心臓に悪い…。
倒れているお前を見た時、俺の心臓が止まるかと思った。
でも、大した事ないと分かったから、今は安心していられる。
分かってるのだろうか、俺がどれだけ心配したかと言う事に……。
また、ヤマトに余計な心配を掛けたらしい。
でも、目の前で轢かれそうになっているのを見捨てるなんて、出来なかったから……。
目を開いた瞬間、泣き出してしまいそうなヤマトの顔が飛び込んできたのが、忘れられない。
心配掛けて、ごめんな……でも、俺は、大丈夫だから……。
見えない想い 14
太一が診察を受けている間、ヤマトはただ廊下の椅子に座ってボンヤリとしていた。
大した事はなかったから良かったものの、もしこれが本当に車と接触していたとしたら……。
そう考えるだけで、背筋を冷たいものが流れていく。
「それじゃ、お大事に…」
聞こえてきたその声にハッとして顔を上げれば、腕などに包帯を巻かれている太一が診察室から出てきた。
その隣には、太一を轢きそうになった車の運転手が居て……。
「本当に、大した事無くって良かった……それじゃ、私の方で診察代は払っておくからね……でも、本当にご両親に連絡しなくってもいいのかい?」
「…はい、余計な心配掛けさせたくないから……」
心配そうに尋ねられたその言葉に、苦笑をこぼす様に答えれば、相手も諦めた様にため息をつく。
「分かったよ……それじゃ、もし何かあった時は、連絡してくれ……事故は後遺症が恐いからね」
すっと自分に名詞を渡して言われたそれに、太一は困ったような笑顔を見せた。
「……すみません、迷惑掛けちゃって……」
「そう思うんだったら、無理はしないように!友達も、心配してるからね」
「……はい…」
太一が素直に返事を返すのを確認してから、満足そうに頷くとそのまま廊下を歩いていく。
それを見送ってから、太一はため息をついた。
「……太一!」
「……ごめん、ヤマト……」
「バカ!本当に心配したんだぞ!」
「……ごめん……」
言われた事に、素直に頭を下げる。
心配を掛けてしまった事は、十分に分かっているから、それ以外何も言えない。
申し訳なさそうに、シュンと下を向いている太一に、ヤマトは盛大に息を吐き出した。
「本当に、大丈夫なんだな?」
「ああ……なんか、頭痛いけど、大丈夫……ヤマト?」
答えようとした言葉は、突然抱き締められた事で、続けられなくなる。
強く抱きしめてくるヤマトに、太一は心配そうにその名前を呼ぶ。
「……心臓が、止まるかと思った……」
「…ヤマト……」
「…もう、お前が倒れてるところなんて、見たくないぞ…」
「うん……ごめんな……」
自分を抱き締めてくれる人が、本気で心配していたと言う事に、太一は申し訳なさそうに謝った。
抱き締めているその体が小さく震えているのを感じて、太一は優しくその体を抱き返す。
「……心配掛けて、本当にごめん……ヤマト…」
「……お前の所為で、折角買った夕飯の材料がどっかいっちまったんだぞ……」
「…ごめん……」
「……もう一回買い物しなきゃいけないなぁ……」
「…うん…悪い…」
「もう、謝るなよ……お前が無事で、良かったって思ってるんだからな」
何度も自分に謝ってくる太一に、漸くその体を離したヤマトが苦笑を零した。
悪いと思っているからこそ、太一はそんなヤマトの顔をまともに見ることが出来ない。
それが分かるから、ヤマトは小さく言いを吐き出すと、ポンッと優しく太一の頭を叩く。
「もう、気にしてないよ……ほら、もう一回買い物してから帰ろうぜ」
「えっ、うん……ごめん……」
明るい声で言われた事に、太一がもう一度謝罪する。
そんな太一に、ヤマトは苦笑を零した。
「だから、謝るなって……ほら、行こうぜ」
「うん・・…」
促されて、ゆっくりと歩き出す。
「あの人にも、迷惑掛けちゃったよなぁ……あっ!そう言えば、俺が助けた、猫って……」
場が持たないのだろうか、太一がポツリと漏らしたその言葉に、ヤマトはもう一度苦笑を零した。
太一を轢きそうになった相手は、冷静な判断で対処した上に、太一が助けた猫までも優しく接していた事を思い出して、ヤマトは感心しながらも、息を吐き出した。
「……あの猫なら、飼い主の元に戻ってるよ……感謝してたぞ、お前の事」
「そっか、良かった……」
ヤマトから聞かされたそれに、本当に安心した様に笑顔を見せる太一に、ヤマトは不機嫌そうな表情を見せた。
「お前なぁ、少しは反省もしろよ!」
「……反省はしてるって……後先考えなくって、ヤマトにまた心配掛けて悪かったと思ってるし……だから、ごめん…」
呆れた様に言われたそれに、太一が困った様に返事を返す。
本当に悪いと思っているから……。
自分が目を覚ました時の、泣き出しそうな顔で見詰めて来たヤマトの顔を思い出して、もう一度だけ謝る。
「お前が倒れてるのを見るのは、三回目なんだ……俺は、一度もお前を助けてない…」
「ヤマト・……ごめん…何度謝っても、許してもらえないかもしれないけど……本当に、悪かったと思ってる……」
今にも泣き出してしまいそうな程申し訳なさそうに謝ってくる太一に、ヤマトは苦笑を零した。
『許す』とか『許さない』と言う問題ではないのだ。
自分の不甲斐なさと言うモノに気が付かされて、惨めな気持ちになっているだけ……。
太一を誰よりも護りたいと思っているのに、現実は何時も見ている事だけしか出来ない自分が居る。
「怒ってる訳じゃない……自分が情けないだけだ……」
「ヤマト?」
「お前の護るのは、俺だって思い込んでるのに、現実では、お前が倒れるのを何度も見せられてる……情けないよなぁ…」
苦笑を零しながら、自分の気持ちを伝えるヤマトに、太一は大きく首を振って見せた。
「そんな事ないだろう!だって、どれも俺が全部悪いんだし、ヤマトが責任感じる事なんて一つもない!」
「…だけど、最初の時だって、俺が原因だし……2度目の時も……」
「あれは!俺が、ヤマトと…大輔の姉ちゃんを見て、勝手に誤解したのが、原因だろう!」
「だから、それが俺の所為だって……えっ?……太一…今、何て言ったんだ?」
声を荒げて言われたそれに、ヤマトが驚いた様に太一を見詰める。
今ここで大輔の名前が出てきた事に、疑問が浮かんでも仕方ないだろう。
今の太一は、まだ大輔の事を覚えていない筈だから……。
「えっ?俺、何て言った?」
だが、聞き返されたそれに、言った太一は何を言ったのか覚えていないようで、不思議そうに首をかしげてヤマトを見る。
「大輔の事、分かるのか?」
「……大輔?……俺、そんな事言った?」
不安そうに見詰めて来る瞳に、訳が分からないと言うように問い返す。
自分が何を言ったのか覚えていないだけに、ヤマトが何を言いたいのか分からない。
「太一、一番初めに階段から落ちた時の事、覚えてるか?」
「……覚えてない……俺が覚えてるのは、ヤマトの事だけだった……何にも思い出せない中で、自然に浮かんできたのは、ヤマトの顔と、名前……それから、ヤマトに関係する記憶……全部じゃないけど、二人で話した事なんかだけ……」
困ったように呟かれるその言葉に、ヤマトは小さく頷いて返す。
それは、退院した時に話を聞いたから、分かっている事。
「ヤマト、俺に言ってくれたから……俺が、ヤマトの事を忘れても、絶対にまたヤマトの事を好きになるって分かってるって…でも、その言葉が本当だって言うのは、自分でも分かってたから……一度、俺はヤマトの事を忘れてしまった……」
「太一……」
苦笑しながら語られるそれに、ヤマトは静かにその名前を呼ぶ。
「……だから、俺は……次の時は、絶対にヤマトのことを忘れないって願って、今の状態になったんだって事だけは、覚えてる。それが、どう言う結果になるか分かっていても、そう願ったのは、自分自身……」
自嘲的な笑みを見せて、太一がそっと息を吐き出す。
そして、ゆっくりと頭を左右に振って、それから、そっと額に手を当てる。
「……俺、結局は、自分のことしか考えてなくって、ヤマトに迷惑しか掛けてない……そう、思うから……」
「太一、もういいから、考えるのをやめろ!」
太一の表情が真っ青になっているのに気が付いて、慌てて遮る様にぐっと太一を抱き寄せる。
今、太一の思考が暴走しているという事に気が付いたから……そして、額に手を当てたのは、考えるなと言う体が出している拒否反応。
「……ヤマト……分からない……俺は……止まらない……」
考えるなと誰かが言っているのに、止まらない思考。
ガンガンと響く様に頭が痛いのに、自分の記憶が大量に流れ込んでくる。
ぐちゃぐちゃの頭では、流れてくるその記憶がまるで他人のモノのように入り混じっていて……。
「…気持ち悪い……」
「太一!!」
小さな呟きを最後に、ゆっくりとその体が崩れて行くのを、ヤマトが慌てて抱き止めた。
そして、ぐったりとなったその体を慌てて抱き上げて、家へと急ぐ。
ここで、病院の直ぐ傍だと言う事をすっかり忘れていたヤマトは、後々自分の愚かさに頭を抱える事になるのだった。
家に着いて、直ぐに太一をベットに横たえる。
顔色の悪い太一の口からは、苦しそうな声が聞こえてくるだけ……そして、そんな状態から発熱している事に気がついて、慌ててタオルと洗面器に水を入れてから、濡らしたタオルを太一の額に乗せた。
そして、思い出すのは、本で調べた事。
記憶を無くしている時、無理に思い出そうとすると、拒否反応を起こす事があるのだと言う事。
それは、まさに今の太一の状態を表している。
多分、切っ掛けはあの事故。
だが、ここまで酷い拒否反応を見せられては、堪ったものではない。
「太一……無理に思い出さなくってもいいから……」
そっと、苦しそうにしている太一の耳元に優しく囁きかける。
聞こえるとは思わないが、言わずには居られない。
そして、ギュッと強くその手を握り締める。
今、離してしまったら、永遠に太一を失ってしまいそうな気がするから……。
優しく手を握って、同じ言葉を繰り返す。
『無理に思い出さなくってもいいから……』と……。
今の太一の中には、自分でも管理しきれない程の記憶があると言う事が分かるから、今はまだ、何も考えるなと、それだけを何度も繰り返して、囁きかける。
「ヤマト!」
突然名前を呼ばれてハッとしたように顔を上げた。
どうやら眠っていたと言う事に気がついて、慌てて太一に視線を向ける。
「…太一くんならまだ眠ってる…心配するな」
そして頭上から降ってきたその声に、ヤマトは慌てて声のした方を見上げた。
「……親父…」
「お前、玄関の鍵ぐらいはちゃんとしろよ……俺が帰ってこなかったら、どうするつもりだったんだ?」
呆れた様に言われたその言葉に、思わず苦笑を零す。太一の事が心配で、玄関の鍵などすっかり忘れていた。
「…その様子だと、飯もまだなんだろう?弁当買ってきたから、食え」
「ああ……でも…」
チラリと太一に視線を向ける実の息子に、父親はため息をつく。
一度戻ってきた時に、二人の様子を伺って、熱を出していると分かる太一の様子に、父親は仕方ないと弁当を買いに出掛けて戻ってきたのはつい先ほどの事。
それから、渇いてしまったタオルをもう一度濡らして太一の額に置いたのは、数分前。
「飯ぐらいは食わないと、お前まで倒れたら、太一くんが心配するだろう?」
「分かってる……けど……」
言い渋るヤマトを前に、父親は盛大なため息をついた。
太一の事が心配だと言う気持ちは、分からなくもないから……。
「…太一くんの腕の包帯の理由は聞かないでいてやる……その代り、お前はちゃんと飯食え……」
「親父……」
「太一くんの熱も下がっているし……ほら、呼吸もラクになってるだろう?」
「えっ?」
言われた事に慌てて太一の方に視線を向けた瞬間、思わずほっと胸をなでおろした。
ここに連れてきた時とは比べ物にならないほど、顔色が良くなっている。
そして、苦しそうな声を出していた口からは、今は、静かな寝息が聞こえているのに、ヤマトは安心した様に笑顔を見せた。
「太一くんは、そのまま寝かしておいてやれ……取り合えず、今はお前も飯食って、それからだ」
「ああ・・…サンキュ・…親父……」
「お前から、素直に礼を言われるとはなぁ……太一くんのお陰と言うべきか?」
からかう様に言われるその言葉にも、ヤマトは何も言わずに笑顔を見せる。
そんな息子の様に、父親は苦笑を零すのだった。
誰かの声が聞こえる。それは、何度も囁きかける様に……。
繰り返し伝えられるその声が、自分を支えてくれる。
グチャグチャで何も考えられない思考とは裏腹に、ゆっくりと自分を落ち着かせてくれるその声。
何時でも聞いていたいと思うその声の主を、自分は誰だか分かっている。
『無理に思い出さなくってもいいから……何も考えるな』と、何度も聞こえるその声に、暴走していた意識が、穏やかになっていく。
そして、感じるのは、自分の手を強く握っててくれるその温もり。
自分は、いつもその手の温もりに支えられてきた。
何も覚えていない中、その手の温もりを忘れる事なんて出来なくって…。
何時でも直ぐ傍に感じられる存在……。
「……ヤマト……」
ポツリと漏らされたその言葉と同時に、意識が浮上を始める。
そして、太一はゆっくりと瞳を開いた。
「太一!」
目を開いたのと同時に名前を呼ばれて、ハッキリしない意識のままそちらへと視線を向ける。
視界に入るのは、心配そうに自分を見詰めているヤマトの姿。
「……俺…」
何が起こって、今どう言う状態なのかが分からなくって、太一は不思議そうにヤマトを見詰める。
「…今は、何も考えるな…もう少しだけ、寝てろよ、太一……」
優しく微笑んでくるその瞳に見詰められて、太一は素直に従う。
覚えているのは、ただ気持ち悪くなるほどの記憶の渦。
忘れてしまった記憶が、自分の中に溢れてきたその意識に、自分は絶えられなくなってしまったと言う事。
「……ヤマト…俺……」
「大丈夫だ……もう一度寝て、ゆっくり考えれば、全て思い出せるさ……だから、今は何も考える必要なんてない」
優しく囁かれる言葉に、小さく頷いて返す。
ずっと囁かれていた言葉。
『無理に思い出さなくってもいいから……何も考えるな』何度も何度も繰り返し自分に言ってくれたそれの言葉に、自分は安心して眠る事が出来たのだ。
そして今も、同じように囁いてくれるから……。
「……有難う、な…ずっと、ヤマトの声が聞こえてた……だから、俺……」
「ああ、分かってる…だから、もう少し寝てろ……ずっと傍に居るから……」
伝えられる言葉に、頷いてそっと瞳を閉じる。直ぐ傍に感じられるその温もりだけが、何時だって自分を安心させてくれるから・…。
「お休み、太一……起きた時には、何時ものお前に戻ってるよ……」
そっと頬にキスを落として、ヤマトが囁いたその言葉に、太一が嬉しそうな表情を見せた。
「……俺は、ヤマトを信じてるから……」
返されたその言葉に、ヤマトはそっと太一にキスをする。
そして、太一が眠ってしまうまで、ヤマトは何度も繰り返す様にその耳元に囁きかけた。
太一が何も考えられない様に、自分の事だけを考えていられる様に……。
ただ、何度も何度も囁きかける。
『愛してる』と……。

はい、これで終わりです!
って言うのは冗談で、この続きは、隠し小説でこのページの何処かにありますので、ご安心下さい。
結局、14でも終わらなかったって言うオチですね。<苦笑>
素直に15にしても良かったのですが、なんだか悔しいので、隠しUPしました。
素直じゃなくって、ごめんなさい(><)
今回も、文中の中にリンクが貼ってあります。それが、ヒント!
多分、難しくはないので、探してみてくださいね。
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