二人と別れて俺は、真っ直ぐに砦へと向かった。
 二人の気配を背中に感じながら……。


 その場に辿り着いて、そっと息を吐き出す。
 下調べの為に何度もこの場所に来ていたけど、やっぱり好きなる事は出来ないこの場所。


「……今は、『』だろう……まぁ、言っても直らねぇか……行こうぜ、さっさと終わらせてこんな場所ぶっ壊そう」

 『昼』に名前を呼ばれて、不機嫌そのままに言葉を告げた。こんな淀んだ空気の場所は、近くに居るだけで吐き気がする。
 こいつ等がこの場所を選んだのは、間違いじゃねぇかもしれないが、最悪な事には違いない。
 術者としては、誉めてやる方がいいのかもしれねぇけど……。

『術者は、地下だったな』
「……ああ……ただいま儀式の真っ最中、ってところだろう」

 スッと手を翳してゆっくりと気を高めていく。砦に張り巡らされた術者達の結界を解除する為に、高めた気を翳した手に集めその結界に叩き付けた。

『……無茶をする…そんな強引な解除など……』
「手順踏むのも、面倒なんだよ。ここの気は俺の神経を逆撫でる」

 淀みまくった空気。
 残虐な、殺戮が行われた砦。
 そして、地下では今のように術者達が暗殺の為の儀式を行う。
 ここは、昔からその為に遣われてきた砦。

は、何でこんなもん作ってんだ……迷惑極まりねぇ」
『……昔は、こんな事に遣われていた訳じゃないんだが……この場は神聖な地だったと言うのに、人間はやはり愚かだな』
が作ったつーだけで、術者にとっては格好の場所だな……」

 壊された結界を前に、盛大なため息をつく。
 一歩中に踏み出しただけで、術者達の愚かなまでの思考が流れてきて、俺は吐き気を必死で押さえ込んだ。

 俺がこの砦の設計図を持っていたのは、この砦を作ったのが俺の先祖だから。
 だから、この場所がどんな目的で作られたのか、誰よりも知っている。
 術者達が、この地下に居る理由も……。

 その場所が、術者の能力を引き出す為に作られた場所だからだ。
 そう、術者にとって一族は、もっとも尊敬された一族。
 だからこそ、その一族が作ったこの砦は、術者にとってはもっとも手に入れたい場所とも言える。

「行くぞ」

 纏わり付いてくる空気に嫌悪しながら、前へと進む。
 ここに居ても、任務は終わらない。
 それどころか儀式が完了してしまっては、取り返しのつかない事になってしまう。
 行きたくねぇけど、行かない訳にはいかない。
 そして、この砦をこんな目的に遣われる事から開放してやるのが、一族の生き残りである俺の仕事。

 地下に向かった俺が見たのは、儀式を行う術者達の姿。
 中央にあるのは、呪いを掛ける相手の拠り代。術は、後半時もすれば完成してしまうだろう。
 術者がこれだけ居れば、何とかなるもんだなぁ、何て思わず感心してしまう。それだけ、呪術は成功の道を進んでいた。

「だけど、そこまでだ」

 小さく呟いて、俺は持っていたクナイをその拠り代へと投げつける。

 普通の忍びだとその術を無理矢理終了させる事は出来ない。クナイを投げても、それは弾かれてしまうのが分かりきっている。
  だけど、俺もお前達と同じ術者。しかも、最強と言われた一族の末裔。

 投げたクナイは、拠り代を破壊した。
 その瞬間、呪術は掛けていた者へと跳ね返される。
 その場に居た全員が、何が起きたのか分からずに跳ね返された術で倒れていくのを確認して、ゆっくりとその真中へと飛び降りた。

「なぁ、術者って言うのは、誰かの幸せを導く為に呪術を行うはずだよな。例えそれが相手を呪い殺したとしても、それで誰かが幸せになるのなら、まだ許されるかもしれねぇ」

 言いながら俺はザッと自分達の術で苦しんでいる術者達を見回す。

「なのに、お前等は自分の私利私欲の為だけに呪術を施した。なぁ、プライドなんて、くだらねぇもんにしがみ付いて何になるんだ」

 愚かな者達。

 自分のプライドを守る為だけに、この場に居るお前達は、もう既に術者とは呼べない。

「お前達は、術者として間違った道を選んだ。だから、終わりだ」

 本当はこのまま放って置いても、こいつ等の命は自分達の術によって尽きる運命にある。
 そう言う呪術を行っていたのだから返されたそれは、倍の力となって施していた者を苦しめるだろう。

 それが、失敗した呪術の代償。

 だけど、最後の情けだ、幸せな夢を見せてやるよ。
 苦しみながら死ぬはずだったお前達に、最後に夢を見せてやろう。

 俺は、一番使い慣れた印を何時ものように組んで行く。術者達のうめき声を耳にしながら慣れた印を組む。だが、その中で、ある気配を感じて俺は正直言って慌てた。
 何時の間に来たのか分からないが、その気配を俺が間違えるはずはない。

『『昼』!ナルトが来てる。頼む!!』

 俺は、慌てて『昼』へと心話を送る。

『分かった』

 俺の声に、『昼』が直ぐに返事を返して動くのを感じながら、そのまま印を組んで行く。
 この術を掛けている今の状態で、俺は動く事は許されない。途中で術を止める事は、俺自身を危険にさらす事になる。

 この術は、呪術と忍術の組み合わせられた術。
 だからこそ、失敗された術はその術者へと返されるのだ。

 『昼』がナルトを引き離した事を感じて、ほっとしながら最後まで印を組み終える。
 そして、その場に居た者が誰も動かなくなった事を確認してから、息を吐き出した。
 何とか、自分の任務を終わらせてほっとする。

 ナルトがこの場に来たのは予想外だけど、自分の術に巻き込まずに済んだ事に安心した。
 もっとも、あのまま間に合わなかったら、俺は躊躇う事無く術の発動を中止していただろう。それだけ、自分にとってナルトは大切な存在。

 倒れている術者達をそのままに、俺は『昼』とナルトが居る場所へと急いだ。
 そして聞えてきたのは、ナルトと『昼』の会話。
 俺の術の説明と、俺の体力とチャクラの量が少ないと言う事。
 それを聞いて、ナルトは驚いているみたいだけど、嘘じゃねぇし、ただ黙っていただけ。

「まぁ、体力は、人並み以上だけどチャクラ量は、シカマルよりも劣るな。普通は、自分の弱さなんて話さねぇから、『光』が知らなくても仕方ない」

 聞えてきた言葉に、俺はすんなりと会話に入り込む。
 声を掛けた俺に驚いてナルトが振り返った。

!」
「……いや、今は『』だって……それにしても、『光』の気配を感じた時はすげぇ驚いた。慌てて『昼』に頼んだけど、間に合ってよかった」

 驚いて俺の名前を呼ぶナルトに、苦笑を零しながら一応訂正。まぁ、『昼』も何度言っても直さねぇけど、ナルトまでそうなるとやばいからな。

 そして、何処にも異常が感じられないナルトの様子に、ホッと息を吐き出した。
 本当に、『昼』が間に合ってくれて良かったと思う。
 俺の術でナルトを危険にさらすなんて、そんな事絶対に許せない。

「ごめん。暗部の常識なのに……」

 俺の表情を読んだナルトが、申し訳なさそうに謝罪する。
 確かに、暗部は特殊な力を持っている奴が多いから、自分の術を隠すのは必須。
 その為に、自分の任務を見られた場合、その見た相手の記憶を消すのも当然とされているのだ。

 だけど、今回の俺は、『光』と『影』と共に任務遂行していた。だから、暗部の常識など当てはまらない。

「今回は班行動してんだから、それは問題ないんだけど……俺の術の事、言っとけば良かったな…本当、心臓止まるかと思った」

 そっと、ナルトの肩に自分の額を付ける。今でも、体の震えを止める事が出来ない。
 あの時、ナルトを殺してしまうんじゃないかと思った恐怖は、今だ拭う事が出来なかった。
 もしもそんな事になったら、俺は本気で自分を許す事など出来ないだろう。
 護ると誓った相手を、自らの手で壊してしまうなど……。

『そう言えば、奈良のガキはどうしたんだ』
「ああ?まだ終わってないんじゃないのか?俺は自分の所だけ終わらせてきたから……人数だけで全然大した事なかったからな」

 まだ恐怖の抜けきらない俺の耳に、『昼』が何時もと変わらない口調で質問してくる。
 それにナルトが返事をするのを聞きながら、俺はそっと息を吐き出した。そして、瞳を閉じて、シカマルの気配を探る。
 今、必死で任務を遂行しているシカマルの気配を感じて、俺はゆっくりとナルトから離れた。

「『影』は、もう少し掛かるみたいだ……先に待ち合わせ場所に行こう……『昼』」
『分かった』

 何時ものように気配を読んでから、俺はそれを二人に伝えてから、視線を『昼』へと向けてその名前を呼ぶ。
 俺の意図に気が付いて『昼』が頷いてその姿を消す。それを見送ってから俺はもう一度そっと息を吐き出した。

「どうかしたのか?」
「何でもねぇ。それより、ここを出ようぜ。空気悪くって耐えられねぇし」

 俺達の遣り取りを首を傾げて尋ねてきたナルトに、俺は小さく首を振って、早くこの場所を立ち去りたい事を主張する。
 俺のそこの言葉に、ナルトが不思議そうな表情をするのが分かったが、それでも説明する事は出来ないから、何も言わずに先に歩き出す。
 一刻も早くこんな場所から離れたいと思うのが、今の本音。

 ナルトは何も言わない俺に黙って付いてきてくれた。それに内心感謝しながら、漸く見えた出口にホッと胸を撫で下ろす。
 そして、その砦を出た瞬間に、俺が『昼』に頼んだ通りに砦が崩れていく。

「なっ!」

 突然のことに驚いているナルトが、声を上げているのを聞きながら、俺は崩れていく砦を見詰めた。

「こんな砦は無い方がいいだろう……また同じような事に使われたらたまんねぇからな……」

 こんな闇に染まった砦など、必要ない。
 だから、『昼』に頼んで壊して貰ったのだ。
 その痕跡など残さない程しっかりと壊せと命令した。

?」

 崩れていく砦を見詰めている中、不安そうに名前を呼ばれて俺はその視線をナルトへと向ける。

「だから、今は『』だろう。『光』に名前呼ばれるの嫌いじゃねぇけど、それが習慣付くと不味いぞ」

 不安気に自分を見詰めてくるナルトに、俺は少しだけ困ったような表情でしっかりと名前の訂正をした。そして、ポンッとナルトの頭に手を乗せ少しだけ乱暴にその頭を撫でる。

「何時もは、そんなヘマしない。は、俺にとってだから……でも、そうだな次からは気を付ける……」
「ああ、そうだな…有難う、ナルト……さて、シカマルも何とか終わったみてぇだし、行くか」

 子ども扱いした訳じゃないけど、大人しく俺にされるがままのナルトが、必死で言葉を返してくる。
 その言われた言葉が嬉しくって、俺はそっと笑みを浮かべて礼の言葉を述べた。


 崩れた砦は、その場に何があったのか分からないほどその形を無くしている。
 もう、誰もここに砦があったなど分からないだろう。
 それをチラリとみてから、俺は待ち合わせとした場所へと歩き出した。