任務で失敗するなんて、ハッキリ言って初めての事だ。
簡単な任務だと思って、油断していたとでも言うのだろうか……。
「やべぇ……シカマルに知られたら、怒られるよなぁ……」
今日の自分達の仕事は、抜け忍の始末。
今、相方と別行動になっているのは、抜け忍達が一箇所に逃げずにバラバラになってくれたお陰。仕方なく、二手に別れて抜け忍達を始末し終えたのはいいのだが、自分の右腕からは滅多にない暖かな深紅の液体が流れている。
抜け忍達の能力が上忍レベルと簡単な相手だったから、油断していたのがミスの原因。普段なら、こんなミスなど絶対にあり得ない事だ。
そして、その原因のもう一つの理由が、任務中に感じられた微かな気配。それに、気を取られてしまったのが本当の理由。一瞬だけしか感じられなかったが、間違いなく誰かの気配を感じたのだ。
誰かに、任務の遂行を見られてしまう事、それは暗部にとってもっとも侵してはならないミス。
「たく、暗部の仕事を見られちまうなんて、その相手も探さなきゃいけないのに……」
「それは、悪かったな。お前の仕事の邪魔をするつもりは、なかったんだぜ」
ぶつぶつと文句を言いながら、何時もなら簡単に止まる筈の血が中々止まらない今の状況にイライラしていた自分の耳に、聞いた事のない声が聞こえてきて、驚いて顔を上げる。
顔を上げれば、目の前に自分と同じ暗部服を身に付けた人物が立っていて、更に驚かずには居られない。
自分の直ぐ傍に居ると言うのに、その気配に全く気付けなかった事が、信じられなかった。この里で最強と言われている自分に気付かれずにこんな至近距離に居るなんて、絶対に有り得ない事。
しかし、目の前には幻でもなく、暗部が居るのだ。その気配は、目の前に居る今の状態でも感じる事が出来ない。
「同じ木の葉の暗部を殺すつもりはねぇよ。『光−コウ―』いや、それともうずまきナルトって言った方が良いか?」
「なっ!!」
警戒する俺に、そいつが笑ったのが分かる。確かに、そいつが着ているのは、間違いなく木の葉の暗部服だ。
しかし、付けられている面は、片面を黒に、もう片面は白に塗りつぶしただけの簡単な面で、自分の知らない暗部である。
自分の知らない暗部から当然のように呼ばれた名前に、驚くなと言う方が無理な話だろう。
今は面を付けてはいないが、変化の術だって怠ってはいない。なのに、何の迷いもなく自分の名前を言われたのだ、あの里で俺の事を知っているのは、2人だけしか居ない筈なのに……。
そう、火影であるじーちゃんと秘密の共有者でもある奈良シカマルだけなのだから……。
普段の俺は、ドベの仮面を被った、下忍にもなっていないただのアカデミー生。一環の暗部が、自分の事を知っているなんて事は、どう考えてもあり得ない事なのだ。
「その傷見せろ。そのままにしといたら、幾らお前でも、完治しねぇぞ」
驚いて言葉も出ない俺に、そいつが近付いて来て、あっさりと腕を取られてしまう。腕を取られた瞬間、思わず体が強張ってしまうのは止められない。
震えた体には全く気にした様子もなく、動けない俺を完全に無視して相手がホルダーから何かを取り出した。
俺は、それを全く意味が分からずに、ただ呆然と見詰めて居るだけしかできない。そう、何時もなら、警戒心丸出して、絶対に誰かに触らせる事なんてあり得ないのに……。
「少し、痛いかもしれねぇけど、我慢しろよ」
「はぁ?」
そして、突然言われた言葉に意識が浮上する。驚いて俺が相手を見ようとした瞬間、腕に激痛が走った。
手に握られているクナイで腕を刺されたのだと、頭が認識したものの後の祭。
ハッキリ言って痛いなんてモンじゃねぇ、相手は、何も言わずにただ傷口を抉る様に動かしていく。
「くっ」
痛みに顔を顰める。普段から、こんな痛みなどには慣れている自分でも、思わず声が零れてしまうのを止められない。
痛みを感じながら、俺は、初めて恐怖を感じた。自分に、気配を感じさせない上に、抵抗も許さなかった相手。
それは、相手の強さを意味しているのだ。逃げなければ、殺される。そう頭では分かっているのに、体が動かない。
ポタリと、生暖かいものが腕を伝って地面に流れていく。見慣れている、紅い紅い液体。その瞬間、嗅ぎ慣れた、匂いが鼻を付いた。
「よし、出たな」
動く事の出来ない自分の体を、必死で動かそうと頭を働かせている中、聞こえてきた声に、苦痛から無意識に閉じていた瞳を開く。
そして、次の瞬間感じたのは、暖かなチャクラの流れ。
「悪かったな。こうでもしねぇと、お前の腕が腐っちまうからよ」
「はぁ?」
流れてくる暖かなチャクラは、相手から傷を治すために送られてくるモノだと分かる。そして、言われた言葉に、俺は思わず疑問符を投げ掛けてしまう。
「こいつは、傷の中に入って細胞を食らう。こいつが、その中に居る限り、幾ら九尾の治癒力を持ってしても、腕が腐っちまうとこだったんだよ」
疑問符を浮かべた俺に、そいつが多分腕の中から取り出したのだろう、血まみれの黒い小さな塊が入っている小瓶を見せつけてくる。
いや、見せられても、これが何なのか、そして、何時自分の腕の中に入ったのか、分かる訳ねぇじゃん。
「俺の任務は、こいつの回収。悪かったな。お前の邪魔しちまって」
「って、待て!それが何で、お前は誰だよ!!」
「忍が、素性を明かすもんじゃねぇだろう。それに、自分の任務を軽々しく教えたりしねぇてのも、常識だ」
俺の問い掛けに、そいつが振り返って言葉を返してきた。
言われるまでもなく、そんな事分かっている。それでも、聞いてしまったのは、俺の知らない奴があの里に居た事が許せなかったから……。
「んな事は、分かってるんだよ!俺が聞きたいのは……」
自分の知らない暗部。だからこそ、知りたいと思った。
自分よりも確実に強い相手の事を……。
「俺は、お前を良く知っている。お前も、もしかしたら、俺の事を知っているかもしれないぜ」
不機嫌そのままに怒鳴った俺に、そいつが振り返って、笑ったのが雰囲気で分かる。そして、言われた言葉に、疑問符を隠せない。
その言葉は、自分にとって、想像もしていなかった言葉だったのだ。
俺の事を良く知っていて、俺も、こいつの事を知っているかもしれない?
「なんなら、探してみろよ。俺は、逃げも隠れもしないぜ」
考え込んだ俺に、挑発的な言葉を残して、一瞬でその姿がかき消されてしまう。
初めから気薄だったその気配は、今はもう何処にも感じられなくなる。チャクラの流れも、同じように感じる事は出来ず、もう自分には探す事も出来ない。
「絶対に、探して出してやる!」
こんな事、初めてだ。
自分が、他人に興味を持った事に驚きを隠せない。
他人なんて、興味の対象にはならないと思っていたのに、俺の事を知っているあいつを俺も知りたいと思った。
「こっちは、終わったぜ、『光』」
「……『影』……シカマル!白黒の面の暗部を知っているか?!」
「ああ?んだよ、こっちの姿の時に、その名前呼ぶんじゃねぇよ、面倒くせぇ奴だな……白黒の面だぁ?確か、『』だったと思うぜ」
考え込んでいる中、自分の相方が戻ってきたので、さっきの奴の事を問い掛ける。
暗部の特殊戦略部に居たシカマルなら、俺よりもずっと里の忍の事に詳しい事を知っているから……。予想通り俺の質問に、文句を言いながらも、面倒臭そうに答えてくれるのが、シカマルだよな。
「『』……そいつって、どんな奴だよ!」
言われた名前に、俺は更に質問を投げ掛けた。それに、シカマルは、頭を掻きながら盛大なため息を一つ。
「……さぁな。そいつに関しては、白黒の面と、暗部名しか分かってねぇからな。どんな奴なのか、姿を見た奴もいねぇよ。……もしかして、お前『』に会ったのか?」
ため息の後に言われた言葉と、そして、シカマルの珍しく驚いた声での質問に、俺は頷いて返す。
「会った。あいつは、俺の事を知ってたんだ……俺が、『光』で、『うずまきナルト』だって事も……」
「ああ?そりゃ、里の極秘事項のはずだろう。なんで、『』が知ってんだよ」
「んなの、俺が知りたい!しかも、自分を探せとまで言われたんだぞ!!絶対に、探し出してやる!!!」
絶対に、あいつの事を見つけてやる。
里一番の忍びと言われた俺に、出来ない事はない!今じゃ、じーちゃんだって、俺には敵わないんだぞ!!
「あ〜っ、まぁ、面倒くさそうだが、頑張れよ……」
意気込んでいる俺に、少しだけ考え事をしていたシカマルが、面倒くさそうに応援してくれる。
ってか、実際は、本当に自分には関係ないって思っているんだろう、シカマルは……。
俺だって、何時もは、こんなに風に誰かの事を知りたいと思った事なんてないから、変な気分だ。
他人なんて、興味ないはずなのに……。
俺の興味を一瞬で惹き付けた奴。暗部名『』。
絶対に、探し出してやる!