俺が、お前を好きだと思う気持ちは、もう止められない。
  迷惑だとしても、きっと俺はこの気持ちを消す事なんて出来ないと思う。
  ヤマトが、目の前に居れば、それだけで幸せだと思ってしまうから…。
  大丈夫、もう自分の想いを見失う事はないって、約束できるよ、ヤマト……。


                                       見えない想い 05

「太一を俺に任せてください!!」

 ヒカリの連絡で駈け付けて来た母親に、ヤマトはきっぱりとした口調でそう申し出た。

「……ヤマトくん……でもねぇ……」

 言われた事に困ったような表情を見せる母親の態度は、当然と言えば当然であろう。

「……私からも、お願い、お母さん!」

 だが、その言葉に自分の娘までもが、お願いの声を上げた事に、母親は盛大なため息をつく。
 息子の状態は、ヒカリから話しを聞いて知っているが、自分はまだ太一の常態を正確には分かっていないのだ。
 だから、簡単にOKを出す訳には、いかなのである。

「……お兄ちゃん、ヤマトさんの事しか覚えてないの……だから、お願いお母さん!!」
「……その話しは、聞いてるんだけど……でもね、そんな問題ではないのよ、ヒカリ……それに、ヤマトくんのお家の方にだって迷惑が掛かるでしょう……」

 自分の服を掴んでお願いしてくるヒカリの姿に、母親は困った様にため息をつく。
 そして、ヤマトの方に視線を向けて確認する様に呟いた。

「家の方は大丈夫です。勿論、太一が承諾してからの話なんですが、まずはおばさんにお話しておきたくって……」

 真っ直ぐに自分を見詰めて来るその強い瞳に、母親は再度ため息をつく。
 その瞳が真剣だからこそ、簡単に返事の出来る問題ではない。

「……分かったわ……ヤマトくん、少し時間を貰えないかしら…私だけじゃ、決められないし……それに、ヤマトくんのご両親にも、ちゃんと許可を取らないといけないでしょう?」

 諦めた様に、だがこれだけは譲れないとばかりに自分に問い掛けられたその言葉に、ヤマトは素直に頷いて返す。
 自分が、まだ未成年である事に、少しだけ苛立ちを感じながら、ヤマトは静かに息を吐き出した。

「……それじゃ、親父にはちゃんと話をします。さっきの話、考えてください。お願いします」

 肩の力を抜いて、深く頭を下げるよ、ヤマトは静かに部屋から出て行こうとドアへと歩いて行く。

「ヤマトさん、帰るんですか?」

 帰ろうとするヤマトに、ヒカリが慌ててそれを呼び止めた。

「……親父に、話してくるよ……ヒカリちゃん、太一が目お覚ましたら、伝えてくれないか…ずっと傍に居るからって………」

 ヒカリに呼び止められて振り返ったヤマトが、優しい笑顔を浮かべて伝えてきたその言葉に、ヒカリは大きく頷いて返す。

「はい、伝えます!」
「有難う……それじゃ、また来ます…」

 綺麗な微笑を残して、ドアを開けてからもう一度母親に頭を下げて、ヤマトは病室から出て行った。
 その姿を見送ってから、母親は盛大なため息をついて見せる。

「……ヒカリ…ヤマトくんは、太一にとって、どう言う子なの?」

 ため息をつきながら自分に問い掛けてこられたその質問に、ヒカリは少しだけ寂しそうな微笑を浮かべた。

「……ヤマトさんは、お兄ちゃんにとって、一番大切な人なんだよ……」

 全てを認めているようなその表情に、母親は不思議そうな瞳を自分の娘に向けてしまう。

「ヒカリ?」
「だからね、私、決めたんだ。お兄ちゃんが幸せなら、どんな事だってする。お兄ちゃんが泣く所なんて、見たくないから……」

 泣き笑うようなその表情に、母親は言葉を無くしてしまった。
 何時から目の前の我子がこんな大人びた表情を見せるようになったのか、それは分からない。
 強くなった子供に、母親は苦笑を零してその頭を撫でてしまう。

「……あなたも、お兄ちゃん離れしたって事なのね……」

 優しく娘の頭を撫でながら、ベッドで静かに眠っているもう一人の我子に視線を向ける。
 幸せそうに眠るその姿は、どう見ても何時もの息子の姿で、思わず笑いを零してしまうのは止められない。

「お母さん…お兄ちゃんはね……」

 太一の姿を見ながら、笑いを浮かべている母親に、ヒカリはその腕を引っ張って話をしようとした瞬間、寝ていた筈の太一が小さく身じろいだ。

「んっ……」

 小さく声を漏らして、眠そうに目を擦っているその姿は、年齢よりも幼く見える。
 何度か瞬きを繰り返してから、太一は体を伸ばして起き上がった。

「あ、あれ?」

 起きた瞬間に、目当ての人物がいない事と、更に知らない人が増えている事に、太一は一瞬困ったような視線をヒカリに向ける。

「えっと……ヒカリちゃん…だったよね?…そっちの人は?」

 心配そうに尋ねられたその言葉に、ヒカリは一瞬悲しそうな表情を見せた。
 『ちゃん』付けで兄から呼ばれた事など、一度もないから……。
 余りにも辛くって、ヒカリは太一から視線を逸らす様に俯いてしまう。

「……本当に、重症のようねぇ……」

 呟いたその言葉に、母親は盛大なため息をついて頭を抱えた。
 そして、ぽんっとヒカリの肩に手を置くと、自分を見上げてきた相手に優しく微笑んで見せる。

「私は、あなたとヒカリの母親よ」

 それから、真っ直ぐに太一を見詰めるとハッキリとした口調でそう答えた。

「……母親?」

 だが、その言われた事にも、不思議そうに首を傾げる太一の姿に、母親は再度ため息をつく。
 やはり、聞かされた事だけでなく、目の前で相手を見なければ、症状は分からないのだと言う事に、気付かされて思わず頭を抱えてしまう。

「……ごめん……」

 頭を抱えた母親に、太一は申し訳なさそうに頭を下げた。説明をされても、やはり今の自分には思い出す事が無い。
 目の前で困ったような表情を見せている自分の息子に、母親はもう一度だけため息をつく。

「太一が、謝る事じゃないでしょう?……でも、これだとあの子の申し出を受けた方がいいって言うの、良く分かったわ、ヒカリ……」
「…お母さん」

 ため息をつきながら言われたその言葉に、ヒカリが悲しそうな微笑を浮かべる。
 自分達の事を覚えていない者の相手をする事は、その者にとっては負担にしかならないから……。
 記憶が無い以上、例え家族と言えども、今は他人と同じなのである。

「……お父さんには、私から話しておくわ……それじゃ、太一の着替えを準備しないと行けないわね」
「うん、有難う、お母さん……」

 母親の言葉に、嬉しそうに礼を述べた。
 だが、目の前で交わされている会話に全く着いて行けない太一は、困った様に口を開く。

「あのさぁ……俺、話しが分からないんだけど……」

 自分の事を話していると言うのは分かるのだが、その内容が全く分からない。
 自分を無視して話を進められるのは、どうも不安になってしまう。
 それに、今はヤマトの姿がないから、少しだけ心細い。
 不安そうに自分達を見詰めて来る太一に、母親は苦笑を零した。

「ヒカリ、あなたから説明してあげなさい」
「うん」

 苦笑を零しながら言われた事に素直に頷いてから、ヒカリは簡単に説明をする。

「……俺、そこまでは、ヤマトに甘えられない……」
「お兄ちゃん……」

 ヒカリから説明を受けた瞬間、太一は困った様に二人から視線を逸らした。
 自分に不安がないと言えば嘘になるが、自分の我侭でヤマトに迷惑を掛ける事は、きっと自分を許せなくなってしまう。
 ヤマトと一緒に居たいからこそ、自分はそんな我侭を許す事は出来ないのだ。

「……太一、あなたが、甘えだと思っても、ヤマトくんはきっとそうは思わないと思うわよ」

 ギュッとシーツを握り締めているその手を優しく握り締めて、母親はそう言うと優しく太一に笑いかけた。

「……どう言う意味?」

 優しく自分煮笑い掛けて来る母親に、太一は意味が分からないと言うようにその瞳を見詰め返す。

「ヤマトくんの気持ち、太一が一番分かるんじゃないかしら?」

 そして返されたそれに、太一はそれ以上問い返す事が出来なくなってしまう。
 自分が一番分かると言われても、きっと本当は誰よりもヤマトの事が分かっていないのは、己自身だと思っているから……。

「それじゃ、太一の怪我は対した事無いようだから、母さん帰るわね。お父さんに、ちゃんと話さなきゃいけないでしょうから、ヒカリ、あなたはヤマトくんが来るまで、ここに居てあげて頂戴」
「うん、分かった……」

 自分の言葉に素直に頷く娘に、笑顔を見せて優しくその頭を撫でると、母親はもう一度太一に笑顔を見せた。

「心配しなくても、ヤマトくんが、迷惑だと思うとは母さんとても思えないわよ」

 ニッコリと言われるその言葉に、太一は困ったような表情を見せる。
 不安そうな表情を見せる息子に苦笑を零すと、ドアノブに手をかけた。

「先生とお話してから帰るけど、何かあったら携帯の方に電話かけるのよ」

 ドアを開けながら言われた事に、ヒカリが返事を返せばそのまま母親は満足した様に謬質から出て行ってしまう。

「お兄ちゃん?」

 母親が出て行ったドアを見詰めたまま何の反応も返さない太一に、ヒカリは心配そうに声をかけた。

 しかし、何の反応も返ってこない。

「お兄ちゃん!」

 再度、今度はもう少し大きな声で呼んだ上にその腕に手を掛ける。

「えっ?!」

 突然腕を掴まれた事と、大きな声で呼ばれた事に驚いて、太一が漸く反応を返した。

「ご、ごめん、ヒカリちゃん……で、何?」

 自分の事を心配そうに見詰めて来るその瞳に、太一は困った様に笑顔を見せると問い掛ける。

「……お兄ちゃん、私の事は、ヒカリでいいよ。……それから、ヤマトさんからの伝言、『ずっと傍に居るから』って…」
「えっ?」
「お兄ちゃんに、伝えて欲しいって……ヤマトさんそう言ってたから、大丈夫だよ」

 可愛らしい笑顔で伝えられたその言葉に、太一はどう返すべきか言葉を失ってしまう。
 嬉しいと思う気持ちは、どうしても止められない。

「有難う、ヒカリ……」

 そして、漸く思いついた言葉は、ありふれた感謝の言葉だけだった。
 少し照れた様に返されたその感謝の言葉に、ヒカリは少しだけ寂しそうな笑顔を見せる。

 今、記憶が無くなってから初めて、本当の兄に名前を呼ばれた気がして、ヒカリは複雑な気分でそれを受けとめるのだった。



   





   うきゃ〜!またしても話しが進んでないよぉ〜(><)
   予定では、同居生活が始まる筈だったのですが……xx
   お願い、私の考えている通りに動いて、太一!
   本当に、ラブラブになるのは、何時の事なのでしょうか?
   その前に、この話って一体何話で終わるんでしょう?……何だか、怖いです。

   それにしても、太一とヒカリの母親が、理解ありすぎますねぇ(笑)
   息子がホモになってもいいのか、母さん!!(爆笑)でも、本当にウチの太一母は、理解
   ありますねぇ……xx もっとも、息子の事を信頼してるからだと、フォローしておきましょう<苦笑>

   また意味不明な後書きも書いた事ですし、次回『見えない想い 06』も楽しみにして下さいね!!(笑)