ずっと、傍に居て欲しい。
それが、どんなに我侭な事か分かっている。
だけど、あいつは言ってくれるのだ。『ずっと、傍に居るから』と。
優しく笑いながら、俺の欲しいと思う言葉をくれる。
……これ以上、好きになったら、俺はどうなるんだろう?
見えない想い 07
「ヤマトさん……」
何も会話の無い中、先に声を掛けたのは、ヒカリの方だった。
「んっ?」
名前を呼ばれて、ヤマトが隣に居るヒカリを見る。
「……記憶が無くなっても、お兄ちゃんはお兄ちゃんなんですよね……」
確認する様に言われたその言葉は、まるで自分に言い聞かせているようでヤマトは一瞬掛ける言葉を失った。
「……私、お兄ちゃんに『ヒカリちゃん』って呼ばれた時、本当は泣きそうなくらい悲しかったんです。でも、ヤマトさんが来るまで一緒に居て分かりました。やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんなんだって……だから私、決めました」
何も言わないヤマトにそう言ってから、ヒカリはニッコリと笑って真っ直ぐヤマトを見詰める。
ヤマトはその瞳を見詰め返して、ヒカリの言葉を待った。
「ヤマトさんがお兄ちゃんを悲しませるような事をしたら、お兄ちゃんが許しても私が許しませんから、覚悟してて下さいね」
ニッコリと可愛らしい笑顔を見せているのに、伝えられた内容は可愛いとは全く思えない。
それどころか、笑顔が可愛いだけに迫力があると言ってもいいだろう。
ヤマトは思わず苦笑を零すと、ため息をついた。
「……肝に銘じておくよ、ヒカリちゃん……」
苦笑を零しながら言われたそれに、ヒカリが満足そうに頷いて見せる。
「あっ!ウチ直ぐですから、ここでいいです。有難うございます」
アパートが見えて来たその場所で、ヒカリが頭を上げた事に、ヤマトはもう一度苦笑を零す。
ウチが近いとは、何度も言っている自分にだって分かっているが、今更ながらにそう言われてしまうとどうしたものかと考えてしまうのは仕方ないだろう。
「……ちゃんと前まで送るよ、太一とも約束したからね。それに、俺もそのままウチに戻って……」
「違います!ヤマトさんは、ここから病院に戻ってください」
自分の言葉に苦笑を零しながら、返されているそれを慌てて遮ってヒカリは大きく息を吐き出すと顔を上げてヤマトを見上げてから、笑みを見せる。
「……お兄ちゃんの傍に居てあげてください。きっと、本当は不安だと思うんです……ヤマトさんが居ると、安心して居られるみたいだから………病院の方には許可を貰ってます」
少しだけ寂しそうなその笑顔と共に言われたそれに、ヤマトはどう返すべきなのか分からず驚いた様にヒカリを見詰めた。
確かに、太一が不安であると言う事は自分も感じていた事である。
しかし、病院と言う事もある上に、自分は身内と言うわけではないので、何も言えずに居た。
それを分かっているように、ヒカリは病院の許可まで貰っていると言う事に、正直感心せずには居られない。
「……私は大丈夫ですから、お兄ちゃんの事、お願いしますね、ヤマトさん」
真剣に言われたその言葉に、今度はしっかりと頷いて返す。
ヒカリがどれだけ太一の事を大切にしているかが分かるからこそ、自分はその気持ちに答える義務があるのだ。
「…分かった。有難う、ヒカリちゃん……」
心のからの感謝の気持ちを素直に述べれば、ヒカリも頷いて笑顔を見せる。
「それじゃ、私は帰りますから、ヤマトさんは早くお兄ちゃんの所に行ってあげてください」
「ああ……お休み、ヒカリちゃん」
「お休みなさい、ヤマトさん……」
ヤマトに返事を返すと、ヒカリはそのままアパートへ走って行く。
その後姿を見送って、完全に姿が見えなくなってから、ヤマトは病院へと戻るためにそのまま元来た道を歩き始める。
病室に戻って静かにそのドアを開いた瞬間、ヤマトは言葉もなくその場で立ち止まってしまう。
太一は、何をする訳でもなく、ボンヤリと窓の外を眺めていた。
それに、声を掛けられなかったのは、その場の雰囲気を壊したくなかったから……。
何も言わずに見詰めていたヤマトは、何かを感じて振り返った太一によって現実へと引き戻されてしまう。
「……ヤマト…帰ったんじゃなかったのか?」
少しだけ驚いたような表情を見せたのは一瞬だけで、直ぐに何時もの笑顔を見せる太一を月明かりが照らし出す。
「何、してたんだ?」
自分の質問には答えずに、逆にヤマトから問い掛けたそれに、太一は困ったような微笑を見せるとまたその視線を窓の外へと向ける。
「……月がさぁ、綺麗だから見てた……なんか、ヤマトみたいだ……」
目を細めて、空に浮かぶ月を見ている太一に、ヤマトは何も言えずにただ見詰めるだけしか出来ない。
月明かりに照らされたその姿が、余りにも綺麗だから……。
「で、ヤマトは?」
突然笑顔を見せて振り返った太一に、ヤマトはハッと我に返る。
「えっ?なんだ?」
自分の質問に驚いているヤマトを前に、太一は少しだけ呆れた様にため息をついた。
「……だから、ヤマトは何か忘れ物か?」
そして再度質問をすると、そのままベッドに座る。
「……いや…忘れ物じゃなくって……俺も、ここに泊ってもいいか?」
「……ヤマトも、どっか怪我したのか?……なぁんて、冗談だって…ヒカリから電話があった。だから、ヤマトが戻ってくるって事知ってたから……」
楽しそうに笑いながら言われたその言葉に、ヤマトは思わず苦笑を零してしまう。
知っていて、自分をからかったと分かるだけに、複雑な気分である。
「……一日早いけど、明日からお前の家でずっと一緒に居るんだから、それの予行練習だと思えば、問題無いだろう?」
「…予行練習って、お前なぁ……」
嬉しそうに言われるそれに、ヤマトは呆れた様にため息をつく。確かに、明日から太一は自分の家に来る事になっている。それを否定するつもりはないのだが、練習が必要だと言われると複雑なのだ。
「だって、ここってベッド一つしかないんだぜ、ヤマト」
「俺の家じゃ、ちゃんとお前用の布団がある!」
ニッコリと言われたそれを、慌ててヤマトが否定する。
病院には確かにベッドは一つしかないが、家の方ではちゃんと客用の布団が準備されているのだ。
今まで、太一は何度も自分の家に泊りに来ているのだから、今更何を言っているのだと怒ろうとして、ヤマトは思い出した事に盛大に息を吐き出した。
「……悪い……忘れてた……」
「何で謝るんだよ、ヤマト。俺、ちゃんと覚えてるぜ。ヤマトの家に何回も泊った事。それなら、俺の方が謝らないといけないじゃん……」
自分に謝るヤマトを前に、太一は苦笑をこぼすともう一度窓の外に視線を移す。
「……ヤマトとの事なら覚えてるのに、他の事を忘れるなんて……俺って、やっぱりバカだよなぁ……」
「太一……」
自分から視線を逸らした太一が、漏らしたその言葉に、ヤマトは名前を呼ぶ事しか出来ない自分に苛立ちを覚える。
慰めの言葉も思い付かず、ただ太一を見詰めていれば、困ったような微笑が向けられた。
「ごめん……こんな事言うつもり無かったのに、ヤマトの前だと、俺やっぱり駄目みたいだなぁ……」
苦笑しながら、疲れた様にため息をつく。
そんな姿を前に、ヤマトはそっと太一の傍まで行くとその体を抱き寄せた。
「いいぜ……俺の前でなら、何でも言ってくれ…俺が、ちゃんと受け止めるから……我慢なんてする必要ない」
「……ヤマト……」
「…大丈夫だ、思い出せるさ……俺の事だって、思い出したんだから、大丈夫……」
優しく抱き締めてくれるヤマトに、太一はその体温を感じる様に静かに瞳を閉じる。
「……だったら、もう一回階段から落ちなきゃだよなぁ……」
「えっ?」
瞳を閉じてポツリと漏らしたそれに、ヤマトは意味が分からないと言うように首を傾げた。
不思議そうに聞き返されたそれに、太一は苦笑をこぼす。
「……3度目の正直で、全ての記憶が戻るかもしれねぇけど、出来れば、階段からは落ちたくねぇよなぁ……」
ため息をつきながら、太一は顔を上げてヤマトに笑い掛ける。
言われた内容に、ヤマトは少しだけ呆れたような表情をしてから苦笑を零した。
「お前なぁ…人が真面目な話をしてる時に、そんな事言うか、普通……」
「…俺だって、真面目に話してるんだけど……」
呆れた様に言われたそれに、太一が小さな声で反論を返す。
その言葉と同時に、二人顔を見合わせると噴出した。
「んじゃ、ヤマトもう寝ようぜ。今日は、色んな事ありすぎて、俺眠いし……」
一頻り笑い終わった後に、太一が大きなあくびを一つ。
サラリと言われたその言葉に、ヤマトは一瞬返答に困る。
そう、良く考えなくっても、ここは病室で、しかも一人部屋。
ベッドは、当然の様に一つしかないのだ。
先ほど、太一がそんな事を言っていた時は、全く気にしてなかったのに、いざ寝ると言われた瞬間、漸くその言葉の意味を理解してしまった。
この病室では、流石に床に寝るなんて事も出来ないので、自分は太一と同じベッドに寝ることになるのだ。
正直に、嬉しい事なのではあるのだが、手放しで喜べない状態である。
「た、太一……本当に、一緒に寝てもいいのか?」
「何当たり前な事聞いてんだよ。いいに決まってるだろう。寝ようぜvv」
ヤマトの質問に、ニッコリと嬉しそうな笑顔を見せて、太一はベッドに横になって隅に寄った。
それは、ヤマトの寝る場所を作る様に……。
そんな太一を前に、ヤマトは諦める様にため息をつくと、自分の体をその開いている場所に横たえた。
「…服のまま寝て、大丈夫か?」
太一は、この病院の患者服を来ている。
それは、パジャマと同じようなものなので、寝苦しいとは思わないが、ヤマトは制服のままである事に気が付いて、太一は心配そうに問い掛けた。
ヤマトも、太一から言われて、初めて自分が制服のままだった事を思い出す。
言われてみれば、学校の帰りにそのままここに来たのだから、当然と言えば当然だろう。
「ああ、別にいいさ……どうせ、当分は学校へは行けないんだからな……」
「…学校へは行けないって?」
諦めたたようにため息をつくヤマトが零したそれに、太一は不思議そうに首を傾げた。
学校が長期の休みに入るのは、まだもう少し先の話しである。
「お前なぁ……今の状態で、学校へなんて行けないだろう?暫くは、休学にするって事になる。親父には話してある。多分、太一の所もそうなるだろうからな」
ため息をつきながら言われたそれに、太一は納得したとばかりに頷いて返す。
確かに、今の状態で学校に行っても、自分は周りに迷惑を掛けるだけだと分かるから……。
「そ、そうだよなぁ……俺、今の状態だと、ヤマト以外の事覚えてないんだよなぁ……でも、ヤマトまで休む事ねぇんじゃねぇの……」
不思議そうに言われたそれに、ヤマトはグイッと太一を抱き寄せるとそっとその耳元に囁き掛ける。
「……お前を、一人にして置けない……」
「ヤ、ヤマト……」
「だからだよ!ほら、もう寝ろ!疲れてるんだろう!!」
グッと太一の頭を抱え込む様に抱き締めると、ヤマトは照れた様に声を荒げる。
そんなヤマトの態度に、太一は思わず笑いを零してしまう。
笑われた事に、少しだけ不機嫌そうなヤマトに、太一はそのまま身を預ける様に擦り寄るとゆっくりと瞳を閉じた。
「うん……お休み、ヤマト……有難う、な……」
肌に感じるヤマトの体温が気持ち良くって、太一はそのまま大きく息を吐く。
きっと、今ヤマトが居なければ、こんなに落ち着いて居られなかったと思うから……だから、心から感謝している。
心地よいその感覚に、太一はそのまま身を委ねた。
「太一?」
自分に擦り寄るような形で、大人しくなった太一に声を掛けても返事は戻ってこない。
不思議に思ってそっと腕の中の存在を確かめる様に見詰めれば、幸せそうな寝顔が目に入った。
余程疲れていたのだろう、自分の腕を枕にして眠っている太一に、ヤマトは苦笑を零す。
「……お休み、太一……」
幸せそうに眠っているその額にそっと口付けすると、ヤマトはしっかりと太一を抱き締め直して盛大なため息をつく。
「……俺は、寝られないな……」
そして、ポツリと漏らされたそれは、柔らかな月の光に掻き消されてしまった。

漸く、一日が終わりました。なんて長い一日なんだろう……xx
そして、同居生活はどうした、私!!長すぎるよ、この話……本当、終わるんでしょうか?
書いてる本人が、一番不安です。
予告通りに行ければ、この話から同居に突入するはずだったのですが……駄目過ぎますね…<苦笑>
それにしても、ヒカリちゃんは良く出来た妹です。あんな妹なら、私も欲しいですね。(笑)
そして、何度も書いているのですが、次回からは本当に同居生活始まります!!
ええ、今度はちゃんと断言できますよ。
タケル達も出したいですからね。(笑)
良く考えたら、この話って今のところ5人しか登場人物居ないんですよ。07までいっているのに……。
太一さん、早く記憶戻してね……やっぱり、もう一回階段から落さなきゃだめなのかなぁ・・…xx
落ちたくないって言ってるのに・…酷い私を許してね。(笑)
では、また下らない後書きを書き終えたところで、次は08を宜しくお願いします!
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