もしも、時間を戻す事が出来れば、俺は絶対にお前の事を忘れたりしないのに……。
俺は、逃げたりなんてしない。
自分の気持ちに気が付いたから、だから……。
遠くで、声が聞こえる。大好きな声……。
誰よりも、自分よりも大切で、一番傍に居てもらいたい人が俺を呼んでる……。
「太一!!」
心配そうに走り寄ってくるヤマトの姿を最後に、俺の意識は途切れてしまった。
見えない想い 03
「ヤマトさん、お兄ちゃんは?!」
病院に走って来たヒカリが、ボンヤリと立っていたヤマトに問い掛ける。
「ヒカリちゃん、ごめん……俺が、付いていたのに……」
自分の腕を掴んで来るヒカリに、申し訳なさそうに頭を下げた。
その顔は、自分が助けられなかった事を悔やんでいると分かるだけに、ヒカリは苦笑を零すと、小さく首を振る。
「ヤマトさんの所為じゃありませんから……それで、お兄ちゃんは?」
「……外傷は大した事は無いらしい……だけど……」
「…だけど?」
途中で途切れたその言葉を促す様に問い掛ければ、ヤマトは辛そうにヒカリから視線を逸らす。
「ヤマトさん、何があるんですか?」
自分から顔を逸らすヤマトに、ヒカリはその腕を強く掴むと問い掛ける。
「……会えば、分かるよ……」
「えっ?」
言い難そうに告げられたその言葉に、ヒカリは急いで病室へと入って行く。
「お兄ちゃん!!」
扉を開き、部屋の中に入れば、ベッドに座った太一の姿がある。その姿が、元気だと言う事に、ヒカリは安堵のため息をついた。
「……誰だ?」
だが、不思議そうに自分を見詰めて来た太一から漏らされたその一言が、ヒカリを奈落へと突き落としてしまう。
「お、お兄ちゃん、嘘だよね?ヒカリの事、分かるよね?」
信じられない事でも聞いた様に、ヒカリはゆっくりと太一に近付くと縋るような瞳で見詰める。
「……悪い…俺、自分の事も分からねぇんだ……」
泣きそうな瞳で見詰められる事に、太一は申し訳なさそうにその頭を撫でながら、謝罪の言葉を口にする。
「嘘、だって、お兄ちゃん、ヒカリだよ……私、お兄ちゃんの妹なんだよ!」
「……ごめん……」
ヒカリの訴えるようなその言葉に、再度太一は謝った。
何を言われても、今の自分には、分からないのだ。
だから、謝る以外に自分は、どう返せばイイのか分からない。
「……お兄ちゃん、ヤマトさんの事も、わすれちゃってるの?」
だが、続けて言われたその言葉に、太一は不思議そうに首を傾げた。
「ヤマトって……石田、ヤマト?」
不思議そうにヒカリに問い掛ける太一は、ニッコリと笑顔を見せる。
「……何も覚えてねぇのに、そいつの事だけは、覚えてるんだ……ヤマトの事考えると、安心出来る」
嬉しそうな笑顔と共に言われたそれに、ヒカリは言葉を無くしてしまう。
一度目に階段から落ちた時、太一はヤマトの事だけを忘れてしまった。
そして、今……。
「……お兄ちゃん、ヤマトさんに、会ったの?」
「いや、ここに来て会ってない……でも、分かるんだ。俺は、ヤマトの事だけは、覚えてる」
ハッキリと言われたその言葉に、ヒカリは諦めた様に小さく息を吐き出した。
そして、ゆっくりと太一から視線を逸らす。
「……私、ヤマトさんを、呼んでくるね……」
「えっ、て……おい!」
後ろから、太一が自分の事を引き止めるように声を掛けてくるのを無視して、ヒカリは静かに扉を閉めた。
その場にずっと居られなかったから……xx
太一の前で、思いっきり泣いてしまうのが、イヤだったのだ。
自分が泣いてしまえば、太一はきっと責任を感じてしまうと分かるから……。
「ヒカリちゃん?」
「……ヤマトさん…」
扉の前で立ち尽くす自分に、心配そうに声を掛けてきたヤマトに、ヒカリは抱き付いて涙を流す。
「お兄ちゃん、私の事、分からないって……」
「……ごめん、ヒカリちゃん……」
自分に抱き着いて泣き出してしまったヒカリに、ヤマトは申し訳なさそうに謝罪する。
自分が太一を守れなかったからこそ、こんな事になってしまったのだ。
だからこそ、自分は太一に会う資格などない。
「……ヤマトさん、お兄ちゃんに……」
「…俺が、会う資格、ないよ……」
医者から話を聞いて、太一の状態は聞かされている。
自分の事までも覚えていない状態なのだと、医者は静かに首を振って答えた。
以前は、自分の事だけを覚えていなかったのに、今回は誰の事も覚えていない。
2度目だとしても、また太一の口から自分の事を否定する言葉を聞く事になるのは、本当に辛いのだ。
「でも、お兄ちゃん、ヤマトさんの事は覚えてるんです!」
しかし、泣きながらも顔を上げたヒカリが告げてきた言葉は、ヤマトお驚かせるには、十分過ぎるものであった。
「……ヒカリ、ちゃん?」
「お兄ちゃん、自分の事だって覚えてないのに、ヤマトさんの事だけは覚えてるって、嬉しそうに話してるんです!だから、お兄ちゃんに、会ってあげてください。お願いします、ヤマトさん」
深く頭を下げて、ヒカリはヤマトに懇願する。
そんなヒカリを前に、ヤマトは何も言えずにただ見詰めるだけしか出来ず、そして、ゆっくりと息を吐き出した。
「……分かった…会うよ……ちゃんと……・」
「ヤマトさん」
静かに頷かれたその言葉に、ヒカリは嬉しそうに顔を上げる。それから、もう一度ヤマトに頭を下げて礼を言った。
「有難うございます、ヤマトさん……それじゃ、私、お母さん達に連絡してきます……」
泣き笑うような表情で言われた事に、ヤマトは頷いて返す。
太一を病院に運んできて、連絡を入れた時、家にはヒカリだけしか居なかったのである。
慌てて病院に駆け付けたヒカリは、まだ両親に連絡を取っていない。
「ああ……本当に、ごめんな、ヒカリちゃん……」
「……ヤマトさんが、悪いわけじゃないですから……」
目に溜まった涙を拭いながら、ヒカリが無理に笑顔を見せる。
そして、ヒカリはもう一度だけヤマトに頭を下げると、連絡を取るために歩き出す。
その後姿を見送ってから、ヤマトは息を吐き出して、体の力を抜くと、ゆっくりとドアをノックした。
漸く「起」となるお話になりました。(笑)
『見えない想い 03』いかがでしたでしたでしょうか?
本当に、この話しは自分でもドキドキしながら書いているので、怖いです。
イヤ、何がって、自分でも考えていた通りの話しになってくれないから……xx
お願い、私の考えてる通りに動いて…そうすれば、話しが進むから……xx
…誰にお願いしてるんだろう?<苦笑>
そんな訳で、今度は完全な記憶喪失となった太一くんです。ヒカリちゃん、ごめんね。
そして、今回の壁紙、失敗かも・…見え難い所があります、ごめんなさい (m _ _ m)
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