『、今日は集中力が無さ過ぎだ』
疲れた体を引きずるように、『昼』に渡りをつけてもらった俺は、言われたそれに、苦笑を零してしまう。
確かに、今日は集中出来なかった事は、自分でも認めている。ナルトの事が気になっていた証拠だ。
そう言えば、シカマルが家で待っていると言っていたなぁ……。こんなに、遅くなる予定じゃなかったんだけど、あいつの事だから、そんな事気にせずに待ってるんだろう。
「このズタボロの姿見たら、『夜』もシカも怒るだろうなぁ……」
こんなにズタボロになった原因は、自分のミスだけど、怒られるのは嫌だ。特に、『夜』には……。
『怒られるのは、当然だ。オレも怒っているのだからな!』
ポツリと呟いた俺に、不機嫌そのままに『昼』が睨みつけてくる。
いや、ずっと小言を言われてるんだから、それは、嫌でも分かっているって……。てもなぁ、大怪我した訳でもねぇし、全身濡れ鼠で、ちょっと切り傷が大量にあるだけじゃねぇかよ!それだけで済んでんだから、もうちょっと誉めてくれ!!
大体、水があんなに凶器になるなんて、思いもしなかったぞ。そこはやっぱり、青龍だけはあるって事なんだろう。
人の話は聞かねぇ、土砂降りの上に水鉄砲の嵐。オマケに水の刃って……普通は、あり得ねぇだろう!お陰で、一番遣いたくねぇ力まで遣っちまったんだからな!
『だから言っているんだ、あいつ等には、始めから力を遣えと!』
何も言わない俺に、『昼』が不機嫌そのままに言った言葉、それに俺はピクリと小さく肩を震わせた。
確かに、ずっと言われている事。相手の意志など無視して、自分の持っている力を遣え、と。それでも何時もなら、もっと効率良く、その能力を遣わなくても、仕事をこなして来たのだ。
そう、力を遣えば簡単にこなせる仕事でも、その力を遣いたくないと思うのは、自分の我侭。
この力を遣いたくないと思っているのは、この能力が好きではないから。そして、出来れば、相手の気持ちをきちんと分かってやりたいと思うのは、やっぱり自分の身勝手で、そして偽善な思いかもしれない。
「……それでも、やっぱり遣いたくねぇんだよ……」
この力を遣えば、簡単な事だと頭ではちゃんと理解している。
きっと、こんなにボロボロになる事はないだろう。それでも、やっぱり遣いたくないのだ。
『…言っているだろう、アレ等の気持ちなど考える必要はない。お前は、『』一族として、納めればいいだけだ』
「……そんな事は、分かっている。でも、一族全ての者達には、この能力などありはしなかった!なら、この力を遣わなくても、静める事は出来るはずだ!!」
ポツリと呟いた言葉に、『昼』の冷たい言葉が返される。それに、俺は思わず感情のままに声を荒げた。
自分の持つ能力。
時々生まれると言う、全てを見通す事の出来る真実を映す瞳。そして、何百年に一人生まれるか生まれないかと言われている、誰をも従わせる事の出来る王者の瞳。
自分は、その両方の瞳を持ち合わせている。それは、きっと今までに、一度だって有り得なかった奇跡。
恐れられた、『』の最後の生き残りが、一番の化け物だなんて、きっと里の者は誰も知らないだろう。知っていても、何も出来る訳がない。だって、この右の眼には、誰も逆らう事は出来ないのだから……。
『静められる事は、分かっている。だが、オレも、『夜』も、お前が傷付くのを見たくはないんだ。だからこそ、お前にその力がある事を、感謝している』
感情のままに言葉を伝えた俺に、『昼』が、小さくため息をついて、ポツリと呟いた。
言われたそれに、俺も息を吐き出す。生まれる前からずっと、自分を見守り育ててくれたのは、彼等だ。
自分が傷付く事を、本気で心配してくれていると言う事をちゃんと分かっている。自分にとって、彼等は肉親と同じ。
「……ごめん。分かっている、『昼』や『夜』が、俺の事心配してくれてるんだって事。完全に、奴当りだよな……今日は、注意力が散漫になっていた自分が悪いのに……」
そっと息を吐き出して、素直に謝罪の言葉を伝える。
『気にするな。お前が、こんなに感情的になったのは、久し振りに見る。あの器のガキが絡むと、何時もそうだな』
素直に謝った自分に、小さくため息をついて、『昼』が苦笑交じりに自分を見た。
紅い瞳が真っ直ぐに自分を見詰めてくるのに、俺は困ったように笑みを返す。
確かに、昔自分が今のように感情的になったのは、あいつが関係していた。暴行する里人を見て、とっさに動く体を無理やり押さえられた時の事。
「……一番、従わせたい奴等には、この力が遣えないのが、歯痒いよなぁ……」
その時の事を思い出して、ポツリと呟く。
あの時、里人何人かに、ナルトを認めさせようと、この能力を使った事がある。しかし、それは、全く無意味だった。
何が、王者の瞳だ。肝心な時には、全く役に立たない瞳の力。万能な力など、何処にもありはしないのだろう。
そう、この瞳は、永遠に相手を操る事など出来ないのだ。だから、それは一時の暗示。それでも、相手の気持ちを捻じ伏せて、その時は確かに従わせる事が出来るのだ。
「………青龍だって、好きであの里を守護している訳じゃねぇよなぁ……あんなに、泣いていたのだって、理由はちゃんと分かっている……それなのに、俺にしてやれる事は、あいつをああして慰めて、眠らせてやるだけなんて……」
『……それが、『』の仕事だ・……』
キッパリと言われたそれに、心の中で言葉を返す。
――そんな事、分かっている、と……。
『着いたぞ。奈良のガキが、来ているみたいだな……それともう一つ……』
「えっ?」
ストンと、地に足を着けた瞬間に、『昼』が言った言葉に顔を上げて、自分の家を見る。
そして、そこで見つけたのは……。
「ナ、ナルト?」
昨日、シカマルが居た場所に、今日はナルトが座っているのが見えて、驚いてその名前を呼ぶ。
信じられないモノを見るように、俺はただ呆然とナルトを見詰めた。
「あんたが、『』。だろう?約束通り、探してやったぜ」
呆然としている俺に、ナルトが立ち上がって、ゆっくりと近付いてくる。
俺は、何も言う事が出来ないで、ただゆっくりと近付いてくるナルトの動きをその目に映した。
「おい、何とか言えよ。態々ここまで来てるんだからな」
そんな俺に、ナルトが苦笑して、俺の目の前で止まった。殆どない身長差のお陰で、俺の目とナルトの目は、ほぼ同じ位置にあるのが分かる。
「………俺の、過去を知って、どうしてここに来るんだよ……俺は!」
「知ったからこそ、ここに来てるんだよ。俺は、九尾を恨んじゃいねぇ。この里の奴等を認めている訳でもねぇ。だからこそ、あんたと話しがしたかった。九尾を守護する一族だと言う『』一族の生き残りである、あんたと」
月の光に照らされて、金色の髪が闇の中浮かび上がって見える。そして、今は、この月がある空と同じように深い青が、自分を捕らえて離さない。
「……でも、俺はこの手で、ナルトを傷付けた……」
自分で傷付けたのに、『探せ』なんて言った事を、本当は後悔している。
もう数え切れないほどの命を、この手で殺めてきたというのに、大切な存在を自分の手で傷付けた事だけが、今でも許せない。
「でも、あんたはちゃんと治してくれた」
「それは、俺が傷付けたから!」
どんな理由があったとしても、自分がした事が許せない。
「理由は、シカマルから聞いてる。だから、あんたには、感謝してるんだからな」
「そんな言葉、聞きたくない!!」
あの時は、ああするしかなかったって事、ちゃんと分かっている。それでも、傷付けたくないと思った相手を、自分のこの手で傷付けたのだ、その時の感触が今でも忘れられない。
ナルトの血が俺の手を赤く染めた瞬間の事……。
「だからって、何も泣かなくっても……」
小さく震える体を止められない。それは、ずぶ濡れの状態だからなのか、あの時の感覚を思い出してなのか理由は、分からない。
そして、そっと頬にナルトの手が触れてくる。その手の暖かさに、俺は驚いてナルトを見た。
「忍のくせに、泣くなよ……」
「……泣いてなんて、いない……雨の雫が、流れているだけだ……」
少しだけ困ったようなナルトの表情が、ポツリと呟いた言葉に、小さく頭を振る。だって、本当に泣いてなんて居ない。今頬を暖かいと感じられるのは、ナルトの手が触れているから……。
「こんな天気なのに、雨なのか?まぁ、確かにあんたはずぶ濡れだけど……」
苦笑を零すように、ナルトが俺を見詰めてくる。
頭を振ったことで、髪に付いていた水滴が小さく飛び散った事に気が付いて、俺は慌ててナルトから離れた。
「わ、悪い、水滴飛んじまった」
自分は、ずぶ濡れだからイイが、ナルトは濡れていない。
触れていた頬の温もりが、一瞬で遠去かる。
「別に、大して濡れてねぇよ。もっとも、あんたはそのままだと、風邪ひいちまうぜ」
『確かにそうだな。、お前は早く風呂に入れ!『夜』に連絡を居れておいたから、準備しているはずだ』
「『昼』」
くすくすと笑いながら言われたナルトの言葉に、続いてぬっと姿を表した『昼』に、驚いて俺はその名前を呼ぶ。
すっかり忘れていたけど、ここは自分家の前で、しかも、『昼』は、自分と一緒に仕事から戻っていたばかりだった。
「そうだな、『夜』が、そろそろ怒りだしそうだぞ。めんどくせぇから、早く行け」
そして、玄関の前に立っていたシカマルが、声を掛けて来る。って、シカマルも何時から居たんだ?
仮にも、忍が気付かねぇって、ヤバイだろう!!
「そうだな、俺も聞きたい事は一杯ある。だから、先に風呂入ってこいよ」
内心かなり複雑な心境の俺と違って、ナルトが促すように俺の背中を押す。
まぁ、確かに、今の状態だと、間違いなく風邪ひいちまうから、その言葉は有難いけど……って、そう言えば、昨日の事が頭から離れなくって、忘れちまうところだった!!
「えっと、ナルト、シカマル」
「ああ?」
慌てて二人の名前を呼べば、面倒臭そうにシカマルが返事をして、ナルトは不思議そうに首を傾げる。
「待っていてくれて、有難うな」
ニッコリと、自然に笑顔を浮かべて、そのまま感謝の気持ちを伝えた。
笑顔を見せた瞬間、ナルトが驚いて俺の顔をマジマジと見てから、慌ててその顔が逸らされる。その顔は、夜目にも分かるぐらい赤かったのは、何でだろう?
「あーっ、そいつ天然だから、気にすんな」
分からなくって首を傾げた俺に、シカマルが呆れたようにため息をつく。
「って、誰が天然だよ、誰が!」
「おめぇに決まってんだろう……おら、とっとと風呂行け!」
言われた事に文句を言えば、更に呆れたように言われて、邪魔だと言うように中へと追いやられる。
『確かに、これ以上ここで話をしていたら、『夜』が、暴れても知らないぞ』
そして、トドメとばかりに『昼』にまで言われて、素直に従う。
だって、ここで俺が風邪でもひいてみろ、折角救ってきた東の里を『夜』が崩壊しかねない。しかも、眠りにつかせた青龍まで、復活させてしまいそうだ。
それだけは、避けたい。
俺は、言われるままに、素直に風呂場へとその足を向けた。