音が聞こえる。
   リズミカルな包丁を使う音。
   心地よい夢現な状態で、その音は一定のリズムを刻んでいる。

   自分一人のこの家に、なんでそんな音がしているのか分からない。

   親父じゃないのは、良く分かる。(親父、不器用だから……xx)

   だったら、この音の正体は……?


                                             見えない想い 10


 漸くハッキリしてきた意識の中で、自分が寝てしまっていた事を理解すると、ヤマトはゆっくりと起き上がった。
 変な格好で寝ていた所為で、少し体が痛い。
 しかし、自分に掛けられている毛布に気が付いて、思わず首を傾げてしまう。

「…太一…?」

 そして、思い出した事に、慌てて辺りを見まわした。
 覚えているのは、太一と共にアルバムを見ていたという事。
 しかし、既にその姿は何処にも見当たらない。
 アルバムも綺麗に片付けられている。

 窓の外を見れば、既に薄暗くなった空が見えた。

「起きたのか?」

 訳が分からない状態で、ボンヤリしていたヤマトは、突然開いたドアから現れた人物の声に顔を上げる。

「……太一…」
「お前、良く寝てたから、夕飯の準備だけしておいた。味の方は自信ないけどな」

 舌を出して笑う太一の姿に、ヤマトは不思議そうに首を傾げてしまう。

「…ヤマト、まだ寝惚けてるのか?」

 ボーっと自分の事を見詰めて来る相手に、太一が心配そうにその顔を覗きこむ。
 突然近付いてきたその顔に、ヤマトの頭が正常に働き出す。

「えっ、ああ……大丈夫だ……飯の支度してくれたって…今、何時だ?」
「んっ?6時を回ったところかなぁ…。おじさんから電話があって、今日、帰れないからって、伝えてくれって言われた」
「親父が……」

 電話の音にも気が付かずに寝ていたと言う事に、ヤマトは自分で呆れてしまう。
 それだけ、疲れていたと言ってしまえばそれまでなのだが、一晩寝なかったくらいでこんな状態になってしまった自分が情けない。

「うん、電話、勝手に出て悪いとは思ったけど……」
「いや、いいさ……寝ていた俺が悪いんだしな……他に、何か無かったか?」
「ううん、別に……」

 慌てて首を振る太一の態度に、何かを感じはしたがそれ以上の追求はしないでおく。
 一瞬何故だか分からない沈黙が重い。
 だが、その沈黙を破ったのは、言い難そうに口を開いた太一だった。

「あの、あのさぁ……空って人、知ってる?」
「ああ?空がどうかしたのか?」

 突然出てきた名前に、ヤマトは不思議そうに首を傾げる。
 何故、空の名前が、出てきたのかという事は、分からないから…。

「…ヒカリが、ここに来て、ノート置いていったんだけど……ヤマトに頼まれて、『空さん』からだって……」

 そこまで言われて、漸く分かった事に、ヤマトは思わず苦笑を零す。

「ああ、空に授業のノーと頼んだからな。お前だって、良く知ってる人物だ。って言うより、俺よりお前の方が仲が良いんだぞ」
「えっ?そうなのか?」

 笑いながらいわれた事に、太一が驚いた様にヤマトを見詰めてしまう。

「小学校で、同じサッカークラブだった所為もあるだろうけど、俺が妬くには十分過ぎるほどな」

 ウインク付きで言われた事に、カッと太一の顔が赤くなる。
 『妬く』と言う言葉は、自分がヤマトに思っていた事だから、恥ずかしいと思う気持ちはどうしても止められない。

「……心配しなくっても、空は俺とお前の気持ちを知ってる一人だ。っと言うよりも、促してた人物だからな…」

 呟いて、昔いわれた事を思い出す。

『早く告白しないと、私が太一を取っちゃうから!』

 そう言われたのは、中学校に上がった直ぐの頃。
 空の気持ちは、知っていたから、そう言われた時驚いたのを今でも覚えている。

「……そう、なのか…俺、覚えてないから、ヒカリから名前聞いた時、ヤマトの彼女だったらどうしようって……」
「…そう言う冗談は、やめてくれ……俺にじゃなくって、空に悪い……」

 心配そうに呟かれた事に、盛大なため息をついて返されたそれに、太一はきょとんとした表情を見せたが、直ぐに笑顔に変わった。

「なんだよ、それ……」

 楽しそうに笑っている太一を見詰めて、ヤマトも笑顔を返す。

「そのまんま……それじゃ、ノートが来たって事は、このまま勉強するか?」

 笑いながら言われたそれに、太一の顔から笑顔が消えてイヤそうな表情になる。
 そして、それから盛大なため息。

「……やらないと、駄目なんだろうなぁ・……」
「当然だな」

 ニッコリと言われたそれに、太一はもう一度だけ盛大なため息をついてしまうのだった。




 あれから約1時間、勉強をしていた二人は、チャイムの音に顔を上げる。
 時計を見れば、8時過ぎ。

「誰だ?」
「俺出ようか?」

 不思議そうに首を傾げるヤマトを前に、太一が立ち上がろうとするのを止めてから、先に立つ。

「…俺が出る。太一はその問題ちゃんと解いて置けよ」
「う〜っxx」

 ウインク付きで言われたその言葉に、恨めしそうな視線を向けられるが、それをあえて無視してそのまま玄関へと直行。
 父親は、今晩帰れないと聞いているので、用心するようにドアの前で声を掛ける。

「誰だ?」
「ボクだよ、お兄ちゃん!!」
「タケル?」

 戻ってきたその声に、ヤマトは慌ててドアを開いた。

「どうしたんだ、こんな時間に……」

 玄関の扉を空けて、目の前に立っている人物を中に招き入れる。

「太一さん、ここに居るって聞いたから……」
「ああ、ヒカリちゃんに聞いたのか?」

 言い難そうに言われたその言葉に、納得したと頷きながら確認する様に尋ねたそれは、小さく首を振られてしまう。

「違うのか?」

 今度の質問には頷く弟に、ヤマトは不思議そうに首を傾げた。

「……お母さんが、お父さんから聞いたって、教えてくれて……そしたら、どうしても確かめたくって……お兄ちゃん、本当に太一さんは、ボク達の事を覚えてないの?」
「タケル……」

 言われたその言葉に、ヤマトが困ったような顔をする。

「……本当なの?どうして!」
「ヤマト?」

 問い質す様に言われたその言葉と同時に、奥から声を掛けられて、二人は同時に声のした方に視線を向けた。
 そこに立っている人物は、不思議そうな表情をしてタケルの事を見詰めている。

「……上がってもらった方がいいんじゃないのか?」

 今だに玄関なんかで話をしている二人に、太一は苦笑を零して部屋に入る様に二人を促す。
 その言葉に、自分達が玄関で話をしていると言う事を思い出した二人は、思わず互いの顔を見て笑い合う。

「そうだなぁ、悪い……上がれよ、タケル」
「うん、お邪魔します……」

 ぺこりと頭を下げて靴を脱いで部屋に入ってくるタケルとヤマトに、先にキッチンへと入った太一が笑顔を見せる。

「俺、お茶でも居れるな」

 言いながら、その手は既にお茶を入れる準備をしている事に、ヤマトは苦笑を零した。

「そう言えば、俺達まだ飯食ってないんだよなぁ…タケルも一緒に夕飯食べるか?」
「…ボク、ウチで食べてきたから……」

 ヤマトの問い掛けに小さく首を振って返して、タケルは椅子に腰を下ろして、真っ直ぐにお茶の準備をしている太一の事を見詰めている。
 それに気が付いて、ヤマトはため息をついた。

「……タケル…」
「何、お兄ちゃん……」

 名前を呼んでも、その視線は外される事はない。
 それでも、自分に問い掛けてきた事に苦笑を零して、ヤマトは言い難そうに口を開いた。

「さっきの話しなんだけどな……あれ…」
「うん、分かってる……本当なんでしょう?」

 自分が言おうとした言葉を遮って、返されたそれに驚いて瞳を見開いてしまう。
 そして、漸く太一から視線を移したタケルが自分を見詰めて来るのに、ヤマトは小さく頷いて返す。

「……ごめんね……ヒカリちゃんだって、ちゃんと認めてるのに、ボクが取り乱すなんて…でも、太一さんを見たら、そんな事関係ないって分かったから……」

 言った後に諦めたような笑顔を見せられて、ヤマトは何も言えずに居た。
 そんなヤマトを前に、タケルはもう一度だけ笑顔を見せる。

「…それに、ずっとって訳じゃないんだから、大丈夫だよね」
「……ああ…」

 その笑顔に、安心した様に頷いて返した時、目の前に湯のみが置かれた。
 顔を上げれば、不安そうな瞳が自分を見詰めて来るのに、ヤマトは苦笑を零す。

「ヤマト、俺……」

 申し訳なさそうに呟かれるその言葉をそっと頬に手を伸ばす事で遮って、小さく首を振る。

「大丈夫だから、お前はそのままでいいんだ」

 優しい笑顔と共に言われたそれに、太一は一瞬だけ瞳を見開くが、自分の頬に触れているヤマトの手に自分の手を重ねてから笑顔をみせて頷いて返す。

「…分かった……」

 笑顔で頷かれた事に、ヤマトも満足そうに頷いて返せば、直ぐ傍で苦笑している声が聞こえて、二人は慌ててその手を離した。

「……ボク、お邪魔みたいだから、帰ろうか?」
「じゃ、邪魔って……そんな事ないよなぁ、ヤマト!」
「ああ、当たり前じゃないか。どうする、今晩泊って行くか?」

 自分の言葉に慌てている二人を前に、タケルは思わず笑いを零しながら、ため息をつく。

「ううん、母さんに何も言わずに出て来たから、帰るよ……」
「だけど……」
「お兄ちゃん、お願いがあるんだけど……」

 帰るという弟を引き止めようとした言葉を遮られて、言われたそれにヤマトは不思議そうに首を傾げた。

「……下まで見送ってくれる?」
「ああ、そんな事でいいのか?」
「うん、だって、家までなんて言ったら、太一さんに悪いから……」

 少しだけ寂しそうに言われたそれに、太一が慌てて首を振った。

「お、俺の事なんて、気にしなくっていいぞ!ヤマト、ちゃんと送っててやれよ」
「大丈夫だよ、太一さん……でも、少しの間、お兄ちゃんの事、借りますね。それじゃ、おやすみなさい」

 顔を赤くしている太一に、タケルが笑いながらもヤマトの腕を掴むとそのまま部屋から出て行ってしまう。
 その姿を見送る形になった太一は、小さく息を吐き出した。

「……ごめん……そんな言葉で許されるとは、思ってないけど、ごめんな……」

 そして、呟かれたその言葉は、一体誰に向けられたのか分からない。
 ただ、呟いた太一は諦めた様にため息をついて、今は食事の準備をいようとキッチンへと移動するのだった。




「タケル!おい…」

 ヤマトに声を掛けられて、タケルは我を取り戻す。
 無意識に歩いて、既にアパートの前に立っている事に気が付いて、驚いた様に顔を上げた。

「ボク……」
「何も言わないで、ずんずん歩いて行きやがって!で、俺に何を言いたいんだ?」
「……太一さん、お兄ちゃんの事だけは覚えてるんだって、聞いてたから……本当なんだなぁって思って……」
「タケル……」

 俯く弟に、何と言えば良いのか分からない。
 目の前の弟が太一の事をどう思っているのか知っているから……。

「だから、お兄ちゃんに宣戦布告に来たんだ」
「えっ?」

 だが、バッと顔を上げた弟が言ったその言葉に驚いてマジマジと見詰めてしまう。

「……もし、また太一さんの事を泣かせるような事があったら、ボクはお兄ちゃんを許さないからね」
「……タケル…」
「勿論、お兄ちゃんから太一さんを奪ってみせる!覚えておいてね」

 真っ直ぐに見詰めて来るその瞳は真剣そのもので、ヤマトは小さく息をはくと小さく頷いた。

「…覚悟しとくさ……あいつを手に入れた時から、俺には何人ものライバルが居るんだからな……」

 苦笑をこぼす様に言われたそれに、タケルも満足そうに頷いてみせる。

「それじゃ、ボク帰るね。ここまで出て来てくれて有難う、お兄ちゃん!」
「ああ、気を付けて帰れよ」

 手を振れば、頷いて取り返して走って行くその後姿を見送ってから、ヤマトはもう一度だけため息をついた。

「……『泣かせる』か……俺が一番あいつに酷い事をしちまうのかもしれない……」

 呟いたそれに自嘲的な笑みを見せて、ヤマトはもう弟の姿が見えなくなってしまった道から、視線を逸らして、アパートの中へと戻る。
 エレベーターが自分の階に止まったのを確認してから、そのままウチに急ぐ。
 待っているであろう人の元へ……。

「ただいま…」

 自分の声に慌てて出てきたその姿に、思わず口元が緩んでしまうのは止められない。

「お帰り!…ちゃんと送ってきたのかよぉ……」
「ああ、下まではちゃんと送ってきた」
「小学生なんだろう!大丈夫なのか?」
「あいつは、しっかりしてるからな。それに、子供扱いすると怒るんだよ」

 靴を脱ぎながら言われたその言葉に、太一はまだ納得してないと言うような表情を見せたが、直ぐにため息をついて諦めた様に笑顔を見せる。

「分かった。お前達兄弟の事だもんなぁ、俺が言っても仕方ないし……んじゃ、夕飯にしようぜvv 俺腹減った」
「えっ?ああ、そうだな…じゃあ、直ぐに作る……」
「出来てるから、食べようぜ」

 言われた言葉に驚いてテーブルの上を見れば、確かに食事の準備がされている。
 タケルを送って出掛けていたのは、本の数分だったはず……。

「支度はしたって言っただろう」

 ウインク付きで言われたそれに、思い出した様に頷いて椅子に座る。

 目の前にあるのは、オムライス。
 自分が太一に、初めて教えた料理。

「食べようぜvv」

 嬉しそうにスプーンを持つ太一を見詰めながら、笑いを零す。
 きっと覚えていないのだろう、あの夏の出来事を……。
 だが、今目の前に出された料理は、確かに自分があの夏に太一に教えたモノ。

「ヤマト?」
「ああ、何でもない……記憶、直ぐに戻るさ…だから、お前が気にする事なんて何もない」
「……ヤマト……」

 自分の心を見透かした様に言われたその言葉に、太一は複雑そうな表情を見せた。

 自分の事を知っている人達が心を痛めているという状態に、太一が平気なはずもなく、本当はずっと泣きたかったのだ。
 誰も自分を責めないから、自分で自分を責めてしまう。
 忘れてしまった自分がイヤで……。

「……ごめん、ヤマト……」
「お前が謝る事なんて、一つもないだろう?それに、お前はお前だって、言った筈だ」

 優しい言葉と共に言われたそれが、胸に響いて涙を誘う。
 きっと知らないだろう、ヤマトの言葉がどれだけ自分を励ましてくれているかという事に……。

「……うん…そうだよなぁ…ヤマトが言うんだから……俺は、ヤマトを信じる……」

 ニッコリと顔を上げた太一に、ヤマトも笑顔を返す。

「それじゃ、折角太一が作ってくれたんだから、食べさせてもらうかな」
「……味に自信なんでないからな……」

 少しだけ照れた様に言われたその言葉に笑いながら、少しだけ遅くなった夕食を始める。

 それが、太一とヤマトが共同生活を始めた一日目の夜。
 これからの時間を、表すかのように、ゆっくりとした時間だけが、流れて行く。



  






   はい、『見えない想い 10』です。早くも10話。本当に、何時終わるんでしょうか?
   タケル、物分り良過ぎで、偽者!!今日のデジモンで『悪』の姿を見たので、笑えます。
   空も名前だけで、ごめんね。本当は出したかったんだけど、長くなるから…省きます。(笑)
   そして、漸く同居一日目が無事に終わりました。
   …同居が始まってから、ギャグになって行くこの話……どうしましょう…xx
   段々、本人も何が書きたくなって来たのか分からない状態……可笑しいなぁ、こんな筈では…・・xx
   ただ、同居生活が書きたかっただけの話しが、何故こんなに長くなるんだろう?
   せめて、15で終わる様に頑張ります。勿論、ハッピーエンドになる様に!

   では、次は11で! 頑張って書きますね。
   まだ暫くの、お付き合いをお願いします。