何時もの様に、朝が来る。

 退屈な朝。

「あ〜っ、今日も一日、頑張るってばよ!」

 心では、全く違う事を考えながら、何時ものようにドベでお馬鹿な自分を演じる。
 そうすれば、この里の人間が安心するから、だから、俺は自分を偽って、ドベと言う仮面を被る。

「え〜と、今日は、どんなイタズラしかけようかな……」

 そして、イタズラ小僧の振り。自分で考えた設定だけど、本当に疲れるよな。内心で、自分に突っ込み入れちまうぐらいに、本当に馬鹿だし。
 そう思って、こっそりとため息をつく。

「そう言えば、あいつ……」

 そこで、昨日会った『』の事を思い出した。

 俺の事を知っていた暗部。そして、そいつを俺も知っているのだと言われた。
 自分が知っている奴だとすれば、アカデミー関連しか思い付かない。俺と同じように、暗部をしているシカマルだって居たのだ、だから他に自分達と同じような奴が居ても不思議ではないだろう。
 もっとも、それを俺が知らないと言うのは、気に入らないが……。
 そう、あいつは知っているのに、俺が知らない事が許せない。

「絶対に探してやる!」

 思わず考えた事を素の状態で口にしてしまう。それに、慌てて口に手を当てた。
 自分の家の傍には、俺の監視役が居るから、迂闊な行動は出来ないのだ。

 ……時々、邪魔だから消したくなる時あるんだよなぁ……。

 そんな物騒な事を考えながら、アカデミーに向かう準備をする。アカデミーに居る間は、監視役の奴も居ないから、寛げる唯一の時間だ。

「もう、こんな時間だってば!」

 アカデミーへは、出来るだけギリギリの時間に向かう。そうしなければ、親に余計な事を拭き込まれたガキ共に呼び出しされるから……。
 出来るだけメンドウな事は避けたいと思うのが、本音だ。

 今日は、里の奴らに邪魔される事なく無事にアカデミーに辿り着く事が出来た。毎日こうだと助かるんだけど……。
 校舎の中へと入った瞬間に、俺の事を監視していた奴の気配が遠ざかって行くのが分かる。それを、感じながら、俺は教室のドアを開いた。

「おはようだってばよ!」

 そのままドベの仮面を被って、元気な声で挨拶。勿論、俺の声に何人かが不機嫌そうな顔で睨んできた。こいつ等は、元から俺を厄介者扱いしている連中だから、気にしない。

「ドベは、朝から元気だな」
「うるさいってば!朝の挨拶は大事なんだぞ、サスケ!」

 一番に声を掛けて来たのは、うちは一族の生き残りだと言うエリートのうちはサスケ。
 俺が、このアカデミーに通っている原因の一人だ。

「よっ!ナルト、今日は遅刻じゃないんだな」

 二番目に話し掛けてきたのが、頭に子犬を乗せた犬塚キバ。こいつも名家の一人。

「おう!でもでも、俺ってば、そんなに遅刻してねぇてばよ!」

 出てくる時間は全部一緒だから、その言葉にウソはない。遅刻する時は、里人の奴に運悪く捕まった時だからな。

「しょっちゅうイルカ先生のお小言聞いてる奴が、良く言うぜ」
「う〜っ」

 笑いながら返された言葉に、唸りながら相手を睨み付ける。
 確かに、イルカ先生のお小言は毎日聞いているから、否定できないんだよな。それも、表の設定の所為だけど……。

 何時の間にか話しに加わっていた油女シノと秋道チョウジ。気が付けば、名家ばかりが俺の周りには集まってくる。可笑しい、馬鹿でドベのフリしているのに、なんで、名家が俺の周りには集まってくるんだ?
 俺の任務としては、遣り易いけど……。

「あれ?なぁ、チョウジ」
「何?」

 その場で話しをしていた俺は、シカマルの傍で話をしている奴に気が付き、直ぐ傍でポテトチップスを食べているチョウジへと声を掛けた。

「あのシカマルと話している奴、誰だってば?」

 俺の質問に、全員がシカマルの方へ視線を向ける。

「お前、やっぱりドベだな」
「き〜っ!ドベって言うな!!」
「まぁ、クラスメイトも分かんねぇようじゃ、言われても仕方ねぇな」

 呆れたように言われたサスケの言葉に、文句を言えば、こっちも呆れたようにキバがため息をつく。
 だが言われた言葉に、俺は素直に首を傾げた。
 クラスメイト?あんな奴、居たか??

「えっとね、彼は、。ずっと同じクラスだったよ」

 分からなくって首を傾げている俺に、チョウジが名前を教えてくれた。だけど、名前を聞いてもやっぱり覚えがない。

「…やっぱり、知らないってばよ。あんな奴、居なかったってば!」
「お前が記憶にないのは、仕方ない。あいつは、休みが多いからな」

 記憶にないそいつの事をそう言えば、何時もは無口なシノがそう返してきた。
 休みが多い?体が弱いのに、忍目指しているのか、あいつ。

「そう言えば、キバも、ナルトと同じ事言ってたよね?」
「あっ!ばらすな、チョウジ!」

 考えるようにシカマルと話しているそいつを見ていた俺は、チョウジの言葉に視線を元に戻した。

「なぁんだ、キバも人の事、言えないってばよ!!」

 そして、からかう様にキバの事を笑い飛ばす。

「フン。ドベの集まりだな」

 そんな俺達に、サスケが馬鹿にしたように呟いた。いや、そう思うなら、ここに来るなよお前!

「ドベじゃねぇってばよ!」

 内心でそんな事を思いながら、何時ものように言い返す。
 ああ、本当に疲れるよなぁ……。

「何、朝から騒いでんだよ、メンドクセー奴等だな」

 ぎゃあぎゃあとサスケと言い合いしている中、話が終わったのだろうシカマルが、呆れたように話しかけてきた。でも、その口調は、本当に面倒だと言うようなもので、やっぱりシカマルだよなぁなんて考えてしまう。

「おはようだってばよ!なぁ、シカマル、さっき話をしてた奴、シカマルてっば、親しいのか?」
「ああ?の事か?そんなに親しい訳じゃねぇよ。ただ先公からの伝言を聞いていただけだぜ」
「だよね、ボク、シカマルが、と話しているの初めて見たもん」

 幼馴染で親友と言う立場のチョウジの言葉に、俺は思わず納得したように頷く。
 だが、その瞬間、シカマルが意味ありげな視線を向けてきて、その口元が笑みを作るのが分かった。

「シカ……」

 それに気が付いて、問いかけようとした瞬間、イルカ先生が教室に入ってきて、生徒たちが慌てて席に戻っていく。
 だから、気が付かなかった、そんな俺達を、ずっと見ている視線に……。






「シカマル!」

 昼休み、何時もの様に教室に居ない相手を探して、俺は当りを付けた場所で寝ているシカマルの名前を呼んだ。

「ああ?」

 大声で名前を呼んだ俺に、シカマルが面倒臭そうに、返事を返してくる。

「あの笑いはなんだよ!」

 ずっと気になっていた事、あの視線そして笑み。それは、本当に意味ありげで、下手をすれば俺の事を馬鹿にしているような仕草。

「笑い?何の事だ」

 ずっと気になっていた事を、誰も居ない場所で問いかければ、大きな欠伸と共に、意味が分からないと言うような言葉が返される。

「朝のあの態度に決まっているだろう!」
「朝?ああ、別に、深い意味なんてねぇよ、メンドクセーからな」

 俺の声に、面倒だと言わんばかりにもう一度大きな欠伸を一つ。それから、興味無さそうに体制を元に戻す。

「深い意味がないくせに、何であんなに………まさか!」

 寝転んで昼寝の体制を作るシカマルに、俺は更に問い詰めようと身を乗り出した。だが、そこでシカマルの態度から一つの事が思い当たる。

「お前、『』の事知っているんだろう!」

 ずっと気になっていた事、それは俺があの『』に会った時、こいつは間違いなく『知らない』と答えた。なのに、それがずっと引っ掛かっていたんだ。こいつが知らないと言ったのに、それ以上の興味を持たなかった事。
 それは、こいつにとって、『』は知っているモノだからだと、どうしてあの時気が付かなかったんだろうか……。

「さぁな」

 確信を持っての俺の言葉に、シカマルが朝と同じような笑みを浮かべた。
 それが、全てを物語っている。

「なら、あいつが俺の事知っているのも頷ける。お前が話したんだろう?」
「馬鹿か!俺がんな面倒な事、する訳ねぇだろうが!あいつは、元々俺の事もお前の事も知ってんだよ」

 迷わずに『光』である俺の名前を呼んだ事、それがシカマルが教えた事だったのだと分かって、複雑な表情を浮かべてしまう。信じた相手に裏切られた気分だ。
 だが、シカマルから返されたのは、ため息とらしい言葉。

 ああ、こう言う時に感じる、こいつだけは、信じられると……。

「そうそう、シカマルが言う訳ねぇじゃん。こいつほど、面倒臭がりはいねぇぜ」

 俺がそう心の中で思っている中、突然の声が聞こえて驚いて振り返る。振り返った先には、あの白と黒の面を被った暗部の姿。
 やっぱり、気配を感じる事は出来ない。

「ああ、お前、話聞いていたのかよ」

 驚いている俺と違って、シカマルが呆れたようにため息をつく。

「まぁな、ナルトが俺を探してくれるって言うから、高みの見物に」
「んな面倒な事、してんじゃねぇよ……」

 楽しそうに言われた事に、シカマルが頭を掻きながら盛大なため息をつく。
 目の前で交わされる会話に、ついて行く事が出来ない。それは、親しい者達の会話。

「ナルトこいつ、俺の事『知らない』って答えたんだろう?ナルトの時にも、同じ事言ったんだぜ。しかも、しれっと!」

 確かに、そう言われたのは間違いない。でも、それは忍なら普通で当たり前の事だ。

「まぁ、言われる前から、ナルトの事も『光』の事も、知ってたんだけどな……何せ、俺は特別だから」

 目の前で、言われている内容が理解できない。『特別』と言ったそいつが、面の上からでも寂しそうに見えたのは、きっと気の所為ではないだろう。
 特別なのは、自分も同じ。いや、目の前の奴より、自分の方が……。

「ああ、こいつは、アレの事も知っているから、安心しろ」
「多分、ナルトよりも、アレの事は、詳しいぜ」

 俺の心を読んだように、シカマルが口を開く。それに、『』が笑いながらそう答えた。
 俺よりも、アレに詳しい?俺の中に居るのに、何で俺よりも詳しいんだよ。

「俺は、この里で。唯一真実を知る者だからな……」
「真実を、知る者?」

 何も言えないで居る俺に、苦笑を零すような声音でポツリと零されたそれに、俺は問い掛けるように初めて口を開いた。

「俺の左目は真実を映す。そして、右目は……と、そろそろ時間じゃねぇのか?」
「えっ?」

 突然言われた言葉に、俺は意味が分からずに問い返してしまう。

「そろそろ休息時間終了。イルカ中忍に怒られちまうぜ」

 イルカ中忍?
 笑いながら言われた言葉に、思わず首を傾げる。アカデミー生なら、イルカ先生には、先生と付け筈だ。なのに、こいつは、迷いもせずに、中忍と付けたのだ。本当に、俺は、こいつの事知っているのかよ?

「真実は、言葉の中には現れない。忍なら、悟られるような馬鹿な真似する訳ねぇだろう。騙されずに、真実を見付けだせよ」

 まるで心の中を見透かされたような言葉。それを残して、またそいつの体が一瞬で消える。もう、気配もチャクラも感じる事は出来ない。

「あ〜っ、本当に面倒な奴。態々自分でバラすような真似するなんてな……」
「シカマル?」

 感じられない気配を探るようにしていた俺の耳に、呆れたようにシカマルが苦笑を零す。だが、言われた言葉の意味が分からずに、思わずその名前を呼んでしまった。

「残していっただろう、最大のヒント」
「はぁ?」
「俺は、どっちの肩も持つつもりはなかったんだよ、面倒だからな。お前が、あいつを探すのなら、止めるつもりもねぇ。お前等が、会う事も反対してねぇからよ。お前等は、誰よりも近い者だからな」

 真剣な瞳が俺を射抜く。その視線に見詰められながら、俺は考えるように、あいつが消えたその場所を見た。

 俺と、あいつが『近い者』?

 確かに感じたのは、俺と同じような孤独。そして、何かを背負っている表情。

「……シカマル、あいつは何者だ?」
「言っただろう。あいつはこの里で、唯一真実を知る者だ。俺も、そして三代目さえも知らねぇ事を全て知る者。それが、あいつだ」
「真実を知る者……」

 シカマルの言葉を復唱するように呟く。
 この歪んだ里で、唯一真実を知る者。それは、きっとこの里にとっては、一番の脅威。

「……シカマル、『』の事を教えてくれ」
「言ったはずだぜ、俺はどっちの肩も持つつもりはねぇってな。メンドクセーけど、自分で探せ。そうすれば、真実は見えてくるかもしれねぇからな」

 俺の頼みをそう言って断って、シカマルが背を向けて校舎の中へと入っていく。それを見送って、俺は一つの印を組んだ。

 そう、あいつの事を調べる為に……。