俯いたオレに、そっと優しく名前が呼ばれた。その声に顔を上げれば、金と深い紺色の瞳がオレを優しく見詰めている。
 力強く感じられるその瞳は、決して諦めてなどいない。

「大丈夫!運だけは、間違いなくいいからな。絶対に何とかなるって!」

 ニッコリと言われた言葉に、オレは驚いて瞳を見開いた。だが、そんなを前にフッと笑う事で返す。
 それが、精一杯のの言葉だと分かっているからこそ、弱気な事を考えてしまった自分を恥じた。

『そうだな……お前の悪運の強さだけは、最強だからな』
「違うだろう!俺の日頃の行いに神様がなぁ……」
『ああ、分かった、分かった。馬鹿な事言ってる場合じゃない、来る』

 の言葉に嫌味で返したオレに、文句を言ってくるのを遮って注意を促す。

「了解!……ここ抜け出した暁には、素直に『夜』特性のチャクラ回復料理食うしかねぇんだろうなぁ………『昼』、肩に居てくれ…抜け出す準備するかんな」

 敵の攻撃を避け、一瞬何かを感じ取ったようにがある一点へと視線を向けると、笑みを浮かべた。
 そして確信したように言われた言葉の意味が分からずに問い掛けようとした瞬間、両手で抱き締められていた体が肩へと担がれる形になる。

?』

 突然のの行動に驚いてその名前を呼ぶが、後ろ向きに抱えられた状態では何が起こっているのか全く分からない。
 今まで逃げる事だけに専念していたが突然行動を起こしたと言う事は、外に誰か来たと言うのだろうか?
 の力は、オレと違って全てが失われる訳じゃない。だから、何も感じる事の出来ない今のオレと違いが外に何かを感じたとしても、それは不思議な事じゃない。

 外に道が出来れば、残された力でここから抜け出す事も出来るのだ。
 外への道が分かれば、確かに目標をそちらに向ければここを抜け出す事が出来る。それには、オレを腕に抱いていては、印を結ぶ事も出来ないから肩に担いだのだろう。

「………荒ぶる神が放ちしその力を我力に代え封印する……『力鎖封印術』」

 だが、納得して大人しくしていたオレの耳に聞えてきたその声に、一瞬耳を疑ってしまう。
 のやろうとする事を理解して、オレは力の入らない体でを振り返ろうと体を動かした。

 勿論、それは望んだ動作に結びつく事は出来なかったのだが……。
 無力な自分を再度呪った瞬間だった。




「………荒ぶる神が放ちしその力を我力に代え封印する……『力鎖封印術』」

 一つの印を組みその術を相手に向けて放つ。
 この術が決まらなければ、ハッキリ言って最後だろう。

 相手の力を跳ね返して使うと言うこの術だが、それを跳ね返すには自分のチャクラが必要なのだ。
 半分の力しか出せねぇ今の俺に、この術が完全に使いこなせるとは思っていない。

 これは、単なる足止めの力。

 一瞬だけでいい、ほんの一瞬だけ動きを封じる事が出来れば、外に出られると確信している。
 そう、はっきりと感じる事が出来るのだ。この結界の外に確かな存在を……。
 出口を照らしてくれる光の存在を感じる今だからこそ、迷う事無く抜け出せる。

、その術では……』
「分かってる!心配すんなって!」

 俺が仕掛けた術に驚いて『昼』が心配気に声を掛けてくるそれに、俺は返事を返して肩に担ぐ状態だった『昼』を腕に抱き戻した。

「……これは、ほんの数分でも動きを止められれば良いんだよ……」

 この術は、放たれた攻撃を自分の力にしてその動きを封じるモノだから……。
 自由と言う名の風を操る荒神に、この術が役に立たない事はちゃんと分かっている。だけど、本の一瞬でもその動きを止める事が出来れば、ここから抜け出せるのだ。

 俺に向けて放たれた風が、そのまま荒神の動きを封じる。
 一瞬出来たその隙を逃さず、感じる事の出来る光の方向へと走り出した。

 結界の中に居てもハッキリと感じ取る事が出来る存在が、俺に出口を教えてくれたのだ。
 きっと心配して来てくれたのだろうその存在に、思わず口元が緩んでしまう。

 自分の術によって、動きを封じられた荒神の横を走り抜ける。その時見えたのは、古ぼけた社と、その横にあるのは割れた封印石。
 それを目の端に捕らえて、結界を迷う事無く外へと走った。通り抜ける時の不快な感覚を肌に感じながら、俺と『昼』は無事に外へと飛び出す事ができたのだった。