居間に入ってから暫くして、中々入ってこなかったナルトがやっと『昼』と一緒に入ってくる。
 それを横目で確認していたら、『夜』がお茶の準備と言って入れ替わりに出て行った。その姿を見送りながら、俺は何時ものようにソファに座って、持って来ていた本へと視線を戻す。

 多分、10分もせずに、も風呂から出てくるだろう。
 風呂が好きなんだと聞いた事があるが、自分が来ている時に、風呂で長時間待たされた記憶は一度もない。

『奈良のガキ、また書庫から本を持ってきたのか?』

 本に目を通している俺に、『昼』が呆れたように声を掛けて来る。

 何せ、ここの書庫はかなり俺的には美味しい場所なのだ。読んだ事の無い禁書や巻物が、山のようにある。
 しかも、来る都度に増えているのだから、どうやって手に入れているのか、聞いてみたいのが本音だ。

「……シカマル、持ってるのって、禁書じゃん。どうしたんだよ!」

 だから、ここに来た時は、必ずと言っていいほど書庫から本を物色するのが、当たり前になっている。そんな俺に、ナルトが驚いたように声を掛けて来た。
 確かに、読んでいるのは、禁書。しかも、妖しについてのモノ。俺の、専門分野じゃねぇけど、には必要なモノなんだろう。ここの書庫には、一番多い部類のものだ。

「どうしたも、この家には、禁書も禁術書もゴロゴロしてんぞ。なんなら、書庫に案内してもらえ、お前でも見た事ねぇのが山程あるだろうからな」

 俺と違って、火影邸の書庫を見ているナルトでも、ここにある書庫にはもっと珍しいものがあるだろう事は、推測できる。
 多分、この里の図書館よりも、禁書や禁術書は山のようにあるだろう。
 本当に、どうやって手に入れているかは、謎だけどな。

『確かに、火影の元よりは、珍しいものがあるのは、認めよう。だが、お前達が見て面白いかは謎だぞ』
「いや、十分おもしれーよ。禁書の方が流石に多いけど、俺が知りてぇ事も、ここにはあるからな」

 禁術書は、火影の元に比べれば格段に少ないだろうが、禁書の数は間違いなく里一だろう。それは、ここにこの里の真実が隠されているからかもしない。
 今は無き『』一族の過去の全てが……。

「禁書……」

 そんな俺と『昼』の会話を黙って聞いていたナルトが、ポツリと呟く。
 こいつも俺と同じで、そういった類の物には、目が無い事を知っている。今も、かなり俺の持っている本が気になっているようだ。

『器のガキ、良かったら、案内してやるぞ』

 そんなナルトに気が付いたのか、『昼』が珍しく声を掛けている。俺の時には、そんな事一言だって言った事がねぇって言うのに、だ。

「えっ?いいのか??」

 『昼』の申し出に、ナルトが驚いた声を上げる。確かに、ここの主はだ。しかも、書庫には禁書や禁術書があると聞けば、そんなに簡単に案内して貰えるなんて、普通なら考えねぇだろう。
 もっとも、が居ても、すんなりと案内するだろう事は、考えなくても、分かるけどな。

『本とは、読まれるためにある。なら、喜んで読んで貰えるやつに見せた方が、道理と言う物だろう』

 心配そうにナルトが見る中、『昼』がフッと笑みを浮かべて返事を返した。
 確かに、その通りだ。本は、誰かに読んで貰う為に存在する。禁書や禁術書には、それを読む為に必要な暗号や結界の類は存在するが、それは、それを解けるヤツに、読んで欲しいからだろう。
 めんどくせぇかもしれねぇが、それを解けないヤツには、それを読む資格は与えられないと言う事。

『何、ナルも、シカと同じで、書庫に興味があるの?』

 小さな沈黙が続く中、お茶の準備をし終えた『夜』が、明るい声で問い掛けてくる。

『そのようだな……今から案内するところだ、には、そう言っといてくれ』
『了解。でも、それなら、案内しなくっても、ここと繋げちゃえば早いよ。どうせ、シカも書庫には入り浸りなんだもん』
『……そうだな。なら繋げるか……』

 って、ちょっと待て!繋げるって、何をだ!!
 面倒臭がりの俺が、ちょっと離れた書庫に行くのも、それを読む為ならと、気にしてなかったって言うのに、そんな事が出きるなら、始めからしておいてくれ!

『あの扉の向こうが、書庫になっている。好きなモノを選べばいい』
「えっ?案内してくれるって言うから、離れてるんだと思ってたんだけど、この部屋の隣なのか?」

 指された扉を前に、ナルトが不思議そうに首を傾げた。
 その疑問に思った事に、俺は複雑な気持ちを隠せない。俺だけが、書庫の本当の場所を知っているからだ。だけど、本当の事など、ナルトには教えられないだろう。ここの構造を知らないのだから、隣と思えるのなら、それでいい。
 めんどくせぇけど、これからは、書庫に楽に行けると思えば、俺としても、助かるのが本音だ。そう思って、読んでいた本に意識を戻す。
 暫くして、書庫から嬉々として本を持ってきたナルトが、早速ソファに座って、それらに目を通し始めた。

 めんどくせぇが、こいつ、絶対にここに来た目的を、忘れてんじゃねぇか?
「あれ?皆して、読書の時間か?」

 本に意識を集中し始めた時、暢気な声が聞こえてきて、顔を上げる。
 上げた先には、濡れた髪をタオルで拭いているこの家唯一の主の姿。

、ちゃんと温まった?』
「おう、いい湯加減で、ちゃんと温まった。有難うな、『夜』」
『なら、いい。でも、風邪ひいたりなんかしたら、ボクは絶対に青龍の事許さないんだからね!』

 心配そうに声を掛ける『夜』に、は、ニッコリと笑顔を見せる。その後に、言われた言葉に、こいつのびしょ濡れの原因が理解できた。

「傷は、大した事ねぇのか?」

 そして思い出した事に、俺もへと声を掛ける。
 ナルトと話をしていたこいつの姿には、小さな切り傷が山のようにあった事を……。

「心配ねぇよ。風呂に入れてくれてあった薬のお陰で、もう全部完治した」

 俺の問い掛けに、ニッと笑って腕を見せる。
 色白な肌には、もう傷跡など見つけられなくって、俺はホッと胸を撫でおろした。

「なぁ、青龍って、今東の村で豪雨降らせていたヤツだよな?なんで、お前がそんなのと会ってんだよ」

 俺達の会話に、ナルトが不思議そうに問い掛けてくる。
 こいつ『』の書物見せったって言うのに、分かってねぇのか?

「それは、俺が、『』だからだな」

 ナルトの疑問に、がキッパリと言葉を返す。

「お前なぁ、『』の書物読んだんじゃねぇのかよ……」

 俺は、と違って、呆れたようにナルトへと視線を向けた。
 めんどくせぇが、こいつが何処まで『』の事を理解したんだか分からねぇ。俺だって、全てを知っている訳じゃねぇが、『』については、払い屋で、そして九尾や神と呼ばれるモノ達の守護族という事しか知らねぇからな。
 だから、その神と呼ばれているモノ達を慰めるのが、『』の仕事。

「読んだ。けど、正直言えば、良く理解出来なかった……払い屋としての一族は分かったけど、守護族としての一族の事が……」
「だろうな。神と呼ばれるモノ達の守護。それに、九尾が入っているって言うのが、ナルトには納得できなかったんだろう?」

 俺の言葉に、ナルトが小さくいい訳するように口を開く。それに、が苦笑交じりに問い掛けた。
 ああ、そう言えば、こいつは九尾についても、正確には知らねぇのか?って、誰も、教えてくれる訳はねぇよな。
 忌み嫌われた、存在を態々教える事なんて、しねぇだろう。

「九尾は、この里を襲ったヤツだ。なのに、何で守護する必要がある?」
「……九尾が、この里の護り主だったから……」

 ナルトの質問に、少しだけ寂しそうな表情で、が返事を返した。

 それは、この里の真実。

 そして、知られてはいけない里の侵した過ち。
 その全てを知る、『』に残された悲しみの過去。