「疲れた!」
もう既に自分の家よりも居心地のいい場所となっているの家に戻ってきた俺の第一声はそれだった。
本当に、忍び不足だって言っても、じーちゃん子供を働かせすぎだと思うよなぁ……。
『お帰り、ナルが一番だね』
疲れた体をそのままソファに預けた俺に、『夜』が声を掛けて来る。
勿論、服に返り血を浴びるなんてそんなヘマをしてないから、こんなにのんびり出来るんだけど……。
「ただいま、『夜』。達はまだ戻って来てないみたいだな」
『うんお帰り。今日は、ナルが一番だよ。あっ、でもシカが戻ってきたみたいだね』
声を掛けてきた『夜』にもう既に定着した挨拶を返す。もっとも、その挨拶を返さなければ、『夜』の機嫌が悪くなるのを知っているし、何よりも帰ってきたんだと思えるから、嫌いな言葉じゃない。
そして、挨拶をすれば、笑顔で返事を返してくれる人が居るから……。
そう、今まで一人で居た俺だからこそ、手に入らなかったモノがここには、あるのだ。
温かく笑顔を向けてくれる確かな存在が……。
俺の言葉に笑顔で答えてくれた『夜』が、ドアへと視線を向ける。確かに『夜』の言うようにシカマルの気配を感じて、俺もそちらへと視線を向けた瞬間、その扉が開かれた。
「ただいまっと、ナルトしか居ねぇのかよ?」
タイミングよく扉を開いたシカマルが、自分の姿を確認してから、意外そうに質問してくる。
「お帰り。はまだだ」
『お帰り、シカ。それじゃ、二人ともまずはお風呂が先だね。早く入って来てね』
入って直ぐの質問に返事を返せば、続けて『夜』もニッコリと笑顔。そして、風呂場へ行く事を勧められた。
確かに、返り血を浴びるなんて事はしていないけど、血の匂いをさせている状態なのだから、『夜』の言い分は最もだ。
言われた事に素直に従って、シカマルと一緒に風呂場へと向かう。
「珍しいな、がまだ戻って来てねぇなんて……」
脱衣所で暗部服を脱いでいる中、シカマルが呟いたその言葉に不安が胸に広がった。
今まで、個人で任務になる事は少なくはないのだが、そう言った場合、一番最後に戻ってくるのはシカマルなのだ。
俺との順番は入れ替わるけど、シカマルが最後になる事だけは変わった事がない。
だからこそまだ戻って来ない、に不安を覚える。
に渡されていた任務はそんなにも、難しいモノだったのだろうか……。
「ここで、心配しもしゃねぇんだけどよ。それに、今日は偶々つー事も考えられるからな……」
考え込んでしまった俺に、慌ててシカマルが慰めるように言葉を続けた。
大きな風呂にゆっくりと入りながら、そう言ってくれるシカマルに頷くけれど、心の中ではそれを否定する何かを感じる。
こう言うのを虫の知らせと言うのだろうか?
「嫌な予感がするんだ……」
ずっと何も言わずにシカマルの言葉を聞いていた俺は、その不安をポツリと口に出す。
確かにの力を知っているから、シカマルの言葉には同意出来る。だけど、そう思っても反発するようにどんどん不安が大きくなるのだ。
「んなに気になるんなら、後で様子を見に行きゃいいだろう」
気になって仕方がないと言った様子の俺に、シカマルが小さくため息をついて提案してくれる。
その言葉に、俺は勢い良く頷いた。
だけど、俺にはの気配を探る事は出来ない。
じーちゃんの所に行けば、何か分かるかなぁ……。考えながら、温かなお湯に不安な気持ちを流すように急いで体を洗い始める。
何時もよりも短い時間で風呂から上がり、リビングの扉を開いて中を覗いてみても、まだが戻って来た様子ない。
「あれ?『夜』も居ない??」
そして、自分達が戻って来た時に出迎えてくれた黒猫の姿も見当たらない事に気付き首を傾げてしまう。
「あいつの事だから、夜食の準備でもしてるんじゃねぇのか」
「……そうかも……でも、遅い……」
俺の呟きに、シカマルがあっさりと答えてくれる。確かに、それは考えられる事だから、俺は頷いて返した。
そして気になるのは、今だに戻って来ないの事。チラリと時計に目をやれば、何時もならどんなに遅くても戻ってきている時間。
「どうすんだ。様子見に行ってくるのかよ?」
複雑な気分で時計を見ている俺に、シカマルが問い掛けてくる。
「うん、じーちゃんの所に行って来る」
そんなシカマルに、俺は風呂場で考えていた事をそのまま伝えた。
の気配は、里No1と言われている俺でも感じる事が出来ない。だからこそ、に任務を渡した人物に確認する方が早いのだ。
「俺は、戻ってくるかもしれねぇから、ここで待ってる事にするぜ。それが、一番めんどくさくねぇからな」
「分かった。『夜』には伝えといてくれ」
「了解。こっちは、戻ってきたら、心話で連絡する」
シカマルの言葉に頷けば、それを確認して定位置のソファに座りもう既に物色してきたのだろう本を読み始めている。そんなシカマルの姿を見て苦笑を零してから、俺はじーちゃんの所へと急いだ。
と違って、『渡り』を使う事が出来ないから、自分の持てる最大のスピードでじーちゃんの居る火影の執務室を目指す。
「じーちゃん!」
里の中心に位置している火影の執務室へと辿り着いた瞬間、勢い良く窓から飛び込む。
「なんじゃ騒々しいのう。それに、窓から入ってはならんと……」
「が戻って来ない。今日のあいつへの任務って一体どんなモノ渡したんだよ!」
窓から飛び込んだ俺に、じーちゃんがため息をつきながらお小言を口にするよりも先に問い掛ける。
俺の行き成りの質問に、じーちゃんは一瞬驚いたような表情を見せたけどそれは本当に一瞬で直ぐに火影の顔になった。
「……他の者への任務は他言無用じゃ、それはお主でも例外ではないぞ」
「んな事は分かってる!でも、こんな時間になってもが戻って来ないなんて事、一度だってなかったんだぞ!」
予想通りの反応を見せたじーちゃんに、俺はバンッと机に両手を付いて声を荒げる。
忍びの絶対条件なんて、今更言われなくたって分かっているけど、それでも聞かずにいられないのだ。
俺にとっては、既に大切で掛け替えのない存在だから……。
真剣にじーちゃんを見詰める俺に、何を思ったのか大きなため息をついてじーちゃんが持っていた書類の中から一枚を抜き出してそれを床へと落とした。
「手が滑って、書類が落ちてしもうた……ナルト、すまんが拾ってくれぬかのう」
「えっ?」
自分の足元に故意で落とされた書類、そして小さくため息と付きながら言われたじーちゃんのその言葉に、俺は慌ててその書類を手に取る。
それは、里へと渡されている任務書の控え。
「……それが、今日の『』への任務じゃ……」
そしてポツリと呟かれたじーちゃんのその言葉に、俺はパッと表情を明るくした。
「じーちゃん、有難う!」
じーちゃんに笑顔で礼を言って、書類の内容を頭に叩き込む。
頭に叩き込んだ書類をじーちゃんへと返し、俺はそのままその書類に書かれている場所へと急いだ。
勿論、その時出てきた場所は、入ってきた時と同じ窓で、きっとじーちゃんが、部屋でため息をついているだろうと分かっているけど、そんな事気にもしないで、俺はが居るであろう場所へとただ急ぐ。
不安は、どんどん大きくなるから……。