「回収、して来たぜ」
「ご苦労じゃったのう、『』」
音もなく現れた少年に、少しだけ顔を上げた三代目がその名前を呼ぶ。
「実験部に、あれを逃がさないように、ちゃんと教育させといてくれ」
「……お主の言い分はもっともなんじゃが……。あれは、一度姿が見えなくなると、わし等の手には負えぬからのぉ」
不機嫌そうに言われた言葉に、ため息をついて手元の書類を片付けていく。
そんな三代目の姿に、『』と呼ばれた少年も、盛大なため息をついた。
「あれの姿を保たせる方法は、分かってるんだろう、マメに餌与えとけよ!お陰で、ナルトの腕に入り込んじまって、大変だったんだぜ」
「なっ!」
文句を言ってから、再度ため息をつく。
自分に与えられた任務は、特殊な生き物の回収。
それは、人の体内に入り込み細胞を餌にする生き物。餌が切れてしまうとその姿は全く見えなくなると言う厄介なモノで、唯一その見えない姿でも探し出せる自分に、その回収が言い渡されるのだ。
今回もその任務についた矢先に、その生き物がある暗部の肩に引っ付いて里を出た事を知ってかなり慌てたのはその生き物の事を良く知っているから……。
急いで『渡り』を遣いその暗部のいる場所へと向えば、敵の忍者から攻撃を受けてしまった彼の腕にターゲットが入り込でいく瞬間だった。
あまりの事に、一瞬だけ気配を洩らしてしまったのは、自分の落ち度だと言う事は、この際秘密にしておこう。
ため息をつきながら、言った己の言葉に、三代目は驚き、手に持っていた書類を机の上に落としてしまう。
「勿論、治療はしといた。そのお陰で、俺って言う存在を、ナルトが知っちまったけどな」
これ以上ないほど楽しそうに言われた言葉に、三代目が複雑な表情を見せる。
『その後、しっかりと『自分を探せ』と挑発したのは、だろう』
何も言えない三代目に変わって言葉を発したのは、呆れたように少年の左肩に姿を現した白猫。
そんな猫に驚く事無く、少年が楽しそうに笑った。
「まぁな。俺が、うずまきナルトに興味を持っているのは、ウソ偽りのない真実だからな」
木の葉の里、この里の真の英雄。
本当なら、公にその強さを見せ付ける事だって出来る存在なのに、何時もドベと言う仮面を被って里人から忌み嫌われている存在。
「だから、三代目。俺がナルトに正体を明かしても、文句言うなよ!」
「『』……いや、よ、お前が、それで良いというのであれば、わしが反対する事ではない。じゃがな、あの事は……」
「言わねぇよ。言える訳ねぇだろう。この里の奴らが何をしたかなんて……知らないで居た方が、良い事もある……」
「……すまぬ、……」
吐き捨てるように言われた言葉に、三代目が頭を下げる。
「別に、あんたが謝る事じゃねぇよ。俺の一族は、もう存在しない。もっとも『』と言う名前は、俺が引き継いじまったけどな」
苦笑交じりの言葉に、三代目が複雑な表情を見せた。
10年前まで存在していた『』一族。それはあの忌まわしい出来事の時に、ひっそりとその姿を消した旧家。
知っている者だけが、知っていると言う程のひっそりとした一族は、この里で『払い屋』を行う一族だった。
「お主は、その名を受け継いでも本当に良かったのかのう……」
知る者が聞けば直ぐに分かる名。
「ああ?別に、『』なんて珍しくねぇだろう。んな知られた名家でもねぇんだからな、幾らでも誤魔化せるぜ。なんせ、里人は馬鹿が多いからな」
小馬鹿にしたように笑う姿に、何も言う事は出来ない。
「それに、俺の右目には、誰も逆らう事は出来ないんだぜ」
そして、すっと自分の右目に手を伸ばし、面の上かその目に触れる。その姿を目前に、三代目はただ小さく息を吐き出した。
「……お主が、望むのであれば、わしには何も言う事は出来ぬでな……」
そして、諦めたように机の上に散らばった書類を片付けまた盛大にため息をつく。
「あんたには、本当に感謝している。俺に忍術を教えてくれたのは、あんただからな」
「……わしは、少しだけ後悔しておるよ。お主に忍術を教えた事を……」
複雑な表情で言われたそれに、付けていた面をゆっくりと外し笑みを浮かべる。
「大丈夫、俺は、この里の奴は嫌いだけど、憎んじゃいねぇ。あんたの事も、信用している。だから、俺は、この里を裏切ったりしねぇよ」
面の下から現れた金の瞳と深い紺色の瞳が、真っ直ぐに見詰めてくるのを、三代目は複雑な気持ちを隠せずに、ただ見詰め返す事だけしか出来なかった。
火影邸を後にして、少し時間が掛かるのを承知の上で自分の家へと歩いていく。
何時もなら、走って戻るか一瞬で飛び越える道のりを、何時もの倍以上の時間を掛け、空に浮かぶ月を見ながら一人でのんびりと歩くのは、こんな真夜中でもなければ出来ない事。
本当なら、アカデミーに備えて、出来るだけ早めに帰らなければいけないのだが、今日は何となくゆっくりとしたい気分だったために、家に辿り着いた時間は後少しで日付が変る時間帯。
見慣れた我が家が見えて来た頃、その自分の家のすぐ傍に人影を見付けて思わず苦笑を零してしまった。
自分が住んでいる場所は、人も訪れないような深い森の中。そして、その森は、里人達に『魔の森』と言われていて、更に人を寄せ付けない所。そんな所に平気で姿を見せるような相手など、自分の周りにいる者を考えれば一人だけしか思い浮かばない。
そして、彼がこの場所に来た理由も分かっているからこそ小さくため息をつく。
「シカマル」
ボンヤリと木の幹に座って空を仰いでいる相手に、そっとその名を呼び掛ける。
「あ〜っ、お前、戻ってくるの遅過ぎだってぇの……」
自分の呼び掛けに、相手が面倒くさそうに振り返えりながら、盛大なため息をつかれてしまう。そんな相手に、思わず苦笑を零してしまうのは止められない。
そんな自分など気にもしないで、相手は『どこいしょ』と年寄りみたいな掛け声を出して立ち上がり、真剣な瞳で自分を見詰めてくる。
「んで、おめぇは、一体何がしてぇんだよ?」
そして、その瞳がそのまま少し怒ったように問い掛けてきた。
その言葉が指しているのは、たった一つの事。それがどれを指しているのかが分かるだけに、ただ困ったような笑みを浮かべる。
「さぁな、俺は何がしたいんだろうな……」
そして、呟いた言葉は、小さく何処か遠くを見詰めるような瞳でその口から零れ落ちた。
あの少年を思い出すような金色の瞳と、その右目からは想像も付かないような吸い込まれそうな紺色の瞳が、先ほどまで自分が見ていた空を見詰めている。
『いい加減に、家に入ったらどうだ』
「…ああ、先に帰ってもらってたんだったな……ただいま『昼』」
その視線が、呆れたように呟かれた言葉と同時に、シカマルの後ろへと向けられて笑みを作った。
笑顔で挨拶するその姿に、シカマルが盛大なため息をつく。
『奈良のガキも、中に入れ。お前、『夜』の言葉も断って、そこに居たんだろう。『夜』が困っていたぞ』
「ああ、ワリイな……中に入るのが、面倒だったんだよ……」
そんなシカマルに、『昼』が少しだけ不機嫌そうに声を掛ける。言われた言葉に、シカマルは頭を掻きながら小さく返事を返した。
だが、言われた内容に、呆れたような視線をシカマルへと向ける。
「……普通は、外で待つ方が面倒だって……ああ、でも『夜』をあんまり苛めんなよ、『昼』の機嫌悪くなるからな」
呆れたように言いながらも、しっかりと付け足された内容に、シカマルが小さく『メンドクセー』と言うのが聞こえたが、それはあえて無視を決め込む。
「んじゃ、面倒くさいだろうけど、中に入れ。経緯だけなら話してやるよ。んで、その後お前が、あいつを手伝うか手伝わないかを決めろ。俺は、文句言わねぇから」
「はぁ〜っ、それこそ、メンドクセ〜」
何時までもここで話をする訳にもいかないので、中へ入る事を促し事情を説明すると言えば、無気力にもため息をついて口癖の言葉が返される。
目の前の面倒臭がりな友人の性格を知っているからこそ、思わず苦笑を零してしまう。
「お前なぁ、その面倒臭がりな性格どうにかしろよ。俺やあいつに拘わってるんだぜ、一番面倒な場所に居るじゃねぇかよ」
この里内で、もっとも厄介な物に入るだろう自分とあいつ。
『あいつ』と言うそれが、誰を指しているのかぐらい目の前の相手が分からない筈は無い。予想通り、自分の言葉を間違わずに受け止めた相手が、面倒臭そうに頭を掻きながら小さく頷いた。
「あぁ〜確かに……でもそれは、面倒なんかじゃねぇよ。俺は、この場所は嫌いじゃねぇ」
自分の言葉を間違う事無く受け取め、少しだけ照れたように返された言葉に思わず笑みを零す。
きっと、彼のこう言う処が、自分は気に入っているのだと改めて気付かされたから……。
「だから、お前はナルトにも弱いんだろうな……」
無条件で自分達を受け入れてくれた存在。
それは、この里にとっての数少ない理解者。
「ああ?どう言う意味だよ」
ポツリと呟いた言葉に、意味が分からないと言うようにシカマルが自分に視線を向けてきた。
「惚れた弱みって奴に決まってんだろう、シカマルくん」
不機嫌そうに見詰めてくる瞳に、ニッコリと笑顔で言葉を伝えれば、嫌そうな顔で自分を睨んでくる。それに、もう一度笑顔を向けて、嫌そうな相手を無理やり家へと招き入れた。