もしも、俺の気持ちをお前が知ったのなら、お前はきっと俺の事を嫌いになるだろう。
俺の事を好きだといってくれるその気持ちが嬉しいのに、お前のその気持ちは、純粋で俺の気持ちとは、余りにも違いすぎる。
だから、俺の気持ちだけは気付かれないように……。
俺の事なんて、忘れてしまってもいい。
俺が、ずっとお前の事を覚えているから……。
もう、俺は間違えたりしない。
太一が、俺の前で笑ってくれるのなら、どんな事でもする。
見えない想い 04
数度のノックをして、部屋の中から返事が返ってくるのを聞いてから、ヤマトは一呼吸置くと、ゆっくり扉を開いた。
「ヤマト…」
顔を覗かせた瞬間名前を呼ばれて、ヤマトは弾かれた様に顔を上げると太一を見詰める。
「太一、お前……」
医者からは、太一は自分の事さえ分からないと聞かされた。
なのに、太一は自分を見た瞬間迷う事無くその名前を呼ぶ。
そして、嬉しそうに笑顔を見せた。
「…今度は、お前の事忘れなかった…」
「お、お前なぁ……」
嬉しそうに言われるその言葉に、ヤマトは呆れた様に言葉を続けられない。
「ごめん、心配掛けたよな…でも、俺は、自分の事を忘れたのなんて大した問題じゃないんだ。…お前の事をちゃんと覚えてる事が、一番大事」
「太一……」
ニッコリと笑顔を見せての言葉。
それは、ずっと太一が自分の心の中に抱えていた事を自然と告げるモノであった。
自分の事を忘れてしまったと言う事を、ずっと太一が気にしていた事に、ヤマトは漸く気が付く。
「太一、お前……」
「……全部忘れた訳じゃない……だから、大丈夫」
自分に言い聞かせる様に呟かれたそれに、ヤマトは言葉もなく太一を見詰めた。
意思の強さを表しているその瞳が、真っ直ぐに自分に向けられている事に、ヤマトは慌ててその視線を逸らす。
「……ヤマト?」
突然逸らされしまった視線に、太一は不思議そうに首を傾げる。
余りにも不自然な視線の逸らし方は、自分を不安にさせるから……。
「俺の事なんて、忘れたままでも良かったんだ!」
そして、漏らされたその言葉に、太一は一瞬瞳を見開いてヤマトを見詰める。
「ヤマト……」
言われた言葉が信じられなくって、何も考えられない。
太一は、ギュッとシーツを握り締めた。
胸に感じる痛みを隠す様に、俯いて太一は小さく息を吐き出す。
「……ごめん、な……迷惑、だよなぁ、やっぱり……」
俯いたまま泣きそうになる気持ちを堪えながら、太一は出来るだけ明るい口調を心がけながら、口を開いて、ゆっくりと顔を上げた。
それから、無理に笑顔を見せる。
「……俺、やっぱり、自分の事しか考えてねぇから、だから……」
「違う!そうじゃないんだ!!」
泣き笑うような表情で言葉を続ける太一を抱き締めながら、ヤマトは大きく首を振ってその言葉を遮った。
「…ヤマト?」
突然強い力で抱き締められた事に、太一は驚いて瞬きを繰り返す。
「迷惑だなんて、思ってない!寧ろ、その逆だ。太一が俺の事を覚えているって事に、喜んでる俺の方が、不謹慎なんだよ」
自分を強く抱きしめてのその言葉に、太一は静かに瞳を閉じてから、ゆっくりと首を振る。
「……ヤマト、不謹慎だなんて思ってない。だから、俺の事、お前が教えてくれよ」
ヤマトの背に自分の手を回し、その肩に顔を埋める様にしてから、太一は柔らかな口調で言葉を綴った。
言われた事と、自分に身を預けてきた太一の行動に、ヤマトは静かに息を吐き出すと小さく頷く。
「…ああ……お前は、八神 太一。さっき、ここに入って来たのは、お前の妹のヒカリちゃんだ……」
太一を抱き締めたまま、簡単に名前や妹の事を説明する。
ヤマトから説明される事を聞きながら、太一は自分の頭の中を整理する様に口を開く。
「んっ、俺が、太一って名前なんだって事は、ヤマトのお陰で分かった……さっきの子、名前とかは言えないけど、何となくだけど記憶に残ってる……ヤマト………あの子、泣いてなかったか?」
記憶に残っている少女が泣き出しそうに見えたから、太一は心配そうにヤマトに問い掛けた。
自分が記憶をなくした所為で、あの子を泣かしてしまったとしたら、やはり自分の事を許せない。
自分の所為で誰かが傷付く事なんて、出来ればあって欲しくはない事である。
ヤマトは、心配そうに尋ねられたその事に、一瞬言葉を返せずにいた。
ヒカリが、泣いていたのは本当の事だが、その所為で太一が自分の事を責めると分かっているのに、真実を告げる事など出来ない。
「……やっぱり、泣かせちゃったんだな……」
だが何も言わないヤマトに、太一は息を吐き出すと、ゆっくりとヤマトから体を離す。
「……当然だよな。自分の事を忘れられるなんて、悲しい事に決まってる……」
苦笑を零しながら、視線をヤマトから逸らせ、それから、太一はもう一度息を吐き出した。
「俺だって、自分のこと覚えてないのって、変な感じだし……」
苦笑をこぼす様に、また視線をヤマとに戻して、真っ直ぐに見詰めて来る。
その瞳を受け止めながら、ヤマトは何も答えられない。
ここで、記憶が無くっても太一は太一だと言ってしまえば、それまでの事なのかもしれない。
だがそれは、本当に記憶を無くしている人物にとって、何の慰めの言葉にもなりはしないのだ。
「俺の事なんて、覚えて無くっても良かったんだ……」
そんなことを考えていた自分が、思わず漏らしてしまった言葉に、自分自身が驚いて口に手を当てる。
「…ヤマト?」
自分自身で驚いている自分に、心配そうな瞳を向け、太一は静かにその名前を口にした。
言ってしまった言葉が戻ってくる訳ではない以上、ここで何も言わないわけにもいかずに、ヤマトは盛大に息を吐き出す。
もう一度同じ事を繰り返したい訳ではないのだ。
だから、言う言葉は、決まっている。
「お前が、俺の事を忘れても、絶対に俺の事を好きになるって分かってるんだから、俺の事を忘れてもいいんだ……」
そんな自信何処にも無いけど、そう自分は信じたいと思うから、出てきたその言葉。
一瞬、太一が驚いた表情で自分の事を見詰めて来る視線を感じて、少しだけ居心地の悪さを感じながらも太一が何かを言ってくれるのを待つ。
「……分かってるじゃん!うん、俺は忘れても、絶対にヤマトの事を好きになるって自信ある。やっぱり、ヤマトって俺の事、分かっていてくれているんだなvv」
そして、返って着たその嬉しそうな声に、ヤマトは疲れたように肩に入った力を抜いた。
余程緊張していたのか、手に汗までかいているのを感じて、思わず苦笑を零してしまう。
「……ヤマト?」
疲れたような表情をしているヤマトを心配そうに見詰めれば、ため息をつかれてしまう。
「……本当、お前には負けるよなぁ……」
苦笑を零しながら、ヤマトは太一の頭に手を乗せるとそのままワシャワシャと髪の毛を掻き回す。
「ちょっ、ヤマト、痛い!」
「あっ!悪い、そう言えばお前、頭を怪我してるんだったな……」
頭を撫でていると、『痛い』と言われた事で、慌てて手を離した。
言われてみれば、太一は階段から落ちて、手当てを受けている身なのである。
「……大した事はねぇけど、でっかいタンコブ出来てんだよ……」
慌てて手を離したヤマトに、太一は少し頭をかばう様にしながら、ヤマトを睨みつけた。
その目は少し涙目になっている事から、余程痛かった事が伺えて、思わずため息をついてしまう。
「……十分、大した事あると思うぞ……」
涙目で睨みつけてくる太一に、ヤマトはもう一度苦笑を零して、今度は優しく髪を梳く。
「……ヤマト…記憶喪失って、簡単になるもんだたんだなぁ……」
「太一?」
優しい手の動きに、太一は大人しくヤマトに体を預けて、瞳を閉じると、ゆっくりとした口調で関心したように呟いた。
「……自分の事も分からないのに、ヤマトの事が分かるって思った時、変だって思うよりも、嬉しかった。俺……今、ヤマトが居てくれて、すごく安心してる……」
嬉しそうに呟かれるその言葉が段々と小さくなっていく事に、ヤマトは不思議そうにその顔を覗きこんだ。
覗き込んだ先には、少し眠そうに目を擦っている太一の姿があって、思わず口元が緩んでしまうのは止められない。
「太一、寝てもいいぞ…ずっと、傍に居るから…」
「う…ん、ヤマトが、傍に居てくれるなら、大丈夫……」
最後の方は意味不明な事を言った後に、静かな寝息が聞こえて来たのに、ヤマトは笑いを零した。
ギュッと自分の服を掴んでいるその手を優しく離して、そのまま手を握る。
そして、太一をゆっくりとベッドに横にさせると、ヤマトは嬉しそうにその頬にキスを落とした。
「約束だ。傍に居る……絶対に……」
優しく微笑んで、握っている手の平にもキスをした時、ドアをノックする音に顔を上る。
「……どうぞ…」
相手を確認しなくっても、誰だか相手は分かっているが、一様返事を返せば静かにドアが開いた。
「ヒカリちゃん、連絡は取れたのかい?」
「……はい、お母さんがこっちに向かってます……それで、お兄ちゃんは?」
「眠ってるよ。色々あって疲れたんだと思う……」
病院に運ばれて目を覚ましたと同時に、医者からの質問攻めにあっているのだ、疲れていないと言えば嘘になるだろう。
「……そうですか……あの、ヤマトさん……」
「んっ?」
「……お兄ちゃん、本当にヤマトさんの事好きなんですね……」
「えっ?」
少しだけ寂しそうに呟かれたその言葉に驚いて視線を向ければ、ヒカリが自分達の握られている手に視線を向けている事に気が付いて、ヤマトは慌ててその手を離そうとした。
「いいんです、そのままにしててあげてください……お医者様の話しだと、記憶を無くしている以外に問題はないそうですから、明日には退院できるそうです」
寂びそうな笑顔を見せて、ヒカリが告げてきた事に、ヤマトは静かに頷いて返す。
「そっか・・…2度目ともなると、簡単なんだなぁ……」
苦笑する様に呟かれたそれに、ヒカリは不思議そうに首を傾げた。
何かを決心したようなその表情が、自分に何かを告げてくる。
「ヤマトさん?」
「なぁ、ヒカリちゃん、明日から太一の事、俺が預かるって言うの、問題あるかなぁ?」
ゆっくりと振りかえりながら言われたその言葉に、ヒカリは何も返事を返す事が出来なかった。

はい、『見えない想い04』です。
それにしても、話しが進んでないように思うのですが、私の気の所為でしょうか?
イエきっと、気の所為ではないんでしょうねぇ……xx
そして、今回ラブラブ(?)モードに突入になるかと思いきや、「お前等悩み過ぎだ!」
と、突込みを入れたくなるような内容に仕上がってしまいました。<苦笑>
次回から、漸く二人の関係も進んでくれる事と思っております。
この場合は、やっぱりヤマトさんを応援するべきなんでしょうかねぇ?(笑)
頑張って、早く太一と幸せになってねvv
では、「見えない想い05」を楽しみにしててくださると、嬉しいです!
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