「ああ、おめぇの仕事は、アレの回収だったのか……」

 家へと招き入れて、シカマル好みの緑茶を出せば、早く話せと目が促してきたので経緯を説明した。
 自分の言葉を黙って聞いていたシカマルが、納得したように小さく頷く。

「まぁな、何度目だか、数える気も起きないけど、あんなモノを作り出した開発部を恨むぞ!」

 ダンと、自分の分にと持ってきた湯のみをテーブルに置きながら、文句を言うのは許してもらおう。それだけ、アレを探す任務は、大変なのだ。そう、モノが小さいだけに……。

「あ〜っ、それには俺も絡んでっからなぁ、強くは言えねぇ……処分しちまうのが早ぇんだろうけど、アレは毒も食らうから、役に立つんだよ」

 俺の文句の言葉に、複雑な表情で、シカマルが言葉を返してくる。確かに、アレがどんな毒でも食らい浄化する事を知っているからこそ、シカマルの言葉は否定出来ない。勿論、扱いを間違ってしまうと、それ以上の危険は伴ってしまうのだが……。
 偶然とは言え、そんなモノを作り出した事は、正直誉めてやりたい。けどな、それをこうも頻繁に、逃がしちまうと、流石に温厚な俺でも許せなくなるぞ。

 そう考えて、盛大なため息をつく。
 頭の中で、文句を言っても仕方がない。俺は、もう一度ため息をつきながら話を続ける。

「そんな訳だから、ナルトと接触する羽目になっちまったんだよ。全部、不可抗力だからな!」

 自分は悪くないと言うように、主張してから、持ってきたお茶を飲む。
 そんな俺に、シカマルが呆れたような視線を向けて来た。

「あぁ?その後に、十分ナルトを煽ってんのは、何処の誰だよ。あんまり、メンドウな事してんじゃねぇ」

 そして、続けて言われた言葉に、思わず苦笑を零す。勿論、そう言われる事は分かっていた事だ。
 本当なら、ナルトの記憶から自分を消す事など簡単な事。だが、そんな事はしたくなかったのだ。
 そう思ったのは、自分の我侭。

「……多分、俺はナルトと話したかったんだろうな……」

 ポツリと呟いた言葉は、ずっと自分が思っていた事。
 この里の厄介者だと言われているナルトと、ずっと話がしたかったのだ。そう、本当の厄介者である自分が、この里にとっての真の英雄である彼と……。

「俺に、お前を止める権利はねぇよ。だから、今回のことは、お前やナルトのどっちの肩も持たねぇからな」
「シカマル?」
「あいつを侮っていると、痛い目見るぞ」

 にやりと意地の悪い笑みを浮かべながらの言葉に、思わず笑みを零す。

「どっちの肩も持たないと言いながらも、助言はしっかりしてくれる処が、シカマルだよな」
「ああ?」

 三代目と、同じ事を言ってくれる。『止める権利』本当は、自分とナルトが接触する事を、誰よりも心配している二人なのに……。それなのに、自分の意志を尊重してくれるのは、本当に彼等が自分の事を想ってくれているから。
 それが嬉しくって、自然と笑みを零す。だが、俺の言葉の意味が分からなかったのだろう、シカマルが不思議そうに見詰めてくる。

「どう言う、意味だ?」

 問い掛けてくるそれに、ただ笑みを零す。

「言葉通りだ。感謝しているって事だろう、シカマル」

 ニッコリと笑って、そう言えば不機嫌そうに見詰めてくる瞳。そして、その次の瞬間、直ぐ傍に気配を感じて、俺は顔を上げた。

『奈良のガキ、今日は泊まって行くのか?』

 自分が顔を向けた先に、『昼』が姿を現して、シカマルに質問してくる。俺が、視線を向けた事と、声を掛けられた事で、シカマルもそちらを振り向く。

「ああ、悪いが、そうさせてもらう。今から帰るのは、メンドウだからな」

 そして、『昼』へとあっさりと返事を返した。

 確かに、時間を考えれば、それも頷けるだろう。今の時刻は、牛の刻。今日も、アカデミーあるってのに、寝られるのか?

、お風呂、準備できてるよ』

 想わず考え付いた事に、ため息をついた瞬間、新たな声が自分へと向けられた。
 『昼』とは、正反対の色を持つ黒猫が、俺の肩に乗っかっている。

「サンキュ、『夜』」

 そんな猫に、その頭を撫でながら礼を言う。ハッキリ言って、アレを探すのにかなり苦戦していたので風呂に入って早く休みたいのが本音だ。
 俺は、シカマルと違って、授業中に寝るなんて事できないんだからな!

『なら、が出てくるまでに、夜食を用意しておく』

 なので、心の声にしたがって素直に風呂へ入ろうと立ち上がりかけた俺の耳に、『昼』の言葉が聞こえて思わずそのまま返事を返してしまう。

「俺は、いいぜ。そのまま寝ちまうから」

 兎に角、疲れているのが正直なところだ。だから、寝ると言った自分の言葉は、悪くない筈。うん、悪くないよな?
 だが、俺の言葉に、『昼』の目がキラリと光ったように見えたのは、気の所為じゃないだろう。そして、続けて……。

、お前は、昨日一日何も食べていなかったと思うのは、オレの気の所為か?』

 ニッコリと笑顔で質問された言葉に、一瞬言葉に詰まってしまう。

「えっと、気の所為じゃねぇの……」
『そんなバレるような嘘を付くな!言っているただろう、一日最低でも1食は食べろと!!』

 引きつった笑みを浮かべながら返した言葉に、怒鳴り声が返される。
 確かに、何度も言われている事なので、悪いのは自分だろう。だが、任務でどうしても食べられない事があるのは、仕方がないと思うのだ。
 しかし、今の『昼』にそれを言おうモノなら、きっと倍以上の小言を食らうだろう事が分かっているだけに、思わず盛大なため息をついてしまう。

、また食べてないの?『昼』が怒るのは、当然だからね』
「……まぁ、その……ごめん……」

 そして、続けて心配そうな瞳が自分を見詰めてくるのと、言われた言葉に素直に謝る。純粋そのものと言う瞳で見詰められるのだけは、どうしても苦手なのだ。

「ああ、お前、ちゃんとメシ食えよ。ナルトじゃねぇんだから」
「って、ナルトも飯食わないのか?」

 そんな自分達の会話に、呆れたような言葉が聞こえてきて思わず驚いて聞き返す。

「あいつは、平気で何日も食わねぇよ。食っても、ラーメンばっかりだからな」

 そんな自分に、シカマルがため息をつきながら説明してくれた。

「そうか、あいつは、誰にも怒られないからなぁ……」

 それが、少しだけ悲しくって呟いてしまう。
 自分には、人間ではないが『昼』と『夜』が居る。シカマルには、自分達と違って、両親が居るから食事は母親が作ってくれるだろう。
 だから、誰も居ないナルトは、何も食べなくっても誰にも何も言われることはない。だから、ナルトは当然のように、食事を取らなくなってしまうのだ。

「ナルトが俺の正体に気付いた時には、絶対に怒ってやるぞ!」

 それは、本当に悲しい事。だからこそ、決めたとばかりに宣言した。

『怒るのはいいが、自分もちゃんとしなければ、説得力がないぞ』

 そんな自分に、呆れたように『昼』が突っ込んでくる。確かに、一日平気で食事をしない自分が、ナルトを怒る事は間違っている。

『じゃ、ちゃんと食べなきゃだね、

 言葉を失っている自分に、楽しそうな声が追い討ちを掛けて来た。
 否定出来ないだけに盛大なため息をついて、同意するしかない。

「出来るだけ、努力はする!それでいいんだろう!!」

 ヤケクソ状態でそう言えば、『昼』が呆れたようにため息をつく。

『全く、この中で、一番料理の腕は確かだと言うのに、何で食べないのかオレには分からん』
「作るのは好きでも、食うのはあんまり好きじゃねぇんだよ。でも、甘いモンは食うぞ、ちゃんと!」

 呆れたように呟かれたそれに、キッパリと言葉を返せば、シカマルが驚いたように声を上げた。

「ああ?お前、料理できるのかよ?!」
「あれ?シカマルは、知らなかったっけ?俺、暇な時はマメに作るぞ。俺のストレス解消だからな」
『なんなら、今度作ってもらえ、の料理は絶品だ』

 驚いているシカマルに返事をすれば、楽しそうに自分の事を誉める言葉が『昼』の口から出てくる。

「『昼』煽てても、何も出ないぞ」
『でも、ボクもの作ってくれたモノ、好きだよ』

 ため息をつきながら、そう言えば、続けて元気な声が嬉しそうに自分に伝えて来た。

「……それって、今俺に作れって事か?」
『何を言っている。今度だと言っただろう。お前は先に風呂に入って来い。今回の夜食は、オレが作る』

 催促されているような言葉にそう尋ねれば、呆れたように風呂へと促される。
 ああ、今日はオレが本気で疲れているのを、一番知っているのは『昼』だけだったな……。

「了解、悪いなシカマル、俺は風呂入ってくる」
「おう、こっちは勝手にするから、気にすんな」

 俺の言葉に、シカマルが片手を上げてそう返してくる。それに、俺はフッと笑って風呂へと向かった。





 風呂に入って、少しだけ疲れが取れたように感じるのは、気休めかもしれない。それでも、何もしないよりは少しだけ体が軽くなったのが分かる。

『全く、九尾の器に、チャクラをヤルからそんな事になるんだぞ』

 風呂から上がって、塗れた髪をタオルで拭きながら居間へと向かっている俺の耳に、呆れたような声が聞こえて、思わず苦笑してしまう。

「そう言うけど、俺が傷口広げちまったんだから、ちゃんと治療は必要だろう」

 どんなに九尾のチャクラを借りて傷の治りが早いとしても、自分が許せなかったのだ、ナルトの腕を己が傷付けた事が……。

『奈良のガキには、話さないでいてやるから、さっさと食事をしろ!そしたら、直ぐに寝るんだ』
「食べて直ぐ寝るのは、体によろしくないんだぞ!」

 命令口調で言われた内容に、小さく反論の言葉を返す。そんな俺に、『昼』が呆れたような視線を向けてきた。

『……なんなら、何があったのか、『夜』に洗い浚い話してもいいぞ』

 そして、ボソリと呟かれた内容に、サッと血の気が引いてしまう。

「俺が悪かった。言う通りにする!だから、それだけは、勘弁してくれ……」

 この中で、一番怒らせて厄介な相手は、『昼』でも、シカマルでもない。
 普段は純粋そのもので、少しだけ幼さを見せる『夜』なのだ。

 『昼』と双子の兄弟だと言うのに、見た目も性格も正反対の2匹は、『』一族に代々仕えている妖魔である。
 生まれる前から両親を亡くしていた自分の親代わりは、この2匹。だから、彼等は自分にとって肉親以上の存在。
 それほど長く一緒にいる彼等だからこそ、怒った『夜』がどれだけ厄介なのかをその身を持って体験しているだけに、それだけは避けたいと願うのは、仕方ない事だろう。

『なら、直ぐに来い』

 慌てている俺に、『昼』が促してからその姿を消す。それを見送ってから、俺は小さくため息をついた。
 別に、何も悪い事をした訳ではない。それでも、『夜』がその話を聞けば怒るのは、目に見えている。一日何も食べずに、アレを探し回った挙句ナルトにチャクラを使った。
 それは、下手をすれば、取り返しのつかない事になりかねないのだ。

「……やっぱり、一日飯食ってなかったのが、やばかったのか……」

 火影邸から、何時ものように術を使わずに戻って来たのは、それだけの体力がなかったから。

「早く行かねぇと、本気で怒られるな……」

 そっともう一度ため息をついて、居間へと足を向ける。

「遅かったな」

 居間に入った瞬間、シカマルが先に出されていた夜食を口にしていた。

「夜食、なんだ?」
『中華粥だよ。ボクが昼間に準備しておいたんだ』

 食べている物が気になって問い掛ければ、目の前に出された丼。
 そして、嬉しそうに言われた言葉に、『そうか』と返事をしてその頭を撫でてやる。

「んじゃ、頂きます」

 置かれた蓮華を持って、出されたものを口にした。

「美味しい」

 口に広がる確かなその味に、ポツリと呟けば嬉しそうな『夜』の笑顔。
 それを目の前に、ゆっくりとした動作で出されたものを食していく。
 胃が、それでどんどん暖められて、思わずホッとするのはやっぱりお腹が空いていたのかも知れない。
 そう言う感覚は麻痺しているから、胃に何かが入って初めて気が付く事は良くある事。

は、それを食べたら直ぐに休め。奈良のガキも、同じだ』
「了解!」
「ああ?俺は、別に……」

 命令口調の『昼』に素直に返事をすれば、シカマルが反論するようにボソボソと何かを言っている。
 ああ、こいつ、人の家の書庫狙いだな。きっと、これから朝まで、書物を読み更けるつもりだろう。ここは、シカマルが来る都度に、新しいのが増えていくからな、こいつにとっては退屈しない宝の山だろう。
 だけど、シカマルは知らないだろうから、ちゃんと忠告しておく。今日の『昼』は、俺の所為で機嫌が悪いから、逆らわない方がいい事を……。

「シカマル、こう言う時の『昼』に逆らうのは、止めた方がいいぞ。強制的に休む事になるからな」
「ああ?どう言う意味だよ」

 案の状、分かっていないシカマルが不思議そうに問い掛けてくる。

「あれ?言ってなかったか?『昼』と『夜』は、夢魔だから、人を眠らせるのは、簡単だぞ」

 問い掛けられた言葉に、サラリと返せば、珍しくも驚いたようなシカマルの顔。

「猫が『夢魔』なのか?!」
「ああ、ちなみに、こいつ等のこの姿は自由自在だから、この姿が本当だとは思うなよ」

 そして、その口から出てきた言葉に、続けて言葉を返す。
 そう言えば、シカマルは、この姿の2匹しか知らなかったんだったな。勿論、こいつ等は、人間にだってなる事は可能だ。だから、匹って言葉、間違っているかもなぁ……。

 驚いているシカマルを無視して、そんな暢気な事を考える。
 そんな感じて、出されたものを片付けてから、俺は体が望むままに暫しの睡眠をとる事にした。